2018年12月2日日曜日

物流の世界史を読む。(3)

http://d.hatena.ne.jp/
Hyperion64+universe/20161022
「物流は世界史をどう変えたのか」(玉木俊明著・PHP新書/2018年1月)の書評第3回目のエントリーである。

6.地中海はなぜ衰退し、バルト海・北海沿岸諸国が台頭したのか 

言うまでもなく、地中海は、古代から中世にかけて先進地域だったわけだが、近世・近代には衰退してしまう。その理由を、本書では物流から説いている。これが、なかなか面白い。まずは、「塩」の問題。バルト海は日照時間が短いので、海水の蒸発が進ず、塩分濃度が低い。よって塩を手に入れれない地域だった。一方、地中海は、水の流入が少なく、気温が高く乾燥しているため塩分濃度が高い。故に、塩の輸出地となり、バルト海と結ばれた。
この塩を得るために、バルト海地方では、造船にまつわる資材を、英欄などの西欧諸国に輸出した。「タール」、索具としての「亜麻や麻」、「木材」、碇や釘に使われる「鉄」などである。バルト海沿岸は、森林資源に恵まれ、再生可能な気候であったからだ。しかし、地中海は交易の歴史が長く、フェニキア人以来、沿岸の木材を伐採したため、禿山が多い。そう、地中海沿岸は森林が再生できる地ではなかったのだ。(うーん、レバノンの国旗を連想させる。既に無いのに杉がデザインされている。画像参照)この差は後に造船業に大きな影響を与える。

バルト海・北海地域では、造船業が発達し、イギリスの石炭もエネルギー源として使われていく。地中海は、奴隷によるガレー船が主であったので、時代に合わなくなったといえる。金融面でも、イタリアは銀行制度を発達させたが、為替や貸し付け・投資機能は発展したものの、預金を集め企業に融資する金融仲介機能は発達しなかった。(ヨーロッパで金融仲介機能が発達するのは19世紀。)イギリスは、18世紀にはイングランド銀行が国債を発行するようになる。(以前「国債の歴史」のこと少しをエントリーした。2017年10月7日付)このような事は、経済規模の小さいイタリアの都市国家には不可能なことだった。保険業もイタリアで生まれたが、当時の交易ビジネスは、1つの会社が永続的に行うわけではなく単発的だったので、保険業も確率論を元にしてはいなかった。(19世紀には西欧で、確率論に基づいた保険業が成立する。)

イタリアを中心とした地中海の海運業の没落は、そのシステムが近代に追いつかなかったと見るべきなのであろう。近代以後のイタリアが世界史では、あまり大きな役割を担っていないのは、こういう遠因があるということか。最近では、EU内でも経済が不調な国の総称PIGSの1つとなってしまった。PIGSは全て南欧の国々である。永年の地中海沿岸の森林破壊のことを考えるに、いかに「持続可能な開発」というテーゼが重要かを再確認した次第。

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