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| https://sonypicturesanimation.fandom.com/wiki/GOAT |
2026年8月23日日曜日
北海道の残り香 GOAT
2026年8月1日土曜日
先日の北海道土産4選
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| https://www.archives.go.jp/exhibition/popup_jousetsu_23_1/popup_jousetsu_23_2_0004.html |
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| https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784909612199 |
2026年7月30日木曜日
北海道から帰阪
クラーク博士の立像がある羊ケ丘展望台は、札幌の時計台と並ぶ「残念観光地」だと思っていたが、広く続く地平線と羊たちのコントラストが意外に好印象だった。ファイターズに見捨てられた札幌ドームも、後方に映っているがこれこそ「残念」かもしれない。(笑)
ホテルには三連泊したのだが、中国本土からの観光客は少なくなっているはずだが、韓国や台湾、香港などの観光客が実に多かった。ひと目見てわかるわけではなく、コトバを発した瞬間にわかる。あまり愉快なことではないのだが、大きな声のハングルを耳にすることが多かった。H高校の修学旅行以来の北海道だが、あまりの外国人観光客のの増大に驚かされたのだった。新千歳空港への国際線の路線図を見てみると、アジア地域からの直行便がかなり多い。…さもありなんである。
二日目は、これも息子夫婦の希望で、厚別区の北海道開拓村と北海道博物館に行った。ふと気づいたのだが、開拓村にある国旗や道旗が半旗になっていた。この日(28日)は、戦争中に犠牲になった約11万人の戦没者への「道戦没者追悼式」が札幌で行われていたのだった。近隣の北海道博物館でも同様の半旗であった。この博物館の展示はなかなか素晴らしかった。アイヌとの関係史の展示(画像は、アイヌの人々と内地の藩との物品の交換ジオラマ)や蟹工船の詳細な模型、大正時代に描かれた鳥瞰図などは実に見応えがあった。大満足であった。ところで、この日は、ホテルに戻ると、携帯に地震情報が流れ、TVから熊本の地震のニュースが流れてきた。M7の10年越しの大地震である。このニュースがずっと流れていた。
第三日目は、所用で石狩市に向かった。所用の後、樋口季一郎記念館による予定だったのだが、閉館日で諦めることになった。これは残念。樋口喜一郎は、ナチスから逃れてきたユダヤ人に便宜を図った陸軍軍人である。人道の港敦賀ムゼウムに繋がる記念館である。https://higuchi-museum.jp/about/about.html ホテルに戻ると、熊本イオンモールの爆発などさらに多くの惨劇が明らかになっていた。
最終日は、どこにも寄らずレンタカーを返却した。今回は所用が目的であったので、ブログにエントリーできるのはこれくらいかと思う。
最後に、熊本地震で、犠牲になられた方々には心からお悔やみを申しあげます。また多くの被災している方々のご苦労は、多少なりとも阪神大震災を経験した私にも実感できます。数多くの余震とこの猛暑の中、くれぐれもご健康を維持されんことを祈っています。私たち日本人の心のなかに半旗がずっと翻っています。
2025年6月12日木曜日
世界奇景探索百科2
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| https://www.xiaolongbao.work/entry/2018/09/02/180940 |
まずは、日本で長崎の「軍艦島」、たしかに世界的な奇景と呼ぶにふさわしい。上陸していないのが悔やまれるところである。
さらに、マレーシアのタイプーサムで有名な「バトゥ洞窟」。1890年にタミル人の実業家が、洞窟の入口がムルガン(シヴァ神とパールヴァーティの息子のスカンダ神の別名)の持つ槍(=ヴェル)のようなカタチをしているのに気づき、ひらめきを得て寺院を作り聖地に変えたというのが由来らしい。タイプーサムは、パールヴァーティがムルガンに槍を与えたのを祝う祭りである。上記画像の金色の神像がムルガンである。
3つ目は、コラム的なその他の見どころに掲載されていた「ミュージアム・オブ・マン・アンド・サイエンス」南ア、ヨハネスブルグの呪術用品の店である。アフリカの紹介編のパワーポイントで、多くの生徒に見せてきた店である。
気になった記述について、以後少しずつ記しておこうと思う。
2022年5月28日土曜日
教え子の結婚式 in 東京
今回結婚したOGは、非常に優秀な子で今は獣医である。馬術をやっていて国体に出たこともあり、M高校の中庭で送別会をやったこともある。お母さんもPTA会長をしていただいていた。有楽町のPホテルに着くと、OGがすでに来てくれていた。最初誰だかわからなくて、じーっと顔を見たらわかった。(笑)OGといっても、30歳を超えて母になっている子もいるわけで、街であってもわからんなあ。
結婚式は、アメリカ人の神父さんが執り行っていた。最上階で東京の街並みをバックにプロテスタント的な十字架が設定されていたので、てっきりプロテスタントの牧師さんだと思ったが、後で確認したらカトリックの神父さんであった。結婚の儀式的なことは大差ないとのこと。チェロやハープ、賛美歌の生演奏もあり、さすが香港で最も有名なPホテルだと再認識した次第。
披露宴は、参加者の簡単なプロフィールも書かれていて、私は「高校時代の恩師」となっていた。一番前でOGたちとは同じテーブルだが、新婦側主賓の横でもあった。最も驚いたのは、新郎の知り合いで、スタンフォード大学のフーヴァー研究所教授のN氏が来られていたことである。氏の著作も読んだことがあるが、今回はお声がけは遠慮した。
新婦の叔父さん(アメリカ人)が、余興でウクレレを演奏してくれた。その際、新婦からのリクエストということで、その旋律を聴いて、OGたちと顔を見合わせた。「オーバー・ザ・レインボー」であった。アイオワ州への修学旅行の時、我がC組が歌った曲である。いやあ、感動した。さすがに、新婦と叔父さんにお礼を申し上げた次第。
このPホテルの披露宴には、今まで経験したことのない演出がいろいろあった。新婦のお色直し中に、新郎がキッチンでメイン料理を作って同時中継され、お世話になった方に食べていただいたり、ご両親への最後のあいさつ時には、生まれたときの重さのPホテルのマスコットのティディーベアをそれぞれ渡したりと粋な演出がなされていた。いい結婚式だった。新婦の選んだ新郎は、幼稚舎からのG大育ち。たしかに生まれも育ちも良い、馬術を趣味とする好青年であった。千代田区に住むそうである。うーん、かなりお金持ちなのだろう。最後に、司会から本日のご祝儀は全て寄付に回されるという言もあった。単なるお金持ちではなく、エスタブリッシュメントであるようだ。
二人に幸多かれと祈る。新婦のご両親にも同様に…。
2021年10月29日金曜日
今日の良き日に一口きんつば
2021年3月31日水曜日
三崎へ花見ドライブ9時間
さて、明日から新年度。疲れたなどと言っている場合ではありません。
2021年3月30日火曜日
帰省/さらに障子張り替え
帰省のある意味最大の目的は自宅の確認である。帰省して外観を見ると、2階の障子が破れていて気になった。それはもちろん妻も同じで、プラスチックの壁紙を購入、2人で両面テープで張り替え作業をした。妻はまた、1階の駐車場の前の雑草を取ったり、玄関のつかなくなった蛍光灯を変えたり、風呂掃除をしたりと、あちこち動き回っていた。私は、4階の屋根裏部屋の倉庫に上がってみたが、息子夫婦の荷物もいっぱいあって、こりゃどうしようもないという感じ。
引っ越してきたときは、ほぼ新築だったのだが、今やあちこちに手を入れないとダメなようで、気が重い。(笑)三崎の2Kの教職員住宅は狭いが、住めば都。人のいない家は痛みが進むということを実感した次第。
2021年3月29日月曜日
帰省/次に戸籍謄本
せっかくなので、京都の桜を見に行ったのである。京都も枚方の自宅の横を走る第二京阪道の側道(高速ではない)を走るとそのまま堀川通りに繋がっている。便利になったものだ。京都は、日本人観光客(外国人観光客ではない)がそれなりに多かった。広沢の池で一休み。学生時代に住んでいた帷子ノ辻まで、嵐山経由で走り抜けた。変わらないのは、嵐電の線路のみ。私の住んでいた有栖川のアパートなど影も形もなく、三条通をさらに走ると地下鉄東西線の駅が出来ていた。
というわけで、車窓から昔を懐かしんだ1日であった。
2021年3月28日日曜日
帰省/まずは耳鼻科
その後、妻のタブレットを購入に出かけた。妻のタブレットもマレーシア行直前に購入したので5年目を迎えていた。さすがファーウェイ、バッテリーが膨らんできた。(以前、マレーシアでも妻のスマホが膨らんで買い替えた。バッテリーによる膨らみは実に危険であることをよく知っている。)妻が言うには、やはり日本製がいいということで、NECのものにした。(もちろん全ての部品が国産だなととは思っていないのだが…。)いろいろ購入する店を考えたのだが、ここはYデンキにした。大洲の店で電化製品を買いそろえたので、カードを所持しているからだが、枚方店はニトリモールの中にあった。(今日の画像参照)
前回、帰省した時は、マレーシアでのPBTのF42の卒業式に弾丸ツアー(1泊のみ)で行ったのみであるので、枚方の街並みの変化については、まさに浦島太郎である。こんなモールが出来ていたのは知らなかった。また、知っているいろんな店が流転していた。ハーレーダビットソンの店が葬儀会館になっていたのには驚いた。
さて、枚方市駅でかなり美味しいたこ焼きと551の豚まんを買って、帰宅後食した。うむ。これはやはり大阪の醍醐味。とはいうものの、どうも三崎にいるのとは勝手が違い、落ち着かない。
2021年3月27日土曜日
大阪へ花見ドライブ8時間
1年以上自宅に帰っていなかったので、町役場のお許しを頂いて帰省しました。ルートは、いつもの四国横断・淡路島・神戸経由です。朝8時過ぎに三崎を出て、休憩をしながら16時過ぎに着きました。
今回は、どこも道沿いの桜が満開で、花見ドライブという感じで、実に素晴らしいドライブでした。せっかくなので、妻にG1Xで197号線の上り(三崎から伊方町役場付近まで)をビデオを撮影してもらいました。残念ながら、朝は逆光。桜の美しさは完全に捉えられませんでしたが、記録としては実に良いものになりました。
イレギュラーはガソリンスタンド。吉野川SAで給油する予定が、工事中で休業。リスクをさけて、高速から徳島市内に降り給油しました。約20分間ほどのロスでした。四国の高速のSAはGSが少ないのでちょっと困ります。
自宅は、いつ何時帰っても電気もガスも水道も、そしてネットもすぐ使えるようにしてあります。(これはマレーシア時代からで、実に贅沢をしています。)基本料金だけでバカにならないはずなのですが…。
ともあれ、自宅に戻って、年賀状を確認したりしていました。今回は、町役場から友人との会食等に関して、かなり厳しい制限がかけられているので、自粛したいと思います。会いたい方はたくさんいるのですが…。うーん、実に残念です。(ところで、今日のブログの内容にふさわしいラベルがないので、一時帰国と国内の旅にしました。この組み合わせが今回の帰省の意味を最もうまく伝えている故です。)
2020年10月23日金曜日
F42の諸君へ とっておきの日本
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| 澄海岬https://www.tripadvisor.jp |
F42の国費生諸君、日本へようこそ。成田に着き、もうすでに各地に散らばったかと思う。今日は、授業で日本の地誌をいろいろ紹介したけれど、私が行ったことがある、とっておきの日本をいくつか紹介しようと思う。
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| 礼文島から利尻富士を望む uu-hokkaido.jp |
1.礼文島 北海道の最北端・稚内(わっかない)からフェリーに乗っていく島である。利尻(りしり)島は利尻富士といって、実に美しいので、行くより礼文(れぶん)島から眺めるのがベスト。わりと平たい島なのに、高山植物が咲いている。(夏)北端のスコトン岬もいいし、澄海(スカイ)岬はホント絶景中の絶景である。稚内への日本海側の道(オロロンライン)にあるサロベツ原野もいい。ここから眺める利尻富士も実に美しい。
2.知床 北海道の東(道東)の知床(しれとこ)半島。夏限定の、羅臼(らうす)からウトロへの知床横断道路を走ると、羅臼岳が登場する。この道では「松山千春」の曲(北海道を歌った曲が多い)を流しなら走ってほしい。知床五湖もいいし、ウトロにある滝もいい。さすが世界自然遺産だと思う。知床連山を遠望するのもいい。ここに行くには、女満別(めまんべつ)空港が近い。女満別は大空町と名を変えているが、このあたりも北海道らしい美しい町である。
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| 尾瀬 ja.wikipedia.org |
3.尾瀬 福島県・新潟県・群馬県の県境にある尾瀬(おぜ)湿原。♪夏が来れば思い出す はるかな尾瀬(おぜ) 遠い空 と歌われる有名な国立公園。湿原の木道をハイキングする。水芭蕉(みずばしょう)の花が見れれば最高。
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| 上高地 mapple.net |
これからも、ちょくちょく、とっておきの日本を紹介したいと思う。
2019年8月12日月曜日
ところで一時帰国のお話
| 松山駅からアンパンマンの描かれた特急で八幡浜に向かう |
というわけで、赴任するはずの三崎にも行っていません。伊方町役場からローカルバスで八幡浜に戻ったのですが、のどかな海辺の町でしたので、おそらく同様だと思います。とにかく海が穏やかでした。四国・愛媛は全くの初めてで、まだなんともコメントできませんが、八幡浜駅前の「豚うどん」(500円)は極めて美味でした。(笑)
さて、マレーシアに戻るエアアジア便は、夜10時発、朝4時過ぎ着で、まあ寝るだけのフライトでしたが、私たちの前にいた男性のキャビンアテンダントはひどい奴でした。唯一の日系の男性アテンダントは走り回っていたのだけれど、彼は何もしない。見事なさぼりっぷり。何度もトイレに潜んでいました。しかもKLIA2への着陸態勢に入ってから、スマホをいじっているという信じられない光景を目にしました。当然ながら乗客には使用禁止のアナウンスは流れてます。うーん。仕事に対してはプロフェッショナルが普通の日本人から見ると、極めて不愉快。
| エアアジアの折り畳み傘(RM35) |
2016年11月21日月曜日
国立新美術館のダリ展に行く。
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| http://www.fukuoka-art-museum.jp /jc/html/jc04/02/salvadol_dari.htm |
追記:日曜日の夜にEテレで、「ダリの正体?」と題した特集が組まれ、改めて会場をTVで回ることができた。ちょっとありがたい。妻が最も好きな「パン篭」(これは今回展示されていないのだが、ダリにとって最も重要な作品だと本人が語っていた。これはもちろん私の5本指に入っている。)の映像も流れた。うん、横尾忠則も出てきたし、なかなかいい番組だったのだった。
2016年11月17日木曜日
ベジタリアンはつらいよ。
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| http://taking-a-stand.jp/ total-vegitalian-vegan-1313 |
ところで、問題はもう一人の白人男性であった。彼もシカゴニアンだが、穏和な感じの人で、ベジタリアンだという。何度もカフェの人に、彼が食べれるものはないかと聞いたのだが、結局、彼女のランチセットについていたトマトスープとポテトくらいしか食べれない。うーん、日本はベジタリアンが少ないから、そういう配慮に欠けるわけだ。
誠に申し訳なかった次第。日本が観光立国を目指すならば、地道なこういう努力を怠ってはいけないと思うのだが…。
2015年6月14日日曜日
国際理解教育学会 ’15 東京
| 国際理解教育学会研究発表大会の会場 中央大学 |
<斉藤哲夫の吉祥寺 70年代の名曲一度聞いてみてください。>
https://www.youtube.com/watch?v=QQaOeFOwb-w
2015年5月4日月曜日
雨の岩国 航空ショー(後編)
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| 海上自衛隊側の滑走路からブルーと米軍F16を望む |
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| 雨の岩国 ブルーインパルス |
最後に貴重な体験をしたので、エントリーしておきたい。行きのフェリーでのことだ。ツアーごとに2等の部屋に泊まったのだが、超満員。シートとシートの隙間がないほどだった。これには大いに閉口した。見ず知らずの人々との間合いがあまりに近い。私はふと、奴隷運搬船を連想した。きっともっと酷いだろうが。また、阪神大震災や東北大震災の時の避難所、ネパールの避難テントなど、ずいぶん気を使うだろうと今更に感じたのだ。
様々な経験をした1泊2日の岩国フレンドシップデーのツアーだった。このツアーのために体調を整えてきた妻も、「また岩国に行ってもいいと思うけど、船で行くなら個室希望。」と言っていた。(笑)…同感。
雨の岩国 航空ショー(前編)
数日前から気にしていた天気予報は、3日の昼から崩れるような感じだったが、すでに門司では雨だった。傘をさしての航空ショーは辛い。しかし、バスから見た岩国駅から基地へ向かう長蛇の傘の列に圧倒された。凄い人数だ。まだ8:00である。観光バスだけは基地内に設定されたエプロンに駐車場があるのだが、ツアー以外の人はこれまた長蛇の列に並ぶシャトルバスか、歩くしかない。とにかく20万人の人出予想は、雨だろうがなんだろうが関係ないようだ。
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| F-15のタッチアンドゴー |
今回の航空ショーの滑走路は、米軍側と航空自衛隊側に分かれていて、米軍側には有料のヒナ段がある。(会場図参照:最上部が滑走路で左米軍・右自衛隊)だから一般人にとっては意外に見にくい。航空自衛隊側は少し見やすいので、そこで主に見ていた。だが、雨がカメラのレンズに当たったりして撮影は難しい。バックも曇天だし…。
複葉機などのアクロバット飛行もあった。雨の中、機体の上に立つ人はかなり危険だったのではないか。パイロットもかなり視界が悪かったはずで、雨ならではのヒヤヒヤ感である。
私はこれまで、岐阜基地と小松基地に行ったが、岩国は規模がかなりでかい。ピザやホットドックなどの米軍らしいフードをはじめ、店も多かった。米軍関係者も多く参加していて、米軍基地の規模自体のデカさにも驚いた。以前、ヴァージニア州ノーフォークの海軍基地のツアーに参加したことがあるが、日本の国土の狭さを考慮しても同様に感じるほどの規模だと思った次第。つづく。
2015年4月22日水曜日
立川・高円寺・吉祥寺
期日にあう東京での展覧会も調べてみた。食指が動いたのは、大英博物館展とマグリット展だが、どちらも後日、関西(京都や神戸)に来るらしい。結局妻と行く事になるので今回はパスだなと思う。
夜行バスは立川に着くものをチョイスしようと思っている。立川は、漫画・聖✩おにいさんの舞台である。立川は盛り上がっているらしい。(笑)しかも、JR中央線沿いには、高円寺と吉祥寺がある。高円寺は吉田拓郎の、吉祥寺は斉藤哲夫の曲の舞台で、私には強い属性があるのだ。今のところ、できれば途中下車してブラブラしてみようかなと思っている。
一昨年の広島・弾丸ツアーでは、午前のプログラムが終わって、どこへも寄らずに新幹線に飛び乗った。その前の埼玉大学は、往復夜行バスという無茶をしたので、埼玉で、ウルトラマン展と交通博物館を見れた。今回は、その中庸をめざしたい、などと考えているのだった。(笑)
2014年11月18日火曜日
北海道 夕張を追憶す
昔、北海道にハマっていた頃、夕張に行った。少し寂れた夕張の石炭村もよかったが、なにより、「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地が良かった。
映画を最後のシーンを思い出す。。一時は帰宅することをあきらめた高倉健さんだが、桃井かおりに叱咤され、倍賞美津子が待つ炭鉱住宅へ向かうのだ。高倉健さんがじっと目を閉じ、下を向きながら「次の角を曲がって…」などと、赤いファミリアを運転する武田哲矢に指示するのだ。そして、目に映るのは…。
私はあまり映画を見る人ではないのだが、この「幸福の黄色いハンカチ」は何度見ても感動する素晴らしい映画だと思う。何より、高倉健氏の演技と、にじみ出る人間的魅力の賜物だろう。
合掌。




















