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2026年8月23日日曜日

北海道の残り香 GOAT

https://sonypicturesanimation.fandom.com/wiki/GOAT
ちょっと文学的に言えば、7月末の北海道行の残り香がある。伊丹と千歳をANAのB787で往復した際に、エンターテイメントに『GOAT』(日本語版)が入っていた。往路ではあまり興味がわかなかったのだが、復路でなんとなく見始めた。ところが途中で着陸体制に入ってしまい結局時間切れで終わったのだった。あらゆる動物が暮らすアメリカ的社会。人気のスポーツは、かなり暴力的なバスケットボール。

主人公は、GOAT(ヤギ)である。他のアスリートと身体の大きさがかなり違う。だが、悪役の馬(彼はラスボスでもある。)とのストリート対決での善戦がSNSで拡散することで、大好きだったチームに入ることになる。オーナーは胡散臭く、チームの中心の黒い猫(黒豹かもしれない)との確執から当て馬として、主人公を入団させた感じである。さてさて…というところで終わったのである。

できれば最後まで見たかったのだが、先日からYouTubeでいくつかの後半のシーン(英語版)を断片的に見ることが出来、自分の中で各セリフはともかく、内容をつなぎ合わせることが出来た。(笑)まあ、勧善懲悪、ハッピーエンドのアメリカ的アニメであるので、およそ検討はついていたが、スピーディーな演出が見事だし面白かった。最後のシーンは、ドジャーズの優勝セレモニーを彷彿とさせる。まさにアメリカ…であった。

きちんと最初から見直す方がいいのはわかっているが、有料のチャンネルに参加していない私としてはこれで十分満足である。(笑)やっと残り香が消えた。

2026年8月1日土曜日

先日の北海道土産4選

これまでの北海道旅行では、かなり多くのお土産を購入してきた。北海道のお土産は雑貨も食料品も豊富で魅力的なものが多いからである。先日の旅では、控えめに、まず羊ケ丘と北海道博物館でクリアーファイルを購入した。

「羊ヶ丘学園」と題されたファイルには、羊たちが生徒で、クラーク博士風の教師の物語が描かれている。表側に「寄宿生の朝は早い」「朝礼」「(授業で黒板に)ヨリヨイ羊肉ニナルタメニ」「体育(牧羊犬に走らされている羊)」「給食(牧草が1匹ずつに配られる様子)」さらにオヒルネ、ソウジ当番など12のイラストが描かれている。最後は「脱走」なのが笑える。上記画像はそのファイルの裏側で、今週の時間割にある「肉って何ですか?」というブラックジョークである。これが購入の決め手になった。(笑)
北海道博物館では、廃線鉄道復刻時刻表のNo7 名寄本線・天北線など道北から道東の廃線になった時刻表の3枚組880円(3枚とも同じファイルである)を購入した。他にも何種類もあったのだが、遠軽、紋別、音威子府、湧別、浜頓別、美幌、興部といった懐かしい名前があって、これにしたのだった。3枚組としてはかなり安価なので、長年にわたって売れ残っている故に3枚セットになっているような気がする。
https://www.archives.go.jp/exhibition/popup_jousetsu_23_1/popup_jousetsu_23_2_0004.html
開拓村では、文部省の尋常小学校読本巻一を購入した。純粋に教材として使えるからである。近代国家論のうち、国民国家=国民皆兵であるのだが、あらゆる地方の方言を矯正するために、ハト・マメの教材が使われたと昔、国際理解教育学会の講演で東大の先生に教えてもらったものである。国民皆兵化の軍隊において、方言がきついと命令が行き届かないからである。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784909612199
最後に北海道土産という定義には入らないのだが、伊丹空港の本屋で『現役航空整備士が書いた かなりマニアックな飛行機豆知識』を購入した。たしかに「かなりマニアック」ではあるが、「豆知識」とは言い難い。豊富な手書きの図や写真を駆使して、エアコンからエンジンまで無茶苦茶詳しく解説してくれている。本文が手書きなのも珍しい。(決して読みにくくはない)私は、航空ファンなのでこういう本を前から欲していた。航空工学は全く素人だし、難しいのだが、暇な時にちょこっとずつ読みたくなる本であるので手元においておくことにしたのだった。

追記:北海道開拓村と北海道博物館は、60歳だったか65歳だったか忘れたが、身分証明書を出せば、無料になったのだった。嬉しいような嬉しくないような…。

2026年7月30日木曜日

北海道から帰阪

先ほど北海道から帰阪した。猛暑が続く大阪と違い、Tシャツ1枚では震えるような日々であった。所用のために行ったのだが、少しだけ観光もしてきた。到着初日に、息子夫婦の希望で、かの有名な羊ヶ丘展望台に寄ってからホテルへと向かった。

クラーク博士の立像がある羊ケ丘展望台は、札幌の時計台と並ぶ「残念観光地」だと思っていたが、広く続く地平線と羊たちのコントラストが意外に好印象だった。ファイターズに見捨てられた札幌ドームも、後方に映っているがこれこそ「残念」かもしれない。(笑)

ホテルには三連泊したのだが、中国本土からの観光客は少なくなっているはずだが、韓国や台湾、香港などの観光客が実に多かった。ひと目見てわかるわけではなく、コトバを発した瞬間にわかる。あまり愉快なことではないのだが、大きな声のハングルを耳にすることが多かった。H高校の修学旅行以来の北海道だが、あまりの外国人観光客のの増大に驚かされたのだった。新千歳空港への国際線の路線図を見てみると、アジア地域からの直行便がかなり多い。…さもありなんである。

二日目は、これも息子夫婦の希望で、厚別区の北海道開拓村と北海道博物館に行った。ふと気づいたのだが、開拓村にある国旗や道旗が半旗になっていた。この日(28日)は、戦争中に犠牲になった約11万人の戦没者への「道戦没者追悼式」が札幌で行われていたのだった。近隣の北海道博物館でも同様の半旗であった。この博物館の展示はなかなか素晴らしかった。

アイヌとの関係史の展示(画像は、アイヌの人々と内地の藩との物品の交換ジオラマ)や蟹工船の詳細な模型、大正時代に描かれた鳥瞰図などは実に見応えがあった。大満足であった。

ところで、この日は、ホテルに戻ると、携帯に地震情報が流れ、TVから熊本の地震のニュースが流れてきた。M7の10年越しの大地震である。このニュースがずっと流れていた。

第三日目は、所用で石狩市に向かった。所用の後、樋口季一郎記念館による予定だったのだが、閉館日で諦めることになった。これは残念。樋口喜一郎は、ナチスから逃れてきたユダヤ人に便宜を図った陸軍軍人である。人道の港敦賀ムゼウムに繋がる記念館である。https://higuchi-museum.jp/about/about.html ホテルに戻ると、熊本イオンモールの爆発などさらに多くの惨劇が明らかになっていた。

最終日は、どこにも寄らずレンタカーを返却した。今回は所用が目的であったので、ブログにエントリーできるのはこれくらいかと思う。

最後に、熊本地震で、犠牲になられた方々には心からお悔やみを申しあげます。また多くの被災している方々のご苦労は、多少なりとも阪神大震災を経験した私にも実感できます。数多くの余震とこの猛暑の中、くれぐれもご健康を維持されんことを祈っています。私たち日本人の心のなかに半旗がずっと翻っています。

2025年6月12日木曜日

世界奇景探索百科2

https://www.xiaolongbao.work/entry/2018/09/02/180940
通勤時に一応読破したので、久々に「世界奇景探索百科」の話題。この本の中で、私が行ったことのある奇景は結局3つだけあった。まずはそんな話から。

まずは、日本で長崎の「軍艦島」、たしかに世界的な奇景と呼ぶにふさわしい。上陸していないのが悔やまれるところである。

さらに、マレーシアのタイプーサムで有名な「バトゥ洞窟」。1890年にタミル人の実業家が、洞窟の入口がムルガン(シヴァ神とパールヴァーティの息子のスカンダ神の別名)の持つ槍(=ヴェル)のようなカタチをしているのに気づき、ひらめきを得て寺院を作り聖地に変えたというのが由来らしい。タイプーサムは、パールヴァーティがムルガンに槍を与えたのを祝う祭りである。上記画像の金色の神像がムルガンである。

3つ目は、コラム的なその他の見どころに掲載されていた「ミュージアム・オブ・マン・アンド・サイエンス」南ア、ヨハネスブルグの呪術用品の店である。アフリカの紹介編のパワーポイントで、多くの生徒に見せてきた店である。

気になった記述について、以後少しずつ記しておこうと思う。

2022年5月28日土曜日

教え子の結婚式 in 東京

5月26日は、M高校の教え子の結婚式の日であった。結婚式は久しぶりである。(在マレーシア時代にも、M高校の教え子からお誘いがあったのだがさすがに電報でゆるしていただいた。)だいぶ前から決まっていたので、学園には、早くから授業の振替をお願いしてあり、快く変更していただけた。経路は日帰りで新幹線にした。今は”のぞみ”になっているのでで、かなり早い。

今回結婚したOGは、非常に優秀な子で今は獣医である。馬術をやっていて国体に出たこともあり、M高校の中庭で送別会をやったこともある。お母さんもPTA会長をしていただいていた。有楽町のPホテルに着くと、OGがすでに来てくれていた。最初誰だかわからなくて、じーっと顔を見たらわかった。(笑)OGといっても、30歳を超えて母になっている子もいるわけで、街であってもわからんなあ。

結婚式は、アメリカ人の神父さんが執り行っていた。最上階で東京の街並みをバックにプロテスタント的な十字架が設定されていたので、てっきりプロテスタントの牧師さんだと思ったが、後で確認したらカトリックの神父さんであった。結婚の儀式的なことは大差ないとのこと。チェロやハープ、賛美歌の生演奏もあり、さすが香港で最も有名なPホテルだと再認識した次第。

披露宴は、参加者の簡単なプロフィールも書かれていて、私は「高校時代の恩師」となっていた。一番前でOGたちとは同じテーブルだが、新婦側主賓の横でもあった。最も驚いたのは、新郎の知り合いで、スタンフォード大学のフーヴァー研究所教授のN氏が来られていたことである。氏の著作も読んだことがあるが、今回はお声がけは遠慮した。

新婦の叔父さん(アメリカ人)が、余興でウクレレを演奏してくれた。その際、新婦からのリクエストということで、その旋律を聴いて、OGたちと顔を見合わせた。「オーバー・ザ・レインボー」であった。アイオワ州への修学旅行の時、我がC組が歌った曲である。いやあ、感動した。さすがに、新婦と叔父さんにお礼を申し上げた次第。

このPホテルの披露宴には、今まで経験したことのない演出がいろいろあった。新婦のお色直し中に、新郎がキッチンでメイン料理を作って同時中継され、お世話になった方に食べていただいたり、ご両親への最後のあいさつ時には、生まれたときの重さのPホテルのマスコットのティディーベアをそれぞれ渡したりと粋な演出がなされていた。

いい結婚式だった。新婦の選んだ新郎は、幼稚舎からのG大育ち。たしかに生まれも育ちも良い、馬術を趣味とする好青年であった。千代田区に住むそうである。うーん、かなりお金持ちなのだろう。最後に、司会から本日のご祝儀は全て寄付に回されるという言もあった。単なるお金持ちではなく、エスタブリッシュメントであるようだ。

二人に幸多かれと祈る。新婦のご両親にも同様に…。

2021年10月29日金曜日

今日の良き日に一口きんつば

実は、昨日から所用の為関西に1泊して、さきほど帰宅しました。その際、一口きんつばという和菓子を見つけ、妻公認で購入し、1口口に入れました。甘い。糖尿で出来る限りこういうものを避けているのですが、今日は特別な日なので、妻も許してくれました。

なにしろ、四国横断で関西まで往復路、ずっと運転していたのです。帰路は淡路島から、徳島道ではなく高松道経由、さらに松山道の伊予ICから夕焼け小焼けロード(もう日が暮れて真っ暗でしたが)で帰ってきました。意外に疲れなかったのは、徳島道や松山道の松山・大洲間が一車線なのに対し、高松道が二車線、夕焼け小焼けロードも車が少なく信号も少ないという理由からだと分析しています。

とはいえ、格別のご褒美。今日の良き日に一口きんつば。(笑)

2021年3月31日水曜日

三崎へ花見ドライブ9時間

 大阪から三崎に戻ってきました。近畿道から中国道へ入った後、明石大橋への道を間違えたおかげで、大回りになり、9時間の花見ドライブになってしまいました。とはいえ、中国道沿いの桜並木が美しい街をいくつも通り、やはり日本の川辺には桜並木が最高に映えるるという法則を発見しました。どの桜並木も満開でした。倉敷から、瀬戸大橋で四国に入りました。しまなみ海道経由という選択もあったのですが、ずっと高速道路で行くには、これがベストでした。(地図で確認すると、今治で高速が途切れるようでした。)高松道を初めて走り、松山道で帰ってきたわけです。着いたのは20時すぎ。今日の画像は、いろんなSAでの満開の桜集。午後からは黄砂がひどくなり曇ってきました。瀬戸内海もよく見えずでした。

さて、軽自動車で高速の登りは、なかなかしんどうものがあります。途中ふくらはぎに異常を感じて、持っていた湿布を張りました。齢です。(笑)最大の山場は、内子近くのトンネルで一車線。後続の車があおってくるわけではないのですが、どうしても気になりアクセルを踏み込み続けていて、さすがにギブアップ、PAで湿布の上から足をもみました。(笑)

ところで、あれだけ大回りしたのに、高速代金は淡路島経由より3000円ほど安くつきました。謎です。我々夫婦の推測は、明石大橋回避?阪神高速回避?よくわかりませんが、結果オーライというところです。

さて、明日から新年度。疲れたなどと言っている場合ではありません。

2021年3月30日火曜日

帰省/さらに障子張り替え


帰省のある意味最大の目的は自宅の確認である。帰省して外観を見ると、2階の障子が破れていて気になった。それはもちろん妻も同じで、プラスチックの壁紙を購入、2人で両面テープで張り替え作業をした。妻はまた、1階の駐車場の前の雑草を取ったり、玄関のつかなくなった蛍光灯を変えたり、風呂掃除をしたりと、あちこち動き回っていた。私は、4階の屋根裏部屋の倉庫に上がってみたが、息子夫婦の荷物もいっぱいあって、こりゃどうしようもないという感じ。

引っ越してきたときは、ほぼ新築だったのだが、今やあちこちに手を入れないとダメなようで、気が重い。(笑)三崎の2Kの教職員住宅は狭いが、住めば都。人のいない家は痛みが進むということを実感した次第。

2021年3月29日月曜日

帰省/次に戸籍謄本

戸籍謄本を手に入れるというのも今回の帰省の目的の一つであった。 年金の相談のために必要で、私の戸籍は、京都府京田辺市にある。枚方に来る前に住んでいたところだ。大阪市から戸籍を移動させたのである。まあ、枚方の自宅から車ですぐのところなので問題ない。久しぶりに京田辺の街を走ってみた。やはり変化が激しい。さらに午後は、京都に向かった。

せっかくなので、京都の桜を見に行ったのである。京都も枚方の自宅の横を走る第二京阪道の側道(高速ではない)を走るとそのまま堀川通りに繋がっている。便利になったものだ。京都は、日本人観光客(外国人観光客ではない)がそれなりに多かった。広沢の池で一休み。学生時代に住んでいた帷子ノ辻まで、嵐山経由で走り抜けた。変わらないのは、嵐電の線路のみ。私の住んでいた有栖川のアパートなど影も形もなく、三条通をさらに走ると地下鉄東西線の駅が出来ていた。

というわけで、車窓から昔を懐かしんだ1日であった。

2021年3月28日日曜日

帰省/まずは耳鼻科

今回の帰省で、まず行きたかったのは耳鼻科である。三崎には耳鼻科がないし、耳鼻科は当たり外れが大きい。そこで、信用できる耳鼻科と言えば枚方市駅前のK耳鼻科である。ありがたいことに、日曜日でも午前中は空いているし、予約も必要ないのである。マレーシア行直前に駆け込んで以来なので5年ぶりである。私は昔からよく外耳炎になる。ここ1か月ほど、左耳が聞こえにくくて難儀していた。K耳鼻科で見てもらい、一気に聞こえるようになった。万歳である。

その後、妻のタブレットを購入に出かけた。妻のタブレットもマレーシア行直前に購入したので5年目を迎えていた。さすがファーウェイ、バッテリーが膨らんできた。(以前、マレーシアでも妻のスマホが膨らんで買い替えた。バッテリーによる膨らみは実に危険であることをよく知っている。)妻が言うには、やはり日本製がいいということで、NECのものにした。(もちろん全ての部品が国産だなととは思っていないのだが…。)いろいろ購入する店を考えたのだが、ここはYデンキにした。大洲の店で電化製品を買いそろえたので、カードを所持しているからだが、枚方店はニトリモールの中にあった。(今日の画像参照)

前回、帰省した時は、マレーシアでのPBTのF42の卒業式に弾丸ツアー(1泊のみ)で行ったのみであるので、枚方の街並みの変化については、まさに浦島太郎である。こんなモールが出来ていたのは知らなかった。また、知っているいろんな店が流転していた。ハーレーダビットソンの店が葬儀会館になっていたのには驚いた。

さて、枚方市駅でかなり美味しいたこ焼きと551の豚まんを買って、帰宅後食した。うむ。これはやはり大阪の醍醐味。とはいうものの、どうも三崎にいるのとは勝手が違い、落ち着かない。

2021年3月27日土曜日

大阪へ花見ドライブ8時間


 1年以上自宅に帰っていなかったので、町役場のお許しを頂いて帰省しました。ルートは、いつもの四国横断・淡路島・神戸経由です。朝8時過ぎに三崎を出て、休憩をしながら16時過ぎに着きました。

今回は、どこも道沿いの桜が満開で、花見ドライブという感じで、実に素晴らしいドライブでした。せっかくなので、妻にG1Xで197号線の上り(三崎から伊方町役場付近まで)をビデオを撮影してもらいました。残念ながら、朝は逆光。桜の美しさは完全に捉えられませんでしたが、記録としては実に良いものになりました。

イレギュラーはガソリンスタンド。吉野川SAで給油する予定が、工事中で休業。リスクをさけて、高速から徳島市内に降り給油しました。約20分間ほどのロスでした。四国の高速のSAはGSが少ないのでちょっと困ります。

自宅は、いつ何時帰っても電気もガスも水道も、そしてネットもすぐ使えるようにしてあります。(これはマレーシア時代からで、実に贅沢をしています。)基本料金だけでバカにならないはずなのですが…。

ともあれ、自宅に戻って、年賀状を確認したりしていました。今回は、町役場から友人との会食等に関して、かなり厳しい制限がかけられているので、自粛したいと思います。会いたい方はたくさんいるのですが…。うーん、実に残念です。(ところで、今日のブログの内容にふさわしいラベルがないので、一時帰国と国内の旅にしました。この組み合わせが今回の帰省の意味を最もうまく伝えている故です。)

2020年10月23日金曜日

F42の諸君へ とっておきの日本

澄海岬https://www.tripadvisor.jp

 F42の国費生諸君、日本へようこそ。成田に着き、もうすでに各地に散らばったかと思う。今日は、授業で日本の地誌をいろいろ紹介したけれど、私が行ったことがある、とっておきの日本をいくつか紹介しようと思う。

礼文島から利尻富士を望む uu-hokkaido.jp

1.礼文島 北海道の最北端・稚内(わっかない)からフェリーに乗っていく島である。利尻(りしり)島は利尻富士といって、実に美しいので、行くより礼文(れぶん)島から眺めるのがベスト。わりと平たい島なのに、高山植物が咲いている。(夏)北端のスコトン岬もいいし、澄海(スカイ)岬はホント絶景中の絶景である。稚内への日本海側の道(オロロンライン)にあるサロベツ原野もいい。ここから眺める利尻富士も実に美しい。


2.知床 北海道の東(道東)の知床(しれとこ)半島。夏限定の、羅臼(らうす)からウトロへの知床横断道路を走ると、羅臼岳が登場する。この道では「松山千春」の曲(北海道を歌った曲が多い)を流しなら走ってほしい。知床五湖もいいし、ウトロにある滝もいい。さすが世界自然遺産だと思う。知床連山を遠望するのもいい。ここに行くには、女満別(めまんべつ)空港が近い。女満別は大空町と名を変えているが、このあたりも北海道らしい美しい町である。

尾瀬 ja.wikipedia.org

3.尾瀬 福島県・新潟県・群馬県の県境にある尾瀬(おぜ)湿原。♪夏が来れば思い出す はるかな尾瀬(おぜ) 遠い空 と歌われる有名な国立公園。湿原の木道をハイキングする。水芭蕉(みずばしょう)の花が見れれば最高。

上高地 mapple.net
4.上高地 長野県の飛騨山脈を望む大観光地。信州は美しいところがたくさんあるのでお勧め。妻のおすすめは霧ヶ峰なのだが、私はやっぱり上高地(かみこうち)がイチ押し。

これからも、ちょくちょく、とっておきの日本を紹介したいと思う。

2019年8月12日月曜日

ところで一時帰国のお話

松山駅からアンパンマンの描かれた特急で八幡浜に向かう
今回の一時帰国は、最大のミッションが再就職の第4次面接であっただけに、ブログではわからないようにしていました。7月27日の土曜日に、KLIA2から帰国の途に就き、1日休養して、29日の月曜日、枚方市に住民票を戻し、その足で京都の息子の元に向かい、届いていたパソコンを取りに行ったぐらいです。翌日、ピーチ航空で関空から松山空港へ飛び、松山駅から特急で八幡浜へ。ここで一泊し、翌朝タクシーで伊方町役場へ面接に行きました。その後、また八幡浜から特急に乗り、同じコースで大阪に帰ってきた次第。翌8月1日の夕方の便でマレーシアに戻るという、なかなかハードスケジュールで、旧知の友人や教え子の誰とも会うこともままなりませんでした。

というわけで、赴任するはずの三崎にも行っていません。伊方町役場からローカルバスで八幡浜に戻ったのですが、のどかな海辺の町でしたので、おそらく同様だと思います。とにかく海が穏やかでした。四国・愛媛は全くの初めてで、まだなんともコメントできませんが、八幡浜駅前の「豚うどん」(500円)は極めて美味でした。(笑)

さて、マレーシアに戻るエアアジア便は、夜10時発、朝4時過ぎ着で、まあ寝るだけのフライトでしたが、私たちの前にいた男性のキャビンアテンダントはひどい奴でした。唯一の日系の男性アテンダントは走り回っていたのだけれど、彼は何もしない。見事なさぼりっぷり。何度もトイレに潜んでいました。しかもKLIA2への着陸態勢に入ってから、スマホをいじっているという信じられない光景を目にしました。当然ながら乗客には使用禁止のアナウンスは流れてます。うーん。仕事に対してはプロフェッショナルが普通の日本人から見ると、極めて不愉快。
エアアジアの折り畳み傘(RM35)
画像にあるエアアジアの傘は、なんとなくかわいいので買いましたが、もともと私の評価が低いエアアジアなのに、さらに二度と乗りたくないレベルまで低下。できれば、本帰国はJAL…と思っていたのですが、やはり価格には勝てず、もうすでに妻が予約を済ませていたのでした。(笑)

2016年11月21日月曜日

国立新美術館のダリ展に行く。

先日、妻と東京に用事があって日帰りした。最寄駅を始発で出て、直Qバスで京都へ。そこからは新幹線往復である。一人だったら絶対夜行バスだったと思う。(笑)用事のあと、少しだけ時間があったので、六本木にある国立新美術館で開催されてたダリ展に行ってきた。

http://www.fukuoka-art-museum.jp
/jc/html/jc04/02/salvadol_dari.htm
何といっても、シュールの巨匠サルバドール・ダリである。調べてみたら、「ポルト・リガトの聖母」が見れるようだ。ガラ(ダリの妻でありモデル)を原子物理学的に描いた宗教画で、私のダリの作品の中でも好きな作品の5本指に入る。

実は、美術館に向かう途中で、かなり体調が悪くなった。風邪を引いたようなのだ。疲れが溜まっていたのかもしれない。フラフラになって美術館に到着した。妻もダリが大好きなのだが、それどころではないようで、結局ポルトリガトの聖母だけ見て帰ってきたようなものだった。うーん。もったいない。

その後2日間寝込んでしまったのだった。その後も体調不良が続いて、いろんな人に会いたかったのだが、連絡できないまま、大きく予定が狂ってしまった。あーあ。

追記:日曜日の夜にEテレで、「ダリの正体?」と題した特集が組まれ、改めて会場をTVで回ることができた。ちょっとありがたい。妻が最も好きな「パン篭」(これは今回展示されていないのだが、ダリにとって最も重要な作品だと本人が語っていた。これはもちろん私の5本指に入っている。)の映像も流れた。うん、横尾忠則も出てきたし、なかなかいい番組だったのだった。

2016年11月17日木曜日

ベジタリアンはつらいよ。

http://taking-a-stand.jp/
total-vegitalian-vegan-1313
昨日、東京のあるカフェで、シカゴニアンの二人と相席になった。女性の方はブラック・ピープルで無茶苦茶明るい人。まさにシカゴニアンだった。シカゴは大阪と姉妹都市で、しかも市民性も似ている。(笑)2回、シカゴに行ったことがあるというと大喜びだった。今回のトランプの大統領当選について聞いてみると、予想どおりボロクソだった。なんと、彼女はヒラリーと写真も撮っていた。困ったものよねえ。とため息をついたのだった。

ところで、問題はもう一人の白人男性であった。彼もシカゴニアンだが、穏和な感じの人で、ベジタリアンだという。何度もカフェの人に、彼が食べれるものはないかと聞いたのだが、結局、彼女のランチセットについていたトマトスープとポテトくらいしか食べれない。うーん、日本はベジタリアンが少ないから、そういう配慮に欠けるわけだ。

誠に申し訳なかった次第。日本が観光立国を目指すならば、地道なこういう努力を怠ってはいけないと思うのだが…。

2015年6月14日日曜日

国際理解教育学会 ’15 東京

国際理解教育学会研究発表大会の会場 中央大学
昨夜はPM11:20に夜行バスで立川北口へ向かった。高速京田辺の乗り場は物悲しく、しかも3列シートなのに太ったのかどうも寝苦しかった。AM7時前に、立川駅北口に到着した。すぐさまタバコ。だが、駅前は禁煙ゾーンらしく、各所に設けられた喫煙所へ。(笑)久しぶりにマクドで朝食をとった。どうも食いだおれの大阪人としては、東京の食に未だに疑いをもっているので、絶対安全マグドナリゼーションの平均性をチョイスしたわけだ。(東京人のみなさんゴメンナサイ。)ここから多摩モノレールで中央大学に向かう。面白い駅で、南向きに左が明星大学、右が中央大学になっている。毎度のことながら、早く着きすぎた。そして例年のごとく、年会費を支払い、パワーポイントの準備にかかる。研究発表は毎回2人目だ。(笑)

大学で購入したミネラルウォーター
今回は、久々にアフリカ三部作だった。最初はTさんというJ大のグローバル教育センターの方だった。日本人のアフリカのイメージの考察で、中学生・中学校の教員(社会・英語)のもつ地図感覚(世界地図におけるアフリカの位置など)や、イメージする語彙や、教科書におけるアフリカの項目の変化など、なかなか地道だが興味深い内容だった。ガーナを中心にアフリカをかなり回っている方なのに、こういう基礎的な研究をされているのだった。司会をしていただいたO先生から、「問題はこの研究成果をどう活かすかですね。」との指摘。…するどい指摘だと私は思った次第。

私の方は、いつもながら大阪的な笑いをとりながら、まずまずの出来。発表も7回目ともなると、20分という発表時間をうまく活かせるようになった。あまり多くを語りすぎるといい発表にならないのだ。今回は、事前学習(生徒にじっくりとアフリカ開発経済学を講義)を行ったうえでの、ゲーム性を高めたSDゲームだったが、生徒が裏技を発見し、ホテルや農地開発ばかりで増やしてポイントを上げることになってしまった。生徒自ら、こんな国はあかん、と言わしめたことが成功かもしれないという結論であった。途中、私の開発経済学のレベルの高さ(レイディングやオランダ病など)もちょっと伝えた。これがわかる聴衆の先生方も多く、うれしかった。O先生からは、「HDIなどの学びは如何。」という質問を受けた。当然、センの貧困論からHDIについては、人間の安全保障も含めてしっかり指導していると回答した次第。O先生にうなづいていただきちょっと誇らしい。

三部作のラストは、S大のU先生で、大御所である。三部作といってもスケールは極めて大きな話である。宇宙船地球号プログラムをつくりグローバルイシューの学びを推進され、最近はこれをグローカルイシューの学びへと推し進めておられる。ブルキナファソやタンザニアで、「水」についての環境教育を行っているという報告だった。意外にもタンザニアの小学校には生徒全員のPCがあったり、さらにブルキナの小学校でも国全体の水資源について考える授業が行われていたりした。私にはかなりの驚きであった。

…とりあえず、朝の研究発表を終えて下阪の途についた。予定どうり、斎藤哲夫の歌でなじみの吉祥寺で昼食を取った。東京のラーメンがどんなもんか食べてみたのだ。案外うす味でいけたのだった。(笑)大昔、私がまだ小学生の頃、東京タワーの近くで食べた醤油のなかに浮かんでいた「うどん」とはだいぶ違っていた。(笑)帰りは新幹線。たった2時間強で京都に着いた。京都駅で買った妻へのお土産の駅弁は、私のもあわせてすこぶる美味であった。やっぱり、関西味バンザイである。

<斉藤哲夫の吉祥寺 70年代の名曲一度聞いてみてください。>
https://www.youtube.com/watch?v=QQaOeFOwb-w

2015年5月4日月曜日

雨の岩国 航空ショー(後編)

海上自衛隊側の滑走路からブルーと米軍F16を望む
弾丸ツアーの帰路の予定は、実はブルーインパルス次第だった。本来は15時過ぎには岩国を出る予定だったが、15時から飛ぶという情報が入ったらしい。で、集合は16:00に変更になった。(携帯電話に添乗員さんから連絡が入ったのだった。便利な時代である。)なんといってもブルーインパルスは大スターだ。私たち夫婦はこれでブルーを見るのは3度目である。ただ、基地内が広いのと参加者が多いので、滑走路沿いで悠々と見ていることはできない。徐々に駐車場に近づきながら、管制塔から流れる放送を聞いていた。1番機に今、隊長が乗り込んだとか…。岐阜基地での記憶が蘇る。ところで、私は心配でならなかった。この雨の中、かなり危険なフライトなのではないか、と。しかし、ブルーは飛んだ。雨中であろうと、ブルーはブルーである。駐車場からだが、やはり素晴らしいフライトだった。空が全面グレーなので、それこそ忍者が現れるように突然現れる。

雨の岩国 ブルーインパルス
今回の岩国、雨だったことは最大の残念な事だが、それ以外にも残念だったこともある。ハリアーが展示されていなかったことである。展示機の発表もあったので事前に知っていたのだが、極めて残念だった。もしかしたら、オスプレイも見れるかなと思っていたのだが、これも近隣との友好を主旨とした関係で展示されていなかった。当然といえば当然。でも、前編で書いたように、これらを全て払拭できるほどの、すばらしいデモフライトを体全体で感じることができたので十分満足である。

最後に貴重な体験をしたので、エントリーしておきたい。行きのフェリーでのことだ。ツアーごとに2等の部屋に泊まったのだが、超満員。シートとシートの隙間がないほどだった。これには大いに閉口した。見ず知らずの人々との間合いがあまりに近い。私はふと、奴隷運搬船を連想した。きっともっと酷いだろうが。また、阪神大震災や東北大震災の時の避難所、ネパールの避難テントなど、ずいぶん気を使うだろうと今更に感じたのだ。

様々な経験をした1泊2日の岩国フレンドシップデーのツアーだった。このツアーのために体調を整えてきた妻も、「また岩国に行ってもいいと思うけど、船で行くなら個室希望。」と言っていた。(笑)…同感。

雨の岩国 航空ショー(前編)

岩国の米軍海兵隊基地と海上自衛隊基地のフレンドシップデーに行ってきた。梅田からバスで大阪南港へ向かい、バスごとフェリーに乗船。門司から岩国へ入り、航空ショーを楽しんだ後、一気に大阪まで高速を走り、終電までに帰り着くというナカナカ凄いツアーである。(笑)

数日前から気にしていた天気予報は、3日の昼から崩れるような感じだったが、すでに門司では雨だった。傘をさしての航空ショーは辛い。しかし、バスから見た岩国駅から基地へ向かう長蛇の傘の列に圧倒された。凄い人数だ。まだ8:00である。観光バスだけは基地内に設定されたエプロンに駐車場があるのだが、ツアー以外の人はこれまた長蛇の列に並ぶシャトルバスか、歩くしかない。とにかく20万人の人出予想は、雨だろうがなんだろうが関係ないようだ。

F-15のタッチアンドゴー
雨だが、航空ショーはほぼ予定どうり行われた。最大の魅力はやはり戦闘機のデモフライトである。爆音と実際の飛行のズレこそが、醍醐味である。米軍のF-16は、私の最も好きな機種である。やはり、垂直上昇や旋回能力などの軽快さが素晴らしい。航空自衛隊からは、Fー15が飛んで来た。爆音はF-16より重い。タッチアンドゴーの迫力はでかいだけに凄い。ちなみに、米国では、予算削減のためにF-15のデモフライトは行われていないのだという。米軍・空中空輸機によるデモ飛行の予定は変更された。空中給油機はネパールに支援に行っているそうだ。その代わりに、A6イントルーダーの機体を改良したEAー6BとFAー18の編隊飛行と攻撃のデモフライトが行われた。自衛隊の航空ショーではありえない。軍のもつプラスとマイナスの意味を痛感させられるよな話である。

今回の航空ショーの滑走路は、米軍側と航空自衛隊側に分かれていて、米軍側には有料のヒナ段がある。(会場図参照:最上部が滑走路で左米軍・右自衛隊)だから一般人にとっては意外に見にくい。航空自衛隊側は少し見やすいので、そこで主に見ていた。だが、雨がカメラのレンズに当たったりして撮影は難しい。バックも曇天だし…。

複葉機などのアクロバット飛行もあった。雨の中、機体の上に立つ人はかなり危険だったのではないか。パイロットもかなり視界が悪かったはずで、雨ならではのヒヤヒヤ感である。

私はこれまで、岐阜基地と小松基地に行ったが、岩国は規模がかなりでかい。ピザやホットドックなどの米軍らしいフードをはじめ、店も多かった。米軍関係者も多く参加していて、米軍基地の規模自体のデカさにも驚いた。以前、ヴァージニア州ノーフォークの海軍基地のツアーに参加したことがあるが、日本の国土の狭さを考慮しても同様に感じるほどの規模だと思った次第。つづく。

2015年4月22日水曜日

立川・高円寺・吉祥寺

6月に国際理解教育学会で、東京に出る。今回は中央大学の多摩キャンパスである。弾丸ツアー(夜行バス+新幹線)になると思うのだが、ちょっとだけ東京を感じたいと思っている。

期日にあう東京での展覧会も調べてみた。食指が動いたのは、大英博物館展とマグリット展だが、どちらも後日、関西(京都や神戸)に来るらしい。結局妻と行く事になるので今回はパスだなと思う。

夜行バスは立川に着くものをチョイスしようと思っている。立川は、漫画・聖✩おにいさんの舞台である。立川は盛り上がっているらしい。(笑)しかも、JR中央線沿いには、高円寺と吉祥寺がある。高円寺は吉田拓郎の、吉祥寺は斉藤哲夫の曲の舞台で、私には強い属性があるのだ。今のところ、できれば途中下車してブラブラしてみようかなと思っている。

一昨年の広島・弾丸ツアーでは、午前のプログラムが終わって、どこへも寄らずに新幹線に飛び乗った。その前の埼玉大学は、往復夜行バスという無茶をしたので、埼玉で、ウルトラマン展と交通博物館を見れた。今回は、その中庸をめざしたい、などと考えているのだった。(笑)

2014年11月18日火曜日

北海道 夕張を追憶す

夕刊を見て驚いた。高倉健氏が死去したのだ。ショックである。高齢とはいえ、ショックである。沢木耕太郎のエッセイにも度々登場する高倉健氏の人柄には、まさに君子というしかいえない魅力があって、本当に尊敬できる人だったのだと思う。

昔、北海道にハマっていた頃、夕張に行った。少し寂れた夕張の石炭村もよかったが、なにより、「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地が良かった。

映画を最後のシーンを思い出す。。一時は帰宅することをあきらめた高倉健さんだが、桃井かおりに叱咤され、倍賞美津子が待つ炭鉱住宅へ向かうのだ。高倉健さんがじっと目を閉じ、下を向きながら「次の角を曲がって…」などと、赤いファミリアを運転する武田哲矢に指示するのだ。そして、目に映るのは…。

私はあまり映画を見る人ではないのだが、この「幸福の黄色いハンカチ」は何度見ても感動する素晴らしい映画だと思う。何より、高倉健氏の演技と、にじみ出る人間的魅力の賜物だろう。

合掌。