2017年12月14日木曜日

IBTの話(148) 卒業文集のこと

先日の研究発表/中江兆民と平塚らいてうの研究発表の様子
国費生の修了試験の点数も出て、今日は我がクラスの何人かの学生の進路指導をしていた。その合間に、F38の学年(私費・国費生・全5クラス)の卒業文集の我がクラスの進展を見る機会があった。I君とZ君がクラスのみんなと担当の先生方の似顔絵を描いているのだった。これがなかなか上手い。どんな内容になるか実に楽しみである。

私も卒業文集に贈る言葉を考えた。昨年は川柳でという話だったので、引用だが「不可能を辞書に加えて卒業す。」と書いた。今年は、そういう制限が無く、スペースが大きい。昔、T商業高校時代に「私が教えたこと」というタイトルで書いていたことを思いだした。こんなイメージである。

私が教えたこと。神定法と人定法。ヨーロッパの社会類型(自由な個人と不自由な共同体)、近代国家論。アメリカの大統領制。日本国憲法と議員内閣制。ロックの抵抗権。G-W-G' G'-G。需供曲線。リカードの比較優位。ケインズの有効需要。市場の失敗。株式会社。信用創造。マネーストックから見た金融政策。アジア通貨危機。FRBの金塊。ISの構造。公民権運動。HDI。センの貧困。人間の安全保障。構造的暴力。持続可能な開発。
さらに、アリストテレスの中庸(ハンバーガーショップにて)。デカルトの神の存在証明。先天的認識方式。カニ先生と道徳法則。焼きなすびと弁証法。典子は今-対他存在。人間は自由の刑に処せられている。It's Pineapple in NY.
そして、「責任ある行動」という言葉とその「実践」かな…。

私の教え子諸氏には、十分意味が通じると思う。今年は公民と哲学講座に偏っているけれど、結局同じようにスベラナイ話シリーズをやったのがバレバレ…。(笑)

2017年12月13日水曜日

セネガルのクルアーン学校

http://www.kw.undp.org/content/kuwait/en/home/blog/2017/6/9/Saint-Louis-Senegal-the-challenge-of-sustainability.html
国費生の修了試験が昨日から始まって、今日は私の「公民」の試験だった。その採点を終えてから、早めに帰宅させて頂いた。かなり体力面でのダメージが貯まっているようだ。住処で少し仮眠をとったらだいぶ楽になった。と、いうわけで、「子どもたちのアフリカ」の書評を続けたい。本書に3編あるクルアーン学校シリーズの最後は、セネガルの話である。

第1部乾燥地に生きるの第2章「小さなイスラーム教徒たち-セネガルの農耕民ウォロフと遊牧民フルベ」と題された阿毛香絵さんの論文である。舞台はサンルイ市という北部のモーリタニア国境に近い、かつてはフランス領西アフリカの首都だった街である。ここのクルアーン学校はサンルイ市とその近郊で200近くあり、ダーラと呼ばれる。ここで学ぶ子ども達はタリベと呼ばれ、教師はマラブーと呼ばれる。ダーラは、昨日エントリーしたマリのジュンネのクルアーン学校のような塾形式ではなく、ブルキナファソのワガドゥグ-のクルアーン学校に近い共同生活を行っている。ここで語られるキーワードは「良い苦痛」である。

国際組織や政府から多くの批判があるものの、サンルイではダーラは伝統的な教育として息づいている。ダカール(セネガルの首都)など人の繋がりが薄い地域では、子どもの搾取としって良いくらいのダーラもあるようだが、サンルイでは地域住民のマラブーがひどいことをしていないかという監視の目とサポートがあるようだ。

タリベ達が目差すのは、クルアーン全章を暗唱、読み書きできること(ウォッチ・クルアーン)である。親類一同や地区の人々の前で暗唱のテストを受ける。これは大変名誉なことで、その後「知識(ハムハム)」というクルアーンの内容、シャリーアをアラビア語で学ぶ第二段階に入る。

さて、キーワードの「良い苦痛」について、ダーラで学んだ経験のある大学生がこう言う。「教育には二種類ある。学校で学ぶ知識もあるが、もう一方で、人間として生きていく上で正しい振る舞い方や考え方、信仰心を育てる教育、人間形成がある。ダーラの目的は二番目の教育をすることだ。」

近代社会には教育=学校へ行くことと同一視されるが、ウォロフ語のジャング(学ぶ・教育する)には、いくつかの異なった意味があるそうで、1つ目は社会的マナーや価値観、人間としての器量あるいは生きる知恵を得ること。ウォロフ語では好ましい人格を表す言葉として「ヤル」(貞淑さ・謙虚さ・相手を敬う態度)「テギン」(落ち着いた態度、何事にも動じない姿勢)などがある。ダーラでの厳しい集団生活がこれが養われるという。2番目が先ほどのハムハムで理性を養う教育である。数学や語学などの一般的知識、さらにシャリーアの法体系を学ぶという意味がある。最後に、最も大事な「ディーン(信仰心)」を養う教育である。セネガルのムスリムは神秘主義(スーフィー)が根付いており、「タルビーア」という修行を通して神に近づくための魂の教育を行うのだそうだ。

…アフリカに学ぶことは多いと思う。この小論もまさにそうで、欧米的なるものが、普遍的・絶対的な正義である、とは私は言えないと思うし、また日本や欧米の教育の目差すところとも共通点は多い。本書にあるクルアーン学校について書かれた三編を比較しながら読むだけでも実に味わい深いのである。

タリベ達にとっての「良い苦痛」についての記述は、新刊故に今回もエントリーを控えたい。スミマセン。

2017年12月12日火曜日

ジュンネのクルアーン学校

https://media-cdn.tripadvisor.com/media/photo-s/01/64/b9/cf/djenne.jpg
このところ、一念に億劫の心労を尽くしてきた問題が今日の午前中についに100点満点で解決した。で、ボロボロだった体調も一気に回復した次第。と、いうわけで「子どもたちの生きるアフリカ」のエントリーを再開したい。かの有名な世界遺産のジュンネのモスクのお膝元のクルアーン学校の話である。

第4部水辺に生きるの第2章「クルアーンを詠唱する子どもたちーマリの古都ジュンネで」と題した伊藤未来さんの論文だ。水辺とは、ニジェール川を指している。ジュンネはニジェール川が形成する内陸三角州の南端に位置している。支流パニ川のさらに分流に囲まれた街なのである。人口は15000人ほど。商業と稲作が生業のソンガイ人とマルカ人が約40%を占め、牧畜民のフルベ人が約20%、漁民のソルコ人15%、畑作民のバナマン人が5%、その他にも有名な書数民族のドゴン人、マリンケ人、ブア人が住んでいるが、ほぼ全員がムスリムである。民族は違っても、ムスリムは平等である。言語も生業も違う人々を取り結ぶ社会的基盤となっている。

意外だったのは、有名なジュンネのモスクは街唯一のモスクであることだ。クルアーン学校の教師をジュンネ語でアルファと呼ぶ。とても身近な存在で名付けや割礼の儀式を行ったり、教え子の婚活も行うそうだ。また葬儀でも中心的な存在になる。クルアーン学校の教師と行っても兼業で、小学校とは別に、子ども(7歳くらいから)にクルアーンとアラビア語を朝夕教えている塾のようなものである。

本編では、この後様々な子どもたちの日常を追っていくのだが、これまた読者の皆さんには是非とも荒熊さん編集のこの新刊本を購入して頂きたいので、ここまで筆を置きたい。スミマセン。

2017年12月10日日曜日

エルサレムに平和を

https://gunosy.com/articles/Rr2wb
アメリカ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認める宣言(神殿の丘は現状維持・2国家案は放棄しない)をした。テレアビブにある大使館の移動には数年かかるだろうし、その頃にはこの大統領はその座にあるはずもない。要するに世界で最も巨大な権力を握ってしまった男の意思表明に過ぎないのだが、何故この時期に?という問に、「オリーブ山便り」で石堂さんがちゃんと解説してくれている。http://mtolive.blog.fc2.com/

この宣言は、12月6日に行われた。この歴史的タイミングについて、エルサレム東西統一50周年、来年は建国70周年。今年はバルフォア宣言から100年目にあたる。そのイギリスがパレスチナにユダヤ人の祖国を建設するとしたバルフォア宣言の約1ヶ月後英軍を率いて、アレンビー将軍がエルサレムをオスマントルコから解放したのが、5日後の12月11日である。この時アレンビーは軍人としてではなく、巡礼として入るとして馬を下り、徒歩で入場を果たしたという。この12月11日頃は、ユダヤ人をシリアの暴君からたった5人でエルサレムを解放したマカビー家を覚え祝うハヌカの祭りの時期で、アレンビー将軍は今もハヌカの英雄と重なるイメージがあるらしい。(第三者の悪意をもって見れば)大統領も、その英雄に自分を重ねようとしているわけだ。

イスラエル政府はもちろん、右派などは大歓迎であるが、世俗派など普通のイスラエル市民は、この問題で平穏が乱されるのをを望んではいないようだ。当然ながら、パレスチナ人の反発は大きい。特にハマスの支配するガザ地区からはロケット弾が発射された。(アイアンドームで迎撃されたが、駐車場に落ちたものもあるらしい。ショックを受けて手当をされたイスラエル市民はいるようだが、死者・負傷者なし。)これに対してイスラエルはガザに空爆で報復している。負傷者が多数出ている。ガザの抗議デモで、イスラエル軍の実弾威嚇で2人が死亡、2・30人者の負傷者が出たらしい。ヨルダン川西岸の各地でも「怒りの日」のデモは行われ、多数の負傷者を出しているが、現在のところガザよりは比較的平穏のようである。国際社会に目を移すと、アラブを中心としたイスラム諸国は当然のように猛反発しているし、先進国や国連も、この宣言を厳しく非難している。マレーシアでも日本国大使館から、デモが予想される故、アメリカ大使館に近づいてはいけないという注意喚起がなされている。

たとえ、歴代のアメリカの政策(エルサレムをイスラエルの首都とするという議会での決定)であったとしても、大統領の一言が、事実上の戦争を引き起こしている。どこかの国が戦争犯罪人として国際刑事裁判所に訴追してはどうかと思う次第。鄧小平のように、尖閣諸島の問題を棚上げにする叡智をもっていないと大国の指導者はつとまらない。いたずらに正義(私はエルサレムの首都問題ではこれが絶対的な正義だとは思わないが…)をふりかざし、多くの罪のない人々を殺し、傷つける選択をするのは、愚者のやることだと思うが…。

2017年12月9日土曜日

IBTの話(147) 日本語研究発表

優勝チームの発表風景
昨日一昨日と、我がクラスではK先生の日本語の授業で5チームの研究発表が行われた。行われた順に記しておくと、①高度経済成長時代の政治家/池田勇人・田中角栄チーム、②日本を代表する国際人/新渡戸稲造・杉原千畝チーム、③近世日本の礎を築いた武将/織田信長・豊臣秀吉・徳川家康チーム、④明治維新の中核/西郷隆盛・大久保利通・坂本龍馬チーム、⑤日本の人権運動の先駆者/中江兆民・平塚らいてうチームである。

みんなの投票結果から決まった優勝チームは、新渡戸稲造・杉原千畝チームだった。他のチームも良かったのだが、このチームは十分な資料集めをしたうえに、寸劇を入れたりして演出面もよかった。私も知らなかったのだが、新渡戸さんも千畝さんも、洗礼名がパウロらしい。だから、タイトルが「二人のパウロの物語」になっていることだ。私が一番褒めたいのは、こういう普段の学習成果を踏まえた上での、その「一歩先に進んだ部分」だ。

K先生と感想を話し合っていたのだが、その中心は各人の日本語能力の問題である。資料を調べ、これを自分の言葉に直して語るということは極めて難しい。日本語能力が不十分だと資料を棒読みするしかない。たとえ、内容が理解できていたとしても、自分の言葉にするための語彙力が必要である。昨年と違い、今年は学生一人ひとりのおよその日本語能力を私もわかっている。4月以来の日本語の先生方からの様々な授業での情報もあり、そんな目で発表を見ていると、学ぶ方・教える方、両面から見た日本語学習の大変さが理解できる。私と言えば、そういう日本語学習で言う聴解能力や読解能力、語彙能力などはあまり考えずに社会科の指導をしている。学習内容が高度(およそ日本語の上級レベルが中心になるだろうと思う。)故に仕方ないと言えばそれまでなのだが、3年目になる来期はそろそろそういう面でのさらなる工夫も必要かなと思った次第。

IBTの話(146) 最後の授業

この3日間、ブログを更新できなかった。進学指導上のとある大きなアクシデントがあって、帰宅がかなり遅くなり、初日はブログ更新できる状態ではなく、次の日はその解決の糸口が見つかりホッとして、さらに昨日は以前のものよりは大きくないが、新たなアクシデント発生して、という感じである。少しばかり私の体調も悪化している。そんなことより、これまでなにかと弱気だった学生本人が、解決に向けてすごく前向きに取り組んでくれているのが何より嬉しい。
ところで、この件はさておき、この3日間はなかなか濃い3日間だった。昨日で私費生(つまり我がクラスの学生は全員)の授業は終わりである。実は、K市外大に合格したK君は最終日、渡日し入学手続きに行くことになっていたので、一昨日にポスト構造主義のドゥルーズとデリダの哲学史講義をやり終えた後、残りの時間を使って、昨年同様、ウーリーシンキングを実践したのだった。B組にもマレー系を中心とした4人の私費生がいるので同様にした。これまで何度も実践してきたアクティビティだが、いつも盛り上がる。この毛糸を巻いた棒を日本からスーツケースで運んできたことを知った我がクラスの生徒が感動してくれていた。こういう純粋な学生達を教えていることの喜びもまた格別である。
昨日のK君抜きの我がクラスでは、ちょっとディベートをしてみた。JICAの高校セミナーなどでやった複数のチームで行うものだ。これからのアジアはどうあるべきか?日本・中国・マレーシア・アメリカチームで、それぞれ立論させてみた。日本は現状維持、中国はアメリカの影響排除・アジア諸国でまとまっていくこと、マレーシアはさらなるASEAN諸国の経済発展を先進国の協力のもと進めること、そしてアメリカは各国が福祉を増強してそれぞれ経済発展より国民の幸福を追求すべしという立論だった。

なかなか面白い。反駁はアメリカに集中した。(笑)

2017年12月5日火曜日

知立国家イスラエルを読むⅡ

オランダの紙幣となったスピノザ http://www.yoism.org/?q=node/273
「知立国家イスラエル」(米山伸郎/文春文庫)の書評の続編である。第4章にはユダヤ人の優秀性の謎について書かれてある。ユダヤ人が優秀なのはノーベル賞などの人口あたりの獲得数などで実証済みであるが、実に面白い論が載っていた。

ユダヤの律法の体系は膨大であることは周知の事実である。面白いのは、この律法の解釈は極めて自由であることである。ラビは当然いるわけだが、イスラームでは、法学者のみが論議可能なことが、ユダヤ教では一般の信者同士でも論議されるらしい。子供のどんな質問に対しても親は丁寧に答えることを旨としている民族性をもつとのこと。たしかに、内田樹先生のレヴィナス氏に関する本を読んでいて、その議論への執念のようなものを感じたが、ユダヤ人の強さはまさに、この徹底した論議、徹底した真理追究の精神にあるようだ。

ところで、スピノザである。彼がユダヤ系であることは知っていたが、彼の科学的指向が世俗主義をもたらしたという主張があるそうだ。スペインにいたスピノザは現地での宗教弾圧からキリスト教に改宗した。(ウィキの記述ではポルトガル出身で、ユダヤ教徒としてオランダで破門されたとされており、矛盾しているが…。)当然律法を犯したことになるが、スピノザには神からの罰が下らなかったので、ユダヤ人が科学する動きが芽生えたのだという。

なかなか面白い視点である。とにかくも、この自由な議論への徹底した執着こそがユダヤ人の大いなる資質だと言えることは間違いない。

2017年12月4日月曜日

IBTの話(145) INFOデーの日に

INFOデーである。昨日・一昨日とKLCCで大学のインフォメーションをしていた日本の大学が、IBTを舞台に様々な紹介活動をする日である。1年生の私費・国費生も昼から授業も休講になって様々な大学の説明を聞いていた。もちろん外部の方もやってくる。我がクラスからも通訳を引き受けてくれた学生が数人いて、頑張って中国語や英語で担当の大学の説明を行っていた。

私はと言うと、秋田大学や中央大学の先生方と様々な話をさせていただいたが、毎度おなじみの駐車場係が主任務である。今日は曇天で助かったが…。そんな私に、突然日本人会併設の幼稚園の先生が駆け寄ってきた。後でわかったのだが、幼稚園の入り口から私が立っているのが見えて、「サンタクロース」にぴったりの人だと感じられたらしい。(きっと体型だ。笑)昨年のサンタさん役が今年は無理らしく代役を捜していたとのこと。そこで私の写真をこそっと撮って、IBTのS先生に画像を送り、私の名前を聞いて、さらにノリがいいかどうかまで尋ねられたのだという。と、いうわけで、なんとなく19日の日本人幼稚園のクリスマス会でサンタクロース役を引き受けることになった。ちょうど授業もなく、断りようがない。校長やK先生も大笑いで賛成頂いた。まあ、IBTと幼稚園は同じ屋根の下で教育活動をする仲なので宜に断れないわけで…。

そんなこんなのINFOデーであった。

2017年12月3日日曜日

アフリカ学会の抗議文を支持。

日本アフリカ学会の有志が、先日の「なんであんな黒いのが好きなのか」発言に対し、抗議文を送ったという情報が昨日くらいから流れた。しかも現在の日本アフリカ学会の会長は、なんと京大の太田至先生であることを知った。太田至先生の遊牧民の世界の講義は公開講座で何度か受けさせていただいた。私の大好きな先生である。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/02/yamamotokozo_a_23295286/

アフリカ研究に一身をささげてきた先生方にとって、この代議士の発言は到底許すことができないものであろうことは、市井のアフリカ大好き教員の私にも容易に想像がつく。徹底的に、その差別的な精神構造を暴くべきだと思うし、謝罪をさせるべきだ。現在、日本がアフリカに対して、非常な熱意をもって協力していこうとしている時でもあり、認識の低さは甚だしい。

太田先生はじめ、日本アフリカ学会有志の抗議文は、現時点では、学会のHPには発表されていない。私は、このような軽薄な輩が二度と現れないように公に発表されてもいいのではないかと思っている。
http://african-studies.com/

これは、個人攻撃ではない、公僕たる代議士の無理解で差別的な発言への正当な抗議である。というわけで、私は日本アフリカ学会の抗議を断固として支持する。

たとえ、微々たる力しかなくても、一人ひとりがこういう声を上げることが、民主主義社会において極めて重要であると私は思う。
<追記>アフリカ学会有志の抗議文。
https://drive.google.com/file/d/1foWXrJdcOaijTsUk63ekib-eFE9nXyWc/view

100%日系企業 メガネの三城

私の眼鏡は、大阪・枚方の「メガネの美城」で昔々購入したもので、マレーシア・KL、それもミッドバレーのメガモールにも支店がある。パッドというらしいのだが、鼻あてが取れた時も、「日本のミキで買った。」といっただけで、丁寧に直してくれて、しかも無料だった。このところ、眼鏡の座りが悪いなと思ってふと見たら、右側の鼻あてのアーム(パッドアームというらしい)全体が無くなっている。気づくのが遅いことにちょっと歳を感じた次第。

とにかく直してもらいに、妻とミッドバレーに行くことになった。中華系の女性スタッフに相談したところ、結局新しい眼鏡を買うしかないことになった。客への対応は極めて日式(日本的)である。幸い、今日は日本人のスタッフもいてくれて、全く日本同様に検査から遠近両用の調整までしてくれた。新しい眼鏡は1週間くらいはかかるらしい。丁寧な対応に感謝である。

KLに進出している日系企業は多いけれど、日本人社員がどうマネジメントしているかで、大きく違う。メガネの三城は、中華系のスタッフも親切でよく気が付く。(待っている間に妻の眼鏡をクリーニングしてくれし、日本人スタッフは私の眼鏡のフレームもさらに安くていいもの=鯖江産を勧めてくれたりした。)100%日本的で優秀。しかし百貨店のそごうなどは完全にローカル化して名前だけ残っている感じだし、クロネコ・ヤマト・マレーシアなどは日本人マネージャーがベトナムに行ってしまい不在らしく、完全に日系の名を汚している。
ところで、このところ、KLはクリスマスムードである。ミッドバレーも上記画像のような感じ。先日妻と言ったNSK(業務用スーパー)では、極めて中華系のサンタを発見。こういうのもいいやん、と思う。

2017年12月2日土曜日

日経 「時論」から学ぶ。

久々に日本経済新聞の記事についてエントリーしたい。このところ忙しくて目を通していなかったのだが、1週間分自宅に持ち帰ってきた。11月28日の「時論」は、地理学者・ジャレイド・ダイアモンド氏のインタビユーであった。氏の「銃・病原菌・鉄」という本には以前から興味をもっていた。(残念ながらまだ読んでいない。)この記事の中で、私が特に衝撃を受けたのは、中国とヨーロッパの地理的な対比である。(以下抜粋)

中国の沿岸部はなだらかな線になっているが、欧州の地形は半島が多い。だからイタリア、スペイン、ギリシャの各半島は異なる言語を持つ、異なる国家になった。異なる実験が進んだのだ。また欧州は大きな河が多い。それらはアルプス山脈から流れ、ライン川やローヌ川、ポー川、ドナウ川が異なる社会を持つ国家を生んだ。一方、中国には主要な河川が2つ(長江と黄河)しかなく、2000年以上前に運河でつながった。結果として、欧州は政治的に断片化していき、中国は紀元前221年に政治的に統合された。

…この後、中国の統一は強みでもあり、弱みでもあることが語られていくのだが、上記の抜粋部分は、目から鱗の大局的視点であると私は思う。これまで、地理でヨーロッパや中国を語ってきたが、こういう視点はなかった。なるほどと思う。この3月で本来なら定年なのだが、まだまだこういう面白い視点を学生に語ることができるわけで、改めて自分の身の幸せを感じる次第。

ナイロビ キベラの子とも達

車窓から撮影したキベラスラム遠景(2003年)
「子どもたちの生きるアフリカ」の書評第二弾は、ブルキナに引き続き私が実際に経験したケニア・ナイロビのキベラスラムについて書かれた章を挙げたい。大場麻代氏の「スラムで学び、遊び、働く-ケニアの首都ナイロビで」(第5部/都市に生きる)である。著者は帝京大学講師であるらしい。ちょっと遠いが同じ帝京大学グループの一員でもある。(笑)印象に残った内容をエントリーしておきたい。

首都ナイロビの人口はケニアの8%に該当する370万人(2015年現在)、その6割がナイロビの土地面積のわずか5%に相当するスラムに住んでいる、とのこと。キベラスラムはアフリカ最大規模のスラムである。キベラの歴史は、イギリスの植民地政府の傭兵だったヌビア人(現在のスーダン南部に住んでいた人々)に、恩給としてこの土地を与えたことから始まる。土地面積はおよそ2.2平方キロだが、そこに数十万の住民がいる。(この記述は貴重な情報であると私は思う。)

現在の家賃の相場は1部屋あたり500~1000ケニア・シリング(1ケニア・シリング=1円相当)これに電気代が300シリングつくようだ。ちなみにキベラ周辺のアパートを借りたとすると10倍はするらしい。居住者の収入は日雇い労働で1ヶ月3000シリングに満たない者もいれば、公務員で15000シリングの収入がある者もいる。低所得者ばかりというわけではないが、その割合は高い。

…この論文を読むと、私がケニアを訪れた2003年当時より、だいぶ義務教育の無償化が進んでいるようである。しかし、給食は有償だし印刷経費なども徴収するようで、年間2000~4000シリング、さらに制服代(ケニアではイギリス式で制服がある。制服と言うにはちょっといい加減ではあるが、ネクタイやスカート・ズボンなどの色が指定されている。制服を用意できないために小学校に行けなかった子供の話も聞いた。)の負担が500シリング必要になるらしい。とはいえ、公立の学校の就学者数は大幅に増加したが、教育行政がうまくいかず、教育の質の低下が指摘されているらしい。

そこで、民間(私立)の小規模な小学校がスラム内にあって、経費は1000~8000シリングと高いものの熱意をもった教員(公立の教員の1/3~4の給料なので無資格の者も多いらしいが…。)への期待が高く、こちらに通わせる親も増えているらしい。

この後に続くスラムの子ども達の姿に関しては、例によって新刊なのでここまでにしておく。興味のある方は是非とも「子どもたちのアフリカ」(昭和堂)を購入してください。

2017年12月1日金曜日

ブルキナのクルアーン学校

ブルキナファソ/ゴロンゴロンの家畜市の様子
マレーシアでは、今日はムハンマドの誕生日で休日である。朝から、K君の合格の報、さらに渡日中の国立大学受験生のS君から、あるアクシデントの連絡があり、その対応のためIBTに出勤した。とはいえ、今日はイスラム教関連の休日である。
イスラムと言えば、先日、日本で購入した荒熊さん編集の「子どもたちの生きるアフリカ」の書評を書こうかなと思う。荒熊さんの項のクルアーン学校の子どもたちの話が面白かったからだ。
この本には十数編のアフリカの様々な子どもたちの報告が綴られている。凡そ、乾燥地域やサバンナ、都会といった風に風土にそって編集されていて、非常に興味深い。アフリカの多様性を感じるための編集方針だそうだ。

「乾燥地に生きる」の第3章「ストリートに生きる子どもたち-ブルキナファソの最大民族モシ」と題されたものが荒熊さんの論文である。実は、私はブルキナファソに行った時、荒熊さんのフィールドワークに付き添ったという貴重な経験をしている。また以前京都の地球研で研究発表も聞かせていただいている。したがって、およそ既知の話なのである。とはいえ、面白い記述がちりばめられているので趣意で紹介したい。

(ブルキナファソの首都の)ワガドゥグは、ムスリムの通商民族だったハウサの人々の強い影響を受けてきたわけだが、一方で「ムスリムがマジョリティのクリスチャン都市」(文化人類学者スキナーの言)で、とてもイスラーム的とはいいがたい文化的状況を示しているとのこと。
…たしかにビールを出す店が大通りに並び、町の隅々で豚肉を焼く様子が見られる。マレーシアも同様だが、異文化が共存しているのと事情はかなり違う。

…記されているクルアーン学校の子どもたちも実際この目で見た。
彼らは喜捨の受け手であり、大人たちは彼らを忌避の対象としながら、一方でバラカ(祝福)を与えてくれる聖なる存在でもある。ワガドゥグ北部のクルアーン学校のタリベ(生徒)たちは、毎朝決まってガソリンスタンドにやってくる。朝のGSはバイク通勤の多いゆえに人が最も集まってくる場所である。全ての客が小銭を扱い、つり銭が出ることも多いので、喜捨を受けるのに最も都合がいいらしい。回転率がいいのである。説教する大人もすぐに立ち去るとのこと。

このクルアーン学校の子どもたちの行為については、ムスリムの中でも評価が大きく分かれているらしい。本来教育を受けるべき時間に物乞いを行うのは人間の尊厳に良くない、という意見。他方で、イスラームの宗教的要請として物乞いを捉え、言い換えれば仏教における托鉢のような意義をもつという意見があるそうだ。ちなみに、金曜日とその前日である木曜日は、タリベたちは物乞いを行わないらしい。…なるほどである。マレーシアではこういう子どもたちの姿を、少なくともKLでは見たことがない。ブルキナファソとは経済的な立場もあって大きく違う。

…続いてストリートチルドレンの話に移るのだが、新刊だし、多くの方に購入を呼び掛けたいので、エントリーはここまでにしておきたい。
…嗚呼。ブルキナファソの青い空とワガの喧騒を思い出したのだった。

IBTの話(144) 祝 K市外大合格

https://kobecco.hpg.co.jp/wp-content/
uploads/2016/06/20160601501-770x609.jpg
朝から、嬉しいニュースが飛び込んできた。K市立外大にK君が合格したのだった。この大学は、前々任校で多くのOGを送り込んでいる。国公立の外国語大学では、およそ全国3番目の難関である。私費留学生の入試では、EJUの成績も全く関係なしで、独自の英語・小論文試験を課し、面接もある。K君は、6月のEJUで、日本語も総合科目も高得点をたたき出したのだが、結局独力で勝ち取ったわけだ。併願を考えていたD大学出願で、アクシデントがあった故に、喜びもひとしおである。

マレーシアからの私費留学の道は険しい。日本国内在住の留学生は、様々な手続きも比較的容易だが、マレーシアからは書類ひとつ送るのも日数がかかり大変である。入学検定料なども、クレジット決済で海外送金が可能な大学もまだまだ少ない。

この後、入学手続き・就学ビザ習得という壁が立ちはだかってくる。IBTは「自立」を教育目標のひとつに掲げている。こういう様々な問題をクリアーしていくために、学生には自立した精神が必要になるからだ。

2017年11月29日水曜日

新しい電子レンジ

日本に一時帰国する前に、我が住処の電子レンジが故障した。動いているのだが、ちっとも暖かくならないのである。電子レンジがないと、お米を炊いた後の残り(適当な分量にわけて冷凍しておくことになっている。)を暖めることが出来ないので、妻は非常に困っていた。大好きな桃太郎の天ぷらうどんを作ることも不如意である。日本から帰ってきて、コーディネーターのJさんに見て貰ったら、「これダメね。オーナーに連絡して新しいの買ってもらうね。」と少しばかり助詞の少ない日本語で答えてくれた。

で、今日、新しい電子レンジが入ったというわけだ。マレーシアのコンドミニアムは、家具や電化製品などオーナーの趣味で揃えられている。これまでは、中国だか台湾だかわからないが、中国語表記主体(一応英語表記も小さく書かれている)の電子レンジで、なんとなくチャチな感じがしたが、今回はシャープである。おお、日本製といいたいところだが、台湾資本になっているし、そもそも生産国はどこだか解らない。(笑)とはいえ、前よりはるかに電子レンジらしい。(画像参照/上にあるのはK先生よりいただいたフィリップスのオーブン・トースターである。)

せっかくなので、最近の生活の改善状況も記しておくことにする。一時帰国した際に、枚方のイズミヤで「のれん」を買ってきた。キッチンの入り口にかけてある。料亭みたいで私は気に入っている。(本日の画像参照)ダイニングテーブルにも、NSK(業務スーパー)で購入した「ランチョンマット」があって、これまた高級感がある。のれんもマットも高価なモノではないが、なんか心が豊かになる。

今日も忙しかった。始業前から国立のS大学の経済学部のための面接指導。面接を受ける本人も大変だが、担任の気苦労も人一倍である。まあ、こういう気苦労こそが担任の醍醐味であるわけだ。そして、様々な気苦労を回復してくれるのは、落ち着ける我が住処という生態系になっている。

2017年11月28日火曜日

IBTの話(143) 偶像崇拝

マスジット・ジャメ http://kuala-lumpur.seesaa.net/article/287197626.html
哲学講義は、A・B両クラスともアリストテレスまで終了した。次はヘブライズムなのだが、4月にすでに教えている。しかもマレー系ムスリムのB組では、釈迦に説法というか、そんな感じである。モーセの十戒のところで、ちょっと私から「偶像崇拝」について質問してみた。(シナイ山を下りてきたモーゼが偶像崇拝するユダヤ人に激怒する話からだ。)

たとえば、「キティちゃんのぬいぐるみは、偶像崇拝になるのか否か」?大多数の学生の回答は、「子どものおもちゃとしてならば問題はない。」…なるほど。ならば、「キティちゃんが大きく書かれたTシャツなどはどうか?」これも大多数の学生の意見は、「普段着としては問題ない。(ただし、彼らはそういう柄の服装はほとんどしない。)」ではと、私が質問した。「マスジット(=モスク)・ジャメ(KLで最古のモスク)の入り口に、人の顔や動物などが書かれた衣服での入場禁止と書かれていたが、偶像崇拝ではないのか?」これに対し、数人の学生の意見。「モスクにおいては礼拝の集中を妨げるが故に禁止されている。」…なるほど。では、「(礼拝中に最も視界に入る)背中にそのような柄があったり、おしりに書かれていたり、靴下の裏なども、そのような柄は禁止か?」「当然である。(笑)」

まるでシャフィーイ派法学のフィクフを聞いているような感覚である。この時ばかりは私と学生の立場が完全に逆転である。(笑)ソクラテスの無知の知を語った後だし、イスラム理解は、疑問点を学生に聞くのが最も早いのだった。

2017年11月27日月曜日

IBTの話(142) 大車輪

EJUが終わっての2週間のスクールホリデー明け初日である。今日は変則的な時間割で、1限目が我が担任の私費生のA組、3・4限目が国費生のB組。今年も哲学講座の開幕である。(以前からの学生の希望である。)センター試験対応ではないし、大学の教養で哲学をとっても差し支えないようにするという程度の基本ポリシーなので、一気に進めていく。哲学の命題は、自然・社会・自己自身という3つあるという話から始めて、1コマだったA組は、ソフィストのプロタゴラスまで、50分多い2コマのB組は、ソクラテスまで終わった。途中、ギリシア神話ではエディプス神話とエディプスコンプレックスを教えたりしたのだった。(心理学をやりたいという学生を減らすために、EJUが終わるまで教えなかったのだ。特に国費生は心理学希望者が多いが、もう既に志望先は決定している。)かなりのスピードの講義ではある。

これに5限目は、日本語の研究発表の準備で、会議のあるK先生に代わって私がA組に入った。入試で日本に行ってまだ帰国途上の学生もいるので、全員が揃っているわけではない。とにかくこれからの準備を進める上での計画を立てさせることを主題にした。特に西郷・大久保・龍馬組などは、かなり日本史を教えておかなくてはならない。少しばかり講義した。かなり大変だと思う。一方、スクールホリデー中の2週間、よく調べてきている班も多々あったりして、なかなか期待大である。特に、新渡戸・杉原千畝班などは、日本語大好きのI君が、私が貸してあげた新渡戸稲造の名著「武士道」(岩波文庫)を読破してくれていたりする。

と、いうわけで、今日は4/5コマの授業だったわけだ。大車輪というタイトルは、そういう状況を表現してみた。

ところで、今日は休み明け故にクラスの学生から様々な報告を受けた。予想外に早く私大の合格通知がきたという嬉しい報告や、一方で書類が間に合わなかったのでD大の受験が不可能になったという心臓に悪い報告もあったし、合格した私大への申請書類の質問もあった。就職活動の報告もあったし、明後日に渡日する国立のS大学に、11月のEJUの結果を成績登録する旨の連絡(国際電話とメール)も送って話をつけた。さらに別の国立のS大学の特別入試が今日から始まり、その指導にも追われた。と、いうわけでゆっくり休憩する暇もなかったわけだ。追い打ちのように、卒業文集や私費生の卒業式の歌の係も決めなくてはならなかったし、日本から妻が送った荷物も届いたりと、いやあもう大変。(笑)

身体は大いに疲れたけれど、楽しい一日だった。妻の手料理に舌鼓を打ちながら、そんな風に振りかえれること自体が幸福なような気がする。

2017年11月26日日曜日

1ケ月ぶりのブキッビンタン

ブキッビンタンは、KLの繁華街である。大阪で言えば、梅田・なんばといった処である。用事があったので妻と行ってきた。ブキッビンタンへは、自家用車のない我が家としては、タクシーが最も便利である。だいたいRM17、15分ほどで着く。私たちは住処のあるタマンデサからしかタクシーは使わない。理由は簡単で、ブキッビンタンやKLCCなど観光客の多い地域から乗ると、変な運転手にあたることがあるからだ。

「グラブ」というタクシーより便利だと言われている一般車を使うシステムもある。一応、スマホにアプリは入れているけれど、私はもちろん、妻も使いこなせていない。(当然全て英語である。邪魔くさいのだ。笑)タクシーを使わないとすると、公共交通機関しかない。帰路、モノレールでKLセントラル駅まで行って、650番のバスを待つというのが、これまでの定番だった。モノレールはいつも混雑しているし、本数も少ない。KLセントラル駅近くのバス停も少しばかり離れていて、炎天下の場合なかなかつらいのだった。しかし、MRTが開通してからは、一気に便利になった。ブキッビンタンの地下駅からパサ・セニと発音するバス・ステーション(650番を始め多くのバスの始発地)まで2駅。本数も多いし、快適だ。ある出口を使うと、650番のバス乗り場そのものに出る。ずいぶんと楽になったのだ。

ところで、ブキッビンタンに出ると、最近はパビリオンというモールの地下のフードコートに寄ることになっている。美味しくて、安価で、しかも明るい雰囲気で妻共々気に入っている。パビリオンでは、まだ11月なのに、(もっと言えばイスラム国家なのに)すでにクリスマスの飾り付けが美しい。KLの各モールは、こういう季節の飾り付けが大好き。見応えがある。(クリスマスが終わると、新年の干支、さらに中国系の旧正月の飾り付けに代わるはずだ。)
と、いうわけで、今日のランチは中華粥をチョイスした。(上記画像参照)よく考えると、2日連続である。(笑)このお粥屋さんは、揚げパン(妻によると大豆が原料らしい)・豆乳とセットでRM9.9。実に美味であった。マレーシアで食したモノの中で十指に入ると私は思う。

2017年11月25日土曜日

街も政治も生き物である。

街は生き物である。日本でも1年ぶりに帰ってみると、新しい店が出来ていたり、新しい住宅が出来ていたりすると共に、つぶれた店もあったりする。我がタマンデサでも、来て早々にお世話になったフードコートの中華粥屋が閉店してしまい、妻が来てくれたから良いものの、単身なら大いに困っているところだった。

最近(といっても8月くらいだと思うが…)、同じ場所で新しいお粥屋が営業を始めた。前よりRM0.5高いのだが、これがなかなか綺麗に盛りつけしてくれて、しかも量も多いので、妻とよく食べに行くようになった。私はピータン、妻はゆで卵のチョイスである。(画像参照)カメラが故障中なので、なかなか写真が撮れずにいたのだが、今日、妻のバカチョンデジタルルカメラで撮ってみた。やはり、自動的にフラッシュをたいたりするので、写真的にはあまり気に入らない。(笑)

ところで、政治も生き物である。ついにムガベが大統領の座を降りた。見事な無血クーデターであり、マリの外相が言うように「アフリカの政権交代の新しいカタチ」となった。

そのアフリカに対して、とんでもない発言をする日本の政治家もでた。隣の選挙区の議員がアフリカとの友好議員連盟に参加していることを来賓挨拶の中で(おそらくはサービス精神の軽口だと思われるが)「なんであんな黒いのが好きなのか」という発言をしたらしい。この議員、大蔵官僚から何度も落選しつつ結局自民党に復帰し大臣にまでなっている。この程度の知性の輩が日本の政治を動かしているのかと思うと情けない。東大の法学部卒らしいが、学歴と人格は関係がないようだ。アフリカに学ぼうとする私からすれば、とんでもない暴言であり、到底ゆるせないものだ。差別的感情はついつい軽口からでる。差別感情はないという謝罪の言葉は絶対ウソだ。

そんなこんなで、長かったスクールホリデーが終わる。いよいよ月曜日から授業再開である。

2017年11月24日金曜日

「知立国家イスラエル」を読む

日本に一時帰国したとき、息子からまだ読んでいないけれど先に読むか?と託された本が3冊あった。その一冊が長々とエントリーした中田考氏の「帝国の復興と啓蒙の未来」である。残りの二冊は松山洋平「イスラーム思想を読み解く」と佐藤優の「集中講義 民族問題」であった。結局、この二冊はパラパラと斜め読みして終わってしまった。ところで佐藤優の本の同時新刊の広告に、この「知立国家イスラエル」(米山伸郎/文春新書・本年10月20日発行)が載っていたのである。タイトルに大いに惹かれたので、アマゾンで注文し、帰国時の機内で読み始めた。エアー・アジアXは、全くエンターテーメントがないので、読書するか睡眠しか選択肢がない、修行のようなフライトである。(笑)しかも、この本、第一章は全く面白くないのだ。第二章はちょっと面白くなり、第三章で初めて購入してよかったと思える本である。新刊なので、あまり詳しく書かないほうが良いと思っているのだが、少しだけ内容をエントリーしておきたい。

イスラエルには徴兵がある。実際イスラエルに行った際にも、多くの高校生は徴兵があるゆえにあまり勉強しないと聞いた。しかし、上位の人間は全く違うようだ。5万人の同学年の生徒の記憶力、繊細さ、知性、性格を測定するための計量的心理テストと知能テストが行われ、56段階に振り分けされるとのこと。これに体力試験を含め、97段階に分類され、パイロットなどになるにはトップの97になることが必要とされる。軍は、この結果を踏まえ、各人にいくつかの配属先を提示し選択させるらしい。極めて合理的なシステムになっている。

ところで、理工系の最優秀な30人ほどはタルビオットと呼ばれる最先端軍事技術を学ぶプログラムに送られる。彼らが軍の中で教育を受け、さらに高度な専門分野を学び、イスラエルのIT技術(国防だけでなく、民間の技術も含めて)を支えており、起業してGDPを稼いでいる。また、8200部隊というサイバー諜報活動に入るエリートもいる。
これらのエリートをイスラエルはうまく抽出し、育て、国防にも経済にも活用しているわけだ。結局、国家を支える一握りのエリートを育てる能力というのが、国家の存立に関わるという極めて分かりやすい例だなと思う次第。

2017年11月23日木曜日

夏のクアラルンプルへ戻る。

無事一時帰国を終えて、渡馬してきた。正直なところ、日常と非日常がが逆転し、こちらのほうが落ち着くのである。とはいえ、冬から夏へまたまた戻ったので、体調が心配。

ところで、今回の一時帰国で食したものは、マレーシアでは食べれないものばかり。まず卵かけご飯。(こちらの生卵は食せない)王将の餃子と五目麺(中華料理は豊富だが、日本人にやはり合うのは食べ慣れた王将である)大阪人としては、たこ焼き・イカ焼き。(お好み焼きは普段から妻の手料理で食している)それに枚方名物の御座候の大判焼き。鰻丼(こちらでも食べれるが極めて高価である)、寿司(ヒラカタのTサイトで食した。本当の日本式はKLではかなり高価)とお刺身。ゴボウ天・ごま豆腐・卵豆腐(こっちのはあまり美味しくない)。それにきつねうどん(関空で最後に食べた)。まあ、以前日常的に食していたフツーのモノばかりだが…。妻の方は、息子夫婦と「鮒寿司」と、かなり高価な大吟醸を楽しんでいたのだが、私は飲めないし食べれないので遠慮したのだった。(笑)

今日の画像は、行きに妻が息子夫婦に購入したバクのぬいぐるみ2体のうち小さい方(結局我が家の土産になった)。と、関空で購入したガーナ産のミニ・シャンベ。意外に安くて3000円くらい。妻はここの店(一村一品マーケット)が大好きである。それとKLIA2の空港で買った1mmのメビウス(街では売っていない。マレーシア特有?のどえらい写真付き)。街で買える最も軽いタバコは3mmのライトブルーのメビウスである。

2017年11月22日水曜日

冬のヒラカタ

ヒラカタのTサイト(G12で撮った写真)
今回の一時帰国についてエントリーしようと思う。タイトルを「冬のヒラカタ」としたのは、晩秋ながら冬のような寒気に見舞われたからである。ちょっと森進一の歌もイメージした。(笑)

前半は、3日連続で枚方市駅にバスで出かけた。市役所に行って、友人の見舞いに行って、糖尿病の病院に行って、歯医者に行って、CANONのサービスセンターに行くためである。その後J堂に行って荒熊さんの新刊本を購入。

IBTのOB/OGと前任校のA君
一日休憩をとって、土曜日にIBTの国費生で近畿圏にいる神戸大・滋賀大のOB・OGのメンバーと、たまたま大阪に来ていた静岡大のOB、前任校で今年奈良県立大に合格したA君と合った。私を入れて8人で京橋のカラオケに行ったのだった。女子学生はみんなカラオケが苦手なようだったが、A君を含めた男子学生3人がうまくリードしてくれて、楽しい時間を過ごせた。印象に残った曲。国費生が卒業式で歌った「オレンジ」。A君が浪人時代の気持ちを歌い上げた「笑顔でいられれば」。N君が歌った「大阪LOVER」。…なんでこんな歌知ってるんや。最後は、今や日本を代表する名曲「世界に一つだけの花」でしめた。

同窓会のホテルから生駒を望む
日曜日は高校の同窓会だった。妻と阿倍野へ。高層階のホテルで豪華な還暦の同窓会であった。内容は個人情報の固まりなので、笑い話を1つ。小学校からの付き合いのMちゃんが、ウーロン茶を頼んだので、私も「Me too」と思わず言ってしまった。マレーシアではフツーであるが、なんと水が出てきたのだった。「ミーツー」が「ミズ」になったのだった。(笑)

月曜日は、夜に駅前の店で、前々任校のOG2人と合った。二人ともここ1年で結婚して近隣に住んでいる。本人達の近況と、前々任校の卒業生たちの近況も聞けた。2人とも幸せそうで安心するとともに、心配な卒業生もいて、Gメールをくれると嬉しいなと思う。

一時帰国に際して、会いたいと思っていた先生方、友人や教え子もまだまだ多いのだが、昨年は風邪を引いて寝込んだので、今回は事前にメールで会う約束をしていたメンバーに絞った次第。来年は、空港まで送りに来てくれた前任校メンバーをはじめとして、いよいよ大学4回生になる。すでに、日本で使っていた携帯電話は破棄していて連絡も取れないので、彼らにもGメールを送ってくれることを期待したいと思う。

2017年11月21日火曜日

Canon G12との別れ

マレーシアの独立記念日(8月)前に、愛機G12 が故障して、中古のG12をヤオフクで落札したのだが、手にした翌日ディスプレイがすぐに映らなくなってしまった。で、Canonサービスセンター大阪に持っていって、修理を依頼したのだが、結局部品がなくて、修理不可能というメールが入った。あ~あである。

そのまま返却するか、新しいG12 以外のカメラと交換するという選択が示された。修理に出したG12は撮影と画像の保存は可能だが、全てのメニューが使えそうにない。

2種類あった交換機で、私が選んだのは、PowerShot G1X MarkⅡというカメラである。普通に買うと、5万円以上するのだが、27000円で手に入るようなので、究極の選択で交換を選んだ。まあ、結局、G12の代わりにこれを買ったのと同じくらいの負担になった。あまりカメラのことは詳しくないが、G12の後継機である。実際に手に取ったのは、サービスセンターから帰る時くらいで、特に好印象はないのだが…。
3ヶ月後か半年後に、妻が次に一時帰国した後、マレーシアの私の元に来る予定だ。それまでは、妻が日本に置き去りにしていたバカちょんデジタルカメラを使うことになった。ブログの画像を撮るにはまあなんとか…。

帝国の復興と啓蒙の未来(8)

ルソーの社会契約論
https://www.amazon.com/
Du-contrat-social-
Principes-politique/
dp/1549767127
「帝国の復興と啓蒙の未来」備忘録、いよいよ最終エントリーである。中田氏は、西欧的人権について、イスラーム法学者の立場から批判している。イスラーム法は属人法であるが、普遍的とされる西欧の人権は、他の文明圏への押しつけでしかないと。

ここでルソーの「社会契約論」が引用されている。
(ユダヤの法と)10世紀ものあいだ世界の半ばを支配してきたイシュマエル(アブラハムが奴隷に生ませた子である。イサクの義兄弟に当たる:アラブ人の祖とされる)の子(=ムハンマド)の法は、これらを制定した人々の偉大さを、いまなお告げている。そして高慢な哲学者や盲目な党派心をもつ輩は、これらの法律を制定した人々は幸運な山師にすぎないと考える。しかし真の政治家はこうした制度のうちに、永続的な事業を司る偉大で強力な精神の現れをみいだし、称えるのである。

…ルソーは、一般意志という概念を主張していることで有名だが、人間に法を与えるのは神でなければならない。と同じ「社会契約論」で述べているとのこと。この辺の感覚は私にも理解できる。一般意志と神定法であるイスラーム法は共通点が多いと思われる。

この中田考氏の著作の帯には「読み終わったとき、もっとも危険な世界史が見えてくる。」とある。中田考氏の著作を読み込んでいる身には、あまり帯コピーのような実感はないのだけれど、(初めて中田考氏を呼んだ方には)決してウソではないと思う。

2017年11月20日月曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(7)

モーセが批判した偶像
https://world.wng.org/2014/
03/remembering_god
_is_god_and_we_are_not
「帝国の復興と啓蒙の未来」の備忘録の続きである。中田氏は、「カリフ制の再興」を主張するイスラーム法学者であるから、当然この「帝国の復興と啓蒙の未来」の結論もまた、領域国民国家への否定である。この本のタイトルの「帝国」とは、カリフ制のイスラーム帝国を意味する事は明白だし、「啓蒙」とは、一神教から脱したキリスト教世界の欧米・領域国民国家を意味する。

前回のエントリーの後、さらに正教的ロシア世界と儒教的中国世界に於けるイスラームと関連の歴史、さらにオスマン帝国でカリフ制の崩壊を説き、現在の世界状況について、イスラームの側からの意見を述べている。面白かったのは、中田氏が梅棹忠夫(「文明の生態史観」を書いた著名な文化人類学者)や田中明彦(前JICA理事長で「新しい中世」を書いた国際政治学者)を引用していることだ。スタンスはともあれ、一流の学者は、やはりわかり合う部分が多いのだろうと思う。

ところで、中田氏の領域国民国家批判は熾烈である。またまたトインビーの登場である。ナショナリズムこそ、ヒューマニティーに立脚する西欧の啓蒙プロジェクトが抱える最大の矛盾、病弊でありイスラームこそがその処方箋になることを半世紀以上前に見通していたのはトインビーであった。「歴史の研究」の中で文明の衰退の原因を分析し、自分でつくった偶像の奴隷となり、選択の自由を失うこととしている。キリスト教だけでなくすべての高等宗教の教えに反する領域国民国家を崇拝するナショナリズムという偶像崇拝が、世界中で実際の人々が奉じている宗教になっている。このナショナリズムという偶像崇拝の悪魔的邪教は有史以来の21の文明のうちの14~16の滅亡の原因であったばかりではなく、今日ではデモクラシーの名を繕う国家主義の形を取ることによって、歴史上かつてないほどに戦争を残酷なモノにしており、真に人類の文明にとって重大な脅威になっている。
トインビーは、このように述べていて、今は眠っている汎イスラーム主義の覚醒に期待していたようだ。

…反ナショナリズムの議論の引用としては、これ以上の引用はあるまいと思う。なんといっても大歴史学者・トインビーである。トインビーがナショナリズムを一神教に於ける最大のタブーの1つである「偶像」という語彙で表現しているのが凄い。

NHK 龍馬最後の30日を見る。

NHKスペシャルの「龍馬最後の30日」を見た。越前藩に残された最後の龍馬の手紙を元に作られたフィクションだが、史実になかなか忠実で、見応えのある内容だった。

龍馬暗殺は未だに謎が多く、見廻組の仕業というのが一応の定説だが、このフィクションでは、山内容堂の陰謀説を採っている。たしかに、龍馬の思惑であった大政奉還を成し終えた段階で、武力倒幕をめざす薩長にとっては、龍馬のスタンスは邪魔であったに違いないし、幕府と薩長両者の中間的存在だった土佐は、旗幟を鮮明にする必要があったはずだ。しかし、龍馬暗殺(1867年12月10日)直後の小御所会議(1968年1月3日)で、山内容堂は、薩長は、慶喜の官職辞職と幕府の減封に対して反対しているので、(結局土佐は薩長側に寝返るが…。)私としては、少しばかり納得は行かない。薩長の可能性もあるし、佐幕派の線もありうる。

船中八策(これも歴史学上、謎が多いらしい)の先進性は、このドラマでも最後の松平春嶽の回想にあるように、極めて突出していたと思われる。ただし、西郷は下級武士による下院的な議会構想をもっていたらしいし、多くの先進的な志士の考えをまとめたものであるといえる。龍馬だけが、背負っているものが藩ではなく海援隊だけだったわけで、自由に発想し動けたわけだ。「どいつもこいつも頭が固うて自分が得することしか考えていない。」という台詞は、よくわかるけれど当時としては当然の話である。

いずれにせよ、春嶽のところにあった自転車(ビラスビイデ独行車)に龍馬が初めて乗り、春嶽も乗るというシーンはこのドラマの象徴的なシーンであると思う。この名君は幕末では特に魅力的な人物だが、情に厚いが故にこの時代をリードできなかったのかもしれない。ある意味、佐幕派に祭られてしまった会津の松平容保と対極を成すような気がする。

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20171119
http://o.x0.com/m/623493

2017年11月19日日曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(6)

ウマイア朝時代の金貨
http://natt.jp/photoindex4112.html
「帝国の復興と啓蒙の未来」の備忘録エントリーを続けたい。中田氏はかなり詳細なイスラームの歴史を述べた後、トインビーに続いて、日本の歴史学者・宮崎正勝から多くの引用を得ている。

世界史の誕生についてはいろいろの考え方があるのは当然だが、私は多くの文明が併存し、膨大な歴史を積み重ねてきたユーラシアに、現在のイスラーム圏にちながるイスラーム大商圏が形成されたことを、世界史の誕生として位置づけるのが適当と考えている。

イスラームがグローバリゼーションの先駆けになったのは、地理的にも文明史的にも必然と言える。モロッコから東トルキスタン(現ウィグル自治区)まで東西に延びる大乾燥地帯、地中海沿岸の北アフリカからインド洋、南シナ海につながる海域がイスラーム世界に含まれており、東西文明が交流する回廊となった海の道、シルクロード、草原の道の大部分がイスラーム世界に属しており、古代の四大文明のうち中国文明を除くエジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明がイスラーム世界のうちに内包されているからである。

中田氏も、この視点を支持し、アッバース朝革命は単に王統の変化ではなくアラブ帝国からイスラーム帝国への移行で、イスラーム教・イスラーム法・アラビア語による諸民族が統合される大空間を生み出し、イスラーム法による商業統制は緩いものであったため、商業活動が盛んになり「モノ、ヒト、情報が移動するネットワーク上の商業帝国」が維持されたと述べている。

…面白いのは、この大商圏の話だ。イスラーム法がムスリムの商人には2.5%の浄財を課している。庇護民の貿易商には5%の税、イスラームの外から来た貿易商には10%の税を課されており、関税に似た機能を果たしていたとしても、少なくとも理念上は通行税や関税は課せられていない。またイスラーム法は、正貨を金と銀と定め、市場監督制度で金銀の制度を保証している。アッバース朝は、東ローマ帝国の金本位制とサーサーン朝の銀本位制を引き継いだのだが、大商圏の拡大が金貨銀貨の供給量を超え、バグダッドに多くの銀行が出来、小切手の使用が一般化したことだ。モロッコでもこの小切手を現金化できたという。十字軍により交易が盛んになり、イタリア商人がこれを導入、銀行を設けた。小切手の語(たとえば英語のcheck)もアラビア語のサッカがなまったものだし、簿記の技術もイタリアに伝わり複式簿記として定着したというような事実だ。

2017年11月18日土曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(5)

https://www.goodreads.com
/book/show/369010.
A_Study_of_History
「帝国の復興と啓蒙の未来」の備忘録を続けたい。この本には、中田氏の著書としては珍しく、トインビーが出てくる。超有名なイギリスの歴史家である。トインビーのイスラーム観を中田氏は、必ずしも肯定しているわけではないが、今回の書物で地政学的な視点を歴史から説く上で引用が多い。

トインビーは、西欧キリスト教文明をヘレニズム文明の継承文明とみなす一方、イスラームをシリア文明の継承文明と見なしている。一神教の発明をシリア文明の最大の偉業と見なす一方、キリスト教については、その創造力の萌芽は、ヘレニック社会本来のものではなく、外から来たもので、キリスト教自身は理論上の一神教と偶像崇拝の禁止を忠実に遵守しながら、実際上はキリスト教に改宗したヘレニック社会人の多神教徒偶像崇拝に譲歩したと述べている。つまり、トインビーによると、キリスト教は一神教としてはその発祥のシリア文明に由来しながらも、一神教の正嫡であるユダヤ教から分離しヘレニズムの多神教と偶像崇拝を混淆(こんこう)しており、また地理的ににはヘレニズムのヨーロッパ社会にとって外来の異質なものであったというわけである。また、トインビーは、ユダヤ教については、普遍宗教に脱皮したキリスト教、イスラームと比較して、神の地方性と排他性という2つの特徴を残した宗教であり、「シリア社会の化石的遺物」に過ぎないと酷評している。

アーノルド・トインビー
https://en.wikipedia.org
/wiki/Arnold_J._Toynbee
トインビーは、キリスト教をイスラームと比較して、イスラームの創造的萌芽は、シリア社会の外から来たものではなく、はえぬきの土着のものであったと述べている。キリスト教をヨーロッパにとって決して本質的ではなく、ローマ帝国で国教になって以来、中世においては表面的にはヨーロッパを覆ったが、あくまでも偶有的で表層的だとし、本来の一神教からは逸脱したものであることを浮き彫りにすることに成功している、と中田考氏は説いている。

要するに、キリスト教がローマ帝国の国教となり、ゲルマン民族やケルト民族などの周辺民族もまた表面的に受け入れたものの、一神教とからの逸脱とのひき換えであったというのがトインビーの認識であり、ムハンマドが解き明かした一神教の最終形態として、本来の一神教から逸脱したユダヤ教・キリスト教に代わって登場したイスラームの歴史理解とおおまかに符合するというわけだ。

…なるほど。トインビーの洞察はなかなか鋭い。偶像崇拝という一点から見てもキリスト教とイスラームの相違は大きい。私は異教徒故にその是非を論じる立場にはないが、トインビーの指摘は世界史を教える者としても極めて重要だと思う次第。

ジンバブエのクーデター

http://www.bbc.com/japanese/41993142
先日から、ジンバブエのムガベ大統領が軟禁され、軍の主導で、大統領の妻の影響で解任された副大統領が復権か?というニュースが流れている。WEBだけの情報、それがたとえ、BBCやCNN、あるいはロイターやAFPなどの複数の報道であっても、なかなか真実はよくわからない。様々な憶測と解説があって、うーん、である。

私がジンバブエに旅したときは、ハイパーインフレの始まりの頃で、ムガベが白人を追い出して経済が傾きかけていた時だった。あれから、さらに凄いことになっていった。ただ、いくつかの記事にあるように、ムガベは独立時の英雄であり、ハラレなどの都市生活者はともかく、田舎では人気ある、と当時、バスの車内でガーナ人が言っていたのを思い出す。今は、すでに田舎でも実質的な支持は下がっていたのだろう。

…副大統領だった人物も独立時の盟友らしい。少なくとも若い大統領の妻よりははるかに為政者としては適任なのかもしれないが、いずれにせよジンバブエの失敗国家を再生するには、抜本的な改革が必要であると思われる。

…ムガベの白人追い出し政策で、欧米の投資は激減している。おそらく、中国の支援を渇望するだろうが、中国のアフリカ政策は、アメリカ以上に自国中心主義であるから、実質的に中国の植民地化する可能性もある。ジンバブエは、資源大国ではない。気候の良さと土地の良さ、それに人の良さがウリである。果たして、中国が内陸国のジンバブエ再建にどれくらい力を入れるかは未知数だ。

…欧米も当然、その動きを阻止する方向に動く可能性もあるが、かつての宗主国イギリスは、政権が変わっても、独立革命の盟友であり、これまでのムガベ政権の副大統領だった人物を容易に受け入れないだろうと思う。

…いずれにせよ、悪魔的ですらあったムガベが排除されたことは喜ばしいが、再建の道は険しい。私は、うーん、と唸るのみである。

2017年11月17日金曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(4)

http://islamchapter13.weebly.com/dar-al-islam-and-treatment-of-women-in-islam.html
帝国の復興と啓蒙の未来、さらに備忘録の続きである。ダール・イスラームについてのエントリー。イスラームは、全人口の8~9割を占めるスンナ(スンニ-)派、1~2割のシーア派に大別されるが、シーア派の9割を占める12イマーム派、その他のザイド派、シスマイール派、さらに300万人弱のハワリージュ派(アリーに反旗を翻し粉砕され、分裂を繰り返し、他宗派を異端視して殺害する狂信カルトともいうべき宗派だが、イスラームには正統教義を決める資格のある聖職者制度を設けることもなく、カリフが教学に介入し正統教義を定めなかったので、排斥されていない。)の流れを引くイバード派、さらにはイスラームの一派か否か曖昧なアラウィー派(例のシリアのアサド大統領が信仰する少数派)、ドルーズ派(イスラエルに行ったとき、その寺院に入ったことがある。)などの分派が存在する。ウンマ内で分派が特に殺し合いに至る争いを繰り返しながらも、ついに1000年以上にわたって一度も内包(教義)と外延(メンバーシップ)を公式に制度化して、どれか一つを正統としてそれ以外の諸派を排斥することもなく、「不可視的教会」として存在してきた。

キリスト教世界に対応する概念としては、「ダール・イスラーム」という概念がある。イスラームの世界観では、宇宙の創造心アッラーは天と地の主であり、主権はアッラーのみにあり、大地は全てアッラーに属する。領域国民国家という地球の分割という発想はない。地球の主権は神にあり、神授の天啓法シャリーアを世界の隅々まで施行することが人間の義務とされる。そこで、イスラーム法学では、ムスリムが支配しイスラム法によって統治されている法治空間を「ダール・イスラーム」とし、異教徒が「不法」に治めている「ダール・ハルク」(戦争の家)に二分する。このダール・イスラームを弘める義務をジハードと呼ぶのである。ジハードの規定において、ムスリムはダール・ハルクの住民にムスリムと成るか、ジズヤ(税金)を治め生命・財産・名誉の安全を保障されるズィンミー(庇護民)として、その居住地をダール・イスラームに編入するように呼びかける。

この庇護民となれるのは、キリスト教徒・ユダヤ教徒・ゾロアスター教徒のみとする学説と、全ての異教徒とする学説があるそうだ。(フィクフの本にもそのあたりが詳しく書かれている。またいずれエントリーしたい。)このダール・イスラーム、ダールハルクという大別は、スンニー派もシーア派も同様である。重要なのは、キリスト教世界には、異教徒の存在は想定されていない。イスラームでは、異教徒との共生が前提になっている。ジハードの目的は、あくまでイスラーム法の法治空間/ダール・イスラームの拡大であると中田氏は説いている。このキリスト教の排他的な信徒組織とイスラームの異教徒を支配下に置く都市国家の「国教」であるという相違が、文明としての西欧文明とイスラーム文明の相違を生み出したというわけだ。…なるほど。

帝国の復興と啓蒙の未来(3)

アウグスティヌスの洗礼
http://www.b-family.org/public_
html/omoi/027/augusdoc.htm
「帝国の復興と啓蒙の未来」備忘録エントリーの続きである。キリスト教の神の国とイスラームのウンマ(共同体)の相違について。

アウグスティヌスは、教会がキリストを頭とするキリストの身体であると見なす。キリストとその教会を神の国と呼んだ。しかし地上の可視的教会には「地の国」(その覇権を代表するのはローマ帝国)が入り込んでおり、すなわち悪人が善人の中に混ざっており最後の審判でふるい分けられると説いた。このアウグスティヌスの二国論に基づく中世の世界観は、神の国・ローマカトリック教会と、西ローマ・神聖ローマ帝国、さらに異教世界の地の国という二重構造かつ二元論的なものであった。歴史が示すとおり、この地上に於ける神の国の政治権力の所在をめぐってローマ教皇と神聖ローマ皇帝の間で教権と俗権の対立を生む。宗教改革後は教皇権が弱まり、カトリックの独占が崩れると様々な教派が神の国を代表するようになり可視的な教会は内実を失い、政教分離が既成事実化し、世俗化の進展、主権国家の成立となる。キリスト教では全ての異教徒の支配は、「地の国」の覇権として範疇的に悪である。

カトリック教会では、第1回バチカン公会議(1869)で教皇の無謬を正式に決定した。伝統的には、教皇だけでなく、公会議の総意、全ての教会員の総意の無謬を認めてきた。

イスラームにおいて、キリスト教の教会とおおまかに対応する概念はウンマである。イスラームでは、ムハンマドの無謬性については合意が存在するが、スンナ派法学は「私のウンマは無謬において合意することはない」とのハディースに基づき、ウンマの総意は「イジュマ-」は無謬とされ、イスラム法のクルアーン、ハディースに続く第三法源となっている。(他方、シーア派は、イマームが預言者ムハンマドの無謬性を継承したと考える。)

キリスト教には、資格のある聖職者による公式な洗礼があり、メンバーシップが明確で外延が定まった可視的教会が成立するが、イスラームには聖職者もいなければ認可の手続きもなく、登録する機関もないので、ウンマにはメンバーシップもなく、外延もはっきりと定まらないため、可視的ウンマなどという概念そのものも成立しない。

つまり、キリスト教の教会に生じたように俗人の上に立つ霊的権威を有する聖職者階級が公式に信徒のメンバーシップの内包と外延を定め世俗権力が聖職者階級人事や彼らによる教義の決定に公式に介入すると言った制度はイスラームのウンマには成立しないわけだ。

私はブティストであるが、アイオワでルーテル派教会の日曜礼拝を見せて貰ったこともあるし、マレーシアでムスリムの事情も見聞きしていて、なるほどと思うのだ。

2017年11月16日木曜日

子どもたちの生きるアフリカ

先日、ブルキナファソでお世話になった文化人類学者の荒熊さんの編集による新刊が出たとのブログを読んで、これは是非手に入れなければと思っていた。で、中之島のCANONサービスセンターに行く用事もあったので、久しぶりにJ堂に行ってきた。

「子どもたちの生きるアフリカ-伝統と開発がせめぎあう大地で」という本で、検索したら3Fの人文書/文化人類学のコーナーにあると出てきた。最新刊なので、ちょっと心配だったが、ホッとしたのであった。さすがJ堂である。

こうして、自分の本が出るというのは、ちょっと大げさだけど、男子の本懐であると思う。私もいつか、機会さえあれば…と思う。

荒熊さん、おめでとうございます。そのうちに、書評をエントリーさせていただきます。
http://cacaochemise.blogspot.jp/

2017年11月15日水曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(2)

http://www.gregorius.jp/presentation/page_79.html
中田考氏の「帝国の復興と啓蒙の未来」のエントリー続編である。今回は、十字軍パラダイムについて。現在の社会をリードしているのはヨーロッパ(特に西欧)だが、昨日エントリーしたフランスのベストセラー作家の「服従」という作品に見られるように、イスラーム・コンプレックスがある。

イスラームはトラウマである。西欧によるイスラーム理解の歪みは単なる無知ではない。イスラームに自己の内にある譜のイメージを投影することで自己イメージを護ろうとしている、というのが中田氏の言うイスラーム・コンプレックスである。

西欧思想は、ヘブライズムとヘレニズムを二大源流としている。私も今まで倫理の授業でそう教えてきたが、イスラームこそが、ヘブライズムとヘレニズムの正統な継承者はイスラームだと中田氏は説く。これは、確かにその通りである。アブラハムを始祖とする一神教はユダヤ教・キリスト教・イスラム教を生んだ。これがヘブライズムである。ギリシア哲学を中心とする合理的精神はヘレニズムと呼ばれるが、その学問の中心地は、エジプトのアレクサンドリアであり、東ローマの正教世界からイスラームの世界に編入されている。一方、西ローマ帝国は早く滅び、ラテン語を中心としたカトリック化する中で、ヘレニズムは忘れられた。西欧のルネサンスは、イスラーム世界でアラビア語化されていたヘレニズムを十字軍以後再認識したにすぎない、というわけだ。これは、日本の学校であまり教えない厳然とした事実である。

十字軍パラダイムとは、ヨーロッパ・キリスト教世界とイスラームの対立を殊更に取り上げて絶対化、固定化させ、キリスト教同士の量的にも質的にもはるかに凄惨な相互殺戮の歴史の事実から目を逸らさせ、平和なヨーロッパと好戦的なイスラームという誤った自他イメージを心の中に植え付けるイデオロギーなのである。

この十字軍パラダイム、実に面白い。EJU後に今年も哲学講義をする予定なので、さっそく使わせてもらおうと思う。マレー系の学生は少し喜ぶと思う。

2017年11月14日火曜日

帝国の復興と啓蒙の未来(1)

飛行機の中で、内田樹氏の「日本辺境論」(これも日本人会の無人古本コーナーで手に入れた。)を読んでいた。この本の冒頭で、内田氏は「大きな物語が消えてしまった」ことを嘆いている。大きな物語とは、たとえばマルクスの階級闘争の歴史論(自由人と奴隷・貴族と平民・領主と農奴・ギルドに属する親方と旅職人の4種)のような、「大雑把な括り方」を意味する。

ところで、今「帝国の復興と啓蒙の未来」(中田考著/太田出版・2017年7月28日)を読んでいるのだが、冒頭、中田考氏は、以下のように地政学的な「大きな物語」を提示している。

現在の世界は、西欧文明がその特殊な啓蒙の歴史的使命を終え、ローカルな1つの文明の地位に沈降しつつある一方、グリーバリズムの名を纏ったアメリカのどう猛な経済覇権主義が世界各地に防衛本能として経済ブロック化を招来し、そのブロック化が文明圏の再編の形を取ることで、ロシア、中国の領域国民国家の枠を越えた帝国としての存在の復興の野望をあからさまに誇示するようになり、第三次世界大戦前夜とも言える状況になりつつある。こうした動きの触媒となっているのが、文明の十字路に位置したユーラシア大陸とアフリカ大陸にまたがるイスラーム世界の中心部オスマン帝国の旧領である。

2015年1月7日、パリのシャルリー社が襲撃された。この日は、「服従」という近未来小説が発売された日でもある。浅田彰は、「あらかじめベストセラーになるべく予定されていた「服従」は歴史的事件となった。」(パリのテロとウエルベックの服従)と言った。この「服従」という小説は2022年にフランス大統領選挙でムスリム同胞団の候補者が勝利し、フランスがアッラーに服従するという衝撃的な内容だったのだ。著者のウエルベッグはフランスのベストセラー作家である。

この「服従」を元に、中田氏はヨーロッパとイスラムの関係性を説いていくのだが、それはまた次回以降のエントリーということで…。

2017年11月13日月曜日

イスラムのフィクフ考3

https://play.google.com/store/
apps/details?id=com.MoslemWay.
Fiqih4Mazhab&hl=ja
中田考氏の「イスラーム法の存立構造」という本は、極めて難解な法学書であるが、意外な発見があって面白い。昨日エントリーした内容が、実は「イスラムのフィクフ考3」というタイトルでもいいと思うが、気にせず3回目の備忘録とする。

今回はイスティンジャーゥの話。前述の「満足を求める者の糧」という書物から。日本では、浄・不浄という考え方が強い。しかし、イスラム法の浄・不浄はもっと徹底していると思う。このイスティンジャーゥは、用便の始末という意味である。

トイレに入る前は、「アッラーの御名において。悪と悪魔からアッラーに助けを乞います。」と唱え、出る際には「あなたの御赦しを」「私から有害物を取り去り、私を癒されたアッラーに称えあれ」と唱え、トイレに入る際は左足から、出る際は右足を先にし、モスクに入る場合や靴を履く場合とは逆にするそうだ。用を足すときは左足に重心を置き、空き地の場合は遠くに行って姿を隠し、柔らかい場所に向かって放尿し、放尿の後は左手で陰茎の根本から先まで3回撫で、3回しごき、もし汚れる恐れがあれば場所を移して別の場所でイスティンジャーゥを行うことがムスタハッブ(望ましいもの)である。

至高なるアッラーの御名の記されたものを身につけたままトイレに入ること(預言者=ムハンマドがトイレに入られる際に、”ムハンマドはアッラーの使徒である”と掘られた指輪をはずされたとハディースにあるそうだ。)、地面にしゃがむ前に服をまくり上げること、右手で陰部に触れること、2つの光(太陽と月)に向かって用を足すことはマクルーフ(避けたほうがよいもの)である。

お気づきの方もあるかもしれないが、ムスリムには、義務行為(絶対に行わなければ来世で罰を受ける行為:礼拝や断食などをさす)、推奨行為(行わなくても来世で罰は受けないが、行った方がよい行為)、合法行為(どちらでも良い行為:フィクフに特に規定がない行為)、自粛行為(来世で罰は受けないが避けた方がよい行為)、禁止行為(行えば来世で罰を受ける行為:飲酒や婚外交渉などをさす)と5種類の規定がある。上記のイスティンジャーゥは、推奨行為と自粛行為について述べられているわけである。

正直なところ、この項には少し驚いた。イスラームとは「神に服従すること」という意味であり、ムスリムは、シャリーアの体系に従って生活していることを頭では理解していたが、トイレに出入りする際にも、聖句を唱えるという事実。これは、文系の国費生にも確認した。彼らからすれば当然のことであるので、至極普通に「そうですよ。」と答えてくれた。

エルサレムで、ユダヤ教の律法に即して安息日の食事をごちそうになった際の、あの様々な約束事を思い出した。啓典の民というのは、なかなか大変である。

2017年11月12日日曜日

IBTの話(141) EJU本番 ’17

ハディースの1冊
https://www.kutub
-pdf.net/category/
EJU本番である。6月と同じカレッジである。やはり11月の第二回目の試験は真剣度が違う。とはいえ我がクラスの私費生はワイワイ・ガヤガヤと友人同士で出そうな処の確認に余念がない。一方、マレー系の国費生はこれが一発勝負である。緊張の面持ちである。開始前、彼らは文系も理系も一カ所に集まり、祈りだした。これも4回目のEJUともなれば、私にとっては普通の光景である。

日本語の試験の時間、中田考氏の「イスラーム法の存在構造」を読んでいた。毎回、面白いというか意外な箇所に出会うのだが、「自発の礼拝と禁止時間の章」という項に行き着いた。これは「満足を求める者の糧」というハンバリー派のフィクフの書の翻訳された箇所である。国費生の行っていた試験前の祈りは、この自発的な礼拝(=ウィトル)にあたるのではないかと思った。昼食休憩の時、教え子の文系の学生に尋ねてみたら、まさしくそうだった。

「アッラーよ、あなたの導きたもうた者の一人として私を導き給え。あなたの救い給うた者の一人として私を救い給え。あなたの側に召したもうた者の一人として私を側に召した給え。あなたの授け給うものによって私を祝福し給え。あなたが定められた厄災から私を守り給え。まことにあなたこそ、何者の決定にも縛られず決定を下し給う御方であり、あなたが側に召し給う者は卑しめられることはなく、あなたが遠ざけ給うたに栄光はありません。我らが主はいと導く、高きにおわします。アッラーよ。あなたの君寵と恩赦によってこそ、あなたからの守護を冀(こいねが)います。あなたがご自身を称え給うようには、我々はあなたへの讃美を尽くすことは出来ません。アッラーよ。ムハンマドとその一統を祝福し給え。」

これが、敬虔の祈り(クヌート)である。この前にクルアーンの「称え奉れ…」(87章)、「不信心者」(100章)、「順正」(112章)を読んだ上でこれを唱えるらしい。最後に両手で顔をなでるそうだ。もちろん、全てアラビア語で行われるので、詳しくはわからないのだが、日本語訳を示したら「それです。」とのことなので、そうであろうと思う。この敬虔の祈りは、注記によると3種以上のハディースに書かれているものから導かれているらしい。

こういう事実を知ることを少しずつ積み重ねていくことが異文化理解だと私は思う。我がクラスの中華系の学生が会場に向かう前、男子も女子も私とハイタッチして向かっていった。マレー系の学生には、男子は良いが、女子には出来ない。これも重要な異文化理解である。親族以外の男性が女子学生に触れることは、いかなる場合も許されないのだった。

ところで、今回の総合科目では、パラオが出たらしい。

2017年11月11日土曜日

内田樹氏と吉本隆明

昨日、小論文の題材を探していて、内田樹先生のWEBページに、「吉本隆明1968」(鹿島茂/平凡社ライブラリー・新刊)に寄せた解説文が載っているのを発見した。実に興味深く読ませて貰った。我々の世代にとっては「吉本隆明」というのは、ビッグネームである。ただ私にはあまりに敷居が高くて、この歳になるまで読んだことがないし、恥ずかしながら、その思想に触れたこともなかったのである。

内田先生の解説文は極めて衝撃的な内容であるが、ここでは、あえてふれない。興味のある方は是非読んでみて下さい。http://blog.tatsuru.com/

で、吉本隆明について調べてみた。たしかに、傍流の傍流を歩んできた人である。その代表作のひとつ、共同幻想論における思想性は、マルクスの上部構造とフロイドの下部構造を合わせている、とウィキにある。60歳近くになった私ならなんとか読めそうだ。ただ、その後の吉本隆明の足跡を調べてみると、先ほどエントリーした左翼の嫌み(意見の異なる者を徹底的に罵倒する資質)が多そうで、どうも…という感じである。

山口昌男を「チンピラ人類学者」、デリダやドゥルーズを「死んだ社会を荘厳にしているだけの思想」、ガタリは「てんからの馬鹿」、浅田彰・柄谷行人・蓮見重彦は「知の密教主義者」「知的スノッブ(俗物の意)の三バカ」「知的スターリニスト」、特に柄谷行人には「最低のブント(新左翼の党派)崩れ」などとボロクソに言っている。私は、人文・社会科学の学問の世界では論争は常であるかもしれないが、こういう趣は好きではない。意外に中沢新一とは仲が良いらしい。

ただ、「アフリカ的段階について史観の拡張」という著作には大いに興味がわいた次第。上記の新刊も含めて、帰国したら本屋で手に取ってみたいと思う。

ロシア革命100年 私感

当時の序列9番くらいだったスターリンが
高位のトロツキーより前にいる嘘くさい絵である。
http://www.euras.co.jp/tour/russia2017/
11月7日は、ロシア革命100年だった。TVを見ないので、日本やマレーシアや世界中でどのような報道がなされたかは知るよしもない。特にこの日は、我がクラスの学生がKG大に合格したことに喜びすぎて、ロシア革命100年についてエントリーしようと思っていたのだが、つい延び延びになってしまった。私はもちろん、マル経(マルクス経済学)の徒ではいし、ロシア史や社会思想史に詳しいわけではない。だが、興味深いWEB記事を読みながら、このところ思索していたのだった。東洋経済の「ロシア革命100年なぜこうも忘れられたのか」(神奈川大学の的場昭弘氏)である。
http://toyokeizai.net/articles/-/196567

的場氏は、当然マル経の方であるようだ。私たちの年代は、経済学の主流はマル経だったし、「革命」という語には特別な価値が付加されていた。「反革命」なととののしられることは、今なら人権問題として扱われるような侮蔑を意味する時代だったと思う。隣国では文革(文化大革命)中だったし、新左翼は成田闘争に向かっていた。したがって、ロシア革命100年と言われると、なんとなくノスタルジーを感じてしまうわけだ。

さて、東洋経済の的場氏の記事は、フランス革命との対比、新自由主義との登場による社会主義の完全否定などについて触れられており、実に興味深い内容だった。社会科の教師としては、様々な視点をもつ必要性、と共に出来るだけ中立性を保つこと常々実感しているが、2017年の現在では、ロシア革命の意義はかなり否定的な状況にあることは間違いない。ロシアというヨーロッパの後進国が「自由」より「平等」を求めた「反革命」なのだろうか。

近代国家における民主主義の歴史には、自由をまず求めたリベラリズムと、平等を求めたデモクラシーの二通りがある。(14年11月26日付ブログ:アメリカニズムの終焉の読む/参照)そもそも自由と平等は二律背反しているわけで、フランス革命でもジャコバン党の独裁期間(記事ではロベスピエールの名で象徴されている。)は、一気に平等化が進んだ。すなわち、普通選挙が実施されたのである。これは、全国民が参政権を持つ=国民皆兵という方程式になる。古来より欧州では政治的権力に関わる者=軍事に参加する権利であったからである。私は、このジャコバン党の時代こそ、フランス革命の最重要期だと直感している。後にこの下層民も含めた普通選挙は否定されるが、自由と平等が象徴的なカタチで止揚された期間だと思っている。(ナポレオンはこの国民皆兵制をうまく利用したので、他国民の自由へのあこがれと共にヨーロッパ征服を実現できたといえると思う。)ただ、平等を実現するためには自由の制限がどうしても不可避となる。ジャコバン党時代が不人気なのは、そのためだと思う。フランス革命の最重要な視点を自由におけば、ロベスピエールはたしかに反革命である。うーん、この辺は極めて判断が難しい。
右の人物がロベスピエール。ソ連時代の切手である。
http://fwkf8336.sakura.ne.jp/sekaisi/18c.htm
レーニンの革命は、たしかにロベスピエール的である。ボルシェビキという職業的な革命家による「平等」のための「独裁」、私は世代的にも決して否定的には見ない。だが肯定もしなかった。社会の教師としては、事実を伝えることに徹してきた。少なくともスターリンの時代は、人類史上最悪の人権侵害が行われたと思う。また冷戦後ほとんどの社会主義国が資本主義に「転向」した。だからロシア革命=否定ということにはならないと思われる。…ただ私が、左翼に違和感を感じるのは、他の考えを徹底的に否定するところだ。

うまくまとまらないが、あえてまとめる必要もない気がする。ロシア革命100年。各人がそれぞれ違う視点で考えてみる。それが重要であると思う次第。