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2024年4月21日日曜日

イスラムとフロイト

https://middle-edge.jp/articles/oZAb7
中田考氏の「イスラームから見た西洋哲学」(河出新書)の備忘録、第5回目。イスラムから見たフロイトである。さて、西洋哲学の基盤であるアリストテレスは、人間の霊魂について、植物霊魂、動物霊魂、人間霊魂といった重層性を説いたが、人間霊魂が下位の霊魂を支配している、とした。この西洋哲学の常識に対し、フロイトの無意識という概念は、革新的なアイデアだったと中田考氏は 記している。フロイトの言うエロスとは、もう少し広い「生:レーベン=ライフ」に近い概念で、精神分析学から当時最も抑圧されていた「性」に焦点を絞った。そもそもリピドー(欲動)の対象は多岐にわたるので、フロイトの定型発達論(肛門期から始まる性の発達理論)は、多型倒錯的であるという前提で示されており、LGBTなどは当たり前の存在であると中田考氏は見ている。

…昔「ここが変だよ日本人」というたけしの討論番組があって、在日外国人がが日本語での議論に参加していた。ベナンのゾマホンが出ていた番組である。ここで、同性愛のことがテーマになった回で、それを認める側と認めない側で大論争というか、あわや暴力事件というカタチになった。認めない側は、パキスタンのイスラム教徒の男性である。よって、私は、絶対的にイスラムでは認められないと考えていたのだが、中田考氏は、イスラム法学者として次のように述べている。

イスラムでも「定型発達論」を想定している。そもそも欲動があるから禁止がある。人間にそういう性向があるのは構わないが、欲望のままに行動してはいけない、と言っているわけで、実際に同性間で性行為を行うと処刑されるのか、というのもまた別の次元の話になる。イスラムでは有罪にするには4人の証人を揃える必要があるので実際には非常に難しい。イスラムは、人間の内面に干渉しない。性行為は最もプライベートなもの故である。そもそもイスラム法は、我々が考えている法律とは違う。最後の審判で神が裁くのがイスラム法で、同性性交をした人が最後の審判で裁かれるかどうかは我々が決めることではない。フロイトが暴いた闇の部分について、無理に暴き立てようともせず、理解しようともせず、最後の審判で神の裁きに委ねようとするのがイスラムの立場である。

…なるほど。あのパキスタン人は、「定型発達論」をもとにアクションを起こしたのだろうが、結局のところ、イスラム法学から見ると他者に干渉しないという原理、最後の審判で神の裁きがどう出るか、我々には知る由もない、ということを理解していなかったということになる。イスラムを学んでいると、かなり柔軟であることに気づく。彼のアクションが、日本の視聴者にイスラム教徒はガチガチである、という印象を与えたように思うのだ。

2020年6月13日土曜日

NHKのチコちゃん

https://www.jalan.net/news/article/329691/
このところ4週間ほど連続で、毎週土曜日朝にK医院に行っている。すると、NHKのTVを見ることになる。最初は本を持っていっていたのだが、結局TVを見るようになった。チコちゃんというキャラが出てくるのだが、なかなかかわいい。「ボッーと生きてんじゃないよ。」というのが決め台詞の5歳児である。だいたい相手はMCのナイナイの岡村であるが、なかなかいいコンビだ。

その後いくつか番組が移り変わるのだが、診察を受けて出てくると、苗字の番組だったり、ニュースだったりする。我が家にはTVがないので新鮮なのだ。だが、ニュースは、絶対ネットの方が早いし、情報操作されていないように思う。カリフォルニアのサンディエゴ軍港から空母打撃軍が出港したなどと言うニュースは、日本のマスコミには流れない。

2020年1月31日金曜日

YouTubeでローラ in 三崎高校

三崎高校HPより ↑ローラと2年生最後の記念撮影
先日放映された、三崎高校にローラがやって来た”Back to School”、うちにはTVがないし、職員室に言ってもDVDは無いみたいだし、当分見れないなと諦めていたら、YouTubeに番組の内容がまるまる登場したので、さっそく見てみた。2時間スペシャルで、始まって6分ごろから三崎高校の話になる。いくつか他の高校の話も途中出てくるけど、ほぼ4分の3が三崎高校という内容だった。

登場する主な生徒は、未咲輝塾の塾生でよく知っている生徒ばかりで驚いた。授業に登場する先生方はもちろん知っているが、意外な人物も登場して驚いた。町見郷土館のTさん。三崎高校の同窓会長。お二人とも良く知っている。ローラに裂き織の指導していたのは我が地域おこし協力隊・KFCの店長・Hさんである。良く知っているどころではない。(笑)

このロケが行われていた12月中旬の3日間はずっと曇天であった。予想どおり佐田岬の夕陽などは、後で撮影したものだろうと思う。天気さえよければ、もっと絵面が映えていたのにと、ちょっと残念であるが、十分に三崎高校の暖かい雰囲気は伝わったように思う。

マレーシア在住の卒業生は以下から是非視聴して欲しいな。私が教師生活最後の挑戦をしている学校と地域は、こんなところ…。
https://www.youtube.com/watch?v=AN5KMenBLJ8&t=327s

2017年11月20日月曜日

NHK 龍馬最後の30日を見る。

NHKスペシャルの「龍馬最後の30日」を見た。越前藩に残された最後の龍馬の手紙を元に作られたフィクションだが、史実になかなか忠実で、見応えのある内容だった。

龍馬暗殺は未だに謎が多く、見廻組の仕業というのが一応の定説だが、このフィクションでは、山内容堂の陰謀説を採っている。たしかに、龍馬の思惑であった大政奉還を成し終えた段階で、武力倒幕をめざす薩長にとっては、龍馬のスタンスは邪魔であったに違いないし、幕府と薩長両者の中間的存在だった土佐は、旗幟を鮮明にする必要があったはずだ。しかし、龍馬暗殺(1867年12月10日)直後の小御所会議(1968年1月3日)で、山内容堂は、薩長は、慶喜の官職辞職と幕府の減封に対して反対しているので、(結局土佐は薩長側に寝返るが…。)私としては、少しばかり納得は行かない。薩長の可能性もあるし、佐幕派の線もありうる。

船中八策(これも歴史学上、謎が多いらしい)の先進性は、このドラマでも最後の松平春嶽の回想にあるように、極めて突出していたと思われる。ただし、西郷は下級武士による下院的な議会構想をもっていたらしいし、多くの先進的な志士の考えをまとめたものであるといえる。龍馬だけが、背負っているものが藩ではなく海援隊だけだったわけで、自由に発想し動けたわけだ。「どいつもこいつも頭が固うて自分が得することしか考えていない。」という台詞は、よくわかるけれど当時としては当然の話である。

いずれにせよ、春嶽のところにあった自転車(ビラスビイデ独行車)に龍馬が初めて乗り、春嶽も乗るというシーンはこのドラマの象徴的なシーンであると思う。この名君は幕末では特に魅力的な人物だが、情に厚いが故にこの時代をリードできなかったのかもしれない。ある意味、佐幕派に祭られてしまった会津の松平容保と対極を成すような気がする。

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20171119
http://o.x0.com/m/623493

2017年8月27日日曜日

アンゴラの大統領退任に思う。

昔々、「世界ウルルン滞在記」というTV番組があって、女優の東ちづるがドイツの「国際平和村」というNGOを取材、以後何度か取材が行われ、視聴者に衝撃的な影響を与えた。このNGOは、世界中の戦争で傷ついた子供たちを受け入れ、無料で医療を施し、帰国させるという活動をしていた。取材の2回目以降、日本人スタッフが増え、極めて珍しい”善意の輪を大きく広げたマスメディアの力”を実感したものだ。このNGOは、もちろん、現在も活動中である。
http://japan.friedensdorf.de/

この番組で傷ついた子供たちの多くが、地雷の被害を受けていた。中でも多かったのが、アフガニスタンとアンゴラの子供であった。最初の番組の中で、東ちづるがこういう子供たちを生んだ戦争をやった大人たちへの鋭い一言を浴びせる。ビデオで録画し、授業で何度も日本の高校生に見せたので、私の脳裏にも焼き付いている。

なぜ急にこんな事をエントリーしているかというと、その”大人”の1人であるアンゴラの大統領が38年にも及ぶ長期政権を自ら退任したからだ。彼は、ポルトガルからの独立戦争以前から政治に関わり、内戦時でも一方の中心者の1人であった。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGT26H02_W7A820C1NNE000/

もちろん彼1人が悪の根源であるわけではない。彼の属していたMPLA・首都ルワンダ方面は石油を産出し、一方UNITA・南部内陸部ではダイヤモンドが産出、アンゴラは典型的な「天然資源の罠」から「紛争の罠」へと発展した国である。これに冷戦時故にMPLAを社会主義国・ソ連やキューバが支援し、UNITAをアメリカや南ア、反ソの立場から中国が支援した。(北部ではコンゴも米・中と共に支援したFNIAもあった。)極めて多くの大人が、自らの権益や国益を求めてアンゴラの内戦を拡大させ、罪もない子供たちの手足を奪ったのである。地雷は人を殺すのではなく、四肢を傷つけ相手側の負担を増やすという極めて残忍で安価な武器である。(アンゴラの地雷被害については以下の記事が詳しい。)http://www.jca.apc.org/banmines/materials/situation%20of%20world/angora_report.htm

そのアンゴラの大統領が交代する。日経の記事によると、石油価格の下落で国民の不満は高まっているらしい。外務省のODAのページを確認すると、日本も内戦終了後は、地雷の撤去も含めて様々な国際協力を行っている。少なくとも内戦時のような悲劇だけは、くり返して欲しくはないものだ。長期政権が変わる時は人心も大きく動くのが世界史の常である。過去は人間の英知で乗り越えられる。それも世界史は教えている。

2016年11月21日月曜日

国立新美術館のダリ展に行く。

先日、妻と東京に用事があって日帰りした。最寄駅を始発で出て、直Qバスで京都へ。そこからは新幹線往復である。一人だったら絶対夜行バスだったと思う。(笑)用事のあと、少しだけ時間があったので、六本木にある国立新美術館で開催されてたダリ展に行ってきた。

http://www.fukuoka-art-museum.jp
/jc/html/jc04/02/salvadol_dari.htm
何といっても、シュールの巨匠サルバドール・ダリである。調べてみたら、「ポルト・リガトの聖母」が見れるようだ。ガラ(ダリの妻でありモデル)を原子物理学的に描いた宗教画で、私のダリの作品の中でも好きな作品の5本指に入る。

実は、美術館に向かう途中で、かなり体調が悪くなった。風邪を引いたようなのだ。疲れが溜まっていたのかもしれない。フラフラになって美術館に到着した。妻もダリが大好きなのだが、それどころではないようで、結局ポルトリガトの聖母だけ見て帰ってきたようなものだった。うーん。もったいない。

その後2日間寝込んでしまったのだった。その後も体調不良が続いて、いろんな人に会いたかったのだが、連絡できないまま、大きく予定が狂ってしまった。あーあ。

追記:日曜日の夜にEテレで、「ダリの正体?」と題した特集が組まれ、改めて会場をTVで回ることができた。ちょっとありがたい。妻が最も好きな「パン篭」(これは今回展示されていないのだが、ダリにとって最も重要な作品だと本人が語っていた。これはもちろん私の5本指に入っている。)の映像も流れた。うん、横尾忠則も出てきたし、なかなかいい番組だったのだった。

ブラタモリ「知床」を見た。

http://music-book.jp/video/news/news/127958
日本のTVを半年ぶりに見て、いろいろ思うことがある。マレーシアでは、NHKの国際放送(英語)しか見ていないので、久しぶりに見るCMは新鮮だが、ついついウルグアイの大統領の言うように欲望を刺激するものばかりだなあ、と思ってしまう。よって、CMのないNHKを見ることになるのだが、久しぶりに「ブラタモリ」を見た。しかも大好きな「知床」だった。

知床は、火山がつくったというのがテーマで、期待どおり面白かった。世界遺産の区切りが溶岩地帯でも開発できない地域と開発できる地域の差になっていることなど最後のまとめとしては旬逸であった。羅臼が魚の城下町と呼ばれているのは知らなかった。国後島との間の海の深さの問題で、種が豊富らしい。だから競りも時間短縮のために下げ競りらしい。今回は、特に地質上の簡単な実験もあって面白かった。こういう地味な実験は地理を教えている私にも参考になった次第。

…知床。北海道大好きの私にとっても特別なところだ。ウトロも羅臼も大好き。知床横断道路を松山千春の古い曲を聞きながら走ると最高である。

2016年3月29日火曜日

渡馬しても見たいNHK・LIFE

渡馬(馬:マレーシア:馬来西亜)して、特に困ることはあまりなのだが、4月7日から始まるというNHKの「LIFE」なんぞは是非見たい。オンデマインドなどで見れるかもしれないけれど…。幸いマレーシアのネットでは、NHKが見れる会社があるらしい。そういう外国でわざわざ…という感覚もなくもないのだけれど、今回の渡馬は、非日常を楽しむ旅行ではないので、NHKが見れたほうが嬉しい。日本では10:25というかなり遅い時間だが、マレーシアでは時差があるので9:25からになるのだろうか。

今回の渡馬、3/5が海外、2/5が日本みたいな感じである。日本語学校では、日本語が飛び交うし、日本人会も近いし、ミッドバレーには、日本のスーパーやユニクロ、無印良品、吉野家など、日本のものが多くそろうようだ。ここにNHK放送が入ってもいいかなと思ったりするのだった。

4月2日には、LIFE再開の番組があるらしいが、おそらくその日は見れないと思う。これこそオンデマインドかな。

MUGABEは何しに日本へ?

http://www.designindaba.com/articles/point-view/here-snoggie-uganda%E2%80%99s-extraordinary-political-cartoonist
久しぶりにアフリカの話。昨日早めに床に就こうとしたら、TVでムガベ大統領が映っていた。「なんだ?」アベ首相と公式な会談をしていた。「?」今朝になってWEBで調べってみたのだが、要するにナイロビで行われる次のTICADの成功を目指して、アフリカの長老として存在感をもつムガベ大統領の協力を仰いだというわけらしい。また、いまだに日本政府は安全保障理事会の常任理事国入りを目指しているようで、そのキーパーソンとして重要なんだそうだ。

産経新聞のWEBに、その辺の詳細が載っていて面白い。
http://www.sankei.com/world/news/160328/wor1603280037-n1.html

…日本は、欧米とは、また中国とも微妙なスタンスの違いがある国である。私は、そのスタンスこそがアフリカ全体の開発や、イスラムにまつわる様々な問題解決に有効だと思っている。
今回のムガベ訪日も、そういう戦略の中で、あえて外務省が呼んだのだろう。と思いたいトコロだが….。ぶっちゃけ、ムガベ、YOUは何しに日本へ?

2016年3月18日金曜日

旅の指差し会話帳 マレーシア

一般入試の合格発表と合格者説明会、芸術科目の選択決定など、一日中走り回っていた。いよいよ入試の仕事も終わりである。

朝に、昨年卒業した我が3年4組の女子マネージャーのL君から電話があった。と、いうのも、昨夜ついに今回の早期退職・マレーシア行きを教え子たちに伝えたのだ。メルアドがわかっている数人の生徒に連絡しLINEで回してもらったのだ。OK大のHちゃんや名古屋にいて大阪を立つ寸前だったN君とともに3人娘がさっそく顔を出してくれた。ほんとに嬉しい。何人かの生徒諸君からも次々とメールが入ってくる。これもほんと嬉しい。教え子こそが私の財産である。

私のこれからの予定と、連絡先(普段使っているPCのGメール:携帯を止める可能性が高いので…。)をLINEで流してもらうことにした。とりあえず明日から22日までは学校には出勤しない。明日は、英文の診断書を行きつけの病院で書いてもらうことになった。21日は、夜にSkypeで妻と学院のSさんの間で様々な質問会。銀行関係、通信関係、住居関係…。22日は、有給休暇をいただき、朝は免許の更新をする予定。夕方から前任校の先生方とY先生のお見舞い(本年1月8日付ブログ「胸が痛い。ーY先生の手術ー」参照)に行くことになった。この間に、写真撮影と和文・英文の履歴書が入ってくるわけだ。

23日から25日までは、二次入試である。残念ながら本校の武道科は定員に満たなかったので臨戦体制をひいている。同時に転入試験も行われるので、25日までは学校の最後の仕事を全うしたい。同時に荷物をコツコツと整理することになる。今回はもう、ほとんど捨てるしかない。マレーシアにスーツケースで持っていける資料は極めて限られているからだ。

と、言いながら、絶対欲しかった本が、またまたアマゾンから届いた。旅の指さし会話帳マレーシアである。(ポーランドでの経験から)実際に使ってみて、ありがたさがわかる本なのだが、マレーシア英語の話が面白かった。とにかくブロークンらしい。(笑)日本語学校でも、きっと私のブロークン英語が炸裂するであろうことはほぼ間違いないようだ。いやあ、マレーシアの日本語学校の社会科講師というのは、天職なのかもしれない。

ところで、今TVで、北海道から沖縄まで一人旅していたアイリスの最終回を放映していた。アイリスは華人系マレーシア人である。なんか、ジーンときた。

2016年3月6日日曜日

「長ぐつをはいたネコ」を見る。

NHKで昨日の夕方だったか、「長ぐつをはいたネコ」を見た。ペロー童話とは、あまり関係なくて、シュレックシリーズのスピンオフ作品だった。
とはいえ、アメリカらしい優れたエンターテーメント作品だった。昨年の黒猫チューチュー以来、「猫の気持ち」みたいなことをだいぶ学んだので、そういうことも使った演出(砂かけダンスなど)が特に面白かった。

とはいえ私にとっては、昔の東映作品「長靴をはいた猫」の方が面白い。これは、ペロー童話をもとにしていて、「♪ビックリシタニャー・ビックリシタニャー」で始まる主題歌とともに、極めて優れた作品だと思う。特に、ツインタワーのようになっている城のデザインなど、子供心に凄いなと思ったものだ。この頃から、日本の(というより東映の)アニメ作品は名作を残している。私は、特に「長靴をはいた猫」と「わんわん忠臣蔵」が大好きである。

当時、東宝と大映はゴジラやモスラ、ガメラを始めとした怪獣映画へ、東映はアニメへと違う子供路線を進んでいた。今の宮崎駿監督などの日本のアニメ映画の興隆の源は東映にあるわけだ。たまたま見たアメリカのアニメから、昔話になってしまった。たまにはこんなエントリーもいいかな、と思う。

2016年2月27日土曜日

京田辺シュタイナー学校に興味

もう一週間くらい前になるだろうか。あるTV番組でフリースクールの現状についての報道があった。その時、NPO法人京田辺シュタイナー学校の存在を知った。私は昔、京田辺市(当時は田辺町)に住んでいたことがある。松井山手の方に、シュタイナー教育を行う幼稚園があるという話を聞いたことがあったので、その幼稚園が発展したのかと思っていたが、一貫教育を行うこの学校は同志社大学のそばに新しく作られたものであった。

シュタイナー教育については、妻が昔々(ほんと80年代前半くらいだ。)、「ミュンヘンの小学生」(子安美知子著)という新書を読んでいて、かなり興味を示していた。前述の幼稚園に息子を入れようかと本気で考えていたようだ。私の方は、シュタイナー教育は、幼児教育や義務教育の話なのでそんなに魅力は感じなかった。

だが、今回は大いに興味が沸いた。なぜなら、この京田辺シュタイナー学校、ユネスコスクールに2010年に認定されているのだ。(今日の画像参照)NPOが設立したフリースクールでは日本で初めての認定らしい。俄然興味が沸いた。

しかも、この学校、高等部まであるのだ。NPO法人が運営しているので教育基本法で認められた学校ではない。小中学生は、それぞれ地元の公立校に籍を置いている。高等部は、11年生(高2にあたる)から12年生で、高卒認定試験を受けるらしい。順調に行けば12年生の11月で高卒資格を得れるので、大学受験が可能になる。高等部でどんなシュタイナー教育の学びが行われているのか、ものすごく興味がわいたのだ。

HPだけでは満足できず、ちょっと古い(2006年発行)の「小学生と思春期のためのシュタイナー教育~7歳から18歳、12年間一貫教育」(NPO法人京田辺シュタイナー学校/学研)をアマゾンで取り寄せて一読してみた。ある程度高等部でのカリキュラムの骨子がわかった。新しい紹介本もあるようなので学校から直接手に入れてもいいかなと思った次第。(古い本には、当たり前だが、まだユネスコスクールとしての実践が詳しくは書かれていない。)

…意外な発見であった。シュタイナー教育について少しばかり研究していきたいと思う。<京田辺シュタイナー学校> http://ktsg.jp/

2016年2月22日月曜日

ロシアのキジ島へ行きたい、と思う

http://tabit.jp/archives/788
先日、あるTV番組でフィンランドの北極圏の小さな町で暮らす日本人男性の紹介がされていた。なかなか面白かったのだが、彼がフィンランドに来た理由が面白い。そもそもログハウスをつくる仕事をしていた彼は、ロシアのキジ島の木造教会を見たくて、ロシアを訪問。共に旅していたロシア人たちがフィンランドへ行くというので、いっしょに来たのだという。そこではからずも定住することになったのだという。

キジ島のことは、妻が知っていて、絶賛モノだという。で、調べてみた。ペテルブルグから夜行寝台でペトロザヴォーツクへ。そこから夏はフェリー、冬はホバークラフトでキジ島へ渡るらしい。帰りも夜行寝台。およそ3時間ぐらい、キジ島の木造教会群を満喫できるとか。ただし、内部には入れないらしい。ロシア正教会内部は、オドロオドロしていて、私は嫌いではないのだが…。

とにもかくにも、大いに行きたくなった。妻はやたら、チェコ、チェコと言っている。昨夏のポーランド以来、東欧ファンになってしまったようだ。とはいえ、我が家にそんな余裕はないわけで…今のところ夢物語である。(笑)ヨーロッパは、基本的に鉄道で繋がっているので、安い航空券でどっかについた後、なんとかなるのだが…。

これまで、海外に行くには、まず授業で役立つことをメインに行き先を考えてきた。その現役生活もあと2年。そろそろ、自分や妻の楽しみがメインになるのかもしれない。特別選抜入試の当日で、無茶苦茶忙しい日だったからこそか、そんなことを考えていた次第。

2016年2月21日日曜日

ウルグアイのムヒカ氏の叡智

昨夜のTV番組で、ウルグアイの特集をしていた。ラプラタ川の巨大なエスチュアリー(三角江)をアルゼンチンからフェリーで渡り入国するところから始まった。実に面白かった。中でも最後に紹介されたムヒカ前大統領の話に感銘を受けた。

ムヒカ氏は、大統領時代、貧困層に住宅を建設した。しかし条件はその製作に長時間、関わること。ただのバラマキではない。貧困層は住宅建設の中で自信を取り戻していく。貧困層を40%から10%にまで減少させることに成功したのだという。本人も極めて清貧な人物である。

2012年6月に開催されたリオ会議(Rio+20)でも、素晴らしい演説をしている。これが、絵本になっていることを知った。打村明氏のWEBページには、ムヒカ大統領のスピーチの和訳が載っている。衝撃だったのは、小国ウルグアイの大統領のスピーチは最後で、ホールにはほとんど誰もいなかったことである。是非とも以下のWEBページで全文を読んでいただきたい。

<ムヒカ大統領のスピーチ> 訳:打村明氏
http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/

…今世界が直面している”持続可能な開発”ということについて、明確な意見が表明されている。凄いスピーチである。日本の外務省のRio+20のHPと対比して見ると、いかにこの小国の大統領の叡智が凄いか明らかになると思う。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol91/

2016年2月20日土曜日

インティファーダを知らない子供達

第1次インティファーダ http://matome.naver.jp/odai/2140616000677370801/2140616561380816203
先日、今夏オリンピックが開かれるリオの治安についてのTV番組を見た。少年法に守られた少年(ほとんど罪に問われない)によるひったくりなどの犯罪が多発しているらしい。中には、携帯電話を盗むために殺人まで起こした事件もあったという。こんなんで、オリンピックは大丈夫なのか、というわけだ。

少年犯罪といえば、イスラエルにおける少年によるナイフなどによるテロの多発は全く治まっていないようである。鍼灸院の帰りに妻とそんな話になった。「オリーブ山便り」をよくチェックしている妻によると14歳くらいの少女が、台所用のナイフで襲ってくるのだ。軍の兵士や警備員が、これらのテロリストに発砲することは(イスラエルでは)当然かもしれないが、銃の携行を申請し認められている民間人もこのようなテロにあたっては、発砲を認められているそうだ。(ちなみに、イスラエルの刑法では死刑はない。)旧市街のダマスカス門は、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区とのバスターミナルがある場所だが、ここでテロが頻発して、今や人気もなく寂れているのだ、という。(このダマスカス門は凄く賑やかなトコロだったので衝撃的な話だ。)

で、私も久しぶりに「オリーブ山便り」にアクセスしてみた。悲惨なニュースが多い中、以外にイスラエル政府は、パレスチナ自治区への雇用拡大政策を考えているようだ。同時に、(パレスチナ人の多い)東エルサレムとの壁を構築するつもりでもあるらしい。だいぶ遡って読んでいると、今回の少年・少女によるテロ、ヨルダン川西岸のヘブロンの近くの村の子供たちが異常に多いらしい。ヘブロンといえば、アブラハムやサラの墓所があるところだ。またテロリストの子供たちの家庭は、貧困に喘いでいるわけではないらしい。彼らはインティファーダを知らない世代だ。パレスチナ側のメディアなどでは英雄視されており、将来への閉塞感と英雄願望から自殺願望と混ざって行われているのではないか、という心理学者のコメントなども書かれている。リオの少年たちとは、かなり状況が違うわけだ。読者の皆さんには、是非とも「オリーブ山便り」を一度覗いて欲しい。

とても、イスラエルの少年たちのテロリズムについて語る知識も現状認識もない私としては、日本ではほとんど報道されないこの問題について「オリーブ山便り」をたよりに、このブログにエントリーするくらいしかできないと思う次第。

オリーブ山便り:http://mtolive.blog.fc2.com/

2016年2月15日月曜日

心の車椅子 Orihime

昨夕、TVで分身ロボットのOrihimeの話を見た。このオモチャのようなロボットはWebによる遠隔操作が可能なもので人と人をつなぐためのロボットなのである。

考えてみれば、私などは、子供の頃からロボットとは親しい間柄である。鉄腕アトムや鉄人28号、宇宙家族、火の鳥…。大体において、そこには人間とロボットの関係という問題が問われていたような気がする。ロボットとは何か?人間にとってロボットは有用か?ナドナド。

ところが、このOrihimeは、あくまでも人と人をつなぐツールなのである。病気や障がいがあって外出できない人が、このOrihimeを使うことで、”外出”できる。このロボットを使って、実際に仕事をされている方も、この会社にはいる。凄い。感動的な話だった。

こういうITとロボットを繋ぐシステム、ビジネスとしても、大いに成功して欲しいものだ。
http://orihime.orylab.com/

2016年2月12日金曜日

ベナンのマルシェは呪術の香

ベナンの呪術の店 
http://www.akishobo.com/akichi/mereco/v10
ベナンの珍しい画像をTVで見た。例の千原せいじの番組である。マルシェに、ブードゥー教の呪術用のブツが並んでいる姿は壮観であった。せいじは、臭いと連発していたけれど。(画像もたいぶ自己規制されていた…。)さすが、ベナンは、ブードゥーの故郷だ。

意外に治安がいいし、ブルキナファソを思い出した。ああやっぱりアフリカはいいなあと思う。

ガソリンが瓶売りされていたり、赤いチーズがあったり、ガーナみたいに奇抜ではないけれど棺桶屋があったりと、なかなか素顔のベナンは面白い。ここに住んでいたのは二十代の女性だったのだけれど、実際のところフランス語ができないし、就職した貿易会社もうまくいかなくなって、日本にとりあえず帰国する予定だという。フツー、こういう話だとTV番組にならないのだけれど、それを千原せいじは、その行動力と帰国する勇気を褒める。さらに次のステップへと、激励してフニッッシュさせてしまう。

なかなか、いいフィニッシュではないだろうか。アフリカでの様々な活動、案外うまくいかない場合のほうが多いのかもしれない。それもまた現実。TV的に変にいじらない方がはるかにいい。この番組の演出家に拍手である。

おかげで、ベナンの貴重な映像が見れたわけで、私にとっても大いに有益であった。

2016年2月7日日曜日

エボラと戦った義人 カーン氏

http://www.bbc.com/news/world-africa-28560507
NHKスペシャルで、昨夜、エボラ感染時の記録を見た。この記録の中心となるのは、シエラレオネのウマル・カーン医師である。彼は、感染症の専門家で39歳。ケネマという地方都市の国立病院で、初期から警告を発した。政府へ感染地域の封鎖を勧告しながらも無視され、国際社会にも友人の医師を通じて支援要請を行うも無視された。そんな中でも、ボストンに向けて、エボラウイルスのサンプルを送り続けていく。未来をも見通した孤独な戦いを繰り広げた人だ。

シオラレオネのギニア・リベリアとの国境にあるクポンドゥ村の女性呪術師が死去した。この時の葬儀に数百人の女性が集まった。その際、伝統儀式として彼女の遺体を素手で洗った。これが最初の感染であることは、後にカーン氏が送り始めたサンプルのDNA解析で解明されている。

これまでのエボラ渦は、コンゴ民主共和国などの中央アフリカの僻地で発生しており、感染が広がる危険性は比較的少なかった。しかし、シエラレオネの場合、クポンドゥ村とケネマ、ケネマと100都市である首都フリータウンが道路で結ばれており、カーン氏は大きな危惧を抱いたのだ。政府が封鎖をしなかったゆえに、ケネマで封じ込めることを決意、15日目にケネマ病院の最初の患者のイラーさんは回復して退院した喜びもつかの間、その2日後、カーン氏が懸念していたクポンドゥ村からケネマへの道沿いに43人の患者が発生した。

点滴を打ち、体力を回復し免疫力を高めるのが、治療の全てであるが、点滴には針を打たねばならない。それだけ看護師が患者の血液に触れる可能性が高くなる。防護服を着ると50度を超え、集中力がミスを生みやすい。

24日目に、ケネマ市内で感染者が発生。WHOから医師2名の派遣がやっと決まる。まさに無関心との戦いであった。隔離病棟は満員になり、街では暴動も起こる。カーン氏の予想どうり、やがて首都フリータウンに、リベリア、ギニアに、そして先進国にも拡大したのは周知のとおりである。

発生から59日目、カーン氏自身が感染する。看護師の治療のため素手で目を触っていまうのだ。その一週間後死去。彼の遺体はケネマ国立病院の中庭に埋められた。その際の映像には棺桶にムスリムを示すマークがあった。私は、彼の名前から、ムスリム(イスラム教徒)ではないかと直感したのだが、偉大なシオラレオネの医師は、やはりムスリムであったわけだ。この事実は、広く知られるべきだと私は思う。宗教を超えて、多くの人を救い、欧米先進国とも連携しながらエボラのワクチン作成に大きく貢献した。

カーン氏を含め、ケネマ国立病院のスタッフ41人が死亡。210名の患者が救われた。彼らの名を記した碑が病院に建立されている。番組は、その牌の紹介で終わる。

…もう一度、確認しておきたい。過激派の世界的な跋扈によってムスリムが悪者扱いをされている今だからこそ、エボラ出血熱渦の中で完全と立ち向かった義人として、我々はイスラム教徒である医師ウマル・カーン氏の名を忘れてはならないと思う。(義人というのは、極めてキリスト教的な概念であり、コトバである。あえてこのコトバを使ってカーン氏を紹介したい。)

2016年1月23日土曜日

モザンビークの寺子屋

http://asahi.co.jp/konnatokoroni/
afrika/index.html
昨夜、疲れきっていたのでエントリーしなかったが、”千原せいじ”が”ジミー大西”とともにモザンビークの北部ペンバのスラム街を訪れる番組はなかなか興味深かった。

マプト(首都)からの飛行機がその日なかったので、市場をひやかしにいく。わかるわかる。市場は楽しい。市場にはアフリカの生活がある。面白かったのは、呪術の材料の店があったことだ。私は一目でわかってしまった。南アのヨハネスブルグでそういう店に入ったことがある。私はもちろん買わなかったが、この二人はTVロケということもあって、精力剤を求めようとする。面白かったのは、店員が最初に出した木である。「これ何?」と聞いたら、「知らん。」(笑)次に出された粉末をジミーが買うと言い出した。日本円で1000円強。モザンビークだと、おそらくかなりの高額である。煎じて飲めば4分できくという。まさに眉唾。(笑)地元の呪術師が、地の霊とかを呼び出して、それなりの祈りを添えるときくのかもしれない。漢方薬のようにフツーにホテルで湯で煎じて飲んでも効果なしはあたりまえかなと思う。(私はアフリカの呪術の威力を否定しない。)

さて、ペンパのスラム街。ここで子供の教育に携わっている女性を見つけ出す。ケニアのキベラスラムと比べると、ずいぶん静かだ。(キベラでは、レゲェなどがガンガン流れている。)せいじのスーツケースは、知らぬうちに地元の子どもが運んでいた。日本人女性をよく知っているこどものようで安心だが…。とはいえ、夜は極めて危険だという。

スラムに住む日本人女性はたいした人物だった。こういう人がいること自体が嬉しい。失礼ながら見た目のイメージは、トミーズの健ちゃんなのだが…。普段は何でもボロクソなせいじが、意外にその話に聞き入ったり、ジミーが寺子屋の看板を描いたのは、彼女の人間力だと思う。いい番組だった。相変わらず、アフリカにスーツケースで行くのは無粋だと思うけど…。

2016年1月21日木曜日

F22が横田基地に来た意味。

NHKのニュースで、東京の横田基地にF22が派遣されてきたことを知った。横田基地には、朝鮮戦争の国連軍後方司令部が置かれている。意外なハナシだが、朝鮮戦争はまだ終わっていない。停戦中で、たった4人の司令部が今なお置かれているのである。こんなことを先日世界史の授業で話したばかりだ。その横田基地に、米軍の虎の子のステルス戦闘機(もちろん空爆も可能な攻撃機でもある。)F22がやってきたわけだ。

これは、北朝鮮への明確な米軍のメッセージである。沖縄ではなく、横田に来たことが大きい。一応沖縄方面で訓練するとか広報は言っているらしいが、それだけが目的なら直接沖縄に行っていたはずだ。

オバマ大統領が「世界の警察」をやめたと発言し、バクス・アメリカーナの時代は終わったと言われる。それがまた世界を大いに不安定にしている。これも世界史の授業で話したばかり。
しかし、こういうわかりやすい抑止的行動は、どうしても必要な気がする。F22の編隊が北朝鮮の核関連施設を爆撃したとしても、北朝鮮軍はおそらく何もできないまま、何もわからないまま終わってしまうだろう。北朝鮮が冷静に考えれば、それはわかるはずだ。F22の性能は、それくらいすごいのだが、同時に莫大な維持費がかかるのである。(出撃ごとにステルス用の塗装を塗り替えねばならない。)現在のところ、究極の抑止力だと私は思う。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160121/k10010380431000.html