2017年2月28日火曜日

ジェフリー・サックスの意見

ジェフリー・サックス氏
lobe.asahi.com/worldeconm
y/090112/01_01.html
さて、先ほどのエントリーの続編である。昨日付けの日経の「グローバル・オピニオン」にあったコロンビア大学教授で開発経済学者のジェフリー・サックスの意見について記しておきたい。彼が意見を述べているのは、当然のごとく、米国トランプ政権についてである。

世代間の政治的分断・若者と年長者の支持する政策の違いを3つの視点(1.社会問題に対するリベラルさ 2.ロボットやAIによる技術革新と経済問題 3.気候変動やその脅威に対する意識)から、まず論じたうえで、こう結論している。

トランプの経済政策は、年配で、白人で、米国生まれの人々に焦点が合わされており、21世紀のロボットやAIが提起する雇用問題に向き合わず、自由貿易の議論を蒸し返し、将来の環境の大惨事という代償を払ってでも米国の石炭、石油、天然ガスからあと数年間利益を絞り出すことに取り組んでいる。彼は歴代のどの大統領より近視眼的で、メキシコや中国との貿易戦争や悲劇的なほどの誤解に基づいたイスラム教徒の移民入国禁止などでは、若者の求めに応じることはできない。トランプの政治的な成功は例外的な出来事にすぎず、転換点ではない。2020年にはミレニアム世代が支持する大統領候補によって、彼らの時代がやってくる公算が大きい。米国は多民族で、社会問題にリベラルな考え方を持ち、気候変動に対する意識が高く、新技術の経済的利益をもっと公平に共有する国になるだろう。

これが、リベラル中のリベラル、ジェフリーサックス氏の意見の要約である。これに対し、日経の大石編集委員が「4年後、修復できるか」として反駁している。「問題はトランプの向こう4年間の暴走によって、次の政権の手に負えないような国際紛争が起き、米社会の分断がさらに深まる恐れがあることだ。保守にもリベラルにも希望を見出せなくなったとき、米国はどこへ向かうのか、想像するだに恐ろしい。」

…ジェフリー・サックス氏は、開発経済学の世界において、大家の一人である。比較的楽観論者であると私も思っている。リベラルに、常識的に理想を語るヒトなのである。極めてジェフリー・サックス氏らしい意見だと思う。だが、私は大石氏の意見に全面的に賛同する。実は、危機がすぐ近くまで迫っているのではないか…と。

とはいえ、久しぶりに、ジェフリー・サックス氏の意見を拝聴できたことが嬉しい。それも日経の紙面上でで、ある。もし私が日本にあって、朝のモーニングでこの日経記事を読んだなら、必ずやコンビニで新しい日経を買っているだろうと思う。IBTの新社長にあらためて感謝申し上げる次第である。

IBTの話(82)新社長と日経

いよいよ2月も終わろうとしている。実は、この2月からIBTに新社長が就任された。「社長」という語彙は、日本語学校であるIBTに、なかなかそぐわないが、マレーシアには学校法人という概念がないそうで、IBTもひとつの私企業なのである。私が4月に渡馬した時には既に前社長は病気療養中で結局退任の時にご挨拶を聞かせていただいただけだった。以来、空席のままだったのだが、2月初頭より新社長が就任されたのである。日本とマレーシアの地で、某有名企業で管理職をされていたビジネスマンの方である。50を過ぎると男は自分の顔に責任を持たねばならない。その人柄がどうしても顔の相に表れてくるという。一目見て、私は信頼できる方だと確信した次第。

新社長は、頻繁に職員室にも顔を出されて、雑談をしていかれる。私と話していて、日本経済新聞をIBTでとることになってしまった。ビジネスマンだった新社長も当然、日経の愛読者で、やはり電子版ではなく、ペーパーの新聞でなければ、と共鳴しあったのだった。ちょっとした小さい記事や広告からも、様々な情報が読み取れるのが日経の良さであることを確認し合ったのだ。その翌日から、昼過ぎに私の机上に日経が置いてあることが多くなった。まだ契約していないはずなのに、訝しがっているとどうやら日本人会でポケットマネーで購入され、読んだ後私に回していただいているようだった。ありがたい話である。

昨日など、ジェフリー・サックスのオピニオン記事が載っていたりして、大いに嬉しかった次第。やはり、日経はペーパーで読みたい。(こちらで手に入るのはアジア版だが、ほぼ日本のものと変わらない。当然日本よりはるかに高価である。)義を重んじるタイプの私は、いつしか社長の好意になんらかの成果で答えなければならない、と感じてしまうのだった。

2017年2月27日月曜日

米国の戦争準備政策考

アメリカ大統領が、「他国が軍事力で勝ることを許さない」と軍備の増強をホワイトハウスの公式サイトで表明した。このことと、大きく関連するのではないかという記事がダイヤモンド・オンラインに載っている。タイトルは、「米中戦争は可能性70%、しかも米国劣勢と予想する理由」という、かなり衝撃的かつ眉唾モノの記事なのだが…。

新政権の中枢(国家通商会議議長)に入っている経済学者ピーター・ナヴァロが執筆した最新著作「米中もし戦わば-戦争の地政学」が、新政権の対中国観・アジア観を代弁しているとこの記事は書いている。この本によると、戦車や戦闘機、軍艦などを生産できる経済力、とりわけアメリカ国内の製造工場の多くが中国に移転してしまっている現状を危惧している。戦争が起こった場合劣勢に立たされるというのは、このことをさす。

…近代戦争は、WWⅠ以来、国家の生産能力、経済力をバックにした総力戦になっているからである。

アメリカが中国に戦わずして勝つためには、経済・技術・教育・研究などのソフトパワーと軍事力のハードパワーの総和(=総合国力)が、圧倒している必要がある、そのための貿易不均衡の是正、中国製品への依存度軽減、法人税減税等によるアメリカの製造業の回復、知的財産の保護などを行うべきだというわけだ。

新政権が北朝鮮やイランを名指しで非難し、軍事力増強を訴える裏には、また国内の製造業を無理やり保護しようとする裏には、ピーター・ナヴァロの地政学があるということらしい。

…大統領は、極めて短慮で感情的な一面を持っていることはこの1カ月で周知の事実となった。中国と戦争することはありえない(=米中だけでなく全世界経済が大混乱に陥り、デメリットが大きすぎる。)、と私は考えているが、北朝鮮や、イランと、韓国やイスラエルと共にアメリカが戦争する可能性は十分にある、と最近感じざるを得ない状況である。

…国内製造業の回復を図るという政策は労働者保護というより、まさに、戦争準備のための政策だったのかと思うと、国家戦略とはそういうものだと歴史は教えてくれるとはいえ、今更ながら愕然とするのである。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/20/trump-military_n_14288392.htmlhttp://diamond.jp/articles/-/119031

2017年2月26日日曜日

土着信仰の祭りを見に行く。

まるで日本の鳥居のようだ。精霊もお出迎え。
M先生とご子息の案内で、KLから車で1時間ほどのマーメリー・カルチュラル・ビレッジに夫婦で行ってきた。ここは、マレーシアの土着信仰に生きる人々の村である。今日はその祭りのファイナルの日で、外国人観光客がわんさか押し寄せていた。その存在イメージとしては、追い詰められ観光化された北海道のアイヌコタンを連想してしまう。
カルチュアーセンターには様々な文化の展示。彫刻がすばらしい。
だが、熱帯雨林の中(というより、パーム椰子のプランテーションの中に残された貴重なフツーの木々の中といったほうが実態に即している。開発がすぐ近くまで迫っている。)で、祭りを見てみると、極めて日本的な部分があって、というよりこっちがルーツかもしれないと感じたのだった。
何より印象的なのは、最初のブリーディングで「Japanese ORIGAMI」云々と総合ガイドのおじさんが言っていたのだが、樹皮を使って、日本の折り紙風の装飾がいたるところにあったことだ。日本で言う神社の鳥居みたいなものもあるし、神殿には阿吽のカタチでジャガーのような対になった置物もあるし、ご神木といった風の木もあったりする。当然、音楽に合わせての踊りもなかなか趣があった。なまはげのような精霊も登場する。彼らはなかなかサービス精神旺盛で、共に写真に収まってくれる。
 少し離れた場所に、シャーマン儀礼の場所もあって、そこでは儀式が行われていた。その道すがらは、いかにもマレーシアであって、普段KLの喧噪の中にいるとまさに別世界であった。
いやあ、これもマレーシアの実相の1つなんだと、夫婦共々、実に貴重で面白い経験をさせていただいた次第。M先生とご子息に、今回も大感謝である。

2017年2月25日土曜日

米国の民主主義の危機に思う。

https://africaryu-
kon-roku.blogspot.com/
ホワイトハウスが、NYタイムスやCNNなどの批判的なメディアを閉め出した。アメリカの民主主義が、破壊されていく。先日のスウェーデンの難民の話もそうだが、世界を常にリードする超大国のリーダーが、ウソを平気でついたり、不確かな情報を発信することが、どれだけ大きな問題になるか、本人は全くわかっていないのだろう。ましてや、メディアを忌避するというのは、民主主義自体を全く理解していないとしか、いいようがない。

彼の語彙力は極めて低いらしい。学術誌の研究論文では、大統領候補者のTV討論をもとにした場合、語彙密度が最も低いといわれている。カーネギーメロン言語技術研究所の比較研究では、彼の演説文法は7年生(12~13歳)、語彙は6年生レベルだという。
http://wired.jp/2017/02/24/language-won-trump/

彼の自伝のゴーストライターであったトニー・シュウォルツの「良心の告白」という文章もWEB上に載っていた。雑誌ニューヨーカーの7月25日号の記事の転載である。この記事を読むと戦慄が走る。こんな男がアメリカのトップにいること自体が間違っている。かなり長い記事なので、各項目のタイトルだけでも記しておきたい。

「トランプは、あらゆることを嘘で塗り固めるのです」
「彼は、有名になることに取り憑かれていました」
「(ゴーストライターとなり)我が身を金で売ったんだとわかっていたのです」
「教室でじっとしていられない幼稚園児のようでした」
「トランプの情報源はなによりもまず、テレビです」
「トランプは、注目を浴びるのがとにかく嬉しいのです」
「トランプは口を開けば嘘をつくのです」
「もし、”世界の皇帝”というものでもあったなら、トランプはまちがいなく立候補するでしょう」
「彼は、自分の利益になるかどうかしか眼中にない男なのです」
「(事業の失敗で)毎日数百万ドルが消えていきました。トランプは怖れていたにちがいありません」
「トランプにとって自分以外の人間はいてもいなくてもいい、使い捨てのものにすぎないのです。」
http://wired.jp/special/2016/trumps-ghostwriter/

就任後たった1ヶ月で、この記事の信憑性がかなり高まっている。アメリカは、民主主義の原点、ロックの抵抗権が認められている。感情的で短慮なミスリードで、世界に不幸をバラまく前に彼をなんとかしなければ、と多くのアメリカ市民が思っていることだろうと思う。

2017年2月24日金曜日

正男氏暗殺事件の雲行き

http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-752.html
ダイヤモンド社のオンラインに、北京在住のジャーナリスト陳言氏のかなり衝撃的な記事が載っていた。中国の政府系メディア(侠客島という人民日報・海外版の公式アカウント)が2月18日の段階で、「北朝鮮の核問題が、おそらく中米両国間の最大の変数になること。」「金正男暗殺事件で、韓米はいっそう強硬路線を取る。この事件が北朝鮮の行為だと広範に認定されれば、国際世論の支持を得るだろう。」「北朝鮮の繰り返される核実験は(中国の安全保障も含めて)国際社会の容認の限界に達している。主体革命思想の指導下では、国際社会との協力共生の関係を構築することは難しい。」「韓米が電撃戦方式で北朝鮮を占領、統一することは、中国の国益に反する。」「中米は国連安保理で朝鮮問題を解決する必要があり、国連朝鮮半島事務期間を創立して、人道主義に対する挑戦を速やかに解決すべきである。」などといった発言を行ったという。

ようするに、北朝鮮の行動に対して、中国をはじめ国際社会全体の人心を失っている。もし、韓米が北朝鮮を攻撃しても、中国のせいではない。国連安保理が全面に立ち、中国の国益になるようなら尽力はする、というような話だ。

これは、凄い変化である。これまで、中国はなにがあろうと、金王朝の存続を擁護してきた。それが、はっきりと政権転覆もやむなし、という論調に変わっている。中国は、北朝鮮からの石炭の輸入を止めた。石油と穀物の輸出はどうするのかまだわからないが、極めて大きな変化である。韓国国内の状況、米政権自体の大きな変化をも含め、なんとも危うい状況である。日本もマレーシアも無関係でいられる話ではない。
http://diamond.jp/articles/-/119004

2017年2月23日木曜日

シーク教の謎を解き始める。

http://sikhpage.blogspot.my/2014/06/
quotes-from-sri-guru-granth-sahib-ji.html
先日、シーク教の寺院に行った時、礼拝の対象が何なのか、かなり謎だったが「シク教」(N-G、コワルシング著・高橋堯英訳/青土社)を半分近く読んでわかってきた。それは、「グル・グラント」と呼ばれる書物だった。はたきのようなものは、チョウリーと呼ばれる「払子」(仏具名では、ほっすと読むらしい。)であった。

では、この「グル・グランド」とは何か?というと、シーク教を開いた初代グルのグル=ナーシクから十代にわたってグルが継承され、第10代のゴーピンド・シングからはこの書物に相承された故であった。つまり書物がグルである、というわけだ。だから、シーク教徒はうやうやしく礼拝していたわけである。なるほど…。

まずは、その謎解きが最重要だったのであるが、「グル・グランド」の内容、すなわちシーク教の教義については、もう少し熟読してからにしたい。昔、世界史などで、シーク教はヒンドゥー教とイスラム教の融和したもので一神教である、といった説明が多かったように記憶するが、それはどうも正しくないと思う。たしかに、この2つの宗教とは大いにつながりがあるのは間違いないが、今私は、融合とか一神教という概念とは違うように感じているのであった。うーん、シーク教、なかなか興味深い。

2017年2月22日水曜日

妻カエル。

妻がマレーシアに帰ってきた。結局、彼女の意向で、KLIA2からエクスプレスで1人でセントラル駅まで帰ってきた。やはり、エクスプレス、値段は高い(RM55)が乗り心地と早さに大いに納得したようだ。

ところで、関空からのエアアジア便は満員だったそうだ。関空で復路のチケットについて質問されても、就労ビザをもつ私の家族ビザがあるので、全くノープロブレムだったらしい。この家族ビザ、そこそこ費用がかかる(RM1000弱)のだが、効能はかなり大きいようだ。KLIA2のイミグレでも、スイスイだったそうだ。

さてさて、セントラル駅からは、タクシーで帰った。ここは、クーポン制でタマンデサだとRM18ぽっきり。安心である。タクシーの運転手さんの英語は無茶苦茶なまっていて、よくわからなかったが、「韓国人?日本人?」と聞いているのはわかった。例の正雄氏暗殺で、北朝鮮の話をひとしきりしてくれたが、その10%くらいしかわからなかった。(笑)やはり、今マレーシアの人々の最大の話題であることを確認した次第。一気に、北朝鮮へのフレンドシップが崩れているようだ。そりゃ、そうだよなあ。

で、さっそく、住処が汚いと言って掃除を始めたのだった。(笑)一人で3週間弱頑張ってきたが、やはり妻にいてもらわないと実に困る。

2017年2月21日火曜日

IBTの話(81)進路書類の整理

相変わらず授業が週に2コマしかないので、エクセル大会終了後は、教材研究にひたすら勤しんでいる。とはいえ、もっとなにかしていないと辛い。(笑)ちょうど、進路の主担のT先生が、私が先日までエクセル大会をしていた資料室で進路の仕事を始めると昨日の職員連絡会でおっしゃっていた。一応、進路の係の一人でもあるので、その仕事のお手伝いをかってでたのだ。

その仕事とは、職員室にある進路関係の書類の整理である。もっと言えば、今年度に新しく入手した募集要項や学校案内に差し替えるという仕事だった。仕事の概要をを聞いた上で、資料室を改変した。北海道から九州沖縄まで、大まかな地域別に大学の新資料を分別しなければならないからだ。さらに、余分にあるものは後に学生に自由に配布するし、破棄すべき書類もある。それらを入れるための段ボールの箱づくりもやった。細かい処理は、明日以降に持ち越して、今日はとにかく作業場づくりと、前回のオープンスクール時の資料だけ地域別に分別した。最大の難関は、職員室から莫大な資料を運ぶことだったが、F先生やS先生が手助けしていただけた。大感謝である。明日から、コツコツとやっていこうと思う。今日の画像は、私が分別していた資料の1つ、秋田大学のもの。F36の教え子も4月からお世話になる。

2017年2月20日月曜日

一時帰国中の妻から第二便

一時帰国中の妻からの第二便の荷物が事務所に届いた。IBTからの頼まれものである昨年11月実施のEJUの最新問題集が一番上に置いてあった。それを事前に知っていたので、さっそく開封して手渡した。妻は、スーツケース嫌いなので、持参して渡馬することを良しとせず、他の荷物といっしょに送ってきたのだ。(笑)

世話になった方々へのお土産や食料品に混じって、年賀状が入っていた。例年とあまり変わらない枚数である。私が渡馬していることをご存じの方もあるし、ご存じでない方もある。さて、返信についてはどうしたものか…と、改めて考えているところである。

もう一冊本が送られてきた。シーク教の本である。先日行ったシーク教の寺院の謎がどうしても解きたくて、少し遅れてアマゾンに注文した本だ。なかなか面白くて、少し読み出したがとまらない。一気に第1章を読み終えてしまった。内容は後日エントリーすることにしたい。

妻の渡馬は間近だ。午後5時に、例の世界的な注目を浴びている正男事件の舞台、KLIA2に到着する予定である。それを聞かれたM先生が、わざわざアプリで調べてくださった。IBTのあるミッドバレーからセントラル駅へは、バスやタクシーより、電車で向かうのが最も早く着きそうである。夕方は、インド人街のあたりが大停滞するからだ。そこからは、エクスプレス。30分でKLIA2に着く。それでも6時すぎになると思うが…。

2017年2月19日日曜日

AFP記者のコラム

妻の一時帰国が、もうすぐ終わりを迎える。寂しい土日の休暇も今日で最後となる予定である。そんなわけで、黙々とPCに向かっていたら、AFP(三大通信社のひとつ)の世界中の記者たちのコラムのページに紛れ込むことになった。これがなかなか凄いのである。ジャーナリズムの最前線で働く記者のコラム(硬軟取り混ぜて)を読んで、いろいろと考えさせられた。昼過ぎにアクセスして、じっくりと読んでいたら、夕方になってしまった。

私のブログの読者の方なら、きっと同じように興味深いだろうと勝手に推測するところである。あまり詳細に述べると、読む価値が下がるので、私が特に印象に残った記事のタイトルだけ記しておこうかなと思う。

カシミール紛争、報じられない人々の心の闇
分離と混迷のリビアから続ける報道
怪物の腹の中で過ごした24時間
アフリカ経済大国の飢餓、ナイジェリアの難民キャンプ
最後のナチス裁判-アウシュビッツ、元看守と生存者の証言
「我が目を疑った」ソマリアのカメラマン
ワイルドでいこう-イスラム諸国の女性バイカーたち
米大統領選の政治と宗教-共和党予備選と「聖書地帯」
攻撃の日常化、イスラム過激派ボゴ・ハラム

どれも、1つずつエントリーしたいような中身の濃いコラムだった。超お勧めである。
http://www.afpbb.com/subcategory/column

2017年2月18日土曜日

イスラーム生誕を読む。

先日、6冊の本を入手した話をエントリーしたが、実はその前の日本人会の古本市で1冊の文庫を手に入れた。それが、井筒俊彦著「イスラーム生誕」(中公文庫/1990年8月発行)である。著者の井筒氏は、東洋学の権威であり、文庫本といえど、バリバリの「学術書」である。私のイスラームの学びは、主として中田考氏の著作が多い。中田氏はイスラム法学者であり、敬虔なムスリムでもある。一方、井筒氏はあくまで、学者としての視点で、この本を書いている。その相違を実感しながら読むのもまた趣を感じる次第。

この井筒本は、第一部のムハンマド伝(これは若い頃の著作)と第二部のイスラームとは何か(これはおとなになってからの著作:著者のあとがきの言)で、30年近い時間の経過があるそうである。ある意味珍しい本である。

特に印象に残ったことを記しておきたい。「学術書」として、井筒氏は「ジャーヒリーヤ」(無道時代:イスラーム成立以前のアラブ世界)について、詳しく述べている。このジャーヒリーヤの精神との対比から、ムハンマドの生涯を描いている。ムハンマドが啓示を受けてイスラームを開くとき、アラブ世界もまた混迷していたことがまず重要だ。まるで、ソクラテスのアテネ、孔子の春秋戦国時代のような実存的混迷が、そこにあったわけだ。したがって、クルアーンのメディナでの啓示は、「警告」をひたすら説く。神を怖れ、神の権威の前に一切の人間的自負心を棄てて跪(ひざまず)く服従の精神、これがイスラームである、ムハンマドは、ジャーヒリーヤとの激しい対立を生起させたのである。

一方、そもそも、アッラーは、井筒氏によれば、アラビア語でのThe GODの意味で、新たな語彙ではなく、カアバ神殿には、アッラーが主神で、その他の部族の神も祭られていたそうだ。これらの偶像を破壊してからは、「警告」から神の「慈悲」、そして神への「感謝」が啓示されるようになる。これがメッカ啓示である、というわけだ。また意外に、当時のアラビア半島には、ユダヤ人やキリスト教徒が居住しており、これら啓典の民の宗教的素養を知悉している詩人などもいたり、ムハンマドとはほぼ同志的な存在だったといえる(実際はイスラムの敵とされた)ウマイヤ・イブン・アビー・アッサルトのようなアブラハムの宗教への回帰を説く(ハニーフと呼ばれるそうだ。)詩人の存在も書かれていて、新鮮な知的刺激を受けた1冊であった。

もしかしたら…オオゴトの予感

https://twitter.com/search?q=%23
こうして、マレーシアにいると日本の政局にどうしても疎くなる。相変わらず野党はあまりパッとしないようだ。特に民進党の批判は、首相とトランプとのゴルフの件にしても、スネ夫の名前を出しての批判の件にしても、国会審議としては、どうしても幼稚な感じがする。まるで床屋談義のようだ。そころが、17日の予算委員会で福島議員の指摘した大阪の小学校の件に関しては、なかなかするどい。あまり、日本の政治に関してはエントリーすることがないのだが、少し調べてみた。(マスメディアの情報が少ないので、リテラシーに注意しながら調べたが、現在の情報ではこういうところか、と思う。)

この小学校の問題は、伊丹空港の騒音問題で政府が買い上げていた国有地(2013年に近畿財務局公募していた時には、9億5600万円ほとの価格がついていた)を、結局この学校法人に貸し付け契約し、10年以内に購入するということになった。で、基礎工事をしてみると大量のごみが出てきて、それに8億円くらいかかるらしいということで、財務省が2016年に1億3400万円で売却したという話である。ちなみに、財務省の資料では地下埋蔵物は廃材及び生活ごみ。2013年4月土壌汚染対策法で市の資料では「鉛及びその化合物、ヒ素及びその化合物」が検出されているという。
http://topic-station.com/moritomogakuen-hiso/

この小学校は、「安倍晋三記念小学校」という名前で寄付を募ったり、(これには首相は今初めて聞いたと答弁した。校名にに関しては2007年時に聞いたが断ったと答弁した。)首相の妻が名誉校長になっていたり(これは承知していると答弁した。)、どう考えても首相と繋がりがあるということは明確である。さらに首相の答弁の中に「妻から学園の教育に対する教師の熱意がすばらしい。」と(聞いていると)いうのがあった。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/02/17/denied-abe-school_n_14829226.html

気になったので、この学校のことを調べてみた。教育理念は、教育勅語だという。そうか、やっぱりというのが私の感想だ。私は何度が述べているように、右でも左でもないが、教育勅語をその教育理念としているというのには違和感を感じる。実際、この学校法人は幼稚園や保育園を運営しているらしいが、運動会の園児の選手宣誓で「日本を悪者にする中国や韓国は心を改めて。安倍首相がんばれ。」と言わせていたり、ヘイト文書を保護者に配布するなどしているという情報がWEB上にある。
http://m-shiritaiblog.jp/9418.html

私は、日本国憲法にあるように、思想信条の自由は絶対的に保障されるべきだと思っている。たとえ、私学でも、こういう教育はダメだ、などという安易な感情的な意見は排するべきだと思う。ただ、世界的なナショナリズムの高揚と、真実を覆い隠す情報、強弁がまかり通るような風潮は、極めて危険だと思っている。マレーシアにいると、日本の公教育が、いかに思想信条の自由・信教の自由を守ろうとしているかがよく見える。だからこそ、反対に日本人のアイデンティティが希薄そうに見えるということも、である。だが、私は日本のそういう何事も受け入れる素地を持つことは極めて重要なことであるようにも思うのである。地球市民に必要な異文化理解の有用な素地となるからだ。

ところで、この問題、この学校法人と財務省、さらに首相やその関係者の徹底した調査と明確な説明を求めるべきだと思う。首相は答弁の中でこう述べた。「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める。」この言質をとった福島議員、なかなかやるではないか。民進党得意の尻すぼみにならないように、お願いしたいものだ。

2017年2月16日木曜日

IBTの話(80) F38の激励会

今、F38の文系クラスで教えている一神教講義
2月に入って、授業が少ないので、文科省への提出書類のお手伝いをひたすらしている。エクセルとにらめっこをしているわけだ。そんな中、久しぶりにIBTでイベントがあった。F38の学生を集めて、2年生になる故の激励会というか、ハッパをかける会が行われた。これまでの学校の経験的に言えば、学年集会というのが最もあてはまる語彙かもしれない。

EJU直前の激励会のように、日本語、数学、物理、化学、社会といった感じで担当者が訓話的な話をする。私は、こういう場合長い話をするのは、いかががなものかといつも思う。今回は、社会科としては、パートナーのT先生に主にお願いした。彼女の方が教えている時間が多いし、当然だ。

私からは、F36の国費生の学生から、「後輩が心配です。土日に映画に行ったりしている。私たちは、宿題や復習でそんな余裕がなかった。だから、先輩が心配していた、と後輩に是非伝えておいて欲しいのです」という先輩たちの言を伝えた。またある土曜日、ミッドバレーに行くとき、F36の多くの学生にバスで会った。「遊びに行くのかあ?」と聞いたら、「落ち着いて勉強できる自習室がある場所にみんなで勉強しに行くのです。」と言っていた。と、こんな話を久しぶりに真顔で話した。ごく短時間の話だった。

T先生は「目が笑っていませんでした。」S先生は「みんなの表情が一瞬で変わりました。」と言っておられた。うん、久しぶりに元生活指導部長の面目躍如といったところか。(笑)私が前に立つと、だいたい面白い話しかしないので、みんな面食らったようだ。「次は、面白い話をするからね。」と言って、みんなの笑顔を見てから終わったのだった。

F36Cクラスの学生諸君、後輩に心配を伝えるという約束、守らせていただきましたよぉ。

2017年2月15日水曜日

KLIA2で金正男氏暗殺事件

KLIA2 http://www.nst.com.my/news/2016/03/135742
/mahb-spends-rm94m-klia2-parking-apron-repair
普段なら、日に何度か、WEBの最新ニュースを確認するのだが、今日は、エクセルとニラメッコしていて、全く見ていない。こんな日に限って大事件が起こったりするのだ。マレーシア・クアラルンプールのKLIA2(クアラルンプールの第2国際空港を意味する)で、金正男氏が暗殺される事件が起こったという報道が流れた。マレーシア中が大騒ぎしているのだが、私は下校寸前まで、全く知らなかった。

KLIA2は、私が普段利用している、LCCのエアアジア専用の空港だ。とはいえ、関空などマッツ青の、かなり巨大な新しい空港である。先日も妻の一時帰国の時、朝早く行ったが、かなりの人出だった。深夜便にも乗ったこともあるけれど、それでもなかなかの人出だ。つまり1日中、たくさんの人で賑わっている。そんな中で暗殺劇だったようだ。というか、金正男氏がLCCを使っていたというのも意外、警備を担当していたのが中国当局で、工作員がベトナム人だかミャンマー人(おとりだという説も流れている。)だというのも意外だが…。

金氏はプトラジャヤの政府系病院に運ばれたとか。プトラジャヤは空港の近くにある行政府のあるところ。まだ行ったことはないけれど、マレーシアが誇る未来都市である。先日もエントリーしたが、北朝鮮とマレーシアはビザなしで渡航できる関係にある。マレーシアは西側の国ではあるが、意外に北朝鮮とは親密である。とはいえ、マレーシア警察もメンツをかけて、この事件解明に取り組むだろうと思われる。マレーシアのフツーの警察官は、わりとのんびりしているが、公安系の警察は極めて優秀だ。南国新聞などを読んでいると、IS関係のマレーシア関連の国内情報など詳細につかんで動いているようである。

やれやれ。こんなのんびりしたマレーシアでやっかいな事件が起こってしまったなあ、それもいつも利用するKLIA2で…。これが、私の正直な実感である。

2017年2月14日火曜日

オルタナティブ・ファクト

https://www.cagle.com/steve-
nease/2017/01/alternative-facts-5
某超大国の政府高官が、「オルタナティブ・ファクト」というコトバを使ったことが大きな反響を呼んでいる。例の「POST TRUTH」に極めて似たコトバである。直訳すれば、「もう一つの真実」ということになるらしい。真実をウソで覆い被してしまう悪魔のレトリックだ。例の就任式で、人数が多い、少ないというハナシから飛び出してきた。

全く言語道断な権力者であるわけだ。例のイスラムの人々を閉め出す動きこそ、司法判断でストップがかかったが、その裏でこそこそと動いているらしい。国家安全保障会議(NSC)の再編成という大統領令は、国家情報局長官と米軍のトップ統合参謀本部議長が排除され、極めて危険な反グローバリストのスティーブン・バノン補佐官をこの会議に入れることになった。安全保障首席補佐官のこれまた危ないマイケル・フリン(今日、ロシアとのスキャンダルで辞任したが…。)も入った。私の感覚では、こういうシステムには歴史がある。なぜそういうシステムが取られてきたかという命題があるはずだ。これを無視するすると、あまり良くない結果が待っている。国内でも大きな問題になっているらしいが、移民問題のほうも大変なので、混乱しているらしい。だから、このイスラム移民の問題は目くらましかもしれない。

法のもと、真実を述べるから、権力をもつものは信用を得る。自分のためではなく、一部の人々のためではなく、全ての人々のために権力を使うから権力者は信用を得る。でなければ、抵抗権で打ち倒される。社会契約とはそういうシステムだったと私は思うのだが…。

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/
http://www.mag2.com/p/money/32865

2017年2月13日月曜日

6冊の本が一気に手に入った日

朝、日本人会館のロビーに、古本市がたっていた。と、いっても無人である。いくばくかの古本が無造作に置かれていて、特に値札のないものはRM1という安さだ。すぐ目についたのは、「戦争広告代理店」である。以前文庫本で読んだが、日本の実家にももうすでにない。妻が処分したはずだ。ドキュメンタリーの名作である。再読してもいい。それと文春文庫の司馬遼太郎の「手堀り日本史」、講談社現代新書の「はじめてのアラビア語」。RM1なら手に入れておいて損はない。

そんな今日、一時帰国中の妻から学校宛に荷物が届いた。その中にアマゾンで注文しておいた本が3冊入っていた。、まず宇高雄志著「南方特別留学生ラザクの戦後」(南船北馬舎)、カルチャーショックシリーズ05「マレーシア人」(河出書房新社)、そして浅野順一著の岩波新書青版の「ヨブ記-その今日的意義-」の3冊である。

計6冊が一気に手に入ったわけだ。こういうことは、日本で生活していた頃でも珍しい。さて、今読んでいる本も何冊かあるけれど、どれから手をつけようか。そういう贅沢な時間を過ごしている。

2017年2月12日日曜日

ディストピアとは何ぞや?

http://www.booktopia.
com.au/dystopia-dave-golder
/prod9781783613212.html
ディストピア(dystopia)…。特に英語力のない私には、聞き慣れない語句である。ユートピアの反対語らしい。オックスフォードの辞典によると、この語を最初に使ったのはJ・S・ミルだそうだ。ディストピアとは、平等で秩序正しく、貧困や紛争もない理想的な社会に見えるが、実態は徹底的な管理、統制がしかれ、自由も外見もにであって、人としての尊厳や人間性がどこかで否定されているような社会を言うらしい。

なぜこんなことを今日エントリーしたか、というと、あるWEB記事に国連の「世界幸福度ランキング2016」の更新版が出ていて、日本53位なんだそうだ。1人あたりのGDP、社会福祉、健康寿命、人生における選択肢、寛容性、腐敗認識、そしてこのディストピアの7項目で測定したものらしい。で、日本は、このディストピアの数値が非常に低いらしい。

社会科学において、こういうランキングは、ある意味、重要な示唆を含んでいることが多いのだが、私はそれ以上に、このディストピアをどう数値化したのか興味がある。このディストピアという基準、そもそも価値観の問題のような気もするし、国民性も大きく左右するような気もする。だから日本の順位について、あるいは他国の順位についても特にコメントする必要性はないと思う。

ともかくも…ディストピアという概念。なかなか面白いと思うのだ。
http://www.msn.com/ja-jp/news/world/

2017年2月11日土曜日

在馬 外国人労働者の現状 考

KL マスジットジャメ周辺で
佐藤優の「大国の掟」(NHK出版新書)のドイツの章で、こういう事が書かれている。地政学的に見て、西洋近代史では、いかにドイツを包摂するかが大きな課題であり、WWⅠ、WWⅡ、さらにEUという流れの中でもその包摂には成功していないといえる。現在のユーロは、事実上の拡大マルクであるというわけだ。さて、こんな文面が登場する。

「これはたとえ話ですが、いま私たちがミュンヘンの高級ビアレストランに行くとします。そこでシュニッツェル(カツレツ)を食べることに決めた。その店のオーナーはもちろんドイツ人ですが、ウェイトレスはたぶんチェコ人かハンガリー人、注文したシュニッツェルの豚肉はハンガリーから来ます。そしてハンガリーに行くと、ハンガリーの豚小屋ではウクライナ人の労働者が働いていて、そこで飼われている豚の飼料はウクライナ産のはずです。かつて、ナチスはアーリア人種を指導的民族とし、それを維持する民族としてチェコ人やハンガリー人、奴隷としてスラブ人を位置づけましたが、この三段階がこのレストランで具現していることになります。」

私は、この見方、一理あると思っている。問題は、ドイツの話にとどまらない。実は、このマレーシアでも、他国からの労働者が多くいて、低賃金労働をしていることが自然とわかってきた。当年アジアにも似通ったヒエラルキーが存在するである。しかし、その低賃金というのが、実際のところどれぐらいなのかなかなかわからなかった。この2週間ほどの間に、そういう情報をいくつか集めることが出来た。

ずばり、月RM1000~1500くらいらしい。(ちなみにマレーシアの大学新卒初任給はRM2500くらい。日本人がこちらで働くとするとRM5500以上の給与でなければならない。)もちろん職場によって異なるし、能力差にも関係するらしい。たとえば、フィリピン人は英語が話せるので、外国人労働者の中では最もランクが高いそうだ。だから、RM1500以上の人もいるとのこと。インドネシア、バングラディシュ、ミャンマーなどから多くの労働者が来ているらしいけれど、およそ上記の収入だとすると、生活はかなり厳しい。物価がかなり違うので、日本円(RM1=30円)に置き換えても意味がない。ただ、食費は無理して切り詰めると、1日RM10でもやっていけなくはない。もちろん、栄養価は高くない。彼らの住んでいるところの家賃はRM300くらいと聞いている。(日本人の住居費と比べると信じられないくらい安い。もちろん、日本人の間でも凄い格差があるが…。)故郷に仕送りしようと思えば出来なくはないが、かなりきついと思われる。幸い、KLはLCC(格安航空)も多く就航していて、働きやすい場所なのかもしれない。(シンガポールなどは物価がかなり高いので敬遠されがちなのだそうだ。)

1月19日、マラヤ大学で、2050年国家改革(=TN50)に関するダイアログ(対話集会)が開かれ、首相と学生500人が意見を交換したそうである。(2月9日付南国新聞)世界のトップ20入りを目差すことを目標にしているらしい。およそ、現在のマレーシアの経済政策は、中進国の罠を抜けださんと、インフラ建設に躍起になっている。これは開発経済学上間違ってはいない。TN50も国家目標を掲げることになにも問題はない。いや当然すぎる話だと思う。先日エントリーしたように、国民国家マレーシアの経済発展こそが、マレー系・中国系・インド系の3民族の間合いをうまく調整している、と私も思うからだ。だが、往々にして、低賃金でインフラ建設や工場や店舗で働く外国人労働者の存在は忘れ去られがちだ。生産コスト、生産効率などの経済の問題、治安の維持などガバナンスの問題としてではなく、「共生」という視点から、見ていくことも必要ではないかと思う。

多くの先進国、特に欧州は移民政策で失敗を重ねている。幸い、(バングラディシュやインドネシア人と)同じムスリムである多数派(すなわち政権の中心に位置する)のマレー系の人々は平等意識が高い。多民族国家・マレーシア故に、そういう、外国人労働者との共生を十分にはかる「先進国のモデル」を作ってくことは可能ではないか、などと夢想するのである。

2017年2月10日金曜日

奇祭 タイプーサムの残像

昨日の興奮がなかなか冷めない。朝、いつものバスで出会ったインド系の人々とタイプーサムの話で盛り上がったが、こっちの英語力(特にリスニング)のなさを実感する。(笑)
とにかく凄い人出だった。普段、私は人混みが大の苦手なのだが、あれくらい多いともうどうでもよくなるくらいの多さだった。KLにこんなにインド系がいたのかと思うほどである。どうやら、本国からも来ているらしい。外国人観光客も多い。電車で乗り合わせた人々はヨルダン人だったが、世界中からこの祭を見に集まっているらしい。日が暮れて、電飾の山車を見に門の外に出ようとしたときなど、押しくらまんじゅう状態であったし、帰路の駅は大混雑で乗車規制をしていた。ふと、いつ帰れるのだろうかと思ったくらいだ。

ところで、この祭りは早朝の方が大混雑するらしい。夜を徹してKLから、肉体的な苦痛を伴う苦行者が歩いてくるらしい。文面では表しにくいかなりの苦行で、観光客からすれば、これこそがお目当てであるらしい。早朝に行ったT先生によると、それはそれは…という話だった。だが、歩く分には夜の方が涼しくていい。マレーシアに来てから、太陽をオテントウサマと呼びにくくなっている。(笑)あのストロングな太陽をさけて、苦行するというのも、インドらしくていい。私が昨日目にした人々は、その太陽の苦行に耐えた人々である。彼らの消耗は凄かった。実は、階段で倒れてしまっている人もいたのだ。あと少しのところでへばってしまっていた。人間くさくて、まさにインドだ。
女性の苦行者の姿もあった
寺院内は、莫大な飲料のゴミで酷く汚れていた。聖地という「清らかさ」はない。これもインドそのもの。苦行者の横で、商売を続ける業者もいる。遠慮なしのカメラのフラッシュ。まさに聖と俗、美と醜の混じり合ったカオスそのものだった。

祭りと言えば、天神祭くらいしか知らない大阪人としては、その混濁した人間の汗まみれの祭典に臆するしかなかったのである。未だにその残像が消えないのであった。

奇祭 タイプーサム

先ほど、パトゥ・ケープから戻ってきた。M先生とご子息と3人で奇祭タイプ-サムを見てきたのだった。いやあ、びっくりした。極めて刺激的な祭である。黄色い衣装をまとった無数の人々が頭にミルクの入った缶を乗せて歩いている。そして、一人用の山車のようなものを担いだ人々を取りかこむように、楽団、山車のスタッフなどが何組も何組も集まってくる。問題はその山車を担いでいる人である。頬や舌、背中に釘や釣り針を刺し、苦行しながら、パトゥー・ケイプを目差して歩き、そして楽団の音楽に合わせて踊り(だいたいクルクル回る)、いすに座って休憩し、水をかけられたりしながら、少しずつ進み、最終的に長い階段を上って洞窟内にあるヒンドゥー寺院までたどり着くのである。
彼らが休憩しながら進んでいく光景を見て、私は日本のTVでやっているチャリティー番組の芸能人のマラソンをふと思い出した。実際KLからは20Km近くある。それを山車を担ぎ裸足で炎天下(それもマレーシアの…)を歩くだけでも十分、TVのマラソンを超えているような気がする。それに針をさしているのだから、壮絶である。山車ではなく、イエスの十字架のように手を伸ばして苦行している人もいた。ただ背中に莫大な数の釣り針で花や果物、ミルク缶などをつるして歩いてきている人もいた。とにかく、ヒンドゥー教の宗教的情熱が凄いのである。まさに奇祭。(今回の画像は、莫大に撮影した中から出来るだけ刺激の少ないものを選びました。)

2017年2月8日水曜日

明日はタイプ-サムです。

前回のチョウキット行の時に撮影/スリ・マハ・アリアマン寺院の横で作られていた
タイプーサムのための山車、おそらく牛に引かせるものだと思う。
ヒンドゥー教の奇祭とされるタイプ-サムのため、明日は休日である。インドでは禁止されているこの祭り、かなりショッキングなものらしい。ハタ・ヨーガという肉体的苦痛を伴うヨーガ(修行法)があるのだが、まさにそれらしく、IBTの多くの先生方は見るのも恐ろしいので絶対行かないとのこと。そう言われれば、反対に私は宗教学の徒として、是非見たいと思ったのだった。幸い、M先生が「夕方から見に行きませんか?」と誘って頂いたので、ホイホイと行かせていただくことにした。

チャイナタウンにあるヒンドウ-教のスリ・マハ・アリアマン寺院から、KLの北にあるパトゥ洞窟まで、練り歩くらしい。そもそもは、シヴァ神の息子が母である女神パールヴァーティ(破壊神シヴァもおとなしくなるという、やさしい奥様である。)から無敵の槍を与えられ、魔王を倒した日なんだとか。苦行は神への感謝を表しているらしい。

…明日の夕方、パトゥ洞窟に行ってくる。実に楽しみである。

2017年2月6日月曜日

IBTの話(79) F36B 初授業

スクール・ホリデーが終わって、授業再開である。先日卒業したF36の学生の後輩たちは、F38と呼ばれている。IBTでは20ヶ月コースは偶数で、1年コースが奇数で呼ばれるからである。ところで、まだF38の学生の日本語レベルは、総合科目を学ぶには心許ない。昨年、私は4月の時点から教えたが、この時期の1ヶ月、2ヶ月の差はすこぶる大きい。現在、F38文系は2クラス。総合科目は週4コマである。T先生に、1月から地理分野を受け持ってもらっているのだが、私もF36の学生の授業が終わったので、公民分野として参戦することになったのだ。と、言っても政治経済をやるには、前述のように、日本語能力に無理がある。そこで、T先生と相談したところ、2月は私が週1コマだけ持つことになったのだ。つまり、2クラスなので、週2コマが私の授業となったわけだ。3月は、週2コマずつになる算段である。徐々に公民を増やし、4月からは、公民の方がコマ数が多くなる。最初は、文系は3クラスになる、あるいは1年生の特進コースもできるという、社会科の2人にとっては、なかなか緊張感のある予定だったのだが、実際のところ、授業数が一気に少なくなってしまったのだった。でも、日本の高校では、この時期、3年生の授業主体の私などは、週ゼロの年も何度もあった。あまり深刻に考えないことにした。

で、今日は国費生主体のBクラスの初授業だった。一度、顔を見せに行ったことはあるが、私自身の授業としては初である。いろいろ考えたのだが、多文化理解から始めることにした。特に、一神教について、大まかに、まずやってしまおうと考えたのだ。ムスリムの生徒が多いので、かなり知っている話題でもあるし、受け入れやすいと考えたのである。一神教は、歴史分野や国際関係の授業で必ずバックボーンとして不可欠な知識である。

国旗の話から入った。日本とアルゼンチン、パキスタンとアゼルバイジャン。それぞれ、太陽を描いた国と太陽を嫌い、月と星を描いた国。文化の違いは歴然である。ちょうど、T先生がケッペンの気候区分を熱心に教えてくれているので、世界地図を描いて、その気候の相違と法則性を確認していく。社会科学という概念をすり込んでいくのである。学生は、社会科学の法則性を面白がっていた。さらに、スウェーデンとジョージア(旧名グルジア)の国旗には十字架、あるいはイスラエルにはユダヤ教のシンボル・ダビデの星、インドにはアショカ王の仏教の印章などが描かれている話から、文化の相違における宗教の重要性にもっていく。

ここで、私は少しずるい手を使った。日本では、そもそも旧約聖書などに出てくる預言者はヘブライ名で普通教える。だが、アブラハムはイブラーヒームと呼ぶ。ノアはヌーフ、モーセはムーサーとアラビア語名を使うのだ。彼らの属性に訴えていくのである。この方が、極めて価値的である。日本語がまだ十分でない分、こういう工夫で補っていくしかないなあと熟慮した結果である。(笑)

ともかくも、最初の授業は十分満足のいく内容だった。これからも、コマ数が少ない分、全力で取り組んでいくつもりだ。ちなみに、授業の少ない分、日本の文科省に提出するべき書類の作成のお手伝いをしている。明日からは、一日中書類とにらめっこしながらエクセルの日々になりそうだ。

2017年2月5日日曜日

NPO法人Can Do インターンの件

昨日、アフリカ教育研究フォーラムのS氏より、「Can Do」というNPO法人のインターン急募のお知らせメールを頂いた。アフリカ教育研究フォーラムは、荒熊さんが研究発表されると知って、一度だけ京都に行かせて頂いただけの薄い縁である。 そんな私も送ってこられたくらいなので、かなり切迫した状況と察することが出来る。

実は、この「Can Do」というNPOは、昔々ワンフェスでブースを出しておられて、一時的にだがポケットマネーから拠出金を出したことがある。ケニアで頑張っているNPOで、教育と保健医療と環境とを柱に、国際協力している。私が最初に訪れたケニア、それも行ったことがあるマチャコス。そして国際協力で最も重視すべきその活動内容に、私は賛同したのだ。詳細は「Can Do」のHPを見ると、地道に頑張っておられるのがよくわかる。  http://cando.or.jp/

インターンは、6ヶ月。JOCVに比べて短いが、条件はある意味厳しい。滞在費も補助程度だし、事務所併設の住居と海外保険の加入のみ。ケニアへの旅費(今どれくらいするのか検討がつかない。LCCなどで安くいけるかもしれないが…)、ビザ代、予防接種(黄熱病は絶対に必要ではないけれど、やはりいろいろ打って置いた方がいい。)、食費など全て自前。そもそもボランティアであるわけだから当然であるが、かなりの出費になると思う。詳細は、HPに詳しく書かれている。まあ、オカネはかなりかかる、とみておいたほうがいい。もちろん、自己責任がとれる20歳以上で、英語能力が問われる。

だが、きっといい経験になると思う。実際、どんなインターンだったかが、歴代体験者の作文がHPにかなりの数載っている。こういう人を育てていこうという真面目なところが、私が「Can Do」を信用している理由なのである。でないと、いくらなんでも、無責任にこういうエントリーは出来ない。

こうして、異国の地で、その国の開発に関わっている(一応私も、日本への留学生を送り出す仕事をしているので、間接的ではあるがマレーシアの持続可能な開発に携わってると信じている。)と、実際来てみないととわからないこと、さらに旅行ではわからないことがたくさんある。この謎を解いていくのが、たまらなく面白いと思う。しかも、アフリカから学ぶことはたくさんあるはずだ。

…アフリカ教育研究フォーラムのS氏のメールに、「情報を共有していただけると幸いです。」とありました。信用できる「Can Do」故に、あえてエントリーさせてもらいました。我がブログの読者の方で興味がある方は、一度HPを覗いてみて下さい。

追記:そう言えば、今日は2月の第一日曜である。例年なら、ワン・フェスが開催されているはず。今、エントリーをし終えて、ふと気づいたのであった。大阪は寒いだろうなあ。

英 ブックメーカー掛け率変更?

http://www.slj.com/2014/01/reviews
/presidents-day
-books-for-celebration-and-study/
アメリカ合衆国の政治システムは、行政権の握る強い権力をいかに抑えてくかという命題の元につくられている。ジェファーソンをはじめとす合衆国建国父祖たちの英知の結晶である。その最たるものが強力な三権分立のシステムである。

シアトルのワシントン州連邦地裁が、イスラム7ヶ国の入国禁止の大統領令の一時停止を命令した。州司法長官の提訴を受けて裁判が決着するまで、アメリカ政府の行政機関はそれにしたがっている。さすがにザ・法治国家・アメリカ。大したシステムだと思う。

これに対し、当の大統領は、例のごとくツイッターで、この判事(同じ共和党のブッシュ大統領時に指名された人物)を「この、いわゆる判事の意見は本質的にわが国から法執行を奪うもので、ばかげており、覆されるだろう!」と投稿した。これまで、歴代大統領が、裁判の判決を批判したことはあっても、判事に対する個人攻撃は前代未聞らしい。
http://www.afpbb.com/articles/-/3116691

…司法権の独立ということを、”神によって選ばれた大統領”(2月3日付ブログ:「佐藤優 トランプと詩編133」参照)は知らないのかもしれない。さすがに、共和党の議員からも、この発言は擁護できないようだ。法治国家の政治家としての資質を疑われるに違いない。

一方、ロイターのWEB記事によると、イギリスのブックメーカーで、1年以内にトランプ大統領が失脚するか否か(4対1の掛け率)、あるいはと最初の任期中に弾劾されるか辞職する(掛け率は11対10…すごいな。)いう賭を始めているらしい。数百人が3500円ほど支払って失脚にかけているそうだ。
…この件で、さらに掛け率が変わるかもしれない。
http://jp.reuters.com/article/ladbrokes-idJPKBN15G3QG?feedType=RSS&feedName=oddlyEnoughNews

追記:先ほど、日本の高等裁判所にあたる連邦控訴裁判所も、司法省の訴えを却下したというニュースが流れた。さすが、法治国家である。

2017年2月4日土曜日

金色のモスクをめざして散策。

昨年からずっと気になっていた金色のモスク
妻が帰国して、一人、住処にいると侘びしい気持ちになる。ましてスクールホリデーであるので、月曜日までこんな状態が続くと思うと、ちょっとやるせない。そこで、1人で散策に出ることにした。妻をさそって行かねば、というほどではない場所を目指して歩き出した。その場所とは、昨年4月にクアラルンプールに来て以来、ずっと気になっていた金色のモスクである。初日に泊まったミッドバレーのホテルから眼下に見えた金色のモスク。私にとっての原風景なのである。
調べてみたら、Surau Muhammadiという名前らしい。
これがクラン川/徒歩で橋を渡る
我が住処からクラン川(クアラルンプールの地名の由来になった川である。)が見えるのだが、これを徒歩で超えて行く。川の向こうは、日本で言う公団住宅のような棟が並んでていて、KTM(コミューター鉄道)の駅がある。まずは、その駅まで歩いた。旧正月の花火は、このあたりからは全く見られなかったが、たしかにここはマレー系の人々ばかりが住んでいるようだった。
この駅(Pantai Dalam:パンタイ・ダラム)から次の駅(Angkaspuri:アンカサプリ)までは、KTMで向かう。その駅の近くに、目指すモスクがあるのだ。グーグルマップを見ても、到底徒歩ではいけそうもなかった。クアラルンプールは、車主体に都市計画されているのだ。(笑)
なかなか立派な門があり、広い駐車場があった。とても中に入れるような雰囲気はなかったが、すぐ近くまで来ることができて、私は十分満足したのだった。久しぶりに汗をかいたし、その後は、またKTMに乗ってセントラル駅に向かい、650番のバスで帰ってきた。

今日の散策の出費は、最初のKTMがRM1.5、次がRM1.9、バスがRM1、計RM3.4である。(笑)土曜日の午後のKTMは本数が少なくて、それぞれ30分近く待たされた。おかげで、持参した文庫本の読書も進んだ次第。(笑)

佐藤優「大国の掟」を読むⅡ

eyjoo.com/gallery/img-russian
-orthodox-church-334.htm
昨年11月に帰国したときに購入した佐藤優氏の「大国の掟」(NHK出版新書/2016年11月10日発行)という新書本をずっとザックの中に放り込んだままになっていた。先日、それを発見して(笑)、一気に読み切った。前回のエントリー(昨年11月26日付ブログ参照)以来、かなり時間が経過してしまった。しかしながら、今日、エントリーしようと思ったのは、日本の開国について、なかなか面白い視点があったからである。

海洋国家である日本は、鎖国時代、4つの外交窓口を持っていた。まずは当時の最強の海洋国家だが、カトリックと違い布教する気がないカルヴァン派のオランダとの窓口=長崎である。さらに朝鮮との窓口=対馬。それに、清と貿易関係をもっていた琉球と蝦夷全域と、樺太や東シベリアとの交易を行っていた松前藩である。当時の日本としては、必要かつ十分なネットワークだったと佐藤優は言う。1850年代、この鎖国体制が崩れるのは周知の通り。アメリカに、かなり強引に開国させられるわけだが、アメリカが求めたのは「水・食糧・石炭」といったエネルギー供給と通商であって帝国主義的な侵略ではなかった。

ここで、佐藤優氏は面白い命題を掲げる。もし、ロシアと先に国交を開いてら?というのである。これも周知の通り、当時、ロシアも何度も開国を求めてきた。しかし、意外にも強硬ではなく、根室から長崎へとたらい回しにされながらも我慢強く交渉を求めてきた。佐藤優氏は、その理由をロシア正教のひろめ方と関係しているとする。ロシア正教は、その土地の土着の言葉で典礼を行い、その国の風俗を習慣に合わせていくという特徴を持つ。しかも、当時のロシアは日本人との接触が多く、大黒屋光太夫のような漂流民を保護し、日本語教育も行っていた。そこで、日本人の気質を考慮して、時間をかけて説得するという方法をとっていた。だとすると、巧妙に日本が取り込まれていくというシナリオもあり、フィンランドのような自治を認められるカタチでロシア帝国に取り込まれていたかもしれないというわけである。

佐藤優氏はこのようにも述べている。1850年代にアメリカと最初に国交を開いたことは、実は日本にとって幸運だったのではないか。ロシア帝国に組み込まれもしなかったし、イギリスが先に来ていたら植民地化された可能性もある。アメリカもあと20年遅れて来たとしても、フィリピンのように植民地化されていたかもしれない。なぜなら、アメリカは、日本を開国させた後、南北戦争で対外政策がストップしてしまったからである。70年代に入り、アメリカが帝国主義化した時には、すでに日本は体制を変換することができていたというわけだ。

ロシア正教の布教が、その土地の言語・風俗・習慣に合わせていくという視点で日本の開国を見るという方法、実に面白い。カトリシズムやカルバン派とも違う。いつもながら、こういうキリスト教理解、さらにもっと広く言えば、一神教の個々の宗派的な理解は、社会科学を教える上で、極めて重要だと思うのだ。

2017年2月3日金曜日

佐藤優 トランプと詩編133

https://www.bibliatodo.com/la-biblia/kadosh-israelita-mesianica/salmos-133
佐藤優氏が、講演会で、トランプ政権の読み方について語っている。WEB上で見つけたのだが、ある意味、衝撃的な話であった。トランプ氏はイスラエル中心主義者だと言うのである。親族(娘婿:長女は改宗/孫も)にユダヤ人がいること、エルサレムに大使館を移す件など、親イスラエル的なことは承知していたが、東洋経済の高橋浩祐氏のこの記事を読んで、私は背筋がぞっとした。

佐藤優氏が指摘するのは、就任演説中で引用した、旧約聖書の詩編133。「神の民が団結して生きることができたら、どれほどすばらしくうれしいことでしょうか。」これは、バビロン捕囚から解放されたユダヤ人の喜びの歌であるらしい。佐藤優氏によれば、(神学に詳しい)玄人が聞いたらみんなわかる詩で、ユダヤ教とキリスト教で神に基づく世界支配は、イスラエルから広められる、ダビデ王を理想とした救世主的信仰(メシアニズム)を典型的にした、イスラエル中心主義の内容になっているというのだ。

アメリカでは、クリスチャンシオニズムがかねてから根強い。(ブッシュ政権を支えたネオコンサティブは、ユダヤ人をキリスト教徒にすることが天命だと考えているが故にイスラエルを守ろうとしている人々の別称である。)トランプ氏のイスラエル中心主義は、ブッシュ以上に強固な信仰をバネにしている可能性が強い。

ところで、彼はカルヴァン派の長老派(ブレスビテリアン)の信仰に熱心である。予定説に基づいているので、「試練にすごく強くなる。どんなにひどいことにあっても負けない。神様が与えた試練だから最後に勝利すると決まっていると考える。問題はどういう勝利の仕方なのか、と考える。」と佐藤優氏の言。さらに「(彼は)自分が神様に選ばれたときっと思っている。」

就任式前、トランプ氏は、テキサスの牧師の説教を受けている。その中で、エルサレムの城壁を再建したネヘミヤにたとえられたたらしい。「壁を建設することに神は反対していない。ネヘミヤは、決して自らの批判者に妨害させることを許さなかった。」ここで言われる批判者はマスコミをさすようである。だから、(民主主義のテーゼ:マスコミによる批判の意義をぶっとばして)NYタイムズをあそこまで罵倒できるわけだ。

…うーん。個人の信仰の問題だとは思うが、権力者が、宗教者の強い影響を受けすぎるのはどうかと思う。大統領は極めて公人として振る舞うのが筋だ。同時に弾劾されそうな韓国の朴大統領を思わず連想してしまった。

…彼のツィートに、世界中が揺り動かされている。まるで預言者のコトバではないか。全く良くできた演出である。トランプ氏のこういう私的な部分と、大統領という公的な部分の線引きが出来ていない人格的稚拙さに、強烈な違和感がある。

…要するに、選民思想を強く持ったイスラエルの強硬右派の首相・ネタニヤフがアメリカ大統領になったようなものである。しかも、(歴史用語である)王権神授説っぽくなっている。

…そうなると、民主主義の原点・法の支配(人定法)より、神のコトバ(神定法)こそが重要視される。自分に都合の良い政策は神の認めたことと信じ込むことが可能だ。ならば、イスラムに対して容赦ない宗教戦争を始めても、(おそらく他の偽善的な理由をつけるだろうが)神の意志と、片づけられてしまう。
http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-3036.html
…まるで、中世である。アメリカは、ポスト=モダン(近代国家を超えたグローバル国家)から、一気にプレ=モダン(近代国家以前)に逆流していくのであろうか。そうならば、オーストラリアの首相に暴言を吐こうと、それは神の言になり許される。イランに軍事的制裁を行おうと、それは神の行いになり許される。なんでもありである。

…民主主義の総本山のアメリカが音をたてて崩れていく。そして第5次中東戦争の危機が間近に迫ってくる。これが私の背筋がぞっとした理由である。

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/

妻の一時帰国

今朝、妻が一時帰国の途に就いた。AM8:00発のエアアジア便である。朝、4:30に予約していたタクシーで空港に向かい、先ほど1人で帰宅した。

今回の妻の一時帰国の最大の目的は、私の退職金も含めた納税の処理である。さらに、妻自身の半年に一度の通院、運転免許の切り替えといった理由もある。それらの処理にどれくらいかかるのかわからないが、「まあ2~3週間」というのが妻の言である。そういうわけで、当分はまた一人でやっていかねばならない。

マレーシアでの最初の一人暮らしから考えると、妻が来て以来、生活の改善はかなり進んだ。外食ばっかりだったが、鍋やフライパン、食器もあるし、ガスも使えるようになった。少なくともインスタントラーメンや目玉焼きくらいは自分で作れる。ドラゴンフルーツもパパイヤも自分で剥けるようになった。水もアルカリイオン水になったし、掃除機もある。2~3週間なら、十分やっていけるだろうとタカをくくっている。

とはいえ、昨夜、炊いたご飯をおにぎりにして、7個くらい冷凍してくれた。また玄関のドアには、出かけるときの注意書きが貼られている。
1.電気(スタンド)は消しましたか?トイレ、台所、部屋は?
2.水道はとまってますか?(台所、洗面所、トイレ、お風呂)
3.ガスは消えてますか?換気扇も
4.財布は持ちましたか?(RM1札も)
5.スマホは入れましたか?
7.鍵は持ちましたか?
8.タオル、ちびタオル、ティッシュは持ちましたか?
 ゆっくり、落ち着いて、冷静に。
*1の電気スタンドとは、A先生から譲り受けたもので、PCの作業をする際の照明に使っているもの。就寝時によく消し忘れるので、妻に怒られていた。(笑)
*4の財布はともかく、RM1札とは、650番バスに乗るための必需品。釣りをもらう事はありえない故。
*8のちびタオルとは、ズボンのポケットに忍ばせるハンカチのようなタオル。関空でT君から贈られたものをずっと愛用している。

まるで、小学生のようだが、昨年顔面に傷を負ったこともあって、妻の心配性(症)はさらに悪化したようだ。ありがたいことである。さて、朝食をつくろうと思う。とりあえず、トーストかな。

2017年2月2日木曜日

キズル・カーン氏に応える。

http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im6234070
大統領選挙の時、イスラム排斥を訴えるトランプ氏に、イスラム教徒で派遣先のイラクでテロに倒れた長男をもつキズル・カーン夫妻は、ずいぶんと侮辱された。このニュースにも震撼したが、その彼が、日本人にもこう呼びかけている。(2日9:15/おそらく日本時間)
「日本の方もこの現状を変えることができます。(戦時中のの日系人の強制収容所で)非人間的な行いに苦しんだからこそ、その声は重要なのです。ですから、共に立ち上がり声をあげましょう。」
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2974281.html

ほんと微力ではあるけれど、地球市民として、一個人、一日本人として、キズル・カーン氏の呼びかけに応えようと思う。幸い、このブログは世界に発信され、様々な国の人々の目にもふれている。

今回の大統領令は、何から何までおかしい。テロから国民を守るためと称して、イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの7ヶ国の入国を90日間禁止したものだが、米国内で9.11以降、テロ行為を企てた国の人々161人中、対象の7ヶ国の出身者は11人のみ。

まず批判したいのは、(テロ犯はこの国々の人々であるという)ウソで固めた思い込みの政策だということ。本当は、選挙戦中に公約したイスラム系全ての入国禁止にしたかったが、とりあえず、オバマ政権時代に共和党が示した「懸念対象国」とされた、現在内戦や様々な問題の起きている国を、単純に指定したとしか思えない。ここには、論理的な理由もない。思いつきだ。それにしても、就任式の人出の数以来、トランプ政権はウソばかりついている。まさに、POST TRUTH(真実は重要ではない)である。

そして、それは、誰のため?と問いかけたい。(わけのわからない)公約を実行する強きリーダーとしての自分を演出するためではないのか?(事前準備が長くかかると反対されることをおそれ)側近だけで秘密裏に進め、(急な変更で)現場が大混乱しようと、知ったことではないという姿勢は、まさに無責任極まりない。こういう政策をうつ短慮な人間が、世界に最も大きな影響をもち、核ミサイルの発射をも握るアメリカ合衆国大統領のイスに座るべきではない。

次に、キズル・カーン氏が、イスラム排斥を批判する時に持ち出したアメリカ合衆国憲法について、述べたい。独立時、バージニア王朝と呼ばれた歴代大統領集団(父祖)は、ついぞ国教を定めなかった。信教の自由を保障したのである。当時は、当然ながら英国教会を主としたプロテスタントが多数派であったし、合衆国憲法の最後には、キススト紀元1787年とあるが、憲法本文には、キリスト教の「キ」の字も出てこない。しかも、その後、憲法修正第一条で、「国教を禁止し、国教を規定し信教の自由な行為を禁止する法律の制定を連邦議会に禁じる。」としたのである。もちろん、当時はイスラム教徒も仏教ともヒンドゥー教徒もその念頭にはなかったと思われるが、そういう多くの国からの移民を、この信教の自由を高らかに謳った憲法は集めることに成功した。アメリカを代表するIT企業が、今回の大統領令に大慌てしたのも、元をたどれば、そういう宗教的寛容さと人権擁護が移民を誘導したからだ。彼とその取り巻きは、そういうアメリカの実体をも全く無視している。

そう、多くの人々が指摘するようにアメリカは移民の国である。そして人権を擁護する民主主義の総本山的存在である。ところが、その信用は、浅はかな大統領令によって、崩れ去った。就任後10日にしてこの事態だ。すでに「弾劾」というコトバがWEB上で語られ始めている。一方で、トランプ氏は、社説で批判したNYタイムズを買収か廃刊すべきだと攻撃している。マスコミが権力を批判するのは、民主主義の大原則である。信じられない。批判を封じ込める政治は、独裁である。民主主義の総本山で、このような暴言がゆるされるのか、と私は思う。日本を民主主義化したのは、アメリカだが、日本政府の要人がそんな暴言を吐いたら、ただではすまない。

しかし不思議なことに、この大統領令を51%のアメリカ人が支持しているらしい。アメリカは、極めて危険な道を歩んでいる。当然、いやおうなしに世界が巻き込まれていく。

私はブティストであるが、マレーシアに来て、ムスリムの学生も教えている。彼らは、現在はアメリカに入国できるが、これからどうなるかわからない。日本人である私もいずれ否定されるかもしれない。そうなる前に、アメリカの知性が動き、その責任能力を果たしてくれることを信じたい。

韓国人の反日の精神構造

http://polandball.blog.fc2.com/
img/2015031811062704d.jpg/
韓国人の一般的な反日行動を理解するために、かなり重要だと思われるWEB記事を発見した。今回紹介するのは、心理学的な面からの分析である。分析しているのは拓殖大学教授の呉善花氏。韓国・済州島出身で日本に帰化した方だ。「別冊正論」からの転載のようで、その辺は少し気になるし、WEB記事にしてはかなり長い論文なのでしんどいが、一読しておく価値はあると思う。タイトルは、「恨と火病と疑似イノセンスと-異常な反日行為と心の病」である。以下、要約してみた。
http://ironna.jp/article/1348?p=1

東日本大震災の直後、韓国では「竹島は日本の領土である」と書かれた教科書が検定合格したのを受けて、義援金募集活動を中止、全額返還や独島支援団体や慰安婦支援団体に振り向ける自治体が続出した。同年9月のサッカーの試合で「日本の大地震をお祝いします」と日本語で書かれた横断幕がかかげられた。その「神経を疑う」という報道が諸国に見られた。韓国人の反日行為は常軌を逸している。

これらの行為は、「他者に依存したり他者や社会を攻撃すること」によって自らの精神衛生を維持している「代償的疑似健常者」によるものだ、と呉氏は指摘する。

日本人に起きやすい心の病は「内因性単極性鬱病」(メランコリー)で、几帳面・仕事熱心・堅実・清潔・権威と秩序の尊重・保守的・律儀などの性格的特徴に起因する。これは日本人の普遍的な特徴だといえる。それに対し、韓国人に顕著な心の病は「火病」(ファッピョン)である。「お腹の中に火の玉があがってくる」ような、怒りを抑制しすぎたことによって起こる心身の不調(不安・鬱病・身体異常が複合的に現れる)である。

この火病の原因を韓国の精神科医キム・ジョンウ氏は、「恨」だとする。この「恨」は、韓国伝統の独特な情緒で、達成したいが達成できない自分の内部にある、ある種の「くやしさ」に発している。それが具体的な対象を持たないときは自分に対する「嘆き」、対象があるときは「うらみ」となり、相手に激しくぶつけることになっていく。

韓国の「恨」は、これがあるから強く生きていける、バネとして未来を切り開くものである。これを「恨を解く」といい、韓国の代表的な歌・アリランはそれを歌ったものだ。しかし、一方で「自分は何の罪もない正しい善なる者なのに、誰かのせいで自分が恵まれていない。」という自己の純化(イノセンス:innocence)と他者への責任転嫁で、ストレスを解消しあうことが良く行われる。日本人には理解しがたいだろうがと、呉氏は断った上で、このイノセンス=幼児性に韓国人がしがみつくのは、韓国社会の権力による不条理が排ガスのように充満しているからで、その防御壁なのだと指摘する。

幼児のままに固着してしまうイノセンスで自分を守ろうとする韓国人は、人間なら誰もが持つ不道徳性や反秩序性といった破壊的な力を自分の中に認めようとしないし、他者に対しては道徳的な完全性を強く求めて批判する。

韓国人の反日行為が「常軌を逸している」と感じられる根拠は、「火病」や、自分には罪がないのに(イノセンス)、なにゆえに自分はこれだけの苦労を背負わされるのかと、コンプレックス(恨)が心の凝りとして固まった人格障害と近似した心性を内部に抱えた「代償的疑似健常者」が多数生み出されているからではないか。

…この記事の最後に、儒教・朱子学が韓国社会へ与えた影響も書かれている。勧善懲悪的なスタンスなどが、さらに心の内面を圧迫するというのである。同じ儒教圏でありながら、日本は、その辺八百万の神の影響下にあって、様々な考えを許容する。大きな相違である。

…私は、何度も繰り返すが、「いじめられる側の論理」から、韓国の反日行動を理解し、共生を模索すべきだと信じている。だが、この記事で日本人と韓国人の心理学的に見た相違が明らかになるにつれ、共生への道はかなりの困難を伴う、という風に感じた。まさに近くて遠い国なのである。理解することが難しいと感じる、これもまた重要な異文化理解だと私は思う。

2017年2月1日水曜日

マレーシアの民族的間合い2

著者HPより ペナン島の町並み
https://sites.google.com/site/yushiutakaweb/nyusu
「住まいと暮らしからみる多民族社会マレーシア」(宇高雄志著/南船北馬舎)の書評(1月10日付ブログ参照)の続編である。1月はエントリーする事が多くて、延ばし延ばしになっていた。さきほど、エントリーした中で、花火に見る民族の住み分けについて触れた。むりやり関連づけてエントリーしておこうかと思う。

プミプトラ(マレー優先)政策について、非マレー系の人々はたしかに不利益をこうむっているといえる。しかし、この政策による国富の拡大は、非マレー系の間でも共感されるものになってている。ある中国系ビジネスマンの言。「マレーシアはいい国だよ。中国に戻りたい?まさか。そんなことは思ったことはない。私たちにとって大切なことは、家族があって、仕事があって、住む場所があって、友人がいる。いいところだよ。もっとも、マレーシアに住むというよりも、この街に住むということかな。子供たちはオーストラリアと台湾の学校へ行った。退職したら子供たちのところに行ってもいいし、この街に住むのもいい。」
中国系マレーシア人は、今や華僑ではなく、定住を決意した国の一員としての理解が自然になってきている。社会的な違和感を抱きながらも、成長を続けるマレーシア社会の勢いを評価し、それが自らがマレーシアに生き続ける根拠であるという認識がある、との著者の指摘、なるほどである。

ある企業経営者の言。「マレーシアは民族ではなく経済力で分かれている。経済成長から取り残された者がいる。マレー系が貧しいだけではない。インド系にも中国系にも忘れられた人々がいる。今は経済成長が続いているので民族関係は穏やかだが、貧しい人々のあいだでは低賃金できつい仕事をいまだに奪い合っている。」
「国家」を背景に見立てたサクセスストーリーの共有は国民意識を芽生えさせた。メイ・サーティーン(民族対立が暴力化した5月13日事件)の記憶を負の遺産として経済の不安定こそが民族関係に影を落とす、そうした危機感が国民の意識に深く刻まれているかのようである。この著者の指摘も、大いに頷いてしまった。

ある識者の言。「政府のやり方は巧妙だと思う。民族間に横たわる問題をすべて経済の課題に置き換えた。国民生活の心の領域まで踏み込むことはなかった。信仰や文化についても多元主義を貫いた。プミプトラ政策も現実的だと思う。民族間の格差や異質さを根源的には市場経済の神の手にゆだねたのだからね。」
国家の成功体験を個人にシンクロナイズさせ、それに共感する場として都市空間が整備された。プトラジャヤ、サイバージャヤの2つの未来都市がそのシンボルとなっているという指摘にも、10ヶ月間の滞在で、なるほどなあ、そういうことか、という感慨がある。

それぞれ鋭い指摘であると私は思う。この本は2008年に発行されている。以来10年弱の月日が流れているが、このマレーシアの多文化社会を経済が支えているという社会構造自体は大きく変化していないと私は思う。その是非を問う気など私にはないが、マレーシアの多文化共生を考える上で極めて示唆的な内容であった。いい本だった。こういう本との出会いに感謝である。

ちなみに、この本の著者は建築や都市環境の専門家(兵庫県立大学の教授)で、冒頭、ペナン島のショップハウスの話が詳しく書かれている。ペナン島行の前にそのあたりを再読するつもりである。成長著しいマレーシアもいいが、古き良きマレーシアもいい。

ペナン島行の準備

セントラル駅へ続くモールの飾り付け あっと驚いた
2月に入った。そろそろ旧正月も(木曜日くらいで)終わるらしい。毎夜、大音響の花火に悩まされているが、もう少しで終わるかと思うとほっとする。たしかオカネのかけ方=迫力がマレー系やインド系とは段違いである。旧正月の花火は、我がタマンデサの中央部の公園あたりで打ち上げているようで、私の住処からは全く見えない。大砲のような轟音と前のコンドに反射する光でしか確認できない。私の住処から見える地域(タマンデサより西にあたる)にはあまり華人は住んでいないようだ。各民族の正月と花火ウォッチングで、華人とマレー系、インド系の微妙な「住みわけ」を実感する次第。

一方、今日は、連邦直轄市デーで休日である。(IBTはスクールホリデー中なのであんまり関係ないのだが…。)クアラルンプール中に連邦直轄市の旗が掲げられている。連邦直轄市というのは、クアラルンプールと行政上の首都プトラジャヤ(ともにスランゴール州から分離)とボルネオ島のサバ州にあるラブアンの3都市のことで、共通の旗と歌をもっている。(3都市は、それぞれは違う市旗を定めているようだ。)この連邦直轄市、他の13州と同格で、政府の連邦直轄省が統治していて、当然大臣もいる。なかなかややこしい。(画像は、連邦直轄市の旗。中央にあるのは国章。)

ところで、閑話休題。来月になったら、妻とペナン島に行こうか、と相談していた。調べてみると、そのアクセス方法にはいろいろあった。まずは航空機。エアアジアで、KLIA2(空港)からペナンまではたった1時間。料金はRM35。うーん、安い。日本円に換算すると1000円くらいである。ただし、空港までのタクシー代(約1時間)がRM80かかるので、1人RM75くらいになる。まあ、それでもメチャクチャ安いが…。一方バスはもっと安い。しかしかなり長時間(7時間くらい)になる。これは年齢と時間的余裕(1泊2日のプラン)を考えてパス。

もうひとつの方法が、鉄道とフェリーである。KLの起点はセントラル駅。650番のバスで直行できる。(運賃はRM1)そこからペナン島の入り口の都市バタワースまで特急列車がある。9時出発で着くのが13:00くらい。4時間の旅となる。そこからフェリーで15分(RM0.6)でジョージタウンに着くらしい。で、その鉄道の料金は、RM79。と、いうわけで、飛行機と鉄道、どちらもそんなに料金に差はないことがわかった。ならば、「旅愁」というメリットも加味して、往路は鉄道、復路は航空機というチョイスになったのだった。
セントラル駅の長距離線の切符売り売り場
昨日、妻とセントラル駅までチケットを買いに行った。(オンラインでも購入が可能らしいが、全て英語だし自信がない。)セントラル駅のスタッフは、私の知る限りKL内で、最も親切である。なんやかんや迷いながらも、チケット売り場までたどり着き、30分強待つことになったが、無事チケットを購入できたのだった。ここのスタッフも当然極めて親切に対応してくれた。

復路のエアアジアも、少し安めのホテル(2人で1泊2500円くらい+税/でも三つ星。)も予約し終えて、ちょっとウキウキ。妻は近々一時帰国するが、その後の楽しみができたわけである。