2018年6月19日火曜日

官房長官の「まいかた」

大阪北部地震と呼ばれるようになった昨日の地震。枚方からの報告では、まだ余震が続いていて、眠れない夜を過ごしたとのこと。地元のこと故、実に心配である。ところで、菅官房長官が、昨日の緊急会見で、「枚方」を「まいかた」と誤読したらしい。関西人は、SNSで、見事に突っ込んでいる。ひらパー兄さん(ひらかたパークという私鉄・京阪電車の運営する遊園地のキャラクターで芸能人が勤めている。)に、「まいパー兄さんです~。」と言わせるポスター作れとか、わざと間違えて関西人を元気づけてるとか、なかなかこの誤読に関して、盛り上がっているらしい。(笑)

さすが関西人であるが…。私のこの誤読に対しての感想を今日はエントリーしたい。それは、官房長官といえば、首相が外遊中は首相の代理を務めるような地位である。(今は政治生命が風前の灯火の某財務大臣が首相代理を務めるかもしれないが…。)その官房長官の緊急会見で、こういう誤読がなされてしまった、というのは、取り巻きの官僚は何をしていたのか?ということである。確かに地名は難しい。菅氏の地元は横浜市(神奈川2区)らしい。きっと関西人が「なんて読むんや?」というような地名もあるはずだ。誰にも間違いはある。問題は、そのような想定の上に立って、読み上げ原稿にルビをふるなりして、慎重にも慎重を期すのが、取り巻きの官僚の仕事である、と私は思う。日本でも官僚の力が落ちている、そう断じざるを得ない。地名など、スマホの検索ですぐに確認できるはずである。あほちゃうか。

どこかの国でも会談の地を、マレーシアのシンガポールなどどという発言をして顰蹙をかった。まさか、その事実をかばうために、ポチとしてわざと間違ったわけではないだろうが…。小事が大事である。だいじょうぶかいな、日本の官僚。私はそう思う次第。

2018年6月18日月曜日

大阪の地震を記録す。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180618-00003867-weather-soci
大阪で、本日朝、震度6弱の地震があり、死去された3人の方に心からお悔やみ申し上げます。特に高槻市の登校中の女子小学生の悲劇には、本当に心が痛みます。また負傷された方々、被災された方々、遠くマレーシアから一刻も早い回復をお祈り申し上げます。

私の大阪の家は、枚方市にある。今回の震源地にかなり近い。授業前に妻から第一報が入った。義姉の家も3階では、かなりモノが散乱したとの話で、ちょっとビックリした次第。阪神大震災の時、意外に枚方は被害を受けなかったのだが…。

徐々に状況が判明し、11:30頃、日本人会のロビーで、NHKのニュースを見た。以後、当然被害は拡大していると思う。夕方、帰宅して、我が大阪の家でも1階の書庫の本棚が倒れたとの息子からの報告があった。2階・3階ではもっと被害があるかもしれない。妻を不安がらせないための、心遣いしたのかもしれない。
マレーシアにあって、結局のトコロ何も出来ないわけで、ここは、息子夫婦にまかせるしかない。

大阪市立の高校も、登校中の話らしく、交通が麻痺してしまい、登校してきた生徒を待機させていたようだ。こういう際にこそ、教師の危機管理能力が問われる。
帰宅難民が大阪でも多く発生したようで、心配である。詳細はまだまだ不明な点も多く、とにかく今日のブログは、現状を記録しておくことを旨とした次第。

2018年6月17日日曜日

佐藤優 いま生きる「資本論」

私は、併読派で、日本のアマゾンに注文して手に入れた、小川さやか氏の「その日暮らしの人類学」(光文社新書)、佐藤優の「いま生きる資本論」(新潮文庫)を読んでいたのだけれど、今朝書評を書いた「マイモニデス物語」が横はいりしてきて、一気に読んでしまった。この2冊が、置き去りにされてしまうぐらいに、「マイモニデス物語」に熱中したので、意識がまだ少し中世の中東世界にある。(笑)

ところで、マルクスである。マルクスはユダヤ人でありながらユダヤ教を批判しているのは有名な話であるが、面白いことを佐藤優が、この本の中で書いている。ドイツ語で読むと、マルクスの書いた資本論第1巻と、エンゲルスが書いた第2巻以降では書き方や文体が全然違うそうだ。マルクスの書いた第1巻は本文に、延々と注釈がつく。これは、ユダヤ教のタルムードの書き方である。(タルムードの研究が終わるときが終末の時、神の目的が達成された時、というユダヤ教のタルムード学の影響下にあるということである。)ところが、第2巻以降は、役所の報告書のような、わかりやすい文書になっているらしい。(エンゲルスは、プロテスタントの信仰の篤い家庭に育っている。)

…やはり、マルクスは神を否定しても、ユダヤ人なのである。タルムードで知を磨いたひとりである。内田樹氏の書かれた著作に、レヴィナス氏のタルムード学の方法が載っていて、私にとっても属性がある。このマルクスのタルムード的文書の箇所を読んで、なるほどと膝を打ったのだった。

前述のように、この本は併読と言っても、まだまだ最初の方しか読んでいないのだけれど、十分にエントリーするだけの内容を持っているのだった。さて、そろそろ頭を現代に戻さなければ…。EJUが終わり、明日からは2ヶ月ぶりにPBT本校での授業開始である。

マイモニデス物語を読む。

http://antiquecannabisbook.com/chap2B/Arab/Moses-Maimonides.htm
妻が帰国中に息子に勧めらた本を読んで、いたく感動していた。これは、絶対私も読むべきである、という。12世紀、中世の第1回十字軍の頃のユダヤのラビの話で、史実をもとに物語として書かれているという。いつぞやに読んだ「日本人におくる聖書物語」に近いとのこと。「昼も夜も彷徨え-マイモニデス物語」(中公文庫/2018年1月発行)という中村小夜氏という女性の著作である。表紙カバーが、極めて気に入らなかったので、表紙を外して読み始めたのだが、これがハマる。著者の筆力には舌を巻く。主人公の実際の人生が波乱に満ちているとはいえ、全体の構成も、登場人物の設定、物語としてのアレンジといい、素晴らしい。ユダヤ教やイスラム教を多少なりともかじっている我が夫婦にとっては、なんなく読めたが、全く知識がない方には若干厳しいかもしれない。それでも好書であると断言して良い。私がこのブログで毎年選ぶ”今年この1冊”の大本命である。

本年1月発行の文庫だし、ストーリーについて書くことは本意ではない。ただ、いくつかの事項について書いておこうと思う。

…中世のイスラム社会では、アラブ人、クルド人、トルコ人などの人種、さらにスンニー派、シーア派などの差異が、ありながらも共存していたこと、ユダヤ人に対する迫害も地域で差異はあったものの、キリスト教社会よりははるかにマシであったことがよくわかる。ただ、ユダヤ人にとって生きやすい場所はかなり限られおり、主人公も家族も翻弄されていく。ユダヤ人として生きることの難しさが、かなり伝わってくる。

…世界史の中で、イスラム王朝の変遷はかなりややこしい。私も王朝名は記憶しているが、なかなか結びつかない。物語後半では、エジプトのファーティマ朝(シーア派)からアイユーブ朝(スンニー派)への転換期が描かれていて、興味深かった。

…中盤では、地中海の港町・アッコーが舞台となる。イスラエルに旅したとき、強く印象に残った街である。また、読後に主人公のことを調べ直していたら、彼はガリラヤ湖畔のティベリアに埋葬されているとあった。ここも足を踏み入れた地である。当然、イスラエルに行った時は、主人公(ラテン語のマイモニデスより、ユダヤ名のモーセ・ベン・マイモンの方がふさわしい)の事など知らなかった。もし、知っていたら、さらに感慨深かっただろうと思う。

…この著作も、乾燥したカイロの気候が幸いし、現存しているゲニザ文書(フスタートのシナゴーグから発見されたユダヤ人の諸書類)の恩恵に浴していることが記述されていた。こういう中世のユダヤやイスラムの歴史的な知の集積には、改めて驚きを隠せない。

…マイモニデスの思想についても、大きな衝撃を受けた。ブログの書評で論じるような次元ではないと思う。スコラ哲学の創始にも大きな影響を与えたくらいの次元である。とてもとても…。

…最後に、やはり気になるのは、この文庫の装丁である。著者の嗜好によるものらしいが、私にはアンバランスに映る。内容が高度で、素晴らしい作品だけに非常に残念である。

2018年6月16日土曜日

ブルネイの日本人知事の話

https://search.yahoo.co.jp/image/search?ei=UTF-8&p
ミッドバレーに今日も買い物に出かけたのだが、バスを待っていると、妻が、戦中の日本統治時代のブルネイに赴任した木村強氏という県知事の功績を話し出した。WEBで読んだらしいのだが、なかなか、興味深い話である。日本政府は、大東亜共栄圏などといいながらも、アジア各地で搾取を行っていたのだが、この木村氏は、ブルネイの石油や天然ガスを強権的に搾取するより、まず日本人との協和を目差す。天然ゴムなどの加工工場を作り、現地の雇用を行い、その冨でインフラ整備を行い、先住民との和解を粘り強く行ったりして、ブルネイのスルタンと現地の人々の信頼を勝ち取っていった。

しかし、結局1年ほどで解任されてしまう。杉原千畝氏が人道主義からユダヤ人を救い帰国させられたように、自己の信念でまず日本との信頼関係をブルネイの地に確立した木村氏もまた、同様。

ブルネイは、以前はカリマンタン島全体を領有するほどの王国だったのだが、歴史の流れと共に現在の三重県ほどの小国になってしまった。しかし、木村氏の蒔いた近代国家の種は、その後のブルネイを変えた。マラヤ連邦の一員とならず、英国保護領のまま、その後独立する。現在は極めて裕福な国家になっている。あの木村氏の1年は、かなり大きかったようである。当時のスルタンは、戦後木村氏との再会を決意して渡日したのだが果たせなかった。木村氏の当時秘書として支えたのが次のスルタンで、彼はついに再会を果たせたという。震災の時には、現スルタンから100万ドルもの義援金が寄せられ、民間からも2400万円と寄せ書き(私は金額よりこの寄せ書きの方が大きいと思う。木村氏は戦後仙台で検事をされていた。)が贈られたという。

…なかなかいい話であった。妻と共に、ブルネイに行ってみたい気がしたのだった。
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/160102_4.html

2018年6月15日金曜日

ハリラヤのタクシー事情

ハリラヤである。ラマダンが開け、マレー系の人々は1年で最もハッピーな時。昨日は遅くまで、中華系の旧正月とはいかないまでも、あちこちで花火の音がした。(我が住処からは、あまり見えない。残念。)

今日は、妻と朝の内に、NSK(クチャイラマにある業務用スーパー)に向かった。コンドのセキュリティが、さっそく「ハッピー、ハリラヤ!」と挨拶してくれる。LINEにも、画像が送られてきた。相変わらず、ブラウン(熊)は無表情である。(笑)

さて、NSKに行くタクシーは、5分くらいでつかまった。中華系の運転手で、フロントには「平安」という文字がぶら下がっていた。帰りは、かなり待っはめになった。普通NSKではタクシーが待機しているのだが、なかなか来ない。マレー系の運転手は当然ながら休みを取っているのだろう。やっと捕まえたタクシーは、インド系でガネーシをぶら下げていた。実はこういう、宗教的なお守り類の話は、マレーシアでは日常的なことで、たいした話題ではないなのだが、ハリラヤでマレー系が不在であるが故に強調してもいいかな、と思う。宗教学の徒である我が夫婦は、意外にこういうことを楽しんでいるのだった。

ちなみに、中華系のタクシーは、金色の仏像がどーんとフロントにあったりする。太陽光で動くマニ車には、さすがに驚いたこともある。インド系は、ガネーシ神(象が顔の神様)が多いが、シバ神やクリシュナ神の時もある。ハヌマーン(猿の神)の時もあった。ちなみに、マレー系は偶像崇拝をしないので、普通何もない。そうそう、唯一、戦車のプラモデルを並べたマレー系の若い運転手がいたなあ。日本ではおそらく経験できないタクシー事情ではある。

PBTの話(41) MBMR引越

水曜日のスコールの後 分校の職員室から
今週は、スクールホリデーである。月・火と休みを取って、水・木はMBMRの分校に出勤した。引越の必要があったからとF40Aの学生達が「聴解」「聴読解」(EJUの日本語の出題科目で、日本語を聴いて理解・あるいは文章化する内容)の補習で来ていたからだ。

今回のEJUは、マレーシアの学生にとって極めて不利である。特にマレー系の学生はラマダンがあって断食している上に、その後のハリラヤの中で行われる。日本で言うと正月三が日に試験という感じである。イスラム歴は太陽暦と違い、毎年少しずつ前に動くので仕方がないが、不利であることに違いはない。我がクラスにも、隣のクラスにもマレー系の学生がいる。苦難を乗り越えるしかない。頑張って欲しいところだ。

私の引越は、メインは水曜日の午後、最後のPC等が木曜日の夕方の2回だった。本校に帰ると、たった2ヶ月いなかっただけなのに、なんとなくアウェー感がある。(笑)他の分校経験の先生方も、分校の職員室は静かで意外に居心地が良いので、同様の感想をもっている。分校移動をめぐってはイロイロあったけれど、進路指導には本校の方がいい。諸書類を準備したり、日本に電話連絡をする必要もあるし、学生のことを思うと本校に戻るのは大正解。

毎日、使わせて貰ったバギー(ミッドバレーとMBMRを結ぶ電気自動車)ともお別れである。彼らセキュリティーや清掃メンバーとは仲良しになったのに…。