2016年8月31日水曜日

独立記念日なのだ。

マレーシアの独立記念日である。日本大使館から、独立記念日の式典や、その前後に行われる集会などに行かないよう注意喚起が出ていた。ISの宣戦布告のこともあるし、人が多く集まるので治安上の問題もあるそうだ。

で、今回は生徒たちからの「TVで十分見れますよ。」という提言を受け入れたのだった。もうすでに、戦闘機の編隊飛行も住処から見れたし(土曜日)、最大の目的は達している。(笑)すっきりした青空というほどではないが、ヘイズもなく、式典は無事終了した。

日本では、こういうパレードはあまり見る機会がないので、なかなか新鮮だった。最後の方は軍になる。戦車なども登場したが、なにより驚いたのは、テロップがマレー語で書かれているので、よくわからないけど、迷彩服で顔を青く塗ったりした対ゲリラ戦部隊が多く登場したことである。熱帯雨林での戦闘を想定しるので当然といえば当然だが、ISなんぞが、やはり見たらなかなかの装備、と感心するだろうと思う。マレーシアは平和国家だが、こういう治安関係はしっかりしているような気がした。

そうそう、TVをつけていると爆音が響いたのでカメラをもって窓から見ると、輸送機の編隊が見えた。(今日の画像参照)戦闘機は、この後、おそらくわが住処の裏側(東)を通過したようだ。影が眼前を横切ったのを見た。残念だが、TVではすぐその雄姿が映し出されていた。

2016年8月30日火曜日

IBTの話(35) ウルグアイの大統領

このところ、総合学習の授業では、EJU(留学試験)の対策で地理の再学習と補足をしている。各地域の国々の話をしているのだが、南米のところでは、私はウルグアイがちょっと気になっている。私が試験の作成委員だったら出してもいいと思う国なのだ。
というのも、リオ+20(国連持続可能な開発会議)で、人影のない会場で最後に演壇に立ったムヒカ大統領の演説が、日本で注目されているからだ。まだ日本にいるときにTVで見たし、あれから何冊か本も出版されている。

今回はEJU対策のための時間だけれど、やはりマレーシアの生徒たちに、ムヒカ大統領の言わんとしていることを伝えたい、と思った。もちろん、ウルグアイが湿潤パンパにあり、ラプラタ川の河口が有名なエスチュアリー(三角江)だということも話したけれど…。

ともかくも、興味のある方は、以下のWEBで、読んでみてください。
http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/

2016年8月29日月曜日

IBTの話(34) ヘイズ

いつも見えるTMのビルも霞んで見えない。(妻/撮影)
これまでにも、なんかスモッグのような煙に覆われた日はあったのだけれど、今日はこれまでで史上最高に凄い。これはヘイズと言うらしい。

生徒によると、インドネシアの焼き畑が主原因だということで、環境問題の時に、焼き畑農業への批判的な発言が多かったのだ。私は、焼き畑農業は、エコな農業で、伝統的な農民は無駄な焼き畑をしないと教えたのだが、みんな「ヘイズの原因となるので、やめてほしい。」と言う。今日は、なるほどと思ったのだった。

ヘイズは私の鼻に来た。久しぶりにアレルギー性鼻炎が復活した。ひぇーである。体調の悪そうな生徒も多い。日本人学校など、休校になることもあるらしいが、IBTは、ならないらしい。(笑)

今日も妻によると、戦闘機が独立記念日のリハーサルで飛んでいたらしいが、かなり速度を落としての超低空飛行だったらしい。31日は、このヘイズがなくなった、すっきりした空で飛んでもらいたいものだ。

2016年8月28日日曜日

TICADⅥの基調演説を読む。

以前から関心を寄せてきたTICADⅥがついにナイロビで開催された。外務省のHPを見ると多彩な外交行事が組まれていることがわかる。関係各位の努力の大きさを実感する次第。

さて、日経や産経新聞の記事を見ると、中国のアフリカ進出を念頭に、日本の人材育成による質の向上をめざし、日本の国連安保理常任理事国入りをアピールした基調演説だったように読める。で、論より証拠、基調演説の全文を読んでみた。私の感じたことを率直に記しておきたい。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/page4_002268.html

演説の冒頭に出てきた、アフリカスキャンという会社について調べてみた。さすが、演説にある通りJOCV出身の日本人女性とハーバードでMBAを取得した日本人男性とそしてケニア人男性のつくった、将来性あふれる小売業社だった。
…IBTでも、日本で経営学を学ぼうかと考えている生徒が多数いる。途上国における経営学の未来とはいかなるものか?という、いい資料になるかもしれない。HPにアクセスすることを勧めようかなと思う。
http://www.africascan.com/

アジェンダ63というのは、2013年にAU(アフリカ連合)がこれからのアフリカの50年について示した行動計画である。基調演説では、2023年までにアフリカの代表を国連安保理に送るとしている。これを、日本が讃え、「国連安保理の改革こそは日本とアフリカに共通の目標です。」と結んでいる。かなりの知恵者が外務省やアジェンタ63に詳しいJICA関係者にいると、私は見た。

「カイゼン」の具体的な話も入れ込んでいる。こういう細かなところにまで配慮したところが、この演説のライターの妙味であろうと思う。ライターは、その表現力においても、かなりの筆力を持っている。中国のアフリカ進出を名指しを避けながらも批判している部分、「アジアで根付いた民主主義、法の支配、市場経済の下での成長-、それらの生んだ自信と責任意識が、やさしい風とともにアフリカ全土を包むこと。それが私の願いです。」なかなかの名文だと私は思う。

意外に、今回の基調演説はよかったのではないか、と思う。これは、もちろんライターの力量を褒めているのであるが…。

2016年8月27日土曜日

ドイツからの大量アクセスについて

先日、ロシアからの大量のアクセスがあって、大変嬉しかったのだけれど、昨日はドイツから大量のアクセスをいただいた。ドイツだけで1725回。特定の記事に集中しているわけではないので、私のブログ内を見て回っていただいたのだと思う。デュッセルドルフあたりにお住いの日本人の方かな、などど推測するのである。

…もし、よければ、メッセージをいただければ、と思います。

でも、思えば凄いことである。マレーシアに在住している日本人の私が、日々のことなどをブログで綴り、それが世界に発信され、不特定多数のヒトビトの目に触れる…。

私はツイッターやフェイスブックをやる予定はない。短い文章で語るのが苦手なのと、文章が短ければ誤解を生むことが多い、と思うからだ。発信する限りは、各々の情報リテラシーに耐えうるものでありたいと思っている。

住処から空軍の編隊飛行を見る

マレーシア空軍のSu30 http://flyteam.jp/photo/659114
昨日の朝、妻とともに、ゆっくり目にIBTに向かった。校長先生にご挨拶するためである。1限目に職員室にいた先生方にもご挨拶して、妻は住処に戻ったのだが、さっそくメールがきた。「バスで帰ると意外に早かった。」…ふむふむ。矢継ぎ早に「今、戦闘機が2機飛んで行った!」「…?」

昨朝妻が見たのは、8月31日の独立記念日のためのリハーサルではないか?と私は推察した。いいなあ、妻だけ見れて…と思っていたのだが、今朝、航空機の爆音が近づいてきた。窓に向かうと2機の機影がKL中心街へ向かっている。「おおおおおおっ。」とブルーインパルスを神のように崇める夫婦は喜んだのだった。すると、さらに、3機編隊、さらに2機と続けざまに我が住処の上空を低空で飛行していった。詳しくはわからないが、F18かSu30だと思う。

いやあ。幸せ。自室で戦闘機の編隊飛行を見れたのだから。ヒコーキ大好き人間としては大満足なのだった。

2016年8月26日金曜日

IBTの話(33) センの「貧困」

http://1000ya.isis.ne.jp/1344.html
金曜日は補習の日である。アフリカ開発経済学を講じているのだが、みんななかなか真剣に聞いてくれている。

今日は、アマルティア=センの「貧困」についてまず語った。ちょうど、生徒たちは、日本語の授業で自分の進路選択についてかなり具体的に詰められているところである。経済学部、経営学部、社会学部、国際関係学部…。何を学びたいのいのか、それを自分の中で考え、志望動機として煮詰めていくのである。なにか、いいヒントはないかと常に考えているようだ。私の授業が与える影響ははなはだ大きいようで、作文を見せてもらうと、私が授業で話した内容がよく出てくる。(笑)

まあ、センの「貧困」の定義を語るには絶好の時期であったかもしれない。このセンの話からHDIやSDGsの話にもっていく。かなり高度な内容なのだが、かなり理解してくれているようだ。

なんか、こういう授業をしていると、マレーシアに来たかいがあったとしみじみと思う。センの「貧困」の意味を精査した彼らにマレーシアの未来を託したいと思うのである。

2016年8月25日木曜日

カカシでなくなる日

アクシデントから2週間弱。抜糸してから6日目である。傷は、もう傷みもなく、なかなか綺麗に直ってきた。一時はどうなるかと思ったが、妻の指示とエンハンサーという塗り薬のおかげである。今日も、生徒から、「カカシでなくなってきましたねえ。」と喜んでもらえた。

今日は、マラッカから帰ってきた息子夫婦とともに4人でまたタマンデサのフードコートへ。木曜日なので夜店が出ている日だ。野菜や果物、お菓子や飲み物などを見て楽しんだ。妻はネーブルオレンジをRM5で買っていた。「朝にフルーツがたくさんあると嬉しいやんか。」…なるほど。私は大好きなココナッツミルク入りのコーンをRM2.5で買った。息子夫婦は豆乳の飲み物を買っていたようだ。

なんとなく慎ましく、小さな贅沢をファミリーで楽しんでいる感じである。

2016年8月24日水曜日

生活の改善Ⅶ/妻が来て5日

フルーツがどどどっとある朝食。しかも牛乳を買うようになったので、日本にいるときと同じような冷たいカフェオレが飲めるようになった。小さな変化だが幸せである。ところで息子夫婦が、今日からマラッカに行くという。朝通勤バスで共に出た。

というわけで、今日は夫婦2人である。夕食は、いつものフードコートへお粥を食べに行った。その後スーパーに寄ったのだ。妻は、周到に品物の種類や値段をインプットしているようだ。私などが立ち寄らないコーナーにも立ち寄る。ノン・ハラルのコーナーでベーコン、さらに鶏肉のフランクフルトや冷凍のフライドポテトなども購入した。これまでの私なら考えられない買物である。(笑)明日の朝食は、ベーコン・エッグが食べられそうだ。

2016年8月23日火曜日

生活の改善Ⅵ/妻が来て96時間

妻が来て、毎日倍々ゲームのように生活が改善されていく。今日は、ホーム・ベーカリーに挑戦していた。しかしながら、なかなかうまくいかないもので、失敗とは言わないものの満足できるものではなかったようだ。息子の奥さんと再度の挑戦を誓っていた。(笑)

部屋の片づけも食生活もがらりと変化した。冷蔵庫にもこれまでにないものがいっぱい入っている。朝は、トーストに、必ずフルーツ数種とアイスコーヒーがつくようになった。凄い生活の改善である。

私と言えば、そんな中、教材研究に追いまくられる毎日。顔の傷は、かなり良くなって、あまり目立たなくなった。これも嬉しい。

2016年8月22日月曜日

マレーシア 金メダルならず

一昨日・昨日と、タマンデサのフード・コートに行ったのだが、両日とも、みんな食事もそこそこにTVに見入っていた。そう、リオ・オリンピックのバドミントンの決勝戦である。両日ともも金メダルの可能性が十分にあって、相当に盛り上がっていたのだった。

私はバドミントンが大の苦手なので、全く見る気はないのだが、金メダルを取って、マレーシアの三民族(マレー・華人・インド系)が国民国家的に団結し盛り上がるのはいいことだと思っている。しかも、今回は金メダル祝賀休日になるかもしれない、というおまけつきだった。

しかし残念ながら、銀メダルに終わった。あまりマレーシアの新聞や報道は見ていないけれど、マレーシアの国民の多くは優しいので、銀メダルに終わった選手たちを責めたりはしないはずだ。このへんの国民性は日本にすこぶる近い。特に男子シングルの世界ランク1位ながら3回連続銀メダルのリー・チョンウェイ選手に対しては…。

我がIBTでも、何事もなかったように月曜日の授業が行われたのだった。

2016年8月21日日曜日

生活の改善Ⅴ/妻が来て48時間

妻が来て、生活の改善が凄いスピードで行われている。住処が綺麗になったことはもちろん、今日は、またまたミッドバレーで、洗濯物を干す器具を購入、一気に洗濯関連からキッチン周りへと買い物が進んだ。

小物などの整理も着々と進んでいて、だんだんこの住処の主が妻に変わっていくのがわかる。(笑)私が一人で生活している時、ほとんどモノを購入していなかったわけもここにある。結局、妻のいいようにしてもらえば、それでいいのだ。

2日続けての、ミッドバレー・メガモールでの買物は、かなりきつかったのだが、かき氷のいい店を昨日発見して、今日もファミリーで美味しくいただいた。これから、ミッドバレーに行ったら寄ることになる可能性が高い。
5種類、この2日間で頼んだけれど、ベストはメロンの果肉が入って品のある甘さが絶妙のかき氷に(今のところ)決定している。画像は、今日食べたイチゴののったかき氷。これでも、なかなかのもので、私はまた頼んでもいいと思っている。この店のクオリティーはかなり高い。

生活の改善Ⅳ/妻が来て24時間

http://malaysia-realty.jp/facility/db/detail_00125/
昨夜遅く、妻と息子夫婦がタマンデサの我が住処にやってきた。早速、妻は部屋の汚れを何とかするための作戦を考えていたようだ。24時間で我が住処は見違えるように綺麗になった。

朝、11時頃に、ミッドバレーにバスで向かった。最大の眼目は、妻の携帯を手に入れることと、生活の改善のための買い物である。買い物は、まず清掃関係に目が向けられていたのであった。息子の奥さんと2人でメモをして、大型スーパーや日本の100円ショップで、テキパキと買い物をしていった。が、途中の店や売り場で目移りもするので、結局5時間くらい歩き回ったことになる。

扇風機や掃除機もこの際ということで購入した。ところで、メイバンクのクレジットカードが使えないことが判明した。もう、ホント、私とは相性が悪いようだ。かなりの種類の清掃道具や洗剤を手に入れ、ゴミ箱を配置し、夕食後の今(23時に近い)も頑張っている。

生活の改善は、まだまだキッチンにまでいかないようである。今日の妻の名言。「お父さん(私のことである)は、旅行者の延長線上で4ヶ月がんばっていたんやなあ。」…言い当てて妙であろう。

2016年8月19日金曜日

抜糸とシーツとフライトレーダー

運動会の後、タマンデサのメディカルセンターで、先日のアクシデントの傷の抜糸をした。例によって、「ハロー」で、診察室に連れて行ってくれて、椅子に座ったまま、抜糸を施術してもらえた。抜糸は、外科医にとって、そんなに難しいことではいようで、若い華人の先生だった。10分ほどで終わってしまった。なーんだ、という感じ。(笑)その後の処置は、コールド・スプレーだけ。マレーシアの外科はかなりシンプルである。

その後、病院の近くの中華料理屋で運動会のお疲れ会があったのだが、少し時間があるのでバスで住処に戻ることにした。幸い、すぐにバスが来た。住処に戻って、とりあえずベッドメイキングをした。新しいシーツをセットしたのだ。このところ、例のアクシデントの傷のためにシャワーを浴びていない。(濡れタオルで汗は毎日拭いてはいるが…。)そのことが最も気になっていたのだ。と、いっても今日の日のために、一応用意してあったお揃いのシーツである。(我が住処は2ベッドの部屋である。)

そう、今日は妻が、息子夫婦とともに渡馬してくる日なのだ。運動会、抜糸、お疲れさん会、そしておそらく0時を超えて妻が住処へやってくる。息子夫婦は旅慣れしているし、なにより一度、我が住処に来たことがあるので安心だ。

フライトレーダーのマレーシアの画像にいよいよ妻の乗ったエアアジアXの機が出てきた。

IBTの話(32) 運動会なのだ。

http://ja.aliexpress.com/item/2015-New-137cmx69cm-Cotton-
Bath-Towel-Anime-Hatake-Kakashi-Naruto-3-Shower-Towel-
Beach-Towels/32665535274.html?spm=2114.52010308.4.23.EIo4U2
IBTの運動会である。朝7:00、A先生の車で住処を出発した。生徒数がどどっと増えたのを受けて、これまで4チームくらいでやっていたのを8チームにして、運営方法も日本の高校のように、進行、審判・得点、放送、用具と本部運営制に変えるとともに、団長を中心とした自主的な取り組みをしたいと、A先生が考えた今回の運動会。

基本的には、EJUのための予備校というスタンスに近いIBTだが、この1週間はフツーの高校の行事前といった雰囲気だった。昼休みや放課後には、二人三脚や大縄跳びなどの練習に団ごとで汗を流していた。団といってても、クラスごとの縦割りではない。各クラスでみると2~3名が8団に分かれているわけで、クラブがあるわけでもなく、最初はそれまで全く繋がりのなかった生徒たちが無理やり団結を迫られた、という感じだった。ところが、この1週間で、極めて良い雰囲気になった気がする。

正直なところ、全ての先生方が、こういう自主性に好意的であったわけではない。だがA先生の情熱と行動力が、学校を揺り動かしたといっても過言ではないと私は思っている。私はというと、そのA先生のサポート役に徹したつもりだ。イベントのプロ教師であるという自負は今もある。だからこそ、A先生の苦労も痛みも悔しさも全てよくわかる。100%力になれたかどうか、例のアクシデントのこともあって自信はないが、満足はしている。いつも思うのだが、イベントは人づくりである。日本の大学に留学し、マレーシアを背負ってもらう生徒たちに、自主的に動くこと、さらに責任感を植え付けたことは大きい。彼らが大きく人間的にも成長することは、学力の向上とともに極めて重要な我々の使命でもある。

A先生を見ていて、ふと秋田商業高校のO先生を思い出した。あの甲子園に何度も生徒を連れてきた野球部の監督であり、同時に国際理解教育の立場からアフリカへのスタディー・ツアーを実現した「秋商のエンジン」でもある。おそらく私の想像以上の様々な軋轢と戦いながら、夢を実現させた熱き教育者である。

今回の私の立場は、そのO先生を支えて、O先生の夢の実現に向けて無私の支援をしていたO先生(たまたま同じイニシャルになってしまうが…)と同じだったと思う。秋田商のお二人に比べるべくもないけれど、運動会を終えて、そんな感想を抱いたのだった。

ちなみに、今日の運動会の写真はない。私もカメラを持っていたのだが、SDカードを入れ忘れたからである。はやり、疲れがピークに達していたのだろう。仕方ないので、3日連続カカシの画像にしておく。私にカカシというニックネームをつけてくれたA君がリレーで接触、足を痛めた。幸い、大事には至らなかったと聞いている。団長として頑張りきった彼への応援の意味も込めて…。

2016年8月17日水曜日

IBTの話(31) 金メダル祝日?

学校のPCの壁紙は昨日からカカシになっています。
マレーシアのバドミントンは、やはりかなり強くて順調に上位に上がっているらしい。で、もし金メダルを取ったとしたら、なんと国を挙げての”祝日”になるかもしれないとのこと。職員室でそんな話が出たのだった。これまでにもそういう例があるらしい。

それは凄いな。私としては嬉しいような嬉しくないような…。授業時間数は大事にしたい。いよいよ公民の範囲を終えて、EJU対策モードに入ろうとしているところだ。まずは、地理の復習。問題をしながら、再度重要な事項を抑えていこうと思っているところ。

とはいえ、金メダル休みもやっぱり素敵だ。ちょうど我がファミリーが渡馬してくるし、ともに過ごせる時間が増えるのはありがたい。とはいえ、抜糸する直後なので、安静がまた必要なのだろうか。時折、ピリッと痛む傷口を押さえながら、そんなことを考えていたのだった。

2016年8月16日火曜日

IBTの話(30) カカシ

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-a0-5e/mahochie15120/folder/537800/23/14274923/img_0
アクシデントの話のさらに続きである。昨夜、病院で傷を保護していた白いテープも取られてしまったので、縫っている傷はスッピンである。すこし、髪の毛を垂らして、あまり目立たないようにするしかない。目の周囲の傷はメガネである程度誤魔化せる。とにかく、初めて見た人はぎょっとするようなので、迷惑をかけないためなのだが、なんとなく情けない。

そんな中で、今日授業をしていたら、「先生、”かかし”みたいです。」と言った生徒がいた。私は農家が鳥よけに使うかかしだと思ったのだが、聞いたら、漫画のNARUTOの登場人物らしい。マレーシアで日本語を学んでいる生徒は、日本の漫画やアニメにかなり詳しい。

実は、私はNARUTOという漫画をほとんど知らないので、最初きっとダメな登場人物だと思っていた。昼休みに調べてみたら、なかなか格好いい人物だった。主人公の先生役のようである。人気も主人公以上らしい。全く本物は見たことはないのだが…。(画像参照)

で、なんとなく、右目の上下の傷は、”カカシ”のようで、格好いいのだ、と思うことにした。彼の髪の毛もグレーだし。生徒は、私を励ますつもりで、言ってくれたのだと思う。実はかなり暖かい激励のコトバだったのだ。4ヶ月間、私なりに彼らとは真摯に向かい合ってきた。そういう信頼関係の中で生まれた新しいニックネームということで、私は”カカシ”として、これから先も、この傷と向かい合っていくことにした。

まさに生徒に救われたような気がする。いつも思うのだが、教師が上ではない。生徒から学ぶことは多い。今回は学ぶ以上に救われた気がするのだ。あの4月1日、関空での前任校の教え子たちの見送りにも救われたが、こちらでも救われた。本当にありがたいことだ、としみじみ思っている。

2016年8月15日月曜日

続・安静が必要なのでクーラーON

今日のエントリーの内容とは全く関係なく、住処から見た夕陽
アクシデントの話の続編である。住処のコンドミニアムでも、セキュリテー・スタッフや管理スタッフをはじめ、エレベーターで出会った人にも、「どうしたの?」と心配顔をされる。マレーシアの人々は実に優しい。英語で詳しく言えないので、「バッティングした。メイビー、ワンウィーク。」などとわけのわからないことを言っている。日本人会でも、IBTでも、それはさらに過熱しただけのことだ。特に男女を問わず生徒がやたら心配してくれる。みんな優しいのだ。「顔の傷は癒えないけれど、心の傷は全然ないよ。」などと、格好をつけている。(笑)基本的に前向きな人生を送ってきたので、今更宗旨替えはできないのである。(笑)

英語の達者なS先生に病院に電話してもらったら、今日は夜の9時に、治療をしてくれたインド系の医師が夜勤で来るそうで、本来夕方5時までに行く事になっていた(授業の関係で無理だった。)が、その時でいいとのこと。うむ。マレーシアらしい、ある意味いいかげんな対応で笑える。夜の方が、暑くないし結構である。

8時30分に病院に行くと、「ハロー」と言っただけで、受付のスタッフが、そこで待つようにと言ってくれた。私の英語力をよく知っている。(笑)待合にいると、例のインド系の医師が来て、「ハロー」。すぐに、前回と同じマレー系の看護婦さんがきて、2人で傷を見てくれた。結局、クリーニングして、傷には何も貼らずに、それで終了。おまけに、今日は料金の支払いもなし。次の金曜日に抜糸するそうだ。ちょうど、運動会の日で、2時30分には学校で解散予定。その後、病院に行くつもりだ。その日まで、安静とはいかないが住処のクーラーはONとなる予定である。

追記:今日はなんとなく、シグナルの「20歳のめぐり逢い」をしみじみと聞いています。フォーク全盛時代の名曲です。https://www.youtube.com/watch?v=stNI5kqtFfg

2016年8月14日日曜日

安静が必要なのでクーラーON

日本にいる妻にスカイプで、アクシデントのこと昨日帰宅後すぐに連絡した。妻は、なにより冷やして腫れを抑えるべきだと指示した。あれから何度もメールをくれて、細かな指示をしてくれる。ホントありがたいことだ。さすが、わが奥さんである。

ところで、病院でもらった薬が効いて痛みは半減どころか、ほとんどない。ただ、日本と事情が違う故の最大の問題がある。それは暑いので汗をどうしてもかくということである。シャワーを浴びれないことが最も辛い。

我が住処では、電気代RM200事件以来、クーラーは全くつけていなかったのだが、仕方なくつけることにした。昨夜も、クーラーを28度位に設定して、氷で冷やしながら寝たら十分熟睡できた。

とにかく、くよくよしても仕方がない。ブディストである私としては、右目がなんともないことに大きな幸いを感じている。後で鏡をよく見てわかったのだが、「まぶた」まで縫われている。だから視力が守られたことが奇跡的である。もともと右目の方が左目より視力が弱いのだが、アクシデント後も今もちゃんと見える。もし、メガネをかけたままだったら、もっとひどいことになっていたはずだ。

「ちょっと歳をとったかなあ。」というのが正直なところ。ツイッターはやってないけど、もしやっていたら、こういうコメントになると思う。

2016年8月13日土曜日

私の新しい住処 タマンデサ10

http://kinderasia.com/listing/taman-desa-medical-centre/
この「私の新しい住処 タマンデサ」シリーズも、もう終わりかなあと思っていたのだが、とんだアクシデントのおかげで、第10回目をエントリーすることになった。タマンデサの病院(メディカルセンター)である。今日は、先日行われた校内弁論大会をうけて、他の日本語を学んでいる学校との合同の弁論大会が行われる日であった。例によって、国費生の寮生の出欠確認をする役をA先生とともに仰せつかっていたのだが…。

最後の男子生徒とバスに向かっているとき、汗をかいていたのでメガネをはずして、いつも首からつっているメガネ入れにいれようとして歩いていたら、バス停の金属的なものとぶつかってしまったのだ。かなり痛かったので、瞬間的にタオルを当てたら、血が付いている。あいや~である。A先生に見てもらうと、「すぐ病院に行くべきです。」と言われて、バスの進路をもよりのタマンデサの病院経由に変更してもらう羽目になった。結局、弁論大会の応援に私は行けなかったのである。

まあ、やってしまったことは仕方がない、くよくよしても仕方がないので、中に入ると、スタッフが極めて親切で、英語がわからないなりになんとか診察台にたどり着いた。インド系のドクターが来て、「これは縫う必要があるけど、いいかね。」と聞いてきた。「ノープロブレム。」と言うと、会計のスタッフらしき人が来て、「RM500ほどかかるけどいいか?」と聞いてきた。これにも「ノープロブレム」。マレー系の看護婦さんが痛み止め(麻酔のような感じだったが…)の注射を打ってくれて、その後長く待たされた。薬が効くのを待っていたのだろう。ドクターと看護婦さんが、やおら準備を始めた。ベッドを上げて、ライトを設置して…。いよいよ縫うらしい。なかなか痛かったが、ケニアと同じように、「I'm SAMURAI.」と言ってドクターと看護婦さんを笑わせたのだった。

一休みしてから、支払いである。やはり今日中に支払う必要があるらしい。パスポートを置いて、住処に取りに帰ることになった。炎天下の上りはきつい。ちょうどタクシーがきたので、で事情を説明し、住処と病院を往復してもらった。気のいい運転手さんで、非常にハッピーである。RM10弱だったが、「Keep the change.」は当然のような気がする。

結局、大きなアクシデントだったが、マレーシアの人々の親切心みたいなものに包まれる経験をしたと思う。IBTの先生方や生徒諸君にいらぬ心配をおかけしてしまったことが心苦しいが…。

ついさきほど、A先生から連絡をいただいた。IBTは、4位と6位に入賞したそうだ。懸命に取り組んだ生徒の努力を大いに湛えたいと思う。

2016年8月12日金曜日

マレーシアへの修学旅行考

http://www.imajinsha.co.jp/
books/web-content/
2006/kan_malay.html
恥ずかしながら、私は、4ヶ月以上住んでいるのに、まだクアラルンプールの中心街、KLCCに行ったことがない。KLCCのあたりは修学旅行生が自由行動でウロウロしているらしい。マレーシアは、日本の海外修学旅行の行き先としてなかなか人気があるとのことだ。たしかにJICAのセミナーかなにかで、府立高校の先生からマレーシアに行くという話を聞いた記憶がある。

ところが、また聞きの情報ではあるが、某観光業関係の方の話として、今年は、修学旅行生のキャンセルがかなりの数にのぼっているとのこと。

残念でならないが、ISのマレーシアへの宣戦布告というニュースが大きく響いていると思われる。8月に入って、治安に関する法律も厳しくなったとの新聞報道もあった。大使館からも、独立記念日の注意喚起もメールで送られてきた。普段生活している分には、全くそういう感覚は薄いのだが、不穏な空気があることはたしかに否定できない。

こうしてマレーシアで生活していると、この熱帯雨林気候を肌で感じ、マレー系・中国系・インド系の多民族の共生という(日本人にとって)極めて非日常的な社会を、多感な高校生に是非見て欲しいと思う。国際理解教育の一環として大いに意義があると思う。私は海外修学旅行に教師として何度も携わった経験がある。だから、そういう治安面を考慮する事情もよくわかっているつもりだ。だから、キャンセルに対しても十分理解できる。だが、同時に多文化理解の貴重な機会がこうして奪われていることに、やるせない思いがするのである。

2016年8月11日木曜日

マレーシアの銀メダル

http://www.thestar.com.my/
sport/diving/2016/08/10/d
iving-10m-platform-synchro/
マレーシアの飛び込みの選手が銀メダルを取った。私は、その事をいつもの朝のバス停でよく合う華人のオジサンの持っていた新聞で知った。帰宅してから、調べてみたが、10mの女子のシンクロ飛び込みという競技らしい。要するに2人で呼吸を合わせて飛び込むのだが、幾種類もの演技をして得点を競うという、なかなかハードなものだった。
https://www.youtube.com/watch?v=dld1Ctrtfy0

華人の2人、パンデレラ・パムさんと、チョン・ジュンホンさん。いやあ、オメデトウ。素晴らしい演技だった。授業でも銀メダルのことで盛り上っていた。

日本選手も、体操や柔道、ラグビーなどで頑張っている。まだ、アフリカ勢はメダルをとっていないけれど、スポーツに勝ち負けはつきもの。私のような運動が苦手な者は、いつもながら、それぞれの選手が悔いのない戦いをすれば、それでいいじゃないかと思うのであるが…。

2016年8月10日水曜日

IBTの話(29) 環境問題の核心

http://www.blhrri.org/old/n
yumon/post-war60/041.htm
私が小学生の頃から、「人権」学習が本格化したような気がする。「にんげん」(この冊子は大阪府だけだったらしい。改めて調べて判明した。)という冊子が配布されて、同和問題、外国人問題、障がい者問題など、義務教育の期間、ひたすら人権意識を植えつけられた。おかげで、我々の世代は「人権意識」=「人間は平等であるという科学的認識」を強く持っていると思う。我々の上の世代、特に親の世代とは大きく異なる点である。

さらに、私が教師になってから、特に冷戦終了後、「人権」とともに「環境」についての教育が始まったように思う。息子たちの世代では、「環境」を意識することが当然になった。教育というのは、こういう世代的なマクロな時間の流れで、重要な指針を示してきたように思うのだ。

環境問題を論ずるにあたって、この事は極めて重要な、核心的問題である。個々の地球温暖化や砂漠化など、地球規模の環境問題を詳細に教えるのも必要だが、世代を通じて意識改革するだけの必要がある問題である、ということを、はっきり教えるべきだと私は思う。

マレーシアにおいて、開発と環境の問題は、まだまだ二律背反に近い立場にあるのかもしれない。本来は、二律背反ではなく、止揚する関係、すなわち「持続可能な開発」へと弁証法的に発展すべきところだが、この点においては、文字どうりまだまだ「途上」であるのかもしれない。

だが、IBTで日本語を学び、日本留学を志す生徒たちには、こういう「開発」と「環境」の関係性に関する問題意識をしっかりと打ち込んでおきたい。そう思って、汗だくで話をしている。幸い、彼らは優秀で、十分理解してくれているように思う。ありがたいし、嬉しいことである。

2016年8月9日火曜日

IBTの話(28) 京都議定書

http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/1f7e0dc1830f2f35e26250bd6be1a264
マレーシアの中等教育は日本で言う高校2年生までである。環境問題について学んでいるようだが、原理的なもので終わっているようだ。地球温暖化が温室効果ガスによるものであることなど、基本的なことは学んでいるらしい。ただ、COP3での、京都議定書の社会科学的な考察などは全く学んでいないようだ。京都議定書で、先進国のみがCO2削減を行った理由を問うと、最近は生徒から返答がいくつも出てくる。こういう授業をしなければ、と思う。

本番はここからだ。植林をして削減目標をカバーできること、また京都メカニズムで、排出量取引が可能になり、排出量の市場が生まれたこと、途上国とのCDMなどの説明に対しては、納得するというより、その商業主義的な方法に、異議の声も聞かれた。

アメリカの議定書からの離脱には、ヨーロッパの環境政策・技術の先進性と市場の成立に対して自国の遅れから不利と見ての撤退という本音が垣間見える。中国やインドのせいにするのはおかしい、という率直な意見も出た。中国の途上国論にも、納得できないとの声もある。

結局、環境問題は極めて重要なのだが、国益や国際関係、経済的利益などが複雑に絡み合っていることを理解させることができた、と思う。授業のあと、大いに興味がわいたので、大学ではこういうことをさらに学びたいと、国際関係や政策、国際経済を志向する生徒が相談にきた。うん、社会科の教師冥利につきるところだ。

ちなみに、授業の最後に、極めて大まかな論議(その基礎となる統計基準も全くなしでイメージのみ)だが、日本の削減目標を100として、マレーシアはどれくらいが妥当か?と聞いてみた。20~30という数字がでた。これが妥当なのかどうか私には判断できないが、なんとなくわかるような気がする。

2016年8月8日月曜日

マレーシアのポケモンGO

http://www.buro247.my/culture/news/pokemon-go-7
-places-in-malaysia-we-ll-go-catch-the.html
6日の土曜日から、ポケモンGOがマレーシアでも配信されたそうだ。昨夕、我がコンドでも、なんかそれらしき華人の青年がウロウロしていた。ポケモンGOをやっているのかなあと思っていたら、やっぱりそうだったのだ。

ところで、そのポケモンGOに、マレーシアのイスラム法評議会は、偶像崇拝を助長するとして、イスラム教徒がこれを使って遊ぶことを認めないとしたらしい。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM06H6A_W6A800C1FF8000/

なるほど。私はポケモンGOについても、宗教的にも全くの第三者なので、あえてコメントすることはないのだが、さっそく生徒に聞いてみた。

意外なことに、多くの生徒は、ポケモンをゲームボーイで子供の頃遊んだ経験があると言う。だから、このポケモンGOには少なからず興味を持っていたが、やらないと多くの生徒が答えた。さすがは国費生なのだが、我々異教徒が思っている以上に、イスラム教徒は自由度が高い。もし、地元の友人がこっそりやっていたとしても、あえて咎めることはしないだろうと。

ただし、モスクなどの宗教施設などに、ポケモンが設定されていて、これをゲットしようと異教徒が来たりするのは、問題だとする。USホロコースト博物館のクレームや広島の平和公園の件など、様々な問題が起こっていることを紹介すると、基本的に出現場所を制限することに賛成だという生徒がほとんどだった。

話題のポケモン禁止とされたマレーシアの現場からの報告である。

イチロー3000本の偉業を祝す

http://www.j-cast.com/2015/12/11253034.html
イチローがついにMLB・3000本安打を達成した。日米通算の記録はなにかといろいろ言われるが、これは文句なしの記録。イチローのファンの一人として、大いに喜んでいる。

イチローが3塁打を打って、ふと顔が浮かんだのが仰木監督だったそうだ。その思い出話もイチローは語っている。20年前のある負けた試合で、イチローが帰りのバスで暗い表情をしていると「試合の勝ち負けは俺にまかせとけ。お前は二塁打1本打ったじゃないか。それでいいんだ。お前は自分のことだけを考えろ。」と言われたらしい。普通、その反対の言葉を吐くものだ。仰天し、その瞬間から、この人のためにやりたい、と思ったそうだ。

「どんな人間かを察知する能力が確実にあって、それに応じて選手を操る。心の掴み方っていくつかパターンがあるけれど、仰木監督はその型が無数にあるように見えた。それがマジックかもしれないですね。」

その仰木監督に、酒の力を借りてメジャー挑戦を打ち明け、了解してもらった故に今がある。イチローは、その師の恩を忘れていない。

師とあおぐ存在を持てる人間は幸せだ。師のため戦った人間は幸せだ。確かな道筋を行くことができる。師を持つ私は、改めてそう思うし、私もそういう存在に一歩でも近づきたいと思うのだった。

2016年8月6日土曜日

リオの入場行進を偶然見れた。

http://www.thestar.com.my/news/nation/2016/08/06/olympic-games-rio-opening-ceremony-kicks-off/
生徒の進学書類の翻訳作業が進んでいないので、今日は休日をおして出勤した。いつも土曜日も出勤しておられるF先生が10時くらいに行かれるとのことで、私も時間を合わすため、ひさしぶりにTVをつけたら、偶然リオ・オリンピックの開会式の入場行進の中継をやっていた。

実は私は、この入場行進が大好きである。地理の教師でもあるから、国名や国旗には詳しいので、全部とはいかないまでもほぼ何処にあるか、どんな国かは答えることができる…と思う。(笑)マレーシアのチャンネル2であったが、中継はポルトガル語だったように思う。で、意外だったのが、アルファベット順のようで、アルファベット順でないのだ。そのココロは、ポルトガル語表記によるものだったかららしい。だから、日本よりアメリカが先だったのだ。日本はいつもどおりジャマイカの後、ヨルダンの前だったが…。

ところで、マレーシアの選手団もじっくり見た。マレーの民族衣装に身をまとっているが、華人やインド系の選手もいた。なかなか良い感じだった。生徒の話だと、バトミントンは強いらしい。是非メダルを取って、独立記念日が近いマレーシアを盛り上げて欲しいものだ。実は、8月に入ってから、KLの道には国旗がかなり立っている。多民族国家だからこそ、こういうオリンピックのナショナリズム高揚も国民国家的な意味あいから大事なのだろうな、と思ったりするのだ.。(一応の)単一民族国家の日本のナショナリズムの高揚とは少し違うかも知れない。それを感じてみたいと思う。

よく考えると、前回のロンドンの時も開会式は見たが、その後イスラエルを旅していて、オリンピックの競技の放送はほとんど見ていない。柔道で前任校のOG、杉本美香女史の銀メダルの試合も結局見れなかった。今度はマレーシア在住である。うーん。柔道の中継とかあるんだろうか?そんな杞憂もある。NHK国際放送は、オール英語だし、海外の人々に日本を紹介することが多く、あんまりオリンピックの日本の活躍を流すというコンセプトはないと思う。

マレーシアの選手団を見て、その後のマラウイの選手団を見て、そろそろかなと立ち上がったのだが、ふと、ジンバブエで出会ったマラウイ人のことを思い出した。彼は、マラウイは貧乏なのでサッカーのナショナルチームも弱いんだという話をしてくれた。たしかにオリンピックもそんなに選手を出していないようだが、どうしてどうして、立派なもんじゃないかと、彼に言ってあげたいと思ったりする。途上国の人々も共に応援し、楽しめるオリンピックになりますように、なにより安全な大会になりますようにと祈りたい気分である。

2016年8月5日金曜日

IBTの話(27) 運動会へ向けて2

マラヤ大学のグランド
昼すぎから、運動会の行われるマラヤ大学のグランドへ関係の先生方と下見に行ってきた。最大の懸案は、トイレの位置の確認と綱引きの縄の確認であった。今日は、日差しも少し強めで、半分熱中症みたいになったのだった。オデコだけが熱い。もちろん、Yシャツにネクタイ姿だったのでこんな羽目になったのだが…。当日は当然Tシャツに帽子をかぶる予定だ。とにかく大汗をかいたのだった。マレーシアで日中ウロウロするのは、かなりの重労働である。

マレーシアでの初めての運動会。想定外のことが多い。今日の会議でわかったことだが、水を生徒全員に配るらしい。それも1人1.5リットル。それでも足りないのではないかと予備ももっていく。またランチがつく。当然ハラルのマレー系のお弁当らしい。これにバナナが1本つくのだが、そのバナナの手配も大変である。300本弱の”青くない(食べごろの)”バナナ。(笑)バスの手配も大変で、計6台になるようだ。マレー系の男子生徒は、運動会の後、金曜日なので、そのままモスクに向かうことになっている。

いやあ、日本にいては絶対経験できない運動会になりそうだ。

2016年8月3日水曜日

IBTの話(26) 運動会へ向けて

8月中旬の運動会に向けて、すでに準備が着々と進んでいる。私は本部的な仕事をすることになっている。まあ、これまで体育祭などのイベントにはいやというほど関わってきたので、何の問題もないのだけれど、IBTの「運動会」(どうもこの呼び方に慣れない。笑)は、生徒の本分が明確なだけに、こういうイベントに対して十分な準備のための時間が取れないことがネックだ。

今日はそんな状況下で、生徒が準備する唯一の機会となった。8つに分けたチームで団長や役員やエントリーを決めてもらう会議の日である。放課後、5時30分から6時30分までが制限時間である。なかなか大変である。チームは、あらかじめクラスや学年をバラバラにしてある。A先生の見事な配分なのだが、マレー系の女子生徒の数、男女比などをきっちりとわけてある。なかなか大変だったと思う。ボール運びという競技の際は、マレー系女子→華人系女子→華人系男子→マレー系男子というふうに、マレー系の男女が隣り合わないように配慮しているのである。イスラムの男女分離の原則を守っているからだ。このあたり、マレーシアの運動会らしいところだ。

とにもかくにも、各チーム(団)の団長が決まり、職員室で団の色を抽選で引いてもらった。前任校の団抽選会とは比べ物にならないが、それでもみんな楽しそうである。宿題に毎日責められて、勉強・勉強の毎日。たまにはこういう息抜きがあってもいい。

ところで、今朝、今回の総括・渉外の主担のK先生がKLの日本人学校から、長縄を借りてきていただいた。女子生徒の縄跳び競技のためである。授業中に、こそっと本部の係3人で、IBTのものと比べ長さを確認、調節した。こういう隠れた仕事はいいなあ、と思う。今日の画像は、各団の会議の様子も撮影したのだが、結局生徒の写っていない、その”長縄”になってしまった。(笑)

2016年8月2日火曜日

IBTの話(25) クルドとチェチェン

http://matome.naver.jp/odai/2138025309858983201
総合科目では、今週は国際関係、それも各地の紛争について語ることになる。
日本では話したくてもなかなか時間が取れなかったところだ。EJU(日本留学試験)では、十分範囲に入るのでしっかりと教えておきたい。
ケベック州の独立問題、北アイルランド問題、ベルギーの言語の問題、バスク人の独立問題(カタルーニャの話もプラスする。)そして、クルド人問題、チェチェン紛争…。

クルド問題もチェチェンの問題も、今のシリア内戦と深く関わってくるので、歴史的背景も含めて、じっくりと講じてみた。クルド人の問題は、やはりオスマントルコ崩壊後のイスラムの共同体の崩壊=カリフの不在が、やはり大きな影を落としている。英仏にいいように分割されて、ある意味最大の被害者かもしれない。チェチェンもまた、スターリンの被害者だと言える。山岳民族が強いことは、中世以来のスイスの傭兵の話(今なお、バチカンの警備はスイス人だ。)、あるいはネパールのグルカ兵(マレーシアの警備担当者はマレー人かネパール人と法律で決まっているらしい。)などで実証済みである。チェチェンも強いわけだ。しかも「血の掟」をもっている。そんな話をしながら、政府軍・反政府軍・ISの三つ巴に、米英仏露土とシーア派のイラン・イラクを入れて、大まかにシリア内戦の構図を描いてみた。(ISの詳しい話は、またあとでする予定にしている。)

目を輝かせて聞いている生徒が多い。その多くは国際関係の大学に進学を希望している生徒たちである。おそらく、全く初めて聞くシリア内戦の「解説」なのだと思う。彼らにとって私は「池上彰」(どっちかというと、露出度の多い今の池上彰ではなく、昔NHKで”週刊・こどもニュース”をやっていたころの池上彰)である。(笑)

今日の最後は、両クラスとも、ルワンダのジェノサイド話をしていた。ツチとフツの話である。ここは、ベルギーによって植民地支配のために、少数派として作られたツチという民族が、多数派のフツ(ツチとほとんど変わらない)を支配する構造が作られた。南アのアパルトヘイトも、支配者のイギリスが、少数派白人のオランダ系のアフリカーナに多数派の黒人を支配させた。これがアパルトヘイトである。現在のシリア内戦もフランスが、少数派のアラウィー派のアサド政権に多数派のスンニーを支配させる構図から始まった。こういう社会科学的な法則性のある「少数派を使った支配の構図」を発見することにも大きな意味があると思う。

2016年8月1日月曜日

IBTの話(24) 公民権運動

モントゴメリーの公民権運動の原点となったバス http://www.asahi.com/car/gllery/120302ford/16.html
8月1日である。8月の別名はいくつもあるのだが、1年中夏のマレーシアにあっては「壮月」くらいしか、フィットしないなぁなどと考えている。日本では夏休みなのだろうが、こっちは全くフツーの授業日である。(笑)

今日は人種差別について、公民権運動やアパルトヘイトについて語っていた。マレーシアでは、こういうコトはあまり教えていないらしい。みんな興味深く聞いてくれたのだった。

私は、一時アメリカの研究に取り組んでいた。公民権運動についても、だいぶ調べた上で、南部へ公民権運動の足跡を探る旅を計画していたこともある。ただ、夏休みにしか行けないし、この時期はハリケーンが来る可能性が高いというリスクもあって、結局行っていない。このハリケーン恐怖症は、8月のちょうど今頃、サウスダコタ州のモーテルでTVの気象情報専門チャンネルを見ていて、刻々と報告される南部のえげつない風雨の様子が脳裏に染み付いているためだ。とはいえ、やはり行ってみたいという思いは消えない。バス・ボイコット事件の起こったアラバマ州・モントゴメリー。今も、黒人差別は時々全米を揺るがしている。公民権運動の原点の街…。そこの空気を吸ってみたいと思うのだ。

よく考えてみると、南アのアパルトヘイトはかなり世界的に批判されたが、アメリカの公民権運動以前の状況と比べてみてもあまり変わらない。公民権運動とアパルトヘイト、両者を講じて生徒も強くそれを感じたようだ。

壮月。まだまだ草花が盛んに生える月という意味だそうだ。この1ヶ月、総合科目の範囲をどどどっと進んでいこうと思う。EJU(日本留学生試験)本番まで2ヶ月半。