2014年12月31日水曜日

冬季休業中 新テキスト執筆2

大晦日だというのに一日中、高校生のためのアフリカ開発経済学テキストV.6.01の執筆にかかっていた。いいかげん、肩がこってきたのと、目がおかしい。ドライアイというやつだろう。学校でも時折なるのだが、ほんと気をつけなくてはいけないと思う。

特に今日、作業がストップしたのが、HDI(人間開発指数)の最新国別リスト(2013年統計)をUNDP(国連開発計画)のHPから、テキストに導入しようとした時のことである。これまでは、サブ=サハラ・アフリカの順位のみだったのだが、一気に第一位のノルウェイ(例年一位である。)から、最下位まで載せようとエクセルにコピーしようとするのだが、年度別の変化も入れたいなあ、国名は英語でいこうか、いややめよう、などどと迷っていたのだ。結局、日本語の国名と指数(1から0)と順位だけにしたのだった。それでも2ページにわたる膨大な資料になった。途中、エクセルの記録を消してしまったりして、久しぶりのミスに落ち込んだりもしていたのだった。

ところで、自動的に翻訳されたページに、不可解な国名があった。七面鳥。すぐ、トルコだなと笑えたのだが…。そんなこんなの大晦日だった。

いよいよ、来年は2015年。MDGs(ミレニアム開発目標)のゴールの年である。

2014年12月30日火曜日

冬季休業中 新テキスト執筆

高校生のためのアフリカ開発経済学テキストV.6.01をこの冬季休業中を利用して書き始めている。今までのものを一新して、経済学的な視点から見たアフリカ、政治学の視点から見たアフリカ、そして文化人類学的な視点から見たアフリカ、この3視点をもとに構成する予定である。近代国家論やポール・コリアーの4つの罠については、大きな項目とはしないつもりだ。また、HDIやMDGs、人間の安全保障といった開発経済学的な重要課題も経済学的視点の中で発展学習的に挿入することにした。

仮題だが、一応次のような副題を考えている。

経済学的な視点は、アフリカの「貧困」と「発展」の原因を探る
政治学的な視点は、アフリカの開発を妨げているものは何か?
文化人類学的な視点は、アフリカの知・アフリカに学ぶ

一方で、より高校生にわかりやすく、さらに関係するコラムを挿入していくことを考えている。たとえば、アマルティア=センの「貧困」の定義を記する時、先日書店で文庫本になったことを知った「「風をつかまえた少年」(文春文庫)の紹介なども入れたいと思うし、これまで日々エントリーしてきたようなアフリカの新聞記事による情報などもできるだけ入れたいと思う。

ところで、今朝たまたまだが、今年亡くなられた人々のNHKの番組があって、赤瀬川原平氏の「老人力」について、故人が自ら語っておられた。「忘れっぽくなることは、警戒心が無くなることで新しいものが入りやすくなる。」

これを聞いて、私は無意識に老人力を意識していたからこそ、このブログに書き溜めているのかもしれないと思った次第。5年間、書きも書いたり、1850件のエントリー。(笑)玉石混合ではあるが、新しいテキストの素材としては十分であると思う。

赤瀬川原平氏は、高校時代のある友人の師にあたる方である。私も様々な影響を受けた芸術家である。ご冥福をお祈りしたい。合掌。

2014年12月29日月曜日

今年この1冊2014

年末である。毎日新聞でもすでに過日特集が組まれていた。今年は、良い新書を読んだ年だった。中でも次の4冊の印象が残っている。

「一神教と国家」(内田樹・中田考/集英社新書・14年2月19日発行)
「ふしぎなキリスト教」(橋爪大三郎×大澤真幸/講談社現代新書2100・11年5月20日発行)
「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫/集英社新書・14年3月19日発行)
「武器としての社会類型論-世界を五つのタイプで見る-」(加藤隆/講談社現代新書2164・12年7月発行)

今年発行されたものは「一神教と国家」「資本主義の終焉と歴史の危機」だけだが、いずれも社会科の高校教員として重要な教材研究の一環となった。

さて、今年の1冊の候補は2つある。今年も当然アフリカ本である。
高尾具成氏の特派員ルポ「サンダルで歩いたアフリカ大陸」(岩波書店/13年6月25日発行)と「アフリカ社会を学ぶ人のために」(松田素二編/世界史思想社/14年3月20日発行)である。残念ながら、「サンダルで歩いたアフリカ大陸」が昨年発行である。となれば、今年の1冊は、本年発行の「アフリカ社会を学ぶ人のために」となる。ルポと学術書であるが私の中では甲乙つけがたいので、発行年で決めた次第。

今年もよき書に恵まれた。いくら情報化社会が進もうとも、じっくりと書を読む幸せは変わらない。

2014年12月28日日曜日

ラジオから流れてきた「花嫁」

一昨日、車のラジオから流れてきた「花嫁」について今日はエントリーしたい。ピンとくる方は間違いなく私と同世代以上である。小学生のころ、フォーク・クルセイダーズというグループが突如現れた。「帰ってきたヨッパライ」が大ヒットしたのだ。加藤和彦、北山修、はしだのりひこ。この「花嫁」ははしだのりひこの作った2つ目のグループのヒット曲である。久しぶりに聞いて涙がでそうになったのだった。

♪ 花嫁は 夜汽車にのって 嫁いでいくの あの人の写真を胸に 海辺の町へ
  命かけて燃えた 恋が結ばれる 帰れない 何があっても 心に誓うの

♪小さなカバンにつめた 花嫁衣装は 故郷の丘に咲いてた 野菊の花束
  命かけて燃えた 恋が結ばれる 何もかも捨てた花嫁 夜汽車にのって

いいなあ。なつかしいという感傷とともに、まだまだ豊かではなかった日々を思い出すのである。まず、今の日本には「夜汽車」が存在しない。直角の中国でいう「硬座車」の夜汽車。もし、今なら夜行バスを高速で行くのだろう。あるいはLCCかもしれない。あの人の写真は、スマホに画像が入っているはずだ。花嫁衣装とされる野菊の花束も、考えられない。せいぜいスマホに画像として入れていくだろうな。などど考えていたのだ。

この「花嫁」、北山修の詩なのだが、フォークル(フォーク・クルセイダーズ)の歌で同じく花嫁が出てくる「戦争は知らない」という曲がある。寺山修司の詩だが、ここにも「野に咲く花」というコトバが出てくる。つまり、「野菊」も「野に咲く花」も、貧困というか、反権力というか、庶民というか、そういうものの語彙を含んでいる。夜汽車もそうだ。おそらくは、胸に忍ばせた(白黒の)写真もそうだろう。

今の日本に、そういう語彙を含んだコトバがあるのだろうか。それを使った「歌」がつくられるのだろうか。歌は世につれ、世は歌につれ…か。

https://www.youtube.com/watch?v=CU0UqJKg7aw

2014年12月27日土曜日

兵庫県立美術館「だまし絵Ⅱ」

糖尿病の専門医に「冬休みは運動してくださいね。」と言われていた。家にいると一日中パソコンに向かっているだけで運動不足はなはだしい。と、いうわけで、家内の提案で兵庫県立美術館に行くことになった。妻も今日は体調が良いそうで、「その後中華街に行こうか。」「明石にタコヤキ食べにいこか。」などと言う。(笑)

兵庫県立美術館では、明日までの会期で「だまし絵Ⅱ」が開催されている。前から行こうと言っていた展覧会だ。すでに見逃した展覧会が多い中、奇跡的にまだ開催していたのだった。JR灘駅からテクテク歩く。近くなく、遠くなく、ちょうど良い距離である。会場も程よいスペースだった。さすがに土曜日で終了間近故に観客は多かったが…。

お目当てのエッシャーやダリ、マグリットなどはちゃんと見れた。意外に面白かったのが、パトリック・ヒューズ氏の「広重とヒューズ」という作品と、福田繁雄氏のアンダーグランドピアノという作品。

その後、ミュージアム・ショップを覗いた。結局、空腹に負けて近くのインド料理屋で昼食をとった。それは、同時に中華街や明石には行かないということである。(笑)そう、そのまま帰ってきたのだった。「もう少し歩きたかったなあ。」と私が言うと、「うそつけ。」と妻に怒られた。

2014年12月26日金曜日

Eテレ 高校地理 アフリカ

冬季休業に入った。補習する予定だった生徒の都合で、来年5日までは自宅でのんびり過ごすことになった。たまたま、TVをつけ高校の通信講座を日本史・世界史・地理と続けて見た。20分という短時間で、それぞれ日露戦争、トルコ革命をやるわけだ。映像を見せながらとはいえ、(担当者の苦労はしのばれるが)申し訳ないけれど、浅いなあと思わざるを得なかった。
そして地理は、偶然ではあるが、アフリカであった。

当然のように批判的に見たのだが、「20分で語るアフリカ」はなかなかよかった。それもそのはずである。島田周平先生監修だったからだ。

コンパクトに、アフリカが紹介されていた。ヨーロッパの元植民地という歴史があり、内戦や貧困、飢餓という暗いイメージをまず払拭。経済成長率では、中国・インドとともに世界で注目されており、それが鉱産資源によるものであることをきちんと示していた。

一方、農業生産性の低さという問題をやがて20億にまで膨らむであろう人口問題と比しながら、日本の農業技術協力で生産性を向上させる努力がなされている、とくくっていた。

またルワンダのツチとフツの対立を超えてのコーヒー栽培の協力やタンザニアの金鉱山がこれまでの先進国のみの開発ではなく、現地の人々が自力で開発している映像も流れた。(これらは以前NHKで放送されたものだ。)アフリカ=希望と可能性という島田先生の監修のポリシーを感じたのだ。

しかも「アフリカの人々から学ぶことがある。」ということが、最後の農業技術研修で来日していたザンビアの研修員に東北の方々も元気づけられたというシーンで伝わる。20分という制限時間の中で、よくぞここまで。さすが島田先生と、膝を打った次第。

<この講座は、HPにアクセスすると番組をいつでも見られるようである。凄い時代になったもんだと今更ながらに思う。>
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/chiri/archive/chapter032.html

2014年12月25日木曜日

「明治天皇という人」を読む。

終業式である。我がクラスの大清掃は、いつもながら皆が自分にできることはないか、考えながら、仕事が進む。大いに良い。それだけで十分。大した説教など必要なし。ということで通知表を渡して解散した。

ところで、最近、松本健一著「明治天皇という人」(新潮文庫/本年9月1日発行)を読んでいる。ちょうど3分の1程度読み終えたところだ。松本健一氏は、この本で、人としての明治天皇像を描こうとしている。かの「畏るべき昭和天皇」や「評伝 佐久間象山」の著者で、極めて緻密に現象学的に書かれている。

明治天皇の肉声はなかなか伝わってこない。明治という近代天皇制が確立していく時代の中で、たしかに残りづらかったであろうと推測できる。それを丹念に拾っていく、という感じの本だ。

明治天皇の実家である中山家に仕えていた田中河内介は幼少時の明治天皇に大きな影響を与えた人物だ。彼は、「天皇の世紀」にもあるように、寺田屋事件の後、薩摩に惨殺される。その薩摩の西郷、大久保が、本人も含め関わりのある人物を送り、天皇に大きな影響を与えていく。歴史の皮肉ではあるが、これもまた実相である。備忘録的に記しておきたい事項は山ほどあるが、追ってエントリーしていきたい。

「人は人によって作られていく。」…様々な出会いが人を作る。教育に携わる者として、改めて感じるものがあった次第。

2014年12月24日水曜日

日経 アフリカ特化の貿易保険

日経の朝刊に、日本貿易保険(NEXI)が2015年1月1日より5年間、アフリカ向けの投融資に特化した貿易保険を商品化するという小さな記事が出ていた。テロや政情不安などで資金回収が困難になった場合に全額を補償するらしい。中国や欧米に比して、日本の投資が足踏みしているのを後押しするというわけだ。と、いっても、地政学的リスクに対しては95~97.5%補償していたのを100%に引き上げたものらしいが…。

TICADⅤ以来、様々なアフリカビジネスの本が出版され、また雑誌で特集が組まれ、大いに関心が高まってきたとはいえ、まだまだアフリカに投資する日本企業は少ないらしい。中小企業でBOPで頑張っているところもあるが、まだまだ少数派だ。この貿易保険、中小企業にはありがたい話ではある。NEXIは、調べてみると独立行政法人だった。HPには国別に貿易保険のカテゴリー(本年10月27日現在)が決められていた。なかなか面白い資料だ。

A~Hのカテゴリーがあって、サブ=サハラ・アフリカ諸国では、C(アジアでは中国、マレーシア、湾岸諸国と同じ)にボツワナ、D(タイ、フィリピン、インドなど)には南ア、モーリシャス、ナミビア。F(ベトナム、ヨルダンなど)に、ガーナ、ナイジェリア、ガボン、アンゴラ、レソト、ザンビア。G(モンゴル、カンボジア、バングラディシュなど)にはセネガル、カメルーン、ケニア、ウガンダ、タンザニア、モザンビーク、カーボベルテ、コンゴ共和国、スワジランドが入っていた。最低レベルのHは、それ以外の国といわけだ。

日本政府の(アフリカ以外の国も含めて)各国の経済の信用度をクールに見つめた表になっている。やはり、ボツワナ、モーリシャスあたりが信用されているわけだ。
http://nexi.go.jp/cover/categorytable

2014年12月23日火曜日

ソマリランドの貴重な映像を見た

TV東京のHPより 両替商の前に紙幣の山
昨夜、めったに見ないTV大阪(TV東京系列)を見ていたら、キューバとソマリランドのレポートをやっていた。日経がスポンサーの固めの番組である。TV大阪系列の海外紹介番組は、やたら「秘境」などと形容して不愉快なものが多い(本年2月10日付ブログ参照)のだが、このような真面目な番組もやっているとは知らなんだ。

特に、ソマリランドの映像は極めて貴重なものだ。前半部は、ソマリランドは未承認国家であるという基本命題が中心に据えられており、首都ハルゲイサの両替商が莫大な自国紙幣の束を中央銀行から一輪車で運ぶシーンなど、考えられないほどの治安の良さを実感できた。また、カート(合法ハーブといったらいいのかなあ。)の実物を動く映像で見れた。子供たちの顔には、平和を享受する笑顔があり、主産業のらくだの取引現場もなかなか貴重な映像だと思う。

地元TV局の税所氏へのインタヴュー
後半は、税所篤快氏(あのバングラで活躍する教育支援のNGOの25歳の若き傑物だ。)が登場する。番組のナビゲーターである米倉誠一郎・一橋大学イノベーション研究センター教授を学長とするソマリランド初の大学院設立プロジェクトの密着取材だった。意外に、と言っては失礼だが、ソマリランド政府の中枢を占める人々は気さくで物分りがよかった。もちろん、アフリカの他国同様ビシッとスーツで決めていて威厳を演出してはいるが、人口も2010年現在の推定で420万人というから、北海道と四国の中間くらい。知事さんといっては失礼だがそれくらいのフットワークの良さがある。(私がJICAの教員視察で接したケニアの国家官僚とは大分違う。)元イギリス領だったこともあって、英語がある程度通じる。税所氏の英語は決して発音が美しいわけでもない。あくまで道具としての英語だ。情熱でどんどん押していく。彼の大学院設立セレモニーでのスピーチ。「母にソマリランドに行くと言ったら、ソマリアはあぶないからやめなさい。いや、ソマリランドだよ。だめ、ソマリアは危ない。」には、現地の入学生と共に私も大いに笑えた。彼こそが、一流の地球市民である。

…番組の中で、米倉氏がソマリアが未承認国家であり続けている事は、現在の世界の体制の安定を望む国家間の問題だと指摘されていた。もし、ソマリランドを認めたら、コソボをはじめとした新しい民族国家(おそらくバスクやクルディスタンなどもその範疇に入るだろう。)が我も我もと独立を認めよといってくるだろうと。それは容易に理解できる。だが、以前エントリー(2013年6月16日ブログ参照)したように、私は「謎の独立国家ソマリランド」の著者、高野秀行氏が指摘する「ソマリランドの独立を認めること」が、内戦に明け暮れる(南部の首都のある)ソマリア、海賊行為を行っているブントランドとの関係性から、国際的にも極めて有意だと思うのだ。

…改めて、ソマリランドの映像を見て、そう思ったのだった。税所氏・米倉氏のこれからの益々の活躍を期待したい。
http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/backnumber/20141222/

2014年12月22日月曜日

毎日 リビア流出武器拡散

http://middleeast.asahi.com/
column/2011033100001.html
毎日の夕刊に「リビア流出武器拡散」という記事が載っていた。わかっていることとはいえ、アフリカのニュースが少ない中、国際面で大々的に書かれていたことに意義を感じる。アフリカ各国が、セネガルのダカールで開かれた安全保障を協議する首脳会議を開き、強く危惧を表明。また国連の専門家チームは、アフリカ・中東の14カ国への拡散の疑いを指摘しているという。

マリのケイタ大統領は「リビア南部の問題を解決しないかぎり地域の平和はない。」と指摘すれば、チャドのデビ大統領は「危機解決はアフリカの手中にはなく、(カダフィ政権崩壊を助けた)西側、とりわけNATOに(責任が)ある。」と語ったという。国連の報告書では、チャド、中央アフリカ、ソマリア、さらに中東のシリアやパレスチナのガザへの武器流入を指摘している。

中央アフリカのキリスト教徒とイスラム教徒の対立も、マリのイスラム武装勢力遊牧民と仏軍の争いも、ナイジェリアのボコハラムも、リビアの武器の拡散の結果であるらしい。各武装勢力はアルカイダ系の組織などを通じて入手しているようである。肝心のリビア自体、仏軍にマリから掃討されたイスラム過激派が潜伏中らしく、イスラム国も拠点作りを進めているようである。複数の民兵同士の戦闘が続き、予断をゆるさない状況が続いているわけだ。

…チャドの大統領が指摘してるように、カダフィ大佐の存在は、実はサブ=サハラ・アフリカでは英雄だった。安価な石油の供給や金銭的な支援を続けてきた故に人気が高かった。そのカダフィが殺され、内戦化し、武器がアフリカ各地に拡散しているわけで、つい愚痴りたくなるだろう。チャドはAUの主力部隊を構成している国のひとつだ。

…この状況を打開する道は、かなり難しい。イスラム復古主義の問題も大きいし、なによりも持続可能な開発によって貧困の打開が必要である。コトバで表すのは容易いが、長い長い困難な道のりだ。世界がこの問題に対して、常に意識しておく必要があると私は思うのだ。

2014年12月21日日曜日

日経 シェール開発と環境規制

金曜日の日経に、シェールガスの採掘と環境問題の記事が出ていた。NY州が州内で開発のための採掘を事実上禁止したというのである。NY州が禁止した水圧掘削法は、高圧で大量の水をシェール層に吹き付ける方法らしいが、これによると地下水にガスが混じり、水道を出したらボン!などという危惧があるのだという。かなりやばい話である。アメリカでは地方生活者の95%が地下水から飲料水を採取しているとのこと。ただし、帯水層とシェール層には深度に差があり、両層の間には不浸透層がありリスクは小さいという説がある。すでに、VT(バーモント)州では禁止しているらしいが、NY州が、規制に乗り出したとなると、その影響力が違う。

すでに、国際石油価格がサウジの戦略で安値を続け、ロシアを苦しめているが、それ以上に採掘コストの高いシェールにも打撃を与えている。(本年11月12日付ブログ参照)そこに、環境問題が大きくクローズアップされることになったわけだ。

少し調べてみた。OK(オクラホマ)州では、この水圧掘削法による可能性が高いとされる地震がすでに発生している。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/10/25/okla-earthquake-swarm-fracking_n_4165508.html

TX(テキサス)州では、水圧掘削法の際に添加される薬剤や比率を公開する法を制定した。これをWY(ワイオミング)州やAR(アーカンソー)州や導入、LA(ルイジアナ)州やMT(モンタナ)州でも追随する方向らしい。ただ、全ての薬剤を公開するものではなく、産業界寄りだという批判があるようだ。
http://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/5/5127/201401_017a.pdf

2014年12月20日土曜日

荒熊さんのブルキナ政変報告

京都地球研の文化人類学者、荒熊さんのブログで、ブルキナファソ政変の報告がされている。日本では、「ブルキナで政変があった。以上」という感じで、あれから何も報道がない。実際に現地に行かないとわからないことも多いので、貴重な報告だ。

内容については、荒熊さんのブログを是非見て欲しい。
http://cacaochemise.blogspot.jp/

ブルキナのこの政変、私のアフリカの民主政治の常識を覆すものであるとともに、その暴力性を差し置いて、今の日本が忘れた「政治を監視すること」への回帰の必要性を学ぶ機会になると思うのだが…。

2014年12月19日金曜日

キューバとアメリカの国交の話

http://www.huffingtonpost.jp/autoblogjapan/1959_b_4510994.html
突然のニュースだった。キューバとアメリカが国交を正常化に動くという。様々な報道を読んでみると、レイムダック状態のオバマ大統領の最後の実績作りとも見えるし、キューバから見れば、経済の建て直しの絶好のチャンスと見えるし、長期的に水面下で交渉が進み、しかもバチカンが関与していたらしい。なかなか興味深い。

議会の多数派である共和党や、フロリダに多いキューバからの反カストロ派の亡命者の反対も大きそうなので、もちろん一気に進むはずはないと思うが、長年対立していた両国が和解することに意義は大きい。

私はキューバに行ったことはないが、古いアメリカ車がいまだに修理されながら走っている反米国という、極めて珍しい国であることは有名だ。また旅行者は米ドルが使用されているというのも逆説的で面白い。

今日、来週行うアクティビティとして、ESDのクイズをつくっていた。HDI(人間開発指数)の数値を調べていると、キューバは開発途上国のカテゴリーながらHDI高位国に位置していることがわかった。ラテンアメリカでは、チリ、アルゼンチン、ウルグアイに続いて4位。メキシコより上である。おそらくは、社会主義体制の下、教育や医療制度が充実しているからだと思われる。1人あたりのGDPは、世銀統計で80位($5596)、はCIA統計では91位($5009)となっているからだ。メキシコよりかなり低い。

キューバの人々は、おおむね歓迎しているようだ。特に同じ反米国だったベネズエラからの石油供給が先細りしている中、投資が進み豊かな生活を享受できると思っているようだ。

しかし私は、この国交正常化は、キューバのグローバル化への扉を開くもので、決してメリットだけではない、デメリット(特に経済格差の拡大)も多いと思うのだ。特に教育や医療の恩恵が守られるかどうかは判らない。カストロの社会主義が絶対的善だとは思わない。だが、…。

両国の和解の意義は大きいが、果たしてどうなることか。私はキューバ側からもこの動きを見ていきたいと思う。

2014年12月18日木曜日

ミッドウェーの生き残り 瀧本氏

空母飛龍 http://blogs.yahoo.co.jp/okiwindom/24900980.html
現在、本校は耐震工事の真っ最中である。5年前に耐震工事をして綺麗な釣り天井があった講堂も、その撤去工事で今は使えない。で、近くの大東市のホールに現地集合で年末人権週間恒例の人権講演会が行われた。今回の講演会は、大阪市在住の瀧本邦慶氏による戦争体験を聞くことになった。

瀧本氏は今は亡き母と同じ大正10年(1921年)生まれだから93歳。17歳で海軍に入隊し、新兵いじめを受ける。これを逃れるには試験を受け、専門的な力を身につけるしかないと、航空整備兵となる。ミッドウェー海戦に従軍。空母・飛龍に乗り込み、九死に一生を得る。さらにトラック島基地へ。空襲で基地が壊滅し、飢餓生活を送るが、レイテ島への転勤命令を受け、ここでも九死に一生を得た。内地の基地でも、空襲を九死に一生を得て生き延びた。そういう奇跡的な偶然の中で、生かされているという意識が、若い世代に戦争体験を語る活動を続けさせているのだ、とおっしゃる。

第一声にびっくりした。これが93歳とは思えない。大きな声である。しかも、約2時間、水の補給もされないまま、熱心に語り続けられた。「矍鑠」(かくしゃく)という言葉は、瀧本さんのためにあるような気がした。生き延びた人間の定めともいうべき鬼気迫る講演だった。瀧本氏の様々な体験については、ここで詳しく記すのは、あえてよそうと思う。是非ご本人の言葉で聞いていただいたほうがいいと思うのだ。やはり平和教育といっても、実体験に裏打ちされた話にまさるものはない。すばらしい講演会だった。

ただ、空母の格納庫とか、駆逐艦とか、魚雷とか、瀧本氏が語る話に出てくるキーワードは、おそらくは生徒は知らないだろうなと思った。「空母赤城」と聞いて、プラモデル的な艦影が湧き上がる我々の世代とは大いに異なるからだ。うちのクラスの連中に聞いてみたら、案の定だった。少しばかり解説しておいた。ちなみに、私の息子と同じ年齢のI先生に、「格納庫ってわかってたか?」と聞くと、「それくらい、知ってますよぉ。ガンダムで出てきます。」私は、思わず後ろにのけぞったのだった。(笑)

でも、瀧本氏の言わんとされたこと、戦争の悲惨さ、国家権力の非情さ、若者への熱い想いは十分伝わったと思うのだ。

瀧本さん、今日はありがとうございました。あなたのお話に感動して泣いていた3年生の女子もいました。ここにそのことを書き添えておきます。いつまでもお元気で。多くの若者に貴重な戦争体験を語り続けてください。

2014年12月17日水曜日

LHRで「チョコフォンデュ」

LHRで、チョコフォンデュをメインにしたパーティーをしたいと、先日生徒から申し入れがあった。知らないうちに、参加費(200円だったそうだ。)を集め、お菓子や飲み物とともに、チョコフォンデュのマシンも4台そろえて、ビンゴゲームも楽しんでいた。私は、成績伝票のこともあったし、そもそも糖尿病なので、チョコフォンデュなんてとんでもない。副担任で、このところ朝夕のSHRに一緒に来てもらっているY先生(来春から中学校で新任教員となる予定)に代わりに食べてもらった。(笑)

実は、期末試験一週間前にクラスを揺るがすような状況が起こったのだ。生活指導部が、遅刻した生徒に早朝登校(と、言っても8:20までに、だが。)を課している。3日連続でクリアしないと永遠に続くシステムである。遅刻が多くなったのに業を煮やした生活指導部が、中間考査以後、職員室の出欠黒板に青いマグネットシールに名前を書いて早朝登校指導中の生徒名を貼るようになったのだ。我がクラスでは、それがたまりにたまって11名。欠席者・遅刻者の名前と合わせて、エリアがいっぱいになってしまった。

そもそも、私は少々の熱や体調不良なら遅刻してでも出席するよう指導している。2年生の時、欠席の多かった女子も多く抱えていたし、それはかなり功を奏していた。だから他のクラスより遅刻が多くなる。「よく来たなあ。」という遅刻も多いのだ。しかし、これだけ溜まると、どんな悪いクラスなのか、と思ってしまう。で、SHRでこう聞いたのだ。「あの時の誇りはどこへ行ったのか。」文化祭で、優勝できなかったものの、我がクラスでよかったと皆、泣きながら感想を述べた。たしかに、私の教員生活の中でも最もいいクラスになるかもしれないと私も誇りに思っていたのだ。

幸い、皆の心に響いたようで、期末考査の前には、全ての青いマグネットは綺麗に消え去った。だが、今日まで、私は手綱を緩めなかったのだ。部活を引退し、イベントも終わり、進路も決まった生徒たちは気が緩みがちだ。残る高校生活はあとわずかだ。楽しくやるときは楽しく、自由にやらせたい。だが、ケジメだけはちゃんとつけさせたい。そう思っている。

今日は、事前に家庭科の調理室で、チョコレートを溶かす段取りを生徒がしていた。必要な鍋も生徒が持ってきていた。昼休みに調理室に集まって用意していた。「女子、手伝って!」と言ったらしく、全ての女子が来てしまい、家庭科のT先生に「人が多すぎる。邪魔!」と叱られたのは、我がクラスの女子全員の真面目さの表れだと思う。5時間目は第一体育館で、学年全体で総合学習。自転車の安全指導クイズ大会だった。当然、遅刻者なし。パーティーの最初だけ顔を出して、写真を撮り、Y先生にタッチして、最後にまた顔を出したら、すでに手際よく後始末を全員でしていた。誰もが自分に出来ることを考え動いていた。ゴミは、リーダーたちが持ち帰ると言う。うむ。これでこそ4組である。

男女のリーダー群は、よくやっていた。手綱を緩める気はないが、明日はちょっと褒めてあげようと思っている。

2014年12月16日火曜日

ケニア人生双六の新展開

今日は、世界史Bが4時間ある日だ。その全てを私の代表的オリジナル・アクティビティ「ケニア人生双六」で乗り切った。10年以上このアクティビティを実践しているが、さすがに1日に4回もやったのは初めてである。(昨日も我がクラスで実践した。)

最初にケニア民族カードを使ってグループ分けする。机に1枚ずつ伏せて置いていく。少し説明して、「日本語禁止。英語も禁止。仲間をさがせぇ。」と言って、テーブルベルをチーンと鳴らす。あちこちで大声で、各民族の挨拶が叫ばれる。元気な男子たちだ。いつもながら盛り上がる。こういう儀式的な始まりはなかなか効果的だ。さらに今回は、キクユやルオーなどの特徴も教えた。「キクユは最も多い民族で素直で素朴な人々だ。独立の時中心になって頑張った。」、とか。「だが、最近はルオーとは仲が良くない。ルオーは成人になるとき、前歯を抜くんだぞぉ。」(故ピーター・オルワ氏は、ルオー人で、それが嫌でナイロビに出てきたのだ。)「マサイは、先日オリンピックを開いた。垂直とびが凄いし、走るのも早い。ベリーロールで背面とびくらいの高さを飛べる。もし、マサイが独立戦争で中心になっていたら、マサイがケニアを握っただろうと言われている。(これもピーター・オルワ氏の話。)それくら強いし、尊敬されている。」などなど。そんななかなか盛り上がるのだった。

ゲームは、毎回盛り上がる。今回は、終了後、リサーチを黒板でしてみた。小学校に行く前に死んでしまったのは何人?小学校に行けなかったのは?中退者は?中等学校まで進学できたのは?大学卒業者は?40人のクラスが多かったので、%を計算するのは容易だ。文Ⅰのクラスもちょうど25人だったので問題ない。だいたい私が参考にした2003年の統計に近い数字が出る。エイズにかかった人数もだいたい近い%だった。

ゲーム中、「死んでもた。」「エイズやあ。」「肺炎?」とかワイワイ騒いでいた生徒も、シーンとなる。毎回言うのだが、「このゲームをやって、ああ日本に生まれてよかった。」という感想は勘弁して欲しい。ケニアの人々は、こんな苦労の中、自然に生きていることを伝える。今日は、小学校ではスワヒリ語を教えているとして、少しスワヒリ語を教えた。ジャンボ。ハバリガニ。ムズリサナ。握手の仕方も教えてみた。ハクナマタタ、アサンテサーナ。これくらいでも、ケニア・タンザニア・ウガンダの人々と会ったとき大喜びしてもらえるのだ。中等学校では、なぜ英語で授業するのかも教えた。この学歴による、民族語・スワヒリ語・英語というヒエラルヒーはケニア社会理解のキーワードだ。

最後に、こんな話をした。ケニアでの体験である。ケニアの田舎町のスーパーマーケット。私は外でタバコを吸っていた。そこにガードマンらしき二人の青年が「どこの国から来たのか。」と聞いてきた。「ジャパンだ。」と言うと「おー、トヨタ!」「SONY!」と喜んでくれた。「タバコ、吸うかい?」と聞くと、喜んだ。であげようとすると、1本でいいという。二人で回して吸い出した。私としては2本あげたかったのだが、それでいいのだという。豊かさや効率の中で生きている我々にとって、欲望は拡大する一方だ。だが、彼らは友と分け合う。日本は豊かだが、このような心の豊かさがアフリカにはある。ケニアの人々は、様々な苦労があるけれども、自然に、そして心豊かに生きていることを知って欲しいと結んだのだった。

*ケニア人生双六の詳細画面については、2011年4月26日付ブログ参照

2014年12月15日月曜日

TIME 今年の顔

新聞各紙で、今年のTIME誌の「今年の顔」に、エボラと闘う医療従事者が選ばれたことが載っていた。私も文句なしで賛同する。彼らほど英雄的な今年の顔があろうか、と思う。身の危険をかえりみず戦う彼らの姿に感動するのは私だけではあるまい。

何度か書いたが、構造的暴力が吹き荒れる西アフリカで、構造的暴力をふるう側から、人道と正義の戦いを繰り広げているのが彼らである。もちろん現地のメンバーもいるだろうが、国境なき医師団をはじめとした先進国から現地に飛んだ彼らの戦いは賞賛に値する。

アメリカを代表するTIMEが、彼らを今年の顔に選んだのは極めて賢明である。いくら反米を唱える人であっても、この選択を支持するだろうと思う。蛇足かもしれないが、オバマ政権が最後のチャンスに、CIAのテロ容疑者への拷問の事実を公表したことに、私は敬意を表する。レームダック状態のオバマ政権の共和党攻撃という側面はあるものの、やはり民主主義の国である、という信頼感を取り戻すものだろうと思うのだ。もちろん、その拷問という事実は許されるものだとは思わないし、反米の人々はさらに反米化するだろう。だが、国益をさしおいても公表した勇気には拍手である。

2014年12月14日日曜日

世界史B期末考査の追加問題

世界史Bの期末考査のことを書きたい。本校の生徒は、ほぼ中くらいの学力である。伸ばせば伸ばせれるのに、思考力を伸ばすことより、丸暗記を要求する授業が多いのが実情だ。定期考査の監督をしているとよくわかる。もちろん、社会科だから暗記抜きでは語れないが、やはり私は思考を要求したい。だから、試験前に学習し、提出するプリントには、解答を出さない。生徒は、まずこのプリントを完成させるのが大変だとよく言う。試験前に質問にくる生徒は多い。

ところで、今回の期末考査が、事実上の最後の試験であった。範囲はWWⅡ以降の現代史である。語るべきことは莫大にあるが、以前(11月14日付ブログ参照)エントリーしたように、二極化・多極化の話の後、イラン革命以後のイスラム復刻主義と欧米社会の対立の構図を構造的暴力として締めくくった。

試験を印刷した後だったのだが、ベルギーのブリュッセルで行われた「イスラム国への有志連合」(12月4日のブログ参照)の報道を受けて、急遽追加の問題を解答用紙に作成し刷り直した。およその有志連合の状況を記した後、この記事から読み取れる内容を汲み取るという問題だ。全てを記述にすると、おそらく何も書けないだろうから、以下のような文をつくり、空欄にあてはまる適語を求めた。

アメリカは、イラク・シリアのイスラム国に空爆を行っているが、(    )のPKO以来、(     )を恐れているから、地上戦を行っていない。

アラブ連盟(アラブ人の諸国の国際組織)が有志連合に参加しているのは、イスラム国の(    )を認めていないということである。

ドイツが、クルド人支援にあたっているのは、クルド人が多く複雑な事情を抱えている(     )とのつながりが強いからだと思われる。

残念ながら、正解率は低かった。世界史Bを学ぶ意味は、このような報道をこれまでの歴史から分析する材料を得ることだと私は思うのだ。ちなみに、正解は、最初の文は、ソマリア、アメリカのママもしくは国益に繋がらない兵士の死、世論でも正解。次の文は、国語的には独立で十分だが不正解。主語がアラブ連盟なので、ここはカリフと書いて欲しいところ。これらは授業で話してある。最後の文には、トルコが正解。WWⅠの3B政策を念頭において解答して欲しいところだ。

生徒には、最後の試験だったから、と追加問題の解説とともに、考える世界史の学習の意味を話した。グライダーではなく、プロペラとエンジンのついた飛行機たれ。自分で考える存在たれ。

次の授業から、ESDのアクティビティに入る。今日の画像はその導入に使うケニア民族カード。これを使って、挨拶をしながらグループ分けを行うのだ。思考力をのばす社会科を最後まで追及したいと私は改めて思っている。

2014年12月13日土曜日

ガンバ大阪三冠をデジタルで見る

ガンバ大阪三冠の立役者 長谷川監督
http://mrs.living.jp/osaka/
town_news/article/1395374
先週の土曜日に、義姉からデジタルTV(30インチ以上あると思われる)をお下がりでいただいた。今まで、30cm四方ほどのブラウン管のTV(もちろんアナログである。)しかなかった我が家だったのだが、一気にTVが綺麗に、そして大きくなった。今時、何を言っているのかという話なのだが、小さなアナログを見ていたからこそ気づくこともある。それは、画面に文字が多くなっているということだ。当然、私が今見ているくらいのTVなら十分読めるのだが、以前の小さなTVでは、小さすぎてよくわからないのだった。ニュースの時など、何処の映像なのか文字で映し出されているのだが、全く読めなかった。夫婦で、「何処や何処や?」と画面に近づいて見ていたくらいだった。それが、今は十分見える。

ところで今日は、ガンバ大阪の天皇杯決勝である。地元としては是非とも三冠を目指してもらいたかったので、LIVEで応援していた。長谷川健太監督も清水時代から大好きな選手だったし。

大きなデジタルTVでは選手の顔が良くわかる。遠藤が何処にいるのかわかるのだ。凄いなあ。あらためてデジタルの凄さを実感したのだった。(笑)ワールドカップをこのTVで見たかったよなあ。

我が家は、電化製品に対して恐ろしく淡白である。必要最小限しか支出しない。ビデオもDVDもないし、ステレオもない。TVも、もし義姉からもらえなかったら、きっと潰れるまで使っていたように思う。

ところで、試合のほうは、応援していたガンバ大阪が勝った。山形もいい試合をしてくれた。決勝戦にふさわしいいいゲームだった。今年の冬は、このTVでラグビーの試合を楽しみたいと思う。ささやかな幸せである。

2014年12月12日金曜日

ビブリオバトル

http://feature.daily-tohoku.co.jp/biblio/biblio.htm
学級日誌を読んでいると、授業でどんなことを学習しているのかがよくわかる。このところ、現代文の授業では、「ビブリオバトル」をやっているそうだ。要するに自分が読んだ本を紹介する授業らしい。我がクラスでも、抽選で順番が決められ、5分程度で語るのだという。毎回誰のがよかったか決めていくんだとか。どんな本が紹介されたのか興味があったので、聞くと漫画だったりする。どうやら漫画もOKらしい。どちらかというと、読む・書く・話すのうち、「話す」に力点を置かれているようだ。

期末考査の試験を返却して、答え合わせをした後、残り時間を使って、私もビブリオバトルに挑戦してみた。紹介した本は、「風をつかまえた少年」である。(2011年1月7日・13日・14日ならびに2月6日のブログ参照)次の時間からは、ESDのアクティビティをひたすら行っていく。まずは、私のオリジナル・ゲームの中でも代表的な作品である「ケニア人生双六」(2010年2月22日付ブログ参照)からである。その導入として、マラウイの少年の向学心と家族を思う気持ちなど「アフリカから学ぶこと」はたくさんあるということを伝えたかったのである。

意外にも、生徒は真剣に聞いてくれた。ある生徒が、「その本の話、ビブリオ・バトルでそのまま使わして欲しいです。」と言ってきた。彼なりの好印象の表現であると思う。

…私は一言。「あほか。自分で本を探せ。」(笑)

このビブリオバトル、京大が発祥の地らしい。なかなか面白い学習方法だと思う。
http://www.bibliobattle.jp/

2014年12月11日木曜日

今再び広島県警に教育権を問う

広島県警 M署
昨日、極めて不愉快な学校に電話があった。広島県警のM署の刑事課長を名乗る男からであった。おそらく、二ヶ月前に広島県警のHPに苦情を書き込んだので、その結果がやっと出たのだろう。私のクラスの生徒(自転車盗難の被害者)の教育権を無視した強引な電話をしてきた首魁であろう。(本年10月11日付ブログ「広島県警に教育権を問う」参照)

てっきり陳謝するのだと思っていたら、被疑者の状況を長々と説明した挙句、「(こちらでは)ご理解いただいています。」と自己正当化するだけだ。「教育権というものを、あなたは知っているのか?」と聞くと返事はなく、「ご理解いただいています。」としか言わない。全く馬鹿馬鹿しいやり取りだ。こちらは期末テストの採点で超多忙、相手にしていられないので電話を切った。

「先日はご迷惑をおかけしました。生徒さんによろしく。」とだけ言えばいいのではないか。全く持もって、人間として無知で非常識である。謝罪する気などないのである。

国家権力を握っていると何でもできるという傲慢な姿勢。帰宅後、再び広島県警のHPに書き込みをしておいた。M署ならびに広島県警は、刑事課長といったような幹部にも教育権をはじめとした人権の教育をしていないらしい。私は、広島在住の知人もたくさんいるが、広島のイメージは著しく損なわれた。はっきりとそう書き込んでおいた。不愉快かつ時間の無駄なので、もう回答はいらないとも記しておいた。

広島の皆さん、広島の学校では、自転車を盗難された生徒に10月11日付ブログにあるように教育権を放棄して授業中でも警察からの電話に出させるのですか。それを当然のことと、理解しておられるのですか。そうならば、是非コメントをください。大阪では全く考えられません。

2014年12月10日水曜日

モザンビークの炭鉱鉄道に投資

http://www.jogmec.go.jp/library/
recommend_library_10_000004.html
3日連続で、日経の記事のエントリーとなった。(笑)モザンビークで、三井物産がモアティゼ炭鉱の開発とこれをナカラ港へ運ぶ鉄道事業に投資するそうだ。現在ブラジルのヴァーレが開発を進めているが、これらに事業参加(炭鉱の14%・鉄道・港湾の35%の権益を取得)するという。

現在、石炭の国際価格は決して高くない。だからこそ買い時なんだとか。モアティゼ炭鉱は製鉄用として良質らしく、モンゴルと並ぶ石炭のラストフロンティアらしい。貨物鉄道(全長912km)は、途中マラウイの国境を超え、最短距離で炭鉱とナカラ港を結ぶ。支線は、ザンビアにも延びているという。10年後には沿線の物産は10倍にもなるとか。石炭価格のリスクを貨物線と港湾の収入で回避しうるらしい。

…まさに、モザンビークの国づくり(マラウイにも関係するだろう)に、大きく関与するプロジェクトである。単に利潤を得るだけでなく、グッド・パートナーとして持続可能な開発を進めて欲しいと思う。ナカラ港には、国際経済回廊が伸び、しかも、北部の農地はいわくつきのブラジルと日本の農業開発が行われる。あくまで、モザンビークの人々が豊かになることを心から祈りたい。

ところで、国際面には、こんなニュースも載っていた。洪水と干ばつで、今モザンビークは食料価格が高騰し、危機的状況にあるのだという。これに日本政府が、TICADでの公約どおり、6億2000万円の無償資金提供するそうだ。あまりに三井物産の投資と、タイミングが合いすぎるような気もするが、必要な支援ならば躊躇なく行うのは当然だ。

この資金で、米などの食料をうまく輸入しつつ、高騰を抑えていくことになるだろう。現在、JICAもモザンビークをかなり重要視しており、ガバナンスも含めた緊急支援することになると思う。「市場を飼いなら」してこそ、血税がモザンビークの人々への”生き金”となるはずである。

2014年12月9日火曜日

日経 池上彰の理系と文系

大岡山の東工大
http://townphoto.net/tokyo/ookayamaeki.html
8日の日経朝刊の池上彰の「大岡山通信」が面白かった。池上彰は東京工業大学の講義をもっている。「大岡山」というのは東工大をさすわけだ。理系と文系のちがいについて書かれていた。言うまでも泣く、東工大は理系の学生ばかりである。ここで、先日の7月~9月のGDP成長率下降は民間の在庫問題であると言うと、その計算式を教えて欲しいいう質問が出てきたそうだ。文系の私などは、そういう計算式より、その結果をどう捉えるか、さらにその後の対策をまず考えてしまう。もちろん、文系の池上彰も同じ考えのようで、理系は研究者だが、文系は経営者だという。…なるほど。

分子生物学会のコーディネーターをやった時のこと。理研の問題を取り上げたが、多くの理系の人々は、責任は研究者にはない。理研の責任者は辞任すべきではなかったが、あれだけ問題が大きくなったからやむをえなかったのだろう、というのが大勢の意見だったという。池上彰は、文系のマスコミと理系の研究者の間の思考方法方の大きな溝を説く。文系の発想では、理研の責任者は研究者とはいえ、経営者である。この発想が根底から異なるのだった。

…確かに、理系と文系では発送が全く異なる場合が多い。高校でも、特に理工学部出身者の数学や理科の先生(教育系は理系といってもかなり純度が低くなる。)は、やはり理系だと感心することが多い。特に数学の先生は、何事においても最初に答えを持っていることが多い。演繹的である。理科の先生も、物理や化学の専門家には、そういう演繹的なところがある。私などは、文学部出身のバリバリの文系だから、答えをいくつも想定する。社会科学の徒はそんなに答えは多くないが、人文系ならさらに融通がきくというわけだ。(笑)面白いなといつも思っている。実は、私は案外理系の先生と気が合うのだ。発想方法が違うからかもしれない。

2014年12月8日月曜日

日経 JICA債の広告

JICA債というのがあるそうだ。恥ずかしながら初めて知った。そもそも私のような貧乏教師には縁のない投資の話である。今日の朝刊に大々的に1P使った広告が載っていたのだった。上部は、JICA理事長のインタヴュー記事であった。

JICAのHPを改めてみてみると、リテール(一般消費者への小売)向けだそうだ。発行額は100億円、5年もの、利率0.15%で申し込み単位は10万円だということだ。これなら、私も買えない事はない。

国際協力で儲けようなどとは、私には考えられない。JICAに資金を出せたらそれでいいような気がする。

とはいえ、そんな余裕がないのが実情。とりあえず、リタイアしてから考えることにするか。

http://www.jica.go.jp/press/2014/20141010_02.html
http://www.jica.go.jp/investor/index.html

2014年12月7日日曜日

角川文庫「廃藩置県」を読む。

角川ソフィア文庫の「廃藩置県~近代国家誕生の舞台裏」(勝田政治著・H26年10月25日発行)を読んでいる。比較的薄い文庫本であるが、純然たる学術書である。ところが、この本、なかなか面白い。他の本と併読しながら、ようやく、廃藩置県断行のところまできた。

以前前任校で日本史Bを教えている時、廃藩置県についてエントリー(10年10月29日付ブログ参照)した。話として面白いのは、西郷に山縣有朋が説得に向かう場面なのだが、この本でも書かれている。ちょっとホッとしたのであった。大佛次郎の「天皇の世紀」もまた司馬遼太郎的な学術的な問題を含んでいるのではという疑義を私はちょっともっていたのだった。

学術的に書かれている廃藩置県は、版籍奉還以来、小藩を中心に、府藩県三治体制(全国が旧藩と旧徳川家天領などの府・県といった明治政府直轄地に分かれていた。)の中で財政的にかなり窮乏していたことがまず書かれている。戊辰戦争の戦費や明治2年の東北の大凶作による米価高騰などが藩の財政を圧迫していたらしい。以来、府藩県三治体制をめぐって、新政府と各藩は様々な議論を行っている。しかしなかなか前に進まなず政治空白が続いていた。

そんな状況に業を煮やしたのが、長州藩の鳥尾小弥太と野村靖である。鳥尾は奇兵隊出身で文部省の官員、野村は松下村塾出身の尊王攘夷運動家で、政府には入っていないが長州の軍制改革に関わっており、両名とも軍制に関与していた。両名は山縣有朋に、時事を論じ「郡県の治(廃藩)」を実施すべきだという意見をぶつけた。山縣は即座に同意し、木戸に廃藩論をまずもちかけ、その後西郷にアタックするという手順を踏むことにした。当時この二人は参議であったからだ。

木戸には、井上馨から話をしてもらうことに3人は決した。井上には鳥尾と野村が説得に行くことになる。「今日は国家のために来た。同意しないなら刺し違えるか首をもらうかする」と迫ると、井上は「国家のために、そこまで言うとは、廃藩立県のことか。」とズバリ指摘したという。大蔵省の井上からすれば躊躇せず同意する話だったのだ。木戸も井上の話に同意。長州は一気にまとまった。著者の推測と記録を照合すると7月4日から6日というたった3日間の話である。

西郷に山縣が会い、同様に命がけの説得をするのも6日。この内容は、山縣の回顧録「公爵山縣有朋伝」によるものらしい。西郷は、山縣の来訪を受けて、その日に大久保のところに同意を取り付けに行っている。政治的空白に嫌気がさしていた大久保もすぐ同意。9日に木戸・西郷・大久保と西郷従道・大山巌、山縣・井上の7名が秘密会議を開く。その後、木戸・西郷・大久保の会議が何度か開かれ、三条実美と岩倉具視に打ち明け、14日には廃藩置県の詔書が皇居で知藩事(旧大名)に読み上げられるセレモニーが行われている。

それまでの府藩県三治体制をめぐる政治的空白が生んだとはいえ、凄いスピード決着である。歴史を動かす革命と言うのはこういうものなのだと思う。

2014年12月6日土曜日

アフリカSDゲーム2014

期末試験が木曜日から始まっているのだが、私の試験は最終日なので、ひたすら政治経済で実施予定の新ゲームの準備をしていた。夏休みにある程度、構成しておいた(本年8月14・15日付ブログ参照)のだが、微調整を繰り返していた。シミュレーション・ゲーム製作の最大の難しさは、数値設定である。今回はそれを克服するアイデアを思いついた。

今回のゲームのボード上には、人口P(ポイント)や農業生産P、商工業Pと、各地域(農村・乾燥地・森林)の格差Pが増減するようなマスがある。スタート時からあまり大きな増減があると、ゲームが成立しない。だが、今回は、何度もこのゲームで授業を進めていく予定である。後半戦では、ある程度その増減の数値を上げなければ、ゲーム性に支障をきたすだろう。そのジレンマを「ラッキーカード」「どっきりカード」の内容で変化させることにした。
本来なら、カードを一々作るところだが、Aから10までのトランプを使うことにした。ラッキーカードは、クローバーはハートなどの4種類の選択、どっきりカードは1から10の数字を選択し、授業ごとにその一覧表を変えるのである。この一覧表は、前回のSDゲームでも使用したアイデアである。細かなアフリカの出来事(砂漠バッタの被害が出たとか、遊牧民どうしのレイディングで被害が出たなど)が書かれている。Pの増減が示されているが、内容と共に変化させるのだ。

前回のSDゲームの最大の問題点は、ゲーム性であったと私は思っている。今回のSDゲーム2014は、同じ条件で各グループがゲームを進め、レント(鉱産資源の収入)をもとに、良きガバナンスを行いながら国家経営を行い、最も人口P-農業生産P+商工業Pが高く、各地域の格差が少ないチームが優勝ということになる。ほぼ生徒用のマニュアルも報告書も完成した。

情報処理のM先生に協力してもらい、A3の大きさでボード、B4でガバナンスボードを、それぞれカラー印刷してもらった。教務課のH先生にダンボールをわけてもらい、スプレー糊で貼り付けた。あと残る作業は、新しい札(やはりお札があるとゲーム性が高まる。鉱産資源のレントはM:マネーという仮想の通貨にした。)と報告書の印刷である。

新ゲームの名前は、迷いに迷ったあげく、ブログでの実践報告に便利(ラベルはアフリカSDゲームに同居)なので、「アフリカSDゲーム2014」とした。(笑)

2014年12月5日金曜日

コンゴ ブラザビルの「サプール」

http://sworldnews.com/sapeurs-congo/
NHKの”地球イチバン”は、最近お気に入りの番組である。昨夜は、コンゴの「世界一服にお金をかける男たち」だった。コンゴというと、コンゴ人民共和国のイメージが強いが、この番組で取り上げていたのは、もうひとつのコンゴ共和国の方である。コンゴは、昔私が小学生だった頃は、コンゴ+首都名で区分していた。面積の広いほうがキンシャサ、狭いほうがブラザビルというふうに。旧宗主国(ベルギーかフランスか)が異なる故だが。コンゴ民主共和国は一時ザイールとなったのでわかりやすかったのだが、今は民主がつくかどうかで区別される。どちらかというと、ブラザビルのほうは、マイナーである。だから、今日のタイトルは首都名にしたというわけだ。

実に面白い内容だった。コンゴには、「サプール」と呼ばれるおしゃれで優雅な紳士がいる。普段は、電気工事士だったり、家具屋だったりする普通の男たちなのだが、土日になると、ブランドのスーツに身を固め、気取って街を歩くのだ。それを街の人々は誇りに思い、その姿に拍手する。映画館もない、ダートの道の街角で、アフリカらしいマルシェ(市場)で、彼らはエンターテーナーとして、様々なポーズを取り、見栄を切る。無茶苦茶面白い。しかも、その姿は、ほんと惚れ惚れするほど格好いいのである。三色以内にコーディネイトするのが、エレガントなのだという。

暗闇を照らす明かりのような存在、それが「サプール」なのだと彼らは言う。

この「サプール」、90年の歴史があるそうだ。コンゴも以前内戦に見舞われた。この時、「サプール」は存在の危機に立たされた。内戦の時も、服こそ己を主張する武器である、サプールは銃を持たないと、平和主義を貫いた男がいる。「サプール」は平和主義のシンボルである。自由を服で表現しているそうだ。単なるおしゃれではないのだ。

サプールになりたい、服を買いたいという一心で、喧嘩ばかりしていた青年が仕事を見つけ、サプールとしてデビューする話が後半のメインだった。師匠は、彼に様々な厳しい指導をしていく。美しい所作、人との距離は人を敬う姿勢。自分を信じ誇りを持つ。人としてどう生きるか。そして師匠は、デビューにあたって彼にイタリア製のスーツを贈る。それが国のためになると師匠は言い切る。サプールを通じて若者を育てていくのだ。、と。まさに、”おしゃれ”という次元を超えて、「サプール道」になっているのだ。

サプール、それは「上品な着こなしをする平和的人間」のブランス語の頭文字をとった名前だという。美意識を磨き、その服の品位にまけない自分をつくる、それが内戦を乗り越えた平和主義者の「道」だったのだ。

…私は、全くおしゃれに興味はない。だが、彼らの言う服の品位、美意識はよく理解できる。スーツで決めた男の美学。フランスの香りがするが、その本質は極めてアフリカ的な潜在力、在来知であると思う。すでに、京大で研究している人もいるのかな、と思ったりする。

http://www4.nhk.or.jp/ichiban/x/2014-12-04/21/19531/

2014年12月4日木曜日

対IS 有志連合の呉越同舟

http://www.groundzeromedia.org/for-whom-
the-bell-tolls-amragiddy-about-armageddon/
日経でも毎日でも、ブリュッセルで行われた「対イスラム国有志連合」の外相会議のニュースが大きく掲載されていた。59カ国・地域が参加したとのこと。毎日新聞によると主なメンバーはアメリカ国防省の資料では次のとおり。

イラク空爆 米・仏・デンマーク・ベルギー・オランダ・英・豪・カナダ・モロッコ(予定)
シリア空爆 米・サウジアラビア・カタール・ヨルダン・UAE・バーレーン
クルド人への武器援助 ドイツ・イタリア・チェコ
理解・支援 日・韓・台湾・エジプト・イラク・ウクライナ・アラブ連盟・EU・NATO

EU・NATOはともかく、アラブ連盟というなつかしい国際組織の名前が出てきた。上記の国以外ではアルジェリア、コモロ、ジブチ、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、オマーン、パレスチナ、ソマリア、スーダン、チュニジア、イエメンである。(シリアは資格停止中)有志連合が59カ国というのなら、ほとんどのアラブ連盟・加盟国が数に入っているのあろうと推測される。でないと、数が合わないからだ。

とはいえ、この59カ国のスタンスは、かなり違う。イスラム国撲滅という目標は共有しているものの、イラクのクルド人問題や自国の石油利権、スンニ派とシーア派の対立、シリア内戦でのアサド政府の是非など、各国の利害は複雑に入り乱れている。

世界の警察を降りたアメリカ。とても自国のみでは戦費を賄えないし、なんとか合意できる最大公約数を作ろうとしているようだ。

シリア空爆は、アラブ連合内の湾岸諸国が、イラク空爆はヨーロッパとアングロサクソンが、クルド人支援は、最も難しい立場にあるトルコと縁の深いドイツが担当するという構図が見えてくる。それを取り巻く理解・支援グループに、韓国・台湾といったアメリカと安保条約を結んでいるグループの一員として日本が入っているわけだ。きっと湾岸戦争のごとく、資金面の支援を求められるんだろうなあ。

ここにきて、イランがF4でイラクのイスラム国地域へ空爆を行ったという情報が入ってきた。さらに全く違った立場の有志?が参加してきた。

まさに、WWⅡの時の対ファシズム人民戦線というか、呉越同舟。
…誰がために鐘は鳴るのだろうか。

2014年12月3日水曜日

京大公開講演会のフライヤー

帰宅したら、京大アフリカ地域研究資料センターから、公開講演会のフライヤーが届いていた。「現代アフリカの暴力を考える~大規模紛争からテロリズムの時代へ」と題して、白戸圭一氏の講演があるらしい。来年の1月24日(土)である。久しぶりに稲盛財団記念館へ行くことになった。

実は、白戸圭一氏のフライヤーに載っている著作の二冊「ルポ資源大国アフリカ」も「日本人のためのアフリカ入門」も書店で手に取ったことがあるが、読んでいない。これを機会に読んでみようかなと思う。

最近のアフリカの紛争は、ボコハラムやアルシャバブに代表されるテロリズムに変化しつつある。日本で報道されていないものもたくさんあるだろうし、一概には言えないのだろうと推測する。この講演会は、日本学術振興会の補助金で京大が進めている「アフリカの潜在力を活用した紛争解決と共生の実現に関する総合的地域研究」の一環である。したがって、フライヤーに書かれている「アフリカ社会の紛争解決方法の限界と希望」について、私も是非聞きたいと思う。

http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/

2014年12月2日火曜日

突然にアルメニア

アルメニアの風景 ノアの箱舟の着地点と言われるアララト山
http://www.telegraph.co.uk/travel/destinations/europe/georgia/10623968/Georgia-and-Armenia-a-spiritual-journey.html
職員室で、急に国語の先生から、「アルメニアってどこにありますか?」と聞かれた。「カスピ海と黒海の間です。コーカサス地方ですね。」と答えた。「教材に出てくるもので…」なるほど。

と、いうわけで突然アルメニアの話である。私がアルメニアという国を初めて意識したのは、実はニューヨークである。移民の玄関口であったエリス島に、アルメニア人移民のことが展示されており、アメリカにはアルメニア系の人々が多いことを知ったのだ。第二のユダヤ人のような印象だった。帰国後調べてみたら、東ローマ帝国の崩壊後商工業の担い手として各地に離散、独自のネットワークをもち、アイデンティティを守ったのだ。彼らの信仰するアルメニア正教(かなり古いキリスト教の一派で、三位一体説を採らない。)は、カトリックやプロテスタントとはかなり教義も雰囲気も違うのだ。なるほど、ユダヤ人のディアスポラと似ている。

アルメニア正教は、エレサレムの聖墳墓教会をカトリックと二分して管理している。実際、エレサレムではアルメニア正教の教会に旧市街で最初に行った。息子のお気に入りだというその教会は、観光色のない教会で、礼拝時間にしか入れない、完全に聖なる信仰の場であった。しかし正教徒のロシア人観光客がバシバシ写真を取っていて、異教徒の我々はびっくりしたのだった。正教は、かなりオドロオドロした雰囲気だし、香を思い切り焚くし、ロシア人には日常的でも、我々には極めて非日常的な空間だった。

アルメニア人と直接話す機会もあった。JICA大阪に来ておられた研修員の大学教授で、博物館の展示方法を日本に学びに来ておられたのだ。高校生セミナーでの交流の機会であったが、前任校の生徒たちはアルメニアは、完全に未知の国だったので、私がもっぱらお相手した。通訳は生徒だったが…。(笑)

たしかに、日本とアルメニアは関係が薄いし、世界史でもこの辺はあまり教えない。地理でもそうだ。でも、行ってみたいな、と私は思っているのだ。

2014年12月1日月曜日

明雄さんの想いがこもった新男米

鉄腕DASH HPより 在りし日の明雄さん
昨日の「鉄腕DASH」で、昔から福島のDASH村で作ってきた「新男米」の収穫の話が出てきた。今年の春、入院中の明雄さんから、30cmの株間にするように提案があったらしい。すると、どうだろう、一株一株が吸収できる栄養分が増して、素晴らしい出来になったのである。

昨年、「新男米」は、二等米と認定された。明雄さんは、一等米を目指して熟慮のうえ、こう判断したらしい。そして、念願の一等米を獲得するのだ。明雄さんの想いがこもった「新男米」、何度も在りし日の明雄さんの姿が出てきて、夫婦で感激していたのだった。

今回は、脱穀を機械でやっていた。DASH村の時は、昔ながらの脱穀だったが、こういうことを見る機会はあまりないので、参考になったし、等級検査の様子もわかった。鉄腕DASHは、民放ではめずらしい見事な教育TV番組でもある。

…長年手がけてきた「男米」、ついに「一等米」となった。明雄さんもきっと喜んでおられることと思う。

http://www.ntv.co.jp/dash/village/index.html

2014年11月30日日曜日

ボコハラムとアルシャバブの相違

昨日の夕刊に、ボコハラムが、28日、ナイジェリア北部の中心都市カノのモスクで自爆テロを行い、少なくとも120人の死者を出したという記事が出ていた。28日は金曜日であり、イスラムの安息日である。多くの礼拝者が集まっていたのだと推測する。このモスクではナイジェリアのイスラムの中で最高レベルの権威者が説教を行っていて、最近ボコハラムに対抗するよう説いていたという。先日のアルシャバブのケニアでのバス襲撃では、イスラム教徒は殺害を免れた。今回のボコハラムは、批判されていたといたとはいえ、イスラム教徒への攻撃を行った。

アルシャバブがソマリア南部で統治の経験があること、ボコハラムにはそんな統治の経験がないこのとの差があるのかもしれない。それにしても、である。

これまでにも、多くの宗教的・政治的なセクトを見てみると、近いセクトほど近親憎悪が大きいのが世の常である。マルキシズムの中でも、スターリン主義とトロツキー主義に別れ、トロツキー主義の中でもセクト間の対立が、激しいうちゲバとなった。だからこそ驚くべきではないかもしれないが、極めて短慮な行動だ。どうも、ボコハラムには戦略も戦術もなく、やみくもに虐殺を行っているとしか見えない。彼らは、何と戦っているのか。

先日、イスラム原理主義を考察しつつ、あえて先進国の立場ではなく中間的な立場から、彼らの行動は、(彼らが意識しているしないに関わらず)構造的暴力への反発だと私は考えていることをエントリーしたのだが、イスラムの平等主義を推し進めるのではなく、単なる暴力をもて遊ぶ集団と呼ぶしかない場合もあるようだ。

2014年11月29日土曜日

豪・アデレードASCの葛藤

ASC HPから
http://www.asc.com.au/
結局、私も妻も体調が芳しくなく、今日のアフリカ・ミート・カンサイ(15日付ブログ参照)のイベントに行けなかった。とてもアフリカンミュージックとダンスを楽しめるような体調ではないのだ。非常に残念である。昨日は、TVで「幸福の黄色いハンカチ」を夫婦で見た。このところ、労わり合うということが多くなった。で、そういう日々の話とは全く関係ない、今日のエントリーである。

毎日新聞に、先日エントリーした(11日付ブログ参照)日本とオーストラリアの潜水艦の話が載っていた。視点は日経とは全く違う。オーストラリアの雇用問題といった趣である。日本の「そうりゅう型」潜水艦を12隻導入すると総額数兆円にのぼるプロジェクトなのだという。アデレードにある国営の潜水艦企業(ASC)では、早くも雇用が失われるとの心配の声が出ている。

以前、アデレードには、三菱自動車の生産拠点があったらしい。2008年に操業を停止した。理由は、賃金上昇である。オーストラリアの労働者賃金はアメリカのように週給制らしいが、時給にすると最低賃金は1700円。東南アジアに押されて二次産業の国際競争力を失ったわけだ。GMやトヨタも生産拠点を移すらしい。このASCは、そういった中にあって、三菱自動車の工場から労働者の受け皿になったという。

まだ、どういう方法で日本の潜水艦を建造するのか決まっていない。日本で製造するのがオーストラリア軍にとっては理想だろうが、アデレードに数百人規模で日本人技術者が来てくれないものかと市長は期待している。技術の機密の問題や、ASCの技術力への不安(オーストラリアの国防相の発言)など論義が過熱しているらしい。

…国民国家と経済のグローバル化のコンフリクトの実態を教える上で、格好の教材ではあるが、実際問題、アデレードの人々だけの問題ではなく、こういう産業の空洞化は先進国でも経済格差問題を生んでいるわけで、やはりうーんと唸らざるを得ない。

2014年11月28日金曜日

WFP エボラ3カ国の食糧難を憂う

日経の朝刊に、APを通じてWFPが、エボラ出血熱の感染地域である西アフリカ3国の100万人が食糧難に陥る恐れがあると伝えたという記事が載っていた。現在、3カ国の隣接国は国境を封鎖しており、人や物資の動きを制限しているのが、最大の原因である。一部の航空会社も運行を停止しているほか、コートジボワールのアビジャンも3カ国からの寄港を禁止したという。要するに、感染地域は極めて孤立を深めているというわけだ。

…WEBで、3カ国の穀物自給率を調べてみた。少し古い統計になるが、2003年現在で、最も高いギニアで73,0%、シエラレオネが39.2%、リベリアが21.5%となっている。もともと、アフリカの穀物自給率は低い。アフリカの貧困の最大の原因は、農業生産性が低く、穀物自給率の低さを他の財で外貨を稼がざるを得ない故である。常に飢餓の危機が襲うわけだ。(平野克己先生の開発経済学の中核である。)

こんな状況下で、隣接する3カ国が閉鎖された場合、当然穀物価格が上昇するし、3カ国の財が不足分を補えるとは思えない。シエラレオネとリベリアのダイヤモンドの輸出は今も健在なのだろうか。WFPとしては、当然のようにその辺をシミュレーションしていることだろう。緊急事態ではあるが、3カ国の穀物生産が崩壊しない程度に、慎重に食料支援をしてもらいたいものだ。というのも、無料の食料が一気に供給されると、高騰していた穀物価格が一気に下がり、穀物を生産する農家の収入が不安定になり、持続可能な農業が破壊される恐れがあるからだ。善意の支援策が現地の農業を破壊することがよくあるのである。

「市場を飼いならす」とは、かのアマルティア=センの名言である。今やクレイジーだといっていい金融資本に操られたグローバル経済を飼いならすことは不可能に近いが、緊急事態の閉鎖された3カ国での市場を飼いならすことは十分可能ではないか、と考える次第。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM1601E_W4A810C1FF8000/
<世界の穀物自給率マップ2003年>
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/0319.html

2014年11月27日木曜日

「アメリカニズム」の終焉を読むⅡ

http://matome.naver.jp/odai/2140849465241990001
昨日エントリーした「アメリカニズム」の終焉(佐伯啓思著/中公文庫)を読んでいて、示唆的な箇所に遭遇した。「アメリカの没落?」と題された章で、政治学者A・ハッカーがの『アメリカ時代の終わり』という書物の内容を紹介した箇所である。書かれたのは60年代末期である。少し引用したい。

第1に、現代(1960年代)のアメリカは巨大な株式会社組織の時代である。個人は生活や価値観を組織に依存しており、もはや独立した個人ではない。、これらの「組織人」は巨大な中間層であり大衆社会をつくりだした。

第2に、こうした「組織人」になれない「余分のアメリカ人」がいる。成功することにしか名誉を与えないアメリカでは、この経済的な敗者はほとんど社会から相手にされないことになる。

第3にアメリカ人の個人主義的、自由主義的な傾向は、政府に対する不信感をかもしだす。「アメリカ人はほとんどすべての政府機関を本質的に非合法なものとみなしている。」人々は新たに獲得した自由を権利とみなし、それと対照的に、公共的活動、政府の活動はそれをおびやかすものとみられる。しかも、政府は民間の人々の生活に責任をもたねばならないと考えられている。

第4に、アメリカには個性のイデオロギーとでも言うべきものがあって、個人主義、個人の能力や権力が強調される。しかし、実際には「大部分の人は平凡である。そして、平凡な人々は彼らが住んでいる時代や社会や環境にかかわりなく、どこまでも平凡である。」現代では人々は個性のイデオロギーに踊らされ、自分が非凡な何者かだと思いたがっている。個性にこだわりすぎた結果、誰もが、その個性が実現できないのは社会が悪いからだと考える。自分は社会によって不利益をこうむっていると考える。

第5に、デモクラシーの成果として、学問はどんどん凡庸なものになる。平凡な学者が恐れるのは他人から批判されることである。だから彼らは間違いを指摘されることのないことしかやらなくなるだろう。

著者の佐伯啓思は、このような状況はますます深刻化していると指摘し、アメリカでは、ただやみくもに自分の権利と利害ばかりに敏感で、政府の仕事に反対さえすれば個人の自由の拡大になると錯覚した自己中心主義者を作り上げてしまった、またデモクラシーは、凡庸であることがむしろ賞賛すべき社会的権利であるかのような精神を生み出してしまったと嘆く。問題なのは、精神なのだと。

このところミズーリ州の黒人青年が白人警官に射殺された事件から起こった暴動とその抗議デモの拡大のニュースが流れている。その事件の核心はよくわからない。だが、「第2」に書かれた人々にアフリカ系アメリカ人の問題がからんでいることは間違いがない。アフリカ系アメリカ人の未だに解決されないいらだちも理解できる。しかし、オバマ大統領が何の解決策も見せていないという批判が全米中でおこっているとの新聞記事もあった。こうしてみると、この5つの指摘、極めてあたっているといえるだろう。マスコミの凡庸さも含めての話だが…。

2014年11月26日水曜日

「アメリカニズム」の終焉を読む。

佐伯啓思の「アメリカニズム」の終焉(中公文庫/本年10月25日発行)をこのところ集中して読んでいる。初版は93年4月なので、書かれてからだいぶたつが、なかなか勉強になる。通勤時に赤線を引きながら読んでいる。はっきりいって社会思想の学術書である。私の読解力で消化した部分について、エントリーしてみようと思う。

本書では、アメリカの「リベラル・デモクラシー」が論考の中心となっている。極めて乱暴に言ってしまうと、リベラリズムとは自由を求める自由主義のことであり、デモクラシーとは平等を求める民主主義である。この歳まで不勉強で、この二つをかなり混同していた。リベラリズムは、専制権力(中世的な宗教的権威や神聖ローマなどの貴族階級の支配)からの自由・解放を謳う。一方、デモクラシーは、人民主義・平等主義である。思い起こされるのはフランス革命時の急進的なジャコバン主義である。この二つは、実は、ヨーロッパでは実はかなり対立する概念なのである。貴族的なものーリベラリズムーデモクラシーといった階級的な理解も可能である。リベラリズムには、デモクラシーへの恐怖があるわけだ。

このリベラリズムを中心に、デモクラシーを抑えつつ(労働者の権利の主張を穏健に抑えながら)世界に覇権を唱えたのが19世紀のイギリスであり、20世紀はアメリカの世紀となった。アメリカはリベラリズムとデモクラシーを結びつけ、「リベラル・デモクラシー」として普遍的な概念に高めていった。

アメリカには、ヨーロッパのような専制的な権力(貴族階級)がそもそも存在しなかった。大衆的なポピュリズムが強いアメリカは、権利において同等、生活においても同等という人々が大衆社会を形成していた。産業の発展とともに、リベラリズムは、もっぱら消費者としての自由、生活設計者としての自由、ビジネスの自由といった経済的自由に転換されていく。またデモクラシーは生活の均質化、所得配分の平等化といった経済的平等となった。

この「リベラル・デモクラシー」は、アメリカが普及させたというよりは、他国が追随したといってよい。特に、日本はこの優等生であり、当のアメリカ以上に成功させたというわけだ。

…師走の総選挙である。我が国民が、選挙の争点としていることは、毎回同じだが、景気回復であり、社会保障である。なるほどなあと思う。

2014年11月25日火曜日

毎日 アルシャバブとタリバン

辞任した国防長官
このところ、世界史Bでイスラム原理主義の動きを論じている。毎日新聞に、昨日ソマリアのアルシャバブの動きの記事が載っていた。ケニアとの国境近くで、ケニアの乗り合いバスが襲われたという。イスラム教徒以外の28人が射殺され死亡したという。おそらくAU(アフリカ連合)がらみの報復だろうが、なんとも息苦しいニュースである。

今日の朝刊、アフガニスタンでも、バーボール大会で自爆テロが起こり、子供を含む50以上が死亡したという記事があった。こちらはタリバンに同調する武装勢力の関与が疑われている。タリバン本体は西部で400人を超える部隊を率いて、警察署や検問所を襲撃、カブールでは警察本部内部で自爆テロ、厳重な外国人居住区でも自爆テロがあったという。新政権へのゆさぶりだろうが、これも息苦しいニュースである。

…同時に、アメリカのヘーゲル国防長官が辞任したという。共和党の元上院議員でありながら、イラク戦争時に米軍派遣に反対したという変わった人物だ。しかしシリアへの対応でホワイトハウスと対立していたという。彼の辞任で、一気に陸上部隊派遣ということにはならないと思うが、アメリカも混乱している。

…このような息苦しい事態がいつまで続くのだろうか、と思う。グローバル化の中で、ますます構造的な暴力が拡大していく。富の再配分が十分に行われない限り、終わりそうにないと絶望的な感想を書かざるを得ないのだけれど、生徒にはこの事実をぶつけるしかない、と思っている。

2014年11月24日月曜日

映画「あなたへ」を見る。

この三連休、私も妻も体調が芳しくない。結局、行こうと言っていた京都や兵庫での展覧会にも行けなかった。今日も、野球部の引退試合(2年生との練習試合)があるのだが、風邪気味なので遠慮することなった。

昨日は、TVで高倉健さんの遺作となった「あなたへ」を夫婦で見た。以前NHKのプロフェッショナルで高倉健特集をやっていて、この映画の撮影現場を見ていたので馴染みがあった。長崎県平戸の話であることも知っていた。特に大滝秀治さんとのやりとりは凄みさえ感じたくらい印象に残った。

「あなたへ」は、いい映画だった。内容を詳しく書くのは、これから見る方もおられるだろうし、悪趣味だと思うので書かないが、高倉健さんの妻を失った喪失感が痛いほど突き刺さる。平戸の写真館で、妻の昔の写真に、グーでタッチするシーンと、(大滝秀治のセリフに出る)平戸の美しすぎる海は、この映画のハイライトだろう。

しかも、今日NHKで、高倉健さんのプロフェッショナルを再放送していた。改めて、昨日の映画を見たような気がした。健さんの姿を見ているだけで、人生というものを考えてしまう。

ホント、このところ妻の体調が芳しくない。ずいぶん痩せてしまった。いたわり合いながら、日々を過ごしていかなければ、と思うのだ。高倉健さんの最高の演技に感謝したい。合掌。

2014年11月23日日曜日

毎日 ユネスコスール世界大会

船橋の方の投稿ということで…
http://cdn.mkimg.carview.
co.jp/carlife/storage/453024
/plus/63d52bc1fa.jpg
毎日新聞の朝刊に千葉県船橋市の高校教員による投稿記事があった。およそ、次のような内容である。

先日、千葉市でユネスコスクール世界大会・スチューデント・フォーラム千葉県ウェルカムパーティーがあった。千葉県のユネスコスクール加盟校の高校生が中心になって、南アフリカ共和国、ニュージーランド、ベトナムから来日した生徒・引率教員を受け入れて歓迎行事を開いた。

司会の生徒は流暢な英語で進行し、教員の挨拶を通訳する生徒、日本文化を紹介する生徒など、初対面とは思えないくらい自然に打ち解けていた。こういう生徒を見ていて投稿者は「地球市民と言ってよいと思えた。」と感想を述べられている。さらにこう続けておられる。「若者が内向きになっていると言われているが、若い世代に国際感覚を身につけている人が出てきているのを感じた。こうした芽をまず教育の場で育てていかなければならないと思った。」

…私もこういう交流の場に何度も立ち会った経験がある。高校生の間に、こういうつながりを持てることは幸せだし、地球市民というのは、こういう経験こそが大切なのだ。一人ひとりの個人的なつながりが、なにより共生の心を育むのである。

2014年11月22日土曜日

エボラの泥沼 西アフリカ3国

抗マラリア剤のひとつ
http://www.bestdrug.org/falcigo_plus.htm
毎日新聞の朝刊に「15歳のニュース」として、”エボラの泥沼 西アフリカ3国”の状況が書かれていた。備忘録としても是非エントリーしておきたい。

ギニア 最初の感染者の二歳の男児はリベリアとシエラレオネの国境に近いギニアの南部の村に住んでいた。三歳の姉、母、祖母が相次いで感染して死亡、特に祖母の葬儀後に一気に感染が広がった。村外の親戚と治療した医療従事者からさらに拡大したと見られている。親を亡くした子供は親戚が面倒を見るのが普通だったが、エボラで親を失った子供は拒否されるようになった。エボラが人道や社会のつながりを破壊しつつあるのだ。

リベリア 西アフリカでは、マラリアによる死者も多い。リベリアの新聞によると、マラリアとエボラの初期症状は似ているため、マラリアなのにエボラの検査を受け感染するリスクが高まっている。エボラを怖れて病院に行かずマラリアで死ぬこともある。首都モンロビアでは、国境なき医師団が抗マラリア薬を貧しい人々が住む地域に配布し始めたと報じている。

シエラレオネ 平均寿命が最も短い国として知られてきたシオラレオネであるが、内戦が終了し、WHOデータで現在は46歳、新生児と乳児死亡率は現在でも1位である。内戦で、医療システムが破壊されてしまい、これがエボラの感染をさらに拡大と言われている。現地の新聞の社説では、エボラで死亡した家族の遺体を路上に出して回収されるのを待つのだが、午後6時を過ぎると翌朝まで放置されているのだという。遺体はエボラウイルスの製造工場ではないのかと憤りが記されていたという。

…それぞれ、各国別に細かな事情が書かれており、貴重な情報である。リベリアでは、感染が鈍化したという情報もあるが、厳しい状況には変わりがない。ひたすら関係各位の尽力を心から祈るばかりである。

2014年11月21日金曜日

続 沢木耕太郎 「246」を読む。

沢木耕太郎 「246」を読み終えた。一気に読むのがもったいないほどの面白さであった。この「246」という作品は、1986年の1月から9月の沢木耕太郎の私生活が書かれている。「深夜特急」が第2巻まで出版され、「馬車は走る」が出来あがり、「血の味」が少しずつ書かれ始め、「キャパ」の翻訳が開始されている。重要な沢木耕太郎の作品がどんどん出てくる。同時に、書こうと思っていたことをあきらめる話も多かった。

そして、時折挿入されてくる3歳前の娘との、寝る前のお話。最初は奇異な感じがしたが、なかなか面白い。途中で、彼女が生まれてすぐ外国に出たことが明かされる。最もかわいい時を知らずにいたことへの反省から、時間のある時は彼女と過ごすことになるのだ。

今回のエントリーで特に書いておきたいのは、深夜特急への出発時に「$100札」をもらう話だ。パスポートに偲ばせ、結局使わなかったのだが、旅のお守りのようになり、$100以上の価値をもったという逸話である。私も深夜特急でこれを読み、なんとかっこいい餞別なんだろうと思ったのだ。その贈った人が明かされていた。文芸春秋社の松浦氏という編集者であった。沢木耕太郎は、松浦氏の高校2年生になる息子に、出来上がった深夜特急を贈呈する。息子は野球とザックをかついでの一人旅に熱中していると聞いたからだ。これもまた、いい話だ。

今まで、何度か留学する教え子に餞別を渡してきた。できれば、その国の通貨で贈りたいと思って阿倍野まで両替に行ったこともある。と、いっても$100も出せないので、両替するだけもったいないのだが…。(笑)

最後に、沢木耕太郎の話に出てくる本や映画のパンフレットのカラーの挿画が素晴らしいということもつけ加えておきたい。(本日の画像参照)

2014年11月20日木曜日

Democrazy Simulation’14


内戦になってしまった6組
戦闘力に応じたじゃんけんで勝敗を決める
政治経済で、今年もデモクレイジー・シミュレーションをやってみた。今年の政治経済は選択者の数関係で、3クラスで全体の人数が異なるが、およそ4チームに分けた。それも生徒の代表に決めてもらった。農耕民A、農耕民B、遊牧民C、遊牧民Dで、およそAはBよりも数が多く全体の2/3ほど。遊牧民は同数で少なめに設定した。

今回のポイントは、戦闘力と言う概念を挿入したことである。戦闘力は、ドラゴンボールでべジータがつけていたスカウターで判別する、例の数値である。遊牧民は全員が戦闘力3とした。農耕民は全員1である。つまり、10人の農耕民のチームは、4人の遊牧民のチームと、銃器などの火力を持たない場合闘うと、10対4×3で負けてしまうという概念である。

こういう状況を作った上で、突然独立を迎えたアフリカの国で、大統領選挙を行うように指示した。投票はチームの人数で争われる。戦闘力は関係がない。あまり状況がわかっていない生徒は、とりあえず、チームごとに候補を立てる。当然農耕民Aが勝利する。あまりたくさん政府のポストをつくっても意味がないので、大統領に、財務大臣(金を握る)と、軍・警察長官を選ぶように指示し、札を7枚ほど渡した。最初の予算である。

この時点で、黒板に、各チームの人数、戦闘力を整理して書き出す。そして、こう宣言した。「私は武器商人だ。カラシニコフ銃1丁は1マネー。戦闘力は+3な。」「?」みんな唐突な展開に驚く。「機関銃つきの戦闘用ジープもあるぞぉ。5マネーで戦闘力は+15.」

この辺で、戦闘力の概念に気づく生徒が出てくる。多くは成績の良い者を集めるように指示した農耕民Aチームだ。「もし、遊牧民が攻めてきたら…。何もないとやられる。」遊牧民も「おーい、組まへんかぁ?」遊牧民には元気な男子生徒を集めてもらっていたのだ。結局、農耕民Aは政府のポストを独占し、銃やジープを手に入れることになる。

「では、大統領選をもう一度やろう。」「大統領を取ったら、予算が手に入るんですかぁ?」「あたりまえや。」と私。10分後に選挙をする。急に教室がざわざわする。各チームのメンバーが折衝に動く。多数派工作。おどし。買収。なかなか生活力がある。

もともと、このシミュレーション、ストーリーはない。ここからは、3クラスで動きが異なった。遊牧民同士で組むクラスや、遊牧民が農耕民Bと組むクラス、そして農耕民Aが遊牧民を買収するクラスなど、いろいろだ。

1時間目の最終間際、農耕民Bや遊牧民の地域で、いきなり石油が開発される。私は隠し持った札束を放り投げ、「石油が出た。」各クラスとも、大騒ぎになる。「それはウチのものだ。」と主張する農耕民Aチームもいれば、唖然としてしまうチームもある。そこから、デモクレイジーの本番だ。

ちょっと過激なシミュレーションだが、この後レンティア国家と紛争の罠について講義する。おそらくこれまで以上に理解が進むはずだ。

2014年11月19日水曜日

卒業アルバムに向けて

今月中に卒業アルバムのクラスページを完成させなければならない。我がクラスでも、いろいろな案が出てきた。大枠が決まったので、今日のLHRでは、3の4という人文字を急遽撮影することになった。最初はグランドで、という話だったが、第二体育館が空いていたので、そこで撮影することになった。

面白いのは、今回のアルバム製作は完全に女子生徒主導だということだ。二階から、女子の委員がカメラを構え、下でも女子がテキパキと指示する。男子は言われるまま、「ハイ。」といって動く。(笑)

我がクラスは、というより本校は男女の仲がすこぶる良い。私の高校時代などはもっと緊張感があったように思うのだが…。とにかく、クラスのページの左上にこれをプリントしてコラージュするそうだ。ほとんど顔がわからないと思うが、それでいいらしい。

2学期の終わりには、みんなでパーティ的なものをやろうか、という声が上がっている。受験で必死な者もいるが、期末考査後は少し落ち着くだろう。当然、「まかす。」と私は答えた。こういう感じで、LHRの企画が進んでいく。

2014年11月18日火曜日

北海道 夕張を追憶す

夕刊を見て驚いた。高倉健氏が死去したのだ。ショックである。高齢とはいえ、ショックである。沢木耕太郎のエッセイにも度々登場する高倉健氏の人柄には、まさに君子というしかいえない魅力があって、本当に尊敬できる人だったのだと思う。

昔、北海道にハマっていた頃、夕張に行った。少し寂れた夕張の石炭村もよかったが、なにより、「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地が良かった。

映画を最後のシーンを思い出す。。一時は帰宅することをあきらめた高倉健さんだが、桃井かおりに叱咤され、倍賞美津子が待つ炭鉱住宅へ向かうのだ。高倉健さんがじっと目を閉じ、下を向きながら「次の角を曲がって…」などと、赤いファミリアを運転する武田哲矢に指示するのだ。そして、目に映るのは…。

私はあまり映画を見る人ではないのだが、この「幸福の黄色いハンカチ」は何度見ても感動する素晴らしい映画だと思う。何より、高倉健氏の演技と、にじみ出る人間的魅力の賜物だろう。

合掌。