2011年7月30日土曜日

それはルワンダ人に違いない

昨日書いた梶先生の『アフリカをフィールドワークする』には、普段接することない逸話がたくさん載っていて、私には非常に興味深かった。今日は、その中の話を紹介したい。
言語調査という世界は、非常にディープである。梶先生は、コンゴ民主共和国(当時はザイール)の東部、ルワンダとの国境沿い(今は、極めて危険な地域である。先日私のブログの『紛争鉱物』でふれた地域になる。)のテンボ人の言語調査をされていた。人口5万人、主に焼畑耕作を生業としている人々である。世界的にテンボ語は未調査であった。で、重要になるのは『インフォーマント』と呼ばれる協力者である。彼をたよりに、様々な語彙や文法的な構造を探るのである。梶先生が最初に出会ったインフォーマントは29歳の青年で学歴は小学校3年まで。これはこのあたりでは標準的な学歴であるそうだ。コンゴの公用語、フランス語はほとんどしゃべれないが、地域共通語(コンゴ民主共和国には4つの地域共通語がある。)であるスワヒリ語は自由に話した。知らない言語を調査するには、まず語彙調査から始めるのが妥当らしい。その過程で、音韻や文法の情報を集めて、その言語の全体像を探るのだとか。(なんと地道で、根気のいる作業なのだろう。)

テンボ語は、他のバンツー語の言語と同様、単数と複数で接頭辞によって示される。英語のように後ろにSがつくのではなく、前にMUとかBAとかがつくのである。この複数形の系統で名詞のクラスは20あるのだという。さて、調査表をつくって、梶先生が語彙調査を進めていた時、「聾唖の人」という単語が出てきた。インフォーマントは、単数形をすっと答えた。梶先生は複数形をすぐ想像できたが、ここは彼に言わせなければならない。「その複数形は?」と尋ねると、「それは言えない。」と言うのである。「なぜ?」「私は聾唖の人をひとりしか知らない。」

梶先生はキレそうになったらしい。で、いろいろ工夫して、名詞のクラスを知るために「では背の高い聾唖の人は何と言うのか?」と聞いた。それには、彼はこう答えた。「それはルワンダ人に違いない。」…というのも、この辺りには、ルワンダから移り住んだ長身族が多く、テンボ人にとって”背の高い人間”はルワンダ人となったらしい。

梶先生は、こう書いている。『彼は何事につけてもまじめであった。カトリックであったから、私のなけなしのタバコも吸い、酒に酔ってクダをまくこともあったが、一つひとつの出来事を自分自身のこととして、真摯な態度で臨んでいた。たとえ言語調査とはいえ、無責任なことは言えななかった。(中略)彼らにとっては全てのものは具体的である。抽象的なものが考えられないということではない。たとえ目に見えない死者の霊であれ、それは恐れ、そいて敬う対象となる。そしてコトバとは、それによって喜び、悲しみ、生きるものであって、言語学者のお遊びは許さない。』

いやあ、面白い話だと私は思う。今日もスワヒリ語の諺で締めくくりたい。

Bandu bandu humaliza go go

意味は、このHPを参照されたい。

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