2019年7月13日土曜日

韓国語の定言命法

https://www.imgrumweb
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この一週間も隣国のあきれるようなニュースばかりだった。かなり疲れる。その理由の一つとして、韓国の物言いがある。「~しなければならない。」という和訳がやたら多いのだ。実は以前から、腑に落ちなかったのだ。

これは、カント風に言えば「定言命法」で、日本語においては、かなり高圧的な言い回しだ。まあ、上から目線的である。韓国の様々なマスコミや政治家、あるいはネット民の反応などの日本語訳は、この語尾が圧倒的に多いと思う。

私は、韓国語はおろか言語学全体には疎いので、ちょっと調べてみた。この「~しなければならない」というのは、「~してこそなる」という韓国独特の肯定的な言い回しであるそうだ。
https://hangeuls.com/hangeul/hangeul710.htm

そうであるとすれば、かなりニァンスが異なる。もちろん、彼らの論理は完全に破たんしていて、内容は論外なのだが、語尾が「~しなければならない」と和訳されるのと、「~してこそなる」と和訳されるのは、かなり違うように思う。まあ、「~してこそなる」というような日本語はほとんど使われないが…。

かのマレーシアの日本留学大先輩のラザク先生は、言語は文化そのものであると言われている。この韓国語の語尾は、隣国のどうしようもない、反省のない「傷ついたコギト」(最近は壊れたコギトと呼ぶにふさわしいと感じている。)の文化から生じているのだろうかか。

それとも誤訳(中央日報の日本語版でもこの語尾が使われているが…。)なのだろうか。「~してこそなる」などと訳されたものは見たり聞いたりしたことがない。私にはよくわからないが、少なくとも、この語尾の多用が「悪印象の増幅」コードを形成していることは間違いないように思うのである。

もし、韓国語に詳しい方が、このエントリーを読まれて、ご教授いただけるのなら幸いである。

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