2019年2月7日木曜日

佐藤優 サバイバル宗教論4

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昨日のつづき。昨日は、啓蒙主義とロマン主義、光と影の話だったが、同じ第2講の中で語られる「実念論」と「唯名論」についてエントリーしておきたい。

実念論は、中世の支配的な考え方で、数学的な考え方でもある。様々な三角形があるが、全てを含む一般的な三角形という概念は頭の中にしか存在しない。しかし三角形がある、という前提で話を進める。つまり「目に見えないけれど存在するものがある」、愛、信頼、慈しみなどは目に見えないが確実に存在するという感覚である。この中世的な考え方を維持した大学は、チェコのカレル大学とイギリスのオックスフォード大学だけであるそうだ。故に、イギリスには成文憲法がない。憲法は文字に出来ないという考え方であるわけだ。

一方の「唯名論」は、たとえば現実に目の前にあるナシ、リンゴ、イチゴ、メロンといったものの総称を「果物」として便宜上につけた名前にすぎないと考える。ここから合理的な考え方、啓蒙思想が発展する。前述のように、大学も実念論から唯名論へと変わっていく。

この話は、佐藤優が研究するチェコの宗教改革者・フスの話の流れで出てくる。キリスト教も実念的な考え方をするから、信仰や神について、人間の限られた知識や知恵ではあらわすことができないと考える。ある限定された状況で、文字にして自分たちの信仰について述べるのが信仰告白であるというわけだ。

…こういう神学的な視点というか、西洋哲学ではあまりやらない。ある意味新鮮であるわけだ。では、F40Aの受験生諸君、昨日の啓蒙主義・ロマン主義と今日の「実念論」・「唯名論」の関係性について論じてみてはどうだろうか?

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