2019年1月5日土曜日

沢木耕太郎の「銀河を渡る」3

https://bigcomicbros.net/comic/kimacon/
沢木耕太郎の「銀河を渡る」第1部の後半に、「心は折れるか」というエッセイがある。インド映画は、旅先で見るにふさわしい、「とりわけ旅をしていて心が折れるようなことがあったときには…」と沢木がつい映画についての一文で書いたわけだが、知人から「(沢木までもが)心が折れるというような流行のコトバを使うようになった。」という批判があることを聞かされ、しまったと思ったという話だ。この表現はいまだ熟していないという懸念を沢木が抱いていたからだ。とはいえ、コトバとして正統な佇まいがあるような気がしており、なんとなく気になる表現であり続けていたという。

その後、ビッグコミック・スピリッツのホイチョイ・プロダクションズの「気まぐれコンセプト」の中で、面白い話に出会う。「最初はグー」というじゃんけんのかけ声は志村けんがやりだしたという。さらにセックスを「エッチ」と言い出したのは明石家さんまであること、そして「心が折れる」という表現を使ったのは女子プロレスラーの神取忍だと書いてあったらしい。沢木は、神取忍ではなく、すでに誰かが有名な作家が使っていたような気がしてならなかった。1ヶ月後、いつものように「中国詩人選集」をアトランダムに選び、旅に出た。今回は「杜甫」だった。「冬至」という詩を読んでいるとき、その「心が折れる」という字句を発見するのだ。

『心折此時無一寸』(心は砕けてこの時 一寸も無し)

心が折れるという表現を使っていたのは、唐の大詩人・杜甫だったのだ。(翻訳では折れるとは訳されていないが、折れるのほうがふさわしいような気がすると沢木は書いている。)流行のコトバは、すでに1250年前に使われていたというお話である。

…実に面白いエッセイであった。「気まぐれコンセプト」は昔、私もよく見ていた。テニスに行くには、フォルクスワーゲンの赤いゴルフで行かなければならない、などという(広告)業界人のコンセプトというか蘊蓄が載っていて、なるほど…と思っていたりした。沢木も目を通していたのが面白いし、深夜特急以来「中国詩人選集」を旅に持っていくというルーティーンを維持していたことも、実に面白い。

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