2019年1月24日木曜日

PBTの話(7) 国費生卒業式

今年も来て頂いたラザク先生のご子息・タンスリ(称号)のスピーチ
3度目の国費生の卒業式である。今年は全員が理系なので、私が教えた期間のは1ヶ月にも満たない。正直なところ、顔は見知っているし、愛着はあるが、名前は定かではない。そんな中途半端な感じの卒業式であった。

今年の国費生の卒業式で私が感じたのは、これまでの保護者の違いである。学生はなかなか良いのだが、保護者が式典中、私語したり、新聞を読んだり、(開会前に司会から携帯の電源を切るように指示があったが)携帯電話が何度も鳴ったり、雑然とした感じがぬぐえなかったのである。

正直なところ、これまでの保護者との階層の違いのようなものを感じたのだ。私費生の多くは経済的に恵まれている。これは当然だ。私費で日本に留学するというのはかなりの資金力を必要とするし、それが可能な家庭が多い。(もちろん全員ではない。)

今回の国費の学生諸君はなかなか優秀であった。しかし、マレー系の中でも中間層、あるいはその周縁層の出身者が多かったのではないだろうか。これは決して悪いことではない。確かに式典は雑然としたが、これから数年後が楽しみである。彼らは現状打破のためにも大いに日本で頑張るのではないか、と思うのだ。恵まれた環境の者だけが高等教育を受けるという状況から、マレーシアも脱しているのかもしれない。そう思うと、余計に彼ら国費生を応援したくなる。
今回の卒業生の歌は、VTR付き
大阪の中小企業の街で、工員のひとり息子として育った私は、今から思うと家庭の経済状況など歯牙にも掛けず、自分は大学進学するのが当然だと思っていた。親不孝者故に、我が道を歩めたのだが、そういうことが可能な国であることは重要だ。思えば、アマルティア=センの貧困の概念を私は打ち破った一人なのかもしれない。マレーシアでも、潜在能力を活かせる時代がいよいよ到来したような気がする。

今朝、出勤時にエレベーターで清掃の女性ワーカーと少し話した。聡明そうな娘さんだ。インドネシアから来ているという。彼女たちの国には、まだまだそういう時代は訪れていないのかもしれない。この差は大きい…。そんなことを考えていたのだった。

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