2019年1月12日土曜日

沢木耕太郎の「銀河を渡る」5

井上康生氏はなんとかしなきゃプロジェクトに
参加しているようだ。これも嬉しいな。
http://nantokashinakya.jp/member/
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沢木耕太郎のエッセイ「銀河を渡る」の書評、久しぶりの続編である。先日、井上康生男子柔道監督が、女子レスリングの吉田選手の引退にあたって、電話で「ご苦労さん」と伝えたというニュースが配信されていた。オリンピックで主将を務めながら、まさかの敗退をしたにもかかわらず、他の選手の応援にかけつけていた井上康生氏の姿は、私も印象に残っている。

今回のエッセイは、第二部「過ぎた季節」の最後に収められている井上康生ストーリーである。沢木は、ボクシングを始め様々なスポーツを取材している。第二部の構成は、そういうアスリートにまつわる話も多い。

井上康生は、東海大相模の主将として、高校選手権で個人戦・団体戦と優勝している。特に、団体戦は、世田谷高校の中堅・副将・大将の3人を相手に勝利している。この時、沢木は新しいスターの誕生を見た。その4年後、シドニーオリンピックで、全て一本勝ちで優勝した。井上康生は表彰台に母の遺影を掲げ金メダルを受ける。そして、3位の選手の表彰が終わると、すぐ降りてしまった。表彰台で3人が並ぶ写真は撮られなかった。このことが、沢木は敗者への配慮が欠けていると見た。沢木が次のアテネで見たかったのは、アテネの表彰台での井上康生の振る舞いだったという。だが、前述のように井上康生は表彰台に上がれなかった。
しかし、沢木は、女子バレーボールや野球の会場で、他の日本選手を応援する井上康生と出会う。メダルを取れなかった故に、誰にも会いたくないだろう事は明らかだ。おそらくかなりの無理をしているにちがいない、と思いながらも、表彰台では見れなかったが、他の場所で大きく変化した井上康生を見ることができた、という話である。

…いい話だった。「私」がいかなる状況であれ、主将としての「公」としての責務を全うする…。井上康生氏は、柔道家として大きく成長し、今は日本の男子柔道監督として戦っているわけだ。ここにも武士道に生きる人物がいる。それが嬉しいではないか。

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