井上康生氏はなんとかしなきゃプロジェクトに 参加しているようだ。これも嬉しいな。 http://nantokashinakya.jp/member/%E4%BA%9 5%E4%B8%8A%E5%BA%B7%E7%94%9F/ |
今回のエッセイは、第二部「過ぎた季節」の最後に収められている井上康生ストーリーである。沢木は、ボクシングを始め様々なスポーツを取材している。第二部の構成は、そういうアスリートにまつわる話も多い。
井上康生は、東海大相模の主将として、高校選手権で個人戦・団体戦と優勝している。特に、団体戦は、世田谷高校の中堅・副将・大将の3人を相手に勝利している。この時、沢木は新しいスターの誕生を見た。その4年後、シドニーオリンピックで、全て一本勝ちで優勝した。井上康生は表彰台に母の遺影を掲げ金メダルを受ける。そして、3位の選手の表彰が終わると、すぐ降りてしまった。表彰台で3人が並ぶ写真は撮られなかった。このことが、沢木は敗者への配慮が欠けていると見た。沢木が次のアテネで見たかったのは、アテネの表彰台での井上康生の振る舞いだったという。だが、前述のように井上康生は表彰台に上がれなかった。
しかし、沢木は、女子バレーボールや野球の会場で、他の日本選手を応援する井上康生と出会う。メダルを取れなかった故に、誰にも会いたくないだろう事は明らかだ。おそらくかなりの無理をしているにちがいない、と思いながらも、表彰台では見れなかったが、他の場所で大きく変化した井上康生を見ることができた、という話である。
…いい話だった。「私」がいかなる状況であれ、主将としての「公」としての責務を全うする…。井上康生氏は、柔道家として大きく成長し、今は日本の男子柔道監督として戦っているわけだ。ここにも武士道に生きる人物がいる。それが嬉しいではないか。
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