2016年6月11日土曜日

中田・橋爪「クルアーンを読む」6

https://www.youtube.com/watch?v=dEe2wGAahwM 112章
実は、「クルアーンを読む」のエントリーは、まだ第2章をウロウロしている。次に112章(純正)について。クルアーンの中で最も短く、しかもその1/3の内容に匹敵するとされているもの。中田氏の日本語訳は以下のとおり。

言え、「それはアッラー、唯一なる御方」。
「アッラーは自存者」。
「彼は生まず、生まれもしない」。
「そして彼には匹敵するもの何一つない」。

この章はアッラーの唯一性を一番簡単に表していると言われている。「言え」、これは命令形。信徒に対して、これを言いなさいと命じている。「自存者」と訳している言葉は、困ったときに常に助けを求められるものを意味すると言われている。井筒氏(俊彦:コーラン翻訳で知られる東洋学者)は「諸人が寄り頼みまつる」と訳している。語源的には硬い石。ごつごつした砂が集まったような石ではなく、滑らかで硬い、どこにも隙間とか穴とかのない均質で稠密(ちゅうみつ)な石を指している。いろいろな解釈があるけれども、欠陥のない唯一の存在のことを言っている。「生まず、生まれもしない」と訳したところは、主語が男性形で、彼には親も子供もなく、そして匹敵するものも何ひとつない、そういう内容である。と中田氏の言。

中田氏はキリスト教批判にもなっていると言われているが、言うまでもなく「彼は…」の一節であることを想起するのは決して難しいことではない。

ところで、橋爪氏が凄い質問をする。神と人間はコミュニケーションできるのか?と。中田氏は、ありえるがめったに起きないことと述べた後、「これは私の説明も入っているけれど…」「こういう説明の仕方はあまりしないのだけれど…。」と言いながら次のように述べている。

そもそも神はクルアーンを直接人々に(本を印刷して)配ってもいいわけだが、そうはされずに預言者ムハンマドに言葉を伝えて、預言者を通じてクルアーンを下された。言葉だけでは不十分で、その使われ方の指示まで必要だということである。クルアーンをどう用いるのかである。マニュアルはあるけれど、マニュアルだけ見てもわからないので、マニュアルの使い方を説明してくれる人間も一緒に遣わされた。なので、マニュアルをひとりで読んではいけませんよ、というそういう教えである、と。言葉とこ千葉の使い方までセットで学ぶべきものであって、その意味ではやはりクルアーンは独学するものではない、誰かから学ぶものであるし、それがウラマーというイスラム学者の権威に繋がってくる。

この話は橋爪氏も絶賛しているのだが、実にわかりやすいと私も思う。うーん。中田先生の監修されたクルアーン、欲しいなあとかなり思っている。但しかなり高価である。しかもマレーシアにいると、そう簡単には手に入らないのである。

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