2019年11月29日金曜日

プラグマティズムの話

http://mesosyn.com/peirce-Harvard.html
橋爪・大澤両社会学者の「アメリカ」の書評の続きを久しぶりにエントリーしたい。プラグマティズムについての論考である。プラグマティズムの系譜は、パース、ジェームズ、ヂューイと続くわけだが、パースとジェームズの相違について、大澤氏がかなり詳しく論じている。

パースとジェームズの相違は、観念的・抽象的に捉えないというコアは同じであるが、ベクトルが全く逆であると大澤氏は言う。パースは、自然科学的な実験の概念を推し進めた。無意味な形状学的なもの(最も分かり易いのは神の存在証明)を捨て去ったといってよい。しかし、ジェームズは、神の存在について審議を問えるのではないかという立場である。神を信じることであなたはどうなるか?その結果こそが重要だとした。生きる勇気がわいたのなら存在するということと同じ意味をもつし、存在しようがしまいが生活は変わらないなら、神は概念としての意味がない、というわけだ。

こういう一神教理解を元にした比較を、私は極めて重要であると思っている。

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