2011年8月17日水曜日

テミストクレスの陶片追放

テミストクレスと書かれた陶片
2学期の中間考査までの世界史B(2年生は2単位である。)の範囲は、ギリシア・ローマでいくつもりである。すでに、プリントは全部出来上がっている。この辺をやるのは久しぶりである。やはり面白い。ギリシアもローマも、民主制、共和制にこだわった奴隷経済の古代国家である。大きなテーマとなるのは、誰がこの民主制・共和制の主体者である「市民」であるか、という時代的な変遷である。

ギリシアでは当然王制が最初で、『貴族』という存在がいた。最初は彼らによる民主制であったのが、重装歩兵の登場で、豊かな平民にまでその範囲が広がる。貴族は、都市国家を守るという気概を求められる。自分たちの国家だという強い意識が、国防の義務と重なる。今でも英王室などでは、そういう王族・貴族の義務が生きている。皇太子が英空軍のヘリのパイロットだったりするわけだ。それが、重装歩兵という戦術で変化する。当時、この装備は自前であった。兜や鎧、長槍、盾など、かなり金がかかる。これを自前で準備でき、国防に参加することを志願した豊かな平民は、貴族に準ずるものとなり、『市民』となった。これがギリシアの民主制の本質である。国を守る気概と経済的裏付けがある者が今風に言えば『国民』として認められたのである。

昨日のエントリーと重なるが、『国民』という概念には、そういう本質が潜んでいるということである。歴史に学ぶというのは、そういうことだと私は思う。

ペルシャ戦争の時、この国防に関わる人間が一気に増える。サラミスの海戦などで活躍した富のない平民である。彼らは三段櫂船の漕ぎ手として、己の肉体だけで国防に参加した。やがて、彼らは自分たちの権利を主張し始める。『市民(国民)』が拡大したわけだ。面白いよなあ。

このサラミスの海戦を指揮したのが、テミストクレスである。阿刀田高のブルターク英雄伝(対比列伝)をわかりやすく書いた『ローマとギリシャの英雄たち(黎明編)』を読んでいて、”全く、この野郎”と思った人物である。口八丁手八丁、自分の名誉心を満足させるためなら、どんな汚いことでもする。テミストクレスは、結局僭主(独裁者)になる可能性があるということで陶片追放され、自らが破ったペルシャに亡命する。陶片追放には様々な評価があるようだが、この時のアテネ市民の判断は正しいと私は思う。こういう危ない人物はいらない。

ところで、大阪府では、愛国心を教えろという教育条例が、某人物の私党が多数党故に可決する見込みだ。野党である自公の分断をはかり、教育関係者を府民の敵扱いする、歴史から見ればテミストクレス的な手法である。愛国心をあおることを、学校に強制すべきではないと私は思う。歴史は、愛国心を常に戦争に結び付けてきたことを教えている。

私は、自衛隊の正しい理解(今の月見草的な立場をもう少し改善してもおかしくない。)をするべきだし、憲法第9条も守った方がベターだと思っている。しかし、そういう政治的な信条は各個人が思索し自己のものとすべきだ。だから授業では、生徒自身に常に考えさせるようにしている。当然、愛国心は自然に児童・生徒が自ら養うべきものだと思っている。

それより、今大切なのは、『地球市民』の自覚だ。今さら日本だけのことを考えても、グローバリゼーションの中で共生していけない。水も食料も、エネルギーも国益だけでぶつかれば、必ず悲劇が起こる。一昨日のブログでもふれたが、我々に残された時間は多くない。現代のテミストクレスに対しても、”全く、この野郎”という感じだ。

追記:リアクションを一部変更しました。

4 件のコメント:

  1. お久しぶりです。大阪府知事と愛国教育に関する問題ですが、この件に関しては、私は大阪府知事の主張を支持します。
    その理由は、
    ①府知事は教師に対して起立を求めており、生徒に関して起立を強制しているわけではない。
    ②国歌斉唱時に起立を求める職務命令は違憲判決が出ていない以上、教師はその命令に従う必要がある(判決が不当であるとしても少なくとも現時点では従うべき)。
    ③国歌斉唱と起立に関する問題では1999年に自殺者も出ており、現場で解決は難しいと考えられ、行政のトップが関与することは不当ではない。

    挑発的な姿勢はともかく、府知事は「思想・良心」に基づいて議論しているわけではなく、式典で不起立はみっともないから立ってくれと言ってるだけであって、あくまで「規律・常識」を根拠に議論しており、それほど違和感を感じません。なにより規律や常識は教師の必殺技なのに、それを府知事に返されるようでは、ちょっと教師側の言動が乱暴ではないかと思うのです。

    戦前のような国歌大合唱が「イエス」ではないですが、生徒が国歌を堂々と歌えないような教育現場にははっきりと「ノー」だと卒業生の一人は考えるのです。

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  2. 哲平さん、コメントありがとうございます。久しぶりですねえ。哲平さんの意見はよくわかりますよ。私自身は起立しますし、生徒に責任をとれないような指導はしないことを旨としていますから。「教師の必殺技」いいレトリックですね。そういう人もいると思います。教師に対する反感を大阪のテミストクレスはうまく使っていますね。
    大阪のテミストクレスは、府民に敵をつくって、自分の意見と相いれない大阪市長や教員や他の野党をひたすら持続的に攻撃することで、改革者という仮面をかぶり続け、人気を維持しようとしています。
    先に削除したエントリーですが、私立高校から毎学期府立高校に転学が可能などと言う異常事態など、現場の怒りは頂点に達しているのです。この辺はきっとわかりにくいと思います。先日、某情報通の教育関係者と話したのですが、民間からきた府立高校の某校長の言として教えてくれました「いつまでも民間校長、民間校長と言わないでほしい。教育現場に半年いてよくわかった。なかなか教員が校長の意思のもと統一できないこと。しかしそこに多くの価値観があり、だからこそ良いのだということが…。」なかなかわかりにくい問題です。このエントリーで私が言いたいことの1つは、教育を人気取りのネタにしてもらいたくないと言うことなのです。

    国歌が歌えるほうがいいと私は思いますよ。これは個人的にですが、他の国の国旗・国歌にも敬意をはらえる人間を私は育てたい。また愛国心、ナショナリズムの高揚で、これからの地球は共生できません。テミストクレスの一味は、いまさら何を言ってるんだと思いますが…。

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  3. 遅くなりましたが、もう一言だけ。教育に関する議論の問題として最も致命的なのが、教育についてなら誰でも語れることだと思っています(自民党政権時代にも酷い面子ををこれでもかと揃えた審議会がありました)。私は教育の人間ではなく、政治の人間なので橋本知事の教育政策には明るくないのですが、政治目標の達成のための教育利用には問題があると思います。知事の論理は部分的には賛同できても、全体としては筋が全く通ってないのかもしれません。

    別談ですが、最近は可哀想なアフリカ諸国に暮す人々のような報道ではなく、別の視点からの報道がぐっと増えているみたいですね。日本に人の国のことを心配する余裕がなくなってきたのか、それともアフリカ諸国を真面目に報道する気になったのかは昨今のマスメディア事情から窺い知ることはできませんが。

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  4. 哲平さん、コメントありがとうございます。今日の朝日新聞の朝刊に、大阪のテミストクレスの教育への政治介入という本質があらわになった彼の私党の条例案が出ていました。もうばかばかしくて話になりません。哲平さんが言われるように、教育については全ての人が一家言を持てます。そういう不満を魔女狩り的に利用し、常にマスコミの話題にしています。今回の条例案についても現場からの反論を書きたいのですが、非論理的で感情的な2チャンネルのようなコメントを読むのはうんざりですので我慢します。
    これだけは哲平さんに伝えておきたいと思います。大阪のテミストクレスは、府立の伝統校に文理科をつくり優秀な生徒を集め、進学実績を上げることで自分の教育改革の成果だというのでしょう。一方定員割れを3年すると、その学校は統廃合される条例案が出ました。私学無償化という毒のある飴をまいて、そういう底辺校を潰すつもりです。私学とも競争原理を導入するという発言を府議会の議事録で発見した時、私は大憤慨しました。耳触りだけが良い現実離れした空論で、結局困るのは生徒たちです。学費以外のお金が高くて私学をやめなければならない生徒が続出しており、この31日に転学試験が定員得割れの府立高校で行われる異常事態です。哲平さんの推測どおり、全く筋が通っていないのです。耳触りのよい教育改革という愚策で、迷える生徒が増えるだけです。

    東アフリカの飢餓の件は、おそらく日本の協力で送られた食料が市場に出ているという話だと思います。ガバナンスが悪いから、飢餓が起こっているのです。私は別に驚きません。トルコの方からいただいた反駁によれば、国際機関がソマリアの収穫期に多量の支援食料を放出するなどと言う馬鹿なことをやったのが、彼らイスラム勢力の西側の援助拒否につながったということがあったみたいです。昨朝の某番組でその辺事情を知っているジャーナリストは、口ごもっていましたので、真実だと思います。市場を飼いならせないと、こういう悲劇が起こります。でも今は、とにかく穀物価格を下げ、あほほど食料をばらまくしか方法がありません。
    日本は、全てがおかしくなっていると私は思っています。

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