2015年10月2日金曜日

佐藤優 超訳 小説 日米戦争

佐藤優の「この国が戦争に導かれる時 超訳 小説 日米戦争」(徳間文庫カレッジ/本年7月15日初版)を読んだ。実に面白かった。大正期の大衆娯楽小説である樋口麗陽の「小説 日米戦争未来記」を現代的に読めるように”超訳”したものである。

小説の内容をバラしたいところだが、やめておこうと思う。なかなか意外な展開を見せて、小説としても面白かった。佐藤優がわざわざ、この「小説」を蘇らせたのは、現在の反知性主義への反駁である。宇野弘蔵氏と仏文学者・河盛好蔵の対談(宇野弘蔵「資本論に学ぶ」)の中で、「社会科学としての経済学はインテリになる科学的方法、小説は直接我々の心情を通してインテリにするものである。自分は今こういう所にいるんだということを知ること、それがインテリになるということだ。経済学は我々の社会的位置、小説は自分の心理的な状態を明らかにする。(小説を)読んでいて同感するということは、自分を見るということである。」

…だからこそ、『小説』を超訳したのだという。

現在の反知性主義的な政治を象徴する話が「解題」に出てくる。今日の帰宅時に読んでいて、後ろにコケそうになった話をエントリーしておきたい。社会全体としての知的体力の地盤沈下の例として、外務省幹部で内閣官房副長官補(事務次官級)K氏が、早稲田大学での講義をまとめた「戦略外交原論」という大著があるのだが、散々な内容である。

『名誉革命によって頑迷なジェームズ2世を追放して大陸からオランダのオレニエ公を迎えるという事態に発展した。英国貴族議会は、王位に就けたとはいえかつての宿敵であるオランダ領主を兼ねた新英国王の権威に厳しい制約を課し、マグナ・カルタを作成した。』

…凄い間違いである。おそらく、私の世界史の教え子でも間違いを指摘できる。名誉革命は1688年、マグナカルタ制定は1232年。佐藤優の指摘では、「明治維新(1868年)の結果、御成敗式目(1232年)が制定されたというぐらいの間違い」である。(笑)安倍政権のブレーンで、社会的にエリートと言われている人間が、この程度のレベルであることが信じられない。(きちんとした活字になっていることが凄い。ワセダの大学生も拝聴し、書籍化の中で編集者も校閲者も見逃している。)

佐藤優は、ロシアのことわざで「魚は頭から腐る」をあげている。社会や組織が腐敗していく時には、まずトップ、エリート層から腐ってくるという意味らしい。さらに安倍政権の最大の問題は、内閣そのものが反知性主義に犯されていることであるとして、首相経験のある副総理の言を挙げている。
『(戦前のドイツの)憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね。』

…ナチス憲法などあるわけがない。信じられないほどの反知性主義である。佐藤優は、この反知性主義の蔓延に、(TPP問題などで)反米機運が吹き荒れれば、まさに小説を書いた樋口が懸念した熱狂が生じるだろうと。まさに、佐藤優がこの本を表した理由がそこにある。

…小説自体も面白かったし、佐藤優の解説も興味深かった。おすすめの文庫本である。

0 件のコメント:

コメントを投稿