2013年12月8日日曜日

長崎とマンデラ氏と山本覚馬

妻が長崎に旅してから(9月30日付ブログ参照)というもの、今だ毎日のように長崎の話が出てくる。それほど長崎旅行はよかったらしい。食事も含め全てがよかったらしいのだが、何より「隠れキリシタン」の印象が強かったらしい。帰阪後、妻は遠藤周作の小説を何冊も読んで、「隠れキリシタン」のことにすこぶる詳しくなった。妻も私同様、大学以来、宗教学の徒である。これまでは、神道やチベット密教などにも詳しかったのだが、エレサレム行以来、ユダヤ教やキリスト教にも興味の範囲が広がり、長崎で「隠れキリシタン」にたどりついたと言った方が正しい。

この余波が私にも来て、「遠藤周作の女の一生」を読むはめになった。私は小説はどうも苦手なのだが、遠藤周作の文章はなかなか読みやすく、一気に読めた。幕末から明治初期にかけての「浦上四番崩れ」という大弾圧の話である。私の正直な感想は『凄惨』の一言であった。あまり読後感は良くない。

先日、南アのマンデラ大統領が逝去された。27年間の獄中生活を送りながら、自らを差別し迫害した白人政権を許し、彼らの力も借りて虹の国建設に邁進した、いう人間的な凄みは、言葉では言い表せない。人類は、偉大な人を失った。ご冥福を心から祈りたい。

今日のNHK「八重の桜」で、ドラマの上での話だが、八重の兄の山本覚馬が逝去した。彼もまた、長い獄中生活を送っている。結局彼は、薩長に融和する道を選び、新生日本に貢献する形で会津の汚名を晴らそうとしたことが、今日明確に訴えられていた。

獄中で、「隠れキリシタン」的に言えば、「転ばなかった」マンデラ氏と山本覚馬は、出獄後、敵を許した事に共通点がある。遠藤周作の「女の一生」に関わる大きなテーマも、ここにある。この事をどうとらえてら良いのか、そう簡単に答えは出せないと思っている。もう少し思索したいところである。

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