カトリックの信徒であるT先生に、「アシュケナジ(中欧・東欧にいたユダヤ人)はユダヤ人といえない、と私は思うのですが、どう思いますか?」と聞かれた。この論法は、9世紀にハザール王国(突厥などの遊牧民やスラブ系の王国。)が、ユダヤ教に改宗したという説に基づいている。アシュケナジは、アブラハムの血統(DNA)とは言えないというわけだ。
この論争については、①人種とは何かという問題と②民族とはなにかという根本的な問題、さらに③ユダヤ人とユダヤ教の関係性の問題が絡んでいると私は思う。
①現在の地理では、人種という概念(生物学的とされた皮膚の色などによる分類:以前はモンゴロイドとかコーカソイド、ニグロイドに大別されていた。)は、教えない。社会的な歴史的要因を重視するようになっている。アブラハムが現実に存在していたとして、彼はメソポタミアのウルの出身(コーカソイド)とされている。長い歴史の中で彼の持つDNAは、かなり拡散されているといえるだろう。
②民族とは、地理の教科書(帝国書院)では、「同じ言語や慣習、歴史などを共有することから、共通の帰属意識をもつ集団」と定義されている。
③ユダヤ人は、②の定義から、ヘブライ語(モーセ五書やタルムードなどはヘブライ語表記である。)を用い、ユダヤ教の律法を基本に生活し、ユダヤの歴史(聖書の記述)を共有していると言える。(但し、ヘブライ語は本来文語であり、イディッシュ語やラディーノ語で生活してきたユダヤ人も多い。)ハラーハ(ユダヤ法)では、ユダヤ人の母親から生まれた者、正式な手続きをしてユダヤ教に入信した者とされている。よって、ユダヤ人=ユダヤ教徒という見方ができるわけだが、中世ヨーロッパでの迫害の中、キリスト教徒として生きることを選んだ者もいるし、律法を厳守しない世俗派もいるし、ユダヤ教もヘブライ語も全く理解していないDNAの繋がっただけのユダヤ人も存在する。
私は、ニューヨークのシナゴーグで、黒人女性のユダヤ教徒と親しくなった経験がある。生物学的な人種でユダヤ人は語れない。エチオピアにディアスポラした者で、長い歴史の中で黒い肌のユダヤ人が多数存在し、イスラエルに移住した者も多い。彼らがユダヤ人としての帰属意識を持っていれば、ユダヤ人であると言う他ない。
エルサレムのイスラエル博物館には、ディアスポラ後の様々な地域のトーラーやシナゴーグの展示がある。インドや東南アジアにまで、広がっていて驚く。ユダヤ人は、完全に人種という概念を超えている。また、南欧や北アフリカのスファラディ、中東から南アジアのミズラヒム、欧州のアシュケナジなどの地域別な文化の相違もある。ただ、ヘブライ語という基本言語やユダヤ教の聖書などの共有は頑然と存在している。
なにより、ハザール王国には、改宗者と他から招かれたユダヤ人も存在したようだ。でないと、国ごと改宗することは指導者なしでは不可能である。長い歴史の中で、DNAは交錯しているはずだ。アシュケナジは、ユダヤ人ではないという論には、こういう問題点が潜んでいると思う。
そもそも漢民族だって、匈奴や女真とDNAは交錯しているし、ロシア人もモンゴルと交錯している。日本人も当然で、純粋な縄文人のDNAを持つ人はかなりの少数派ではないか。弥生人や渡来人との交錯があって普通であろうと思う。
このアシュケナジ=ハザール王国出自論は、そういう意味でナチのニュルンベルグ法(ユダヤ人の規定を行い、迫害を進めた。)のような気持ち悪さを感じるのである。
ちなみに、松岡正剛の千夜千冊に記された「ユダヤ人は誰か」(アーサー・ケストラー)のほうが面白そうである。https://1000ya.isis.ne.jp/0946.html