2012年10月13日土曜日

男の顔の形而上学

Amebaピグでの自画像
「男は自分の顔に40歳になれば責任を持たなければならない。」とよくいわれる。リンカーンが部下の推薦した男の『顔が気に入らない』という理由で拒否した時、言った言葉らしい。最近、なるほどと思う事があった。

新内閣の法相の暴力団との関係が云々されている。初めて、TVで法相の顔を拝見した時に、リンカーンの言葉が浮かんでしまったのだ。なんとなく…感じるものがあったのだ。妻も同意見だったので、私だけの感覚ではないみたいだ。

最近TVに出てくる政治家の顔にも同様の感想をいだくことがある。人柄というものは、どうしても顔に出る。ちょっととカント風に言えば、イケ面とか、そういう感性が感じる感覚的質量ではなくて、悟性が構成する経験的対象であるように思う。男の顔にも、美醜があると思うが、内面からかもしだされる経験がミックスされる。土台が美であっても醜であっても、そういう部分が、40歳を超えると蓄積されるのだろう。

私が鏡で自分の顔を見るのは、朝のひげそりの時くらい。さきほど妻に「肌の手入れくらいしいや。」とクリームを渡された。なるほど、50歳を過ぎると肌にも責任を持たなければならないのか。(笑)

0 件のコメント:

コメントを投稿