2021年4月10日土曜日

アフリカ独特のユルさ

ケニアとタンザニアの国境を示す石碑 https://ebisu.surbiton.jp/travel/kenya/maraserena.html
「アフリカ独特のユルさがアフリカらしい発展の鍵になる」という、明治大学の笹岡健一教授の記事が面白い。今日現在で3回にわたって書かれている。その要約と私の感想をエントリーしたい。

アフリカ諸国は、植民地支配の際にひかれた国境線のまま独立している。それ以前のアフリカには小さな王国もあったが、領地の拡大を目指すことはなかったし、植民地支配のためにエスニックグループの集団がかき集められた。エリトリアの独立と南スーダンの独立は例外的で、1960年以後国境線は動かさないという取り決めがなされている。すなわち、ヨーロッパや他の地域の国(日本も含めて)の成り立ちが全く異なる。領地拡大という概念がアフリカにはないのである。

よって、国境管理はユルい。国境沿いのエスニックグループには、その国の中央に居住するエスニックグループより国境を越えたところに、同じグループや言語的に近いエスニックグループがいることも多い。管理の行き届かないところで、自由に往来している。麻薬や武器、盗難品などが自由に運搬されたり人身売買目的で子供が連れ去られることも横行しているので、デメリットも大きいが、国境管理の厳格化が政治の安定や経済の成長に繋がるとはいえない。

アフリカの不思議の1つに国家間の紛争がほとんどなく、内戦ばかりであることがある。もちろん、ナショナル・アイデンティティはあるし、ブラック・アフリカ的な意識、エスニック集団意識もある。しかしユルさ、重なり方もアフリカ独特のものである。ところで、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)構想が推進されているのだが、インフラの不整備や農産物生産に地域的特色がないことなどの産業構造から不安視されている。しかし、これもヨーロッパや他の地域と同じ視点で見るとたしかにそうだが、アフリカ独自のユルさから独自の発展が生まれる可能性があるのではないか。

…近代国家は領域国民国家と言い換えることができる。アフリカ諸国の歴史を鑑みるに、エチオピアがそれに該当するとは思うが、他は笹岡先生の言われるとおりである。実際、ケニアでは、マサイは、マサイマラ(ケニア)とセレンゲティ(タンザニア)を自由に移動していることを知った。ブルキナファソの北部サヘルにも国境的なものが作られている様子はなく、実際にはトゥアレグの人々は遊牧民で自由に移動しているはずだ。とはいえ、ナショナルアイデンティティもある。特にサッカーに関してはナショナルチームの活躍が大きい。ブルキナファソで見たTVの音楽番組では、同じフランス語圏のバンドが紹介されていたが、セネガルの、マリのバンドだという風に紹介されていた。エスニックの意識も大きい。そもそも同じ国内でも言語的に全く違ったり、似ていたりと複雑である。こういうアフリカ独自の重層的ユルさは、私には魅力的に映る。

…この小論で、アフリカの国家間戦争が起こっていないことが、その歴史的な由来から説明されている。納得である。同時に、私は60年代以来の汎アフリカ主義が今も根付いていると思う。モロッコがAUから排除されたのもその表れだろう。国内では様々な紛争があるが、国家間ではないということの是非は、アフリカが領域国民国家化=近代国家化していないとネガティブに見ることも可能だが、重層的に見ることが必要だと思う。いずれにせよ、面白い内容だった。

…意外にも、アフリカ各地での農業生産が特に近隣ではあまり変わらないことの指摘は、目からウロコな話であった。たしかにそうである。気候や土壌によって、トウモロコシ主体、芋主体といった多少の変化はあるが、米栽培は未だ少ないし、ミレットなどの雑穀は土壌の悪い所でどこでも栽培されている。自由貿易と言ってもリカード的な比較優位の商品はあまりないといえるだろう。だが、これもヨーロッパ中心の経済学的な視点である。アフリカはアフリカの独自の発展があるはずという笠岡先生の意見を支持したい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c57e77878f60aa220d6fee2cf72859c83233fcad
https://news.yahoo.co.jp/articles/4025b692645967286b42e73bb73376532f9e09ce
https://news.yahoo.co.jp/articles/28ffa39da1bc0039e65160d7a4f78aeff92a8b2c

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