2026年4月11日土曜日

沢木『天空の旅人』断片3

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沢木耕太郎の『天空の旅人』の断片エントリー3回目である。密偵の姿としてラマ僧が最適であると考えた西川は、経典(チベット語)を読めるようになるため、そして知らない土地に行きたい冒険心から、ラサを目指すことになる。

ここまでで潜入2年間。興亜義塾の塾生宛ての第二信に「(前略)来たれ住め西北の大東亜西壁の一角へ。必要とするものは、唯意気と体なり。(後略)」とあり、彼が読み続けていた吉田松陰の影響が色濃く出ている、と沢木は書いている。…共感。

まずは隊商の手伝いで、ラバに乗って駱駝8頭を引き連れて出発である。すでに一頭一頭の駱駝の特徴をすぐに覚えれるようになっていた。青梅省シャンに着き、無人地帯を行くタングート人(チベット=ビルマ系の遊牧民族)の大隊商に合流、ラサに向かう。1945年7月のことである。ここからは、ヤク(画像参照)の世界であり、二頭のヤクに3ヶ月分の食料と身の回りのものを積んでいた。ヤクの扱いは難しい。もともと野生のヤクは、逃げ出そうとする。鼻先に結わえつけられた手綱を引いても動かない。宿営中に二頭とも逃亡しかけたこともあったのだが、西川には人の優しい心が読めるような気がした。

蒙古のゲルや中国読みのパオは羊の毛を用いた白いテントだが、タングート人のテントはヤクの毛で織られており黒い。

この旅の最大のトピックとなるのは、最大の難所の流れが急なリチュ河近く。宿営の準備をしていると、100頭ものヤクが勝手に河を泳いで渡ってしまったのである。翌日朝も帰ってくる気配がない。タングート人が優秀な馬で渡河しようとしたが渡りきれない。そこで「(風呂にはいることも河で沐浴する習慣すらない蒙古人なのに)河など怖くない=泳げる。」と言ってしまった西川に白羽の矢が立ってしまったのである。日本男児の底力を見せたいというヒロイックな気持ちもあったが、日本人であることを死んでも隠さねばならないというかなり滑稽な状況になったのである。急流を必死に泳ぎ、向こう岸で足が立つと思ったが流され、溺れそうになりながら対岸にたどり着いた。向こう岸から凄い歓声が起こった。タングート人がこっちに来いと命令する時、鼻面に石を投げ当てることを思い出し、石を投げ続けた。驚いた一頭のヤクが水中に飛び込み、続いて雪崩のようにヤクは対岸に向かって泳ぎだした。その後、体力をほとんど使い切った西川は、急流に流されたりしながらも、なんとか泳ぎきりたどり着いた。

タングート人たちは、火を炊き生還した英雄・西川の体を温めるとともに、何頭もの羊がさばかれ、大宴会となった。この話は千里を越え、チベットに及ぶことになる。

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