2026年4月28日火曜日

ヨハネ福音書のイエスⅡ

ドジャーズが見事な9回裏・大逆転勝利をして、山本由伸投手の敗けを消したのだが、マーリンズとの3連戦のことは後日まとめてエントリーしようと思う。本日のエントリーは、温めに温めてきた「ヨハネの福音書」の話である。このところ『ヨハネ福音書のイエス』(小林稔著/岩波書店)を通勤時に何度も読み返してきた。

他の3福音書(マタイ・マルコ・ルカ=共観福音書)とヨハネの福音書の相違は明らかである。著者は、ヨハネの福音書には、イエスの成長の歴史のようなものは、ほとんどない、としている。たしかに、他の福音書にある逸話は、ほとんど省かれている。参考資料として、『図説聖書物語新約編』(山形孝夫/河出書房新社:画像参照)で比較してみた。

山上の説教(マタイ・ルカ)清めの論争(マルコ・マタイ)、取税人や罪人との食事(マルコ・マタイ・ルカ)、癒しの論争(マルコ・マタイ・ルカ)カナンの女(マルコ・マタイ)イエス、エルサレムに向かう(マルコ・マタイ・ルカ)神殿から商人を追い払う(マルコ・マタイ・ルカ)律法学者らと議論(マルコ・マタイ・ルカ)最後の晩餐(マルコ・マタイ・ルカ)ゲッセマネの園(マルコ・マタイ・ルカ)これら有名な話は、ヨハネの福音書には書かれてない。

唯一共通しているのは、ナルドの香油(マルコ・マタイ・ヨハネ)くらいである。このナルドの香油という話は、最後の晩餐の前に、イエスが蘇らせたラザロと兄弟関係にあったベタニア村のマリアが、高価なナルドの香油をイエスに注いだ話。葬りの準備をしてくれたと喜ぶ。

一方、カナの婚宴、サマリアの女、ベテスダの池の不思議の逸話に関しては、反対にヨハネの福音書のみに書かれている。カナの婚宴とは、水をぶどう酒に変える話。サマリアの女とは、ユダヤ人と対立していたサマリア人の女に水を所望する話で、イエスこそが生命の水そのものだということを示す。べテスダの池の不思議とは、エルサレムの羊門の家畜を洗う池には時々天使が降りてくる。その時水が動き、真っ先に水に入ると病が治る。38年間もその時を待っている(=真っ先に入れない)病人に、イエスは起きて歩きなさいという言葉だけで治癒する。(それ以前は触れたり、手を当てたりして奇跡を起こしていた。)イエス自信が動く水であることを示している。

ヨハネの福音書は、四福音書で最も後で記されているというのが聖書学の常識。しかもヨハネの福音書を記した教団のおかれた状況も非常に重要だと著者は語る。…続く。

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