2018年10月14日日曜日

書評 帰国子女・怪傑ハリマオ考

またまた日本人会の無人古本コーナーで手に入れた文庫本の書評をエントリーしたい。「マレーの虎 ハリマオ伝説」(中野不二雄著/文春文庫)である。
昔、『怪傑ハリマオ』という『月光仮面』のような番組があった。調べると1960年というから、私は2・3才。当然、我が家にはテレビが無かったし、見た記憶などない。なつかしの子ども向け番組の特集で見たくらいだ。
ただ、ビッグコミックに連載されていた『総務部総務課山口六平太』の主人公・六平太がカラオケでは、必ず『怪傑ハリマオ』を歌うのである。それで、私にはなじみがあるという複雑な回路で『怪傑ハリマオ』と繋がっている。

この『怪傑ハリマオ』は、一応マレーシアが舞台のような感じである。ハリマオはマレーシア語で虎の意味(ちなみにマレーシアのサッカー代表は”ハリマオ”である。)である。この番組や映画にもなった谷豊という人物について書かれたノンフィクションが、今回の文庫本である。

この谷豊氏は、父のマレーへの移民によって、現在で言う帰国子女的な状況下に置かれる。父は、小学校段階で日本に帰国させる。日本語がわからないのでずいぶん辛い目にあうことになる。戦前の話故に、徴兵検査も受ける。しかし、身長が足りないと言うことで丙種合格となり、日本男子としての面目を失うのである。そんな中、マレーでは、五四運動の影響を受けた中華系の日本人襲撃を受け、妹が惨殺される事件が起こる。この犯人は、当時の英国警察によって処分を免れたようである。彼は密かにマレーに帰り、これに抗議するために盗みを働き、英国警察に妹の事件の不合理を強く訴える。だが、どうにも動かなかったようだ。やがて、彼は、ムスリムとなり、マレーの人々に人望の厚い義賊となる。中華系の貴金属店を遅い、金品をマレーの人々に分け与えていたのだ。人を傷つけない盗賊団の頭領”ハリマオ”として、かなりの賞金首となったのである。

やがて、戦争の気配が強まると、彼を利用しようとする陸軍(中野学校出身者が中心で、この辺も興味深い)の動きが強まる。やがて彼は、マレー侵攻作戦・最前線のさらにその先で、マレーの盗賊団を率いて工作活動を行うことになる。彼が依頼を受ける際に出した条件は、ただひとつ。写真を撮り、日本の家族に送ってもらうことだけだった。
工作といっても、実際のところは、橋の爆破を一件だけ防げたというくらいらしい。他の工作は全て間に合わず失敗に終わっている。マレーの熱帯雨林の獣道を必死に駆け抜けたわりに、日本軍の進軍と英軍のシンガポールへの敗走が早かったためだが、この奮戦の中で重度のマラリアに罹患する。シンガポールの陸軍病院で死去する前に、軍属に任命される。彼はこれに無量の喜びを示すが、臨終に際しては、日本との縁を絶ち、ムハンマド・アリー・ビン・アブドーラーとして仲間の手によって埋葬される。
TVのヒーロー 怪傑ハリマオ http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-731.html
…著者は物故者の多い中、日本各地の関係者の人々をインタビューしながら、なんとか谷豊氏の生涯を推測し、納得できる物語を構築していく。そこには、徴兵検査で日本人になりえなかったという思い、作戦に協力して日本人になりえたが、結局マレー人として死んだ青年の悲哀がある。当時、新聞で報道されて大きな話題になった国策上のハリマオでもはなく、TVのヒーローとなった怪傑ハリマオとも全く違う、『遙か昔の帰国子女の物語』なのである。この本は、実に読み応えがあった。特に、シンガポールで、彼が治療を受けた病院や墓を探す箇所は引き込まれていく。マレーシアにあって、その風土を経験し理解しうるが故かもしれない。数奇な生涯を送ったマレーシア移民の谷豊氏に合掌…。

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