2010年11月28日日曜日

私感/龍馬伝最終回

 所用が早めに終わり、龍馬伝の最終回をリアルタイムで見ることができた。本年の初回の日に感想を述べているので、最終回を見終わってやはり感想を書いておきたい。(1日2回のブログ更新になるが…今月はお休みもあったので…。)先日、なにかの新聞の文化欄で、この龍馬伝の構成が、アマデウスを元にしていると構成作家が語っていたとあった。龍馬=モーツアルトと、岩崎弥太郎=サリエリとの怨嫉を基軸にしていたわけだ。まあ、司馬遼的でない、新しい龍馬像の構築はなされたといっていいと思う。

 私はどっちかというと、日本資本主義論争的な面から、第1回を見て市民革命的な視点ではないかと感じた。その思いは最後まで同じだった。今日の最終回など松平春嶽が殿様の座る場所に龍馬を座らせるという演出がある。これを龍馬は歯牙にかけないし、最後に各藩に送りつけた新政府の中心人物を示した3つの丸を誰とも明かさない。暗殺寸前に、中岡慎太郎には、その真意を『みんな』という意味だと語る。龍馬の言には、極めて明るい市民革命的な視点が、強いのである。この楽天主義的な市民革命論的スタンス。それと好対照のリアルな、言い方を悪くすれば、あまりに汚い演出。このコラボレーションこそが、今年の大河ドラマ・龍馬伝であったように思う。

 まあ、現実にあった史実をアレンジしたフィクションであるから、細かい事に目くじらを立てる必要はないが、最後にお龍が、土佐の浜で兄と乙女姉さんと何を語るでもなく想うシーンがあったが、後に土佐の坂本家を出て、他の男と再婚するのであるから1人佇んでいて欲しかった。(笑)

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