2021年11月2日火曜日

中江藤樹と高野長英、村田蔵六

中江藤樹 https://ameblo.jp/takafumiaoki000/entry-12208472840.html
私が松山からJRの特急に乗って、八幡浜まで初めて来たとき、途中の駅に中江藤樹の名前を発見した。良く駅にある名所案内の看板である。中江藤樹と言えば、陽明学の祖であり、日本思想史上のビッグネームである。

調べてみると、中江藤樹は近江の生まれで、養子に行った先が加藤貞泰の家臣で、初代大洲藩主となった殿様である。それで、10歳の時大洲に移り住んでいる。その邸宅跡が大洲高校内に残っているらしい。昭和14年に彼の功績をたたえ至徳堂が建設されたそうな。

高野長英 https://www.excite.co.jp/news/article/Japaaan_93753/
西予市という市があって、宇和島に行く時通る市があり、その中心に卯之町という歴史地区がある。近々行きたいと思っているのだが、そこには高野長英が蛮社の獄の後隠れ住んだと言われる家がある。高野長英は、シーボルトに学んだ洋学者。渡辺崋山と尚歯会をつくった先駆者である。

三崎の近くに、こういう史跡があることが興味深い。ちなみに、宇和島には、村田蔵六=大村益次郎が住んだ家の後もあるらしい。伊達藩は洋学好きで、高野長英の後釜として村田蔵六を緒方洪庵の推薦で招聘したとのこと。日本初の蒸気船を作った宇和島藩。これについては、西予市の県立博物館で模型を見せてもらった。

こういう郷土史は、四国に来てから面白いなと思うようになった。

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