2017年1月13日金曜日

IBTの話(71) ファトワー

昨日の「マレーシアBOX」の授業の最後に、私の「マレーシアBOX」も発表した。4月に渡馬して以来、最も興味をもった問題も「国家と対峙するイスラーム」を読み終えて、一応の結論に至ったからである。その問題とは、マレーシアは、近代国民国家なのか、イスラム国家なのか、という命題である。独立以来のマレー系・華人系・インド系の三民族の共生をはかる国民国家であることは明白である。しかしながら、国教をイスラムと定め、イスラム法・シャリーアもまた、マレー系の人々の中にしっかりと根付いている。二者択一の結論を求めたわけではない。だが、少なくともどちらに比重が置かれているのか、ということを私は知りたかったのである。「国家と対峙するイスラーム」はその謎を真っ正面から説いた本で、実に興味深い内容だった。

まずは、マレーシアを自然・産業・文化の視点からまとめた文章を私も書いてみた。

熱帯雨林気候で、しかも近辺で香料が取れたことが災いし、ポルトガル・オランダ・イギリスの侵略を受けた。さらにスズの産出、天然ゴムの栽培に適していたことで、中国系・インド系の移民政策がとられた。現住のマレー系は、スルタンを頂点としたイスラムの伝統社会をつくり、温厚で寛容であったゆえに最も経済的に恵まれない立場におかれていたが、独立に際しては人口的に優位かつまとまりが維持されていた故にその主体となった。近代国家を目指し、第二次・第三次産業化を目指す上で、プミプトラ政策を実施、農村から都市へとマレー系の人々は進出した。しかし、経済力をもつ中国系・インド系との国民国家形成を進める上で、経済的なジレンマとともに、イスラムを国教とする国家としてのジレンマもかかえている。

そして、私の選んだマレーシアBOXの中身は、「ファトワ-」である。

独立時に、イスラムを国教としたものの、中国系・インド系移民を国民国家として統合したマレーシアは、シャリーアを根本とするイスラム国家である、とは現状では言い切れない。歴史的にはマレーシアはシャフィーイ派法学が強いが、5月13日事件以後のPAS(マレーシア・イスラム党)の運動は、与党のイスラム化政策に大きな影響を与えてきた。しかし、現在のマレーシアは近代国家としての世俗的な憲法の方がシャリーアより強いと言える。なぜなら、ファトワーが各州の行政機関によって独占・統制されていることや、官報で公告されたファトワーに、ムスリムが従う義務が定められており、これを批判すると罰則が定められていることが挙げられる。(近代国家の法制の中に本来自由が認められているファトワーが隷属しているといえる。)また、最近のファトワーは、(本来ファトワーが拠り所とするのは、シャリーアの法体系や過去のファトワー集であるはずなのに、政治的な意図から)「公共の福利」がその理由として挙げられることも多くなっているからである。

「国家と対峙するイスラーム」の内容は、かなり専門的なので、それを簡潔にまとめると上記の文章のようになった。ちなみに、「ファトワー」とは、クルアーンやハディースなどを研究したウラマ-(法学者)の中から、これを発することを認められたムフティーが、ムスリムの人々の発する様々なな問題の解決に向けて、シャリーア(イスラム法)の立場から発する返答である。(今日の画像は、どこかの州のイスラム協議会が書面として出したファトワーである。少しマレー語を翻訳してみたら禁煙についてのファトワーだった。)F36Cの国費生の学生諸君は、なるほどと、私の言いたいこと、研究したことをよく理解してくれた。ただ、この人定法と神定法のせめぎあい、すなわち世俗的な近代領域国民国家と、イスラム復古主義の対立は、まだまだ続いて行くように思う。

2 件のコメント:

  1. 本年もよろしくお願いします。
    釈迦に説法なこと、ご容赦ください。
    「マレーシアは近代国民国家か、イスラーム国家か」という問い、まさにライシテの議論のど真ん中ですね。ご存知の通り、フランス革命が生み出した、近代国民国家の大原則ですが、とうのフランスでかなりひずみが出てきていて、むしろ、純粋なライシテ状態というのが存在しうるかどうか、ということに疑問が持たれています。
    もう一つ。日本の場合もこの問題があって、「神道」を宗教とするかどうか、これもある意味ライシテの原則から照射された問題のように思います。
    私なりの結論ですが、そもそも近代国民国家という仕組みが制度疲労を起こしている、多様なライシテがあってしかるべきだと思っています。

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  2. 荒熊さん、コメントありがとうございます。今年もよろしくお願いします。ブログで読みましたが、出張や子育て、大変のようですね。頑張ってください。
    さて、マレーシアで9カ月、ずっとこのことを考えてきました。毎日がフィールドワークという感じでした。マレー系や華人の学生の意見を聞きながら、数冊の本(日本語のマレーシア関連本はアフリカより少ないです。)を読んでの結論です。たしかに近代国家という仕組みが、英国や米国、中ロの「近代の逆走」でひずんできていますよねえ。ただ、マレーシアは、その近代国家という枠組みをはずすと、今でも三民族間の共生が危機を生む可能性があると私は思っています。マレーシアは、実に興味深い国です。来るまでこんな興味深い国だとは知りませんでした。浅学故、少しずつですが、この問題については、ブログでエントリーしていきたいと思います。

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