2017年1月10日火曜日

マレーシアの民族的「間合い」

「多民族国家マレーシア」より
今、「国家と対峙するイスラーム」と「住まいと暮らしからみる多民族社会マレーシア」(1月3日付ブログ参照)を併読している。読後感は、かなり対蹠的な両者である。前者はまさに論文であり、後者はやわらかい文章でエッセイ的に綴られている。とはいえ、両者とも私の今の最大の関心事について述べられているので、両者を読み比べることで、至福のひとときを過ごしている。

私が今、意識していることは、民族間の「間合い」についてである。「間合い」とは、剣道などで言う間合いと同様の意味である。「住まいと暮らしからみる多民族社会マレーシア」の中で、何箇所か重要だと思われる箇所があった。今日は、それについてエントリーしたい。

マレーシアでは、法に定められた住宅団地開発のガイドラインにのっとり、郊外の住宅団地には、様々な施設が住宅とともに一緒に建設されることになっている。商店や学校、公園や緑地、一定幅の道路も計画される。この整備水準は(建築の専門家の著者から見て)国際的にみても遜色はないそうだ。

たいていの住宅団地の中央にはモスクがつくられ、マレー系を中心に信仰の場となっている。ただ、中国系やインド系の廟やヒンドゥー寺院が公費で建設されることはなく、団地や周辺の住民たちが自主的に寄付を行ってショップハウスの一部を改造したり新たに建てたりするとのこと。マレー系が優先的にいちばん立地のよい団地の真ん中にモスクが建つことに不満をもつ人もいるようだが、寺院の維持を寄進でまかなってこそ本物の信仰だという意見もあって、一筋縄ではないようである。もちろん、モスクの管理はマレー系の人々が汗をかいて担っている。(この箇所も含め、本当は”です・ます”調で書かれている。)

プミプトラ政策で、農村から都市への移動促進政策の状況がよく見てとれる内容である。

ちなみに、シンガポールの団地で、中国寺院、ヒンドゥー寺院、モスク、それにキリスト教会をひとつの建物に入れた施設がつくられたことがあったのだが、今はもうないらしい。やはり、お互いに適当な距離が必要だということだ。

住宅団地に住むインド系の会計士の話が載っていた。「みんながひとつの家に住むことは出来ない。それでも近所に違う民族の人が住んでいるのは問題ない。都市では宗教も母語も異なるけど、みんな混ざり合って住んでいる。離れすぎず接触しすぎないのがいちばんだろうね。」多民族の行為や考え方の違いには一定の理解を示しながら、一方では自らの民族集団の文化は家族を中心とした小さな社会単位で守られると考えているとのこと。

なかなか示唆的な話である。中国系の夫婦げんかの仲裁に入るマレー系の人の話も出てくる。夫婦喧嘩に民族の違いはないそうだ。(笑)またデング熱の消毒作業を近所で民族関係なく協同で行うことも常らしい。デング熱に民族の差はないからね、というわけだ。

これらが示す民族間の「間合い」。私にも、皮膚感覚でなんとなく理解できるようになった次第。

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