2010年10月24日日曜日

劉さんの「私、子供産みますヨ」

 昨日は、中学生のための「体験入学」で登校日(授業は1・2限、午前中準備・午後体験入学)だったのですが、熱が下がらず(38℃)、結局休むことになりました。地理Aの授業もあり、体験入学の役係もあたっていたのですが、どうすることもできませんでした。妻に背中から腰にかけて湿布を貼ってもらい、関節や筋肉の痛みに耐え、ジュースやゼリーやアイスクリームなどの食事で1日じっと耐えておりました。今朝ようやく平熱に戻った次第です。

  さて、今日は、今回の中国修学旅行で最も印象に残ったことについて書きたいと思います。胡同(フートン)でのことです。
 今回は、昨年の行程に若干変更を加えました。昨年行った「頤和園」と「明の十三陵」をやめて、「胡同」を入れたのです。 昨年の生徒諸君のアンケートの結果と、タイトなスケジュール緩和が、その理由です。さて、この胡同、要するにに古い北京の町並みで、アメリカで言えば、「歴史地区」といったところでしょうか。北京の膨大な数の近代的ビルと高速道路で停滞する車の列に圧倒される我々に「清朝時代の中国」を感じさせてくれるところだといえます。さて、この胡同、人力車で散策するとことまで往復するのですが、あいにく小雨が降ってきました。(午前中の万里の長城はなんとかもったのですが…。)<画像を参照>この人力車、私は個人的に、自分が偉そうにしているようで気に入らなかったのですが、時間の関係もあって、そんな感傷もクソもないまま、慌てて乗り込むはめになりました。すると、数十台の人力車が、まるでカーレースさながらに同時にスタート、スピードを競うのです。もちろん、前方から車は来るわ、人は来るわ、横にぶつかりそうになるわで、物凄いスリルがあるのです。なかなか面白かったというのが、私の感想です。生徒は、どう感じたのでしょうか。
さて、胡同の散策を終え、バスに戻ってみると、劉さん(先日紹介した現地ガイドさん)がいません。後で、聞いたところによると、携帯電話を人力車の座席に忘れた生徒がいて、その世話をしてくれていたのでした。本来、この人力車、安い賃金で働く車夫はチップが生命線。今回は団体なので、私もチップを払いませんでしたが、わざわざ携帯電話を届けてくれた車夫に、劉さんがチップを払わないわけがありません。聞くと20元支払ったとか。「私が出すよ」「ダメ!いらない。」「劉さんに払わすわけにはいかない。」「ダメ!いらない。」普段は、”愛想の塊”のような劉さんが折れません。とりあえず、この時はは私が引いたのでした。その日の本校教員だけのミーティングで、これは本校が払うと決めました。北京空港で最後の最後に校長に渡してもらうことにしました。
 そして、北京空港。結局、校長が渡しても、劉さんは頑として受け取りません。「私、子供産みますよ!」というのが、劉さんの拒否の言葉でした。
 これには、少し解説が必要です。劉さんは、若く美人なので全くそう見えませんが、既婚者です。3年前、本校の修学旅行のガイドとして登場した時は、未婚でしたが、昨年の修学旅行前に結婚されました。ただ「私は一人っ子政策の第一世代なので、子供を産む勇気がありません。子供が子供を育てられませんヨ。」と、子供は、まだまだと言っていたのです。つまり、「子供を産みます。」というのは、「次の修学旅行でガイドしませんよ。」という”脅し”だったわけです。

 この劉さんと王さんという現地ガイドのお2人は、今年で連続3回目。今回は特に尖閣諸島問題で実施されるかどうか、非常に心配していたそうです。2人にとって、本校のガイドは、単なる”仕事”ではなかったのです。姉の世話をしたから、その妹の世話をするという感覚というか、”内輪”の感覚があるのです。だから、車夫にチップを支払うのは当然で、金銭の問題ではないということなのだと私は理解しています。その証拠に、劉さんは、私が持っていた二元札(今はもう発行されていない)に「珍しいですね。」というので、その札をあげたら大喜びましたし、ホームヴィジットのため用意していたけど、使わなかった「日本の民芸風お手玉」をあげたときも、喜んで受け取りました。でも、生徒の為の二十元は受け取らなかったのです。「私、子供産みますよ!」という拒否の言葉には、自分の全てをかけた本校生徒への想いがこもっているのです。この気持ちが、嬉しい。涙がでるほど、無茶苦茶嬉しいのです。
 王さんも北京空港で1年ぶりに再開した瞬間、私が、彼にハグしにいったことに感激してくれていました。「本当に嬉しかったです。」彼にそう言ってもらえて、私も嬉しかったです。王さんも、北京空港から天壇公園に向かうまで興奮気味で、バスの中で自分で何を言っているのかわからなかったとか。それくらい今回の本校のガイドを楽しみにしていてくれていたことを、後で知りました。王さん・劉さん彼ら2人の想いが、本校の中国修学旅行を支えているのです。本校は、中国・北京になによりの「財産」をキープしているのと私は思うのです。

 昨年彼らと出会った国語科3年生に、先日授業でこういう問いかけをしました。「万が一、尖閣諸島の問題が悪化し、中国と日本が戦争になったとして、君たちは、王さん・劉さんに銃を向けれるか?」
  
  …全員が沈黙しました。
 
 これが、地球市民の平和学だと私は思っています。

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