2010年9月26日日曜日

私はアフリカに人間を見に行く

 りり~君のブログ(国際協力師への道/9月25日付)で、「こちらの善意が相手の迷惑になっていないか」と題して、彼が異文化への配慮について書いている。その例として、教育についての私の体験を引用してくれている。(下記参照)

『子供に算数を教えるのですが、父親は算数ができません。父親は子供にとって偉大な存在である国で、父親よりも高等な教育を行うことは許されることなのか? その教師が行った教育方法は、「子供と一緒に父親にも教育を一緒に行う」という方法だったと記憶しています。(合っていますか?)』

 回答:合っていません。(笑)ケニアでの私の体験と、ブルキナでの体験が混ざっています。ケニアでの体験については、2月17日付のブログで書いた、ピーター=オルワ氏の話です。アフリカでは、父親の権力が強いので、子供が生意気を言うような教育を受けるにはまだまだ早いだろうという話です。もう一つは、ブルキナの体験です。彼に私のブルキナの紀行文(ブルキナファソ留魂録)を読んでもらったので、合体ロボしたのでしょう。この話は、ブログでは初登場なので、ちょっと詳しく書こうかなと思います。

 ブルキナで、私はIさんやJICAの皆さんの好意で、SMASE(理数科教育推進プロジェクト)の現場を視察することができた。<本日の右上の画像>教えるのはJICA専門家のM氏。三角定規を新聞紙で作り、初歩的な幾何(三角形の内角の和等)を”小学校の校長のさらに上の立場の人々”に教えていた。その後、ワガのSMASE事務所に戻り、カウンターパートナーのゾンゴ氏と語らうことができたのである。ゾンゴ氏は、今日研修を受けていた人々のさらに上に立つブルキナの教育界を背負う若きエリートでJICA大阪に研修員として来たこともあるという。<次の画像はゾンゴ氏>

 ここで、私は上記のケニアでの体験、すなわちピーター氏に「開発も重要だが、ケニアの伝統社会も重要なのだ。」と言われたことについて、詳しく説明してから、「ブルキナの理数科教育においても同様の軋轢が起こるのではないかと懸念する。あなたは私の意見に対してどう思うか。」と問うたのである。(もちろん通訳はJICAのSさんにお願いした。かなりシンドイ思いをされたと思う。いまさらだが、合掌である。)

ゾンゴ氏の回答である。「そういった問題は確かにある。伝統社会と経済発展はかち合うものだ。しかし、両親を学校に招くこと、そこで意見交換をすることで、学校で何をやっているか理解してもらえる。ブルキナでは、小学校の運営は行政ではなく親が行っている。共同体の中で学校に関わらざるを得ない。識字教育、特に女性への教育は学校が行っている。伝統社会との問題は学校側から歩み寄っている。伝統的なダンスを学校で教えたりもしている。すなわち、開発の側から伝統社会にアプローチすべきであると私は思う。」 …箴言であると私は思った。
 蛇足かもしれないが、この後、「私は、日本の子供は、金と偽りの自由に侵されている、と感じている。それに比べて、ブルキナの子は心が美しい。」と言ったら、彼は顔をしかめた。「もし、ブルキナの子供たちが学力をつけたら、きっといい国をつくれるだろう。」とさらに私が言うと、シニカルに笑った。
 彼のこの反応を私は不快に思っていない。責任ある立場にある人間だからこそ、こう反応したのだ。彼は無責任な政治家ではない。現実を誰よりも知り尽くし、何から手をつけるべきか四六時中考えているのだろう。単純に子供の心が美しくても国は発展しない。しかし教育が充実すれば少しだけ明るい未来が見える、という確信故の反応だと私は感じた。だからこそ、彼は本当に信用できる人物なのだと思う。

 このような人物と話せたことに、今も深く感謝している。
       -私は、アフリカに人間を見に行く-

4 件のコメント:

  1.  記憶というものは曖昧なもので。辻褄を合わせようと特捜部がした事のようになってしまいました。笑 私の記憶の整理をしていただきありがとうございます。
     タイトル「私はアフリカに人間を見に行く」素敵です。ESDには欠かせないですよね。この言葉、ドミニカ共和国に持って行きます。

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  2. りり~君のおかげで、今日はいいブログが書けました。タイトルは、なんとなく最後に浮かんだ言葉で、ちょいとキザかなと思ったのやけれど…。

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  3. 完全にひとつ前のブログへのコメントで申し訳ないです。

    尖閣諸島について彼女と初めて政治的な議論をしました。
    こちらも打ち負かしてやろうと思っているわけでもないので、ウンウンと耳を傾けていましたが、レアアースあたりから雲行きが怪しくなり、最後は沈黙で終了しました。w

    僕は中国人は嫌いじゃないですが、彼らが受けた教育(確かに日本人よりよく勉強している)への過信には参ります。南京、侵略、虐殺、というのは彼らの合言葉ですが、レアアースの輸出禁止など言いだすと、「お前らまだ戦争したりないのか」と叫びたくなるのです。

    NHKでマイケル・サンデルと東大生が議論するという番組をやっていましたが、最後に大阪の高校教諭が感想をコメントしていました。お知り合いではないですか?

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  4. 哲平さんへ。私は昔、中国の歴史教科書の日本語版を読んでいました。彼らの歴史認識は強烈なものがあります。水に流すと言うのは儒教的発想ではなく、あくまでも記紀にある純日本的発想だといつも生徒に教えています。このような理解が必要かなと思っています。今日のブログは、そういう意図を込めています。もちろん、中国の中にも地球市民的発想をもった方もいるかと思いますが、残念ながらまだまだ少数派ではないかと思います。地道な相互理解にでしか解決できない問題かと思いますね。というわけで、中国修学旅行ガンバルゾォ。(笑)
     増金さんへ。コメント削除されていて残念に想います。またコメントいただければ幸いです。よろしくお願いします。

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