2010年9月7日火曜日

アフリカのロバ君・哀歌


 昨日のブログの続きである。地理Bのサブノートには、アフリカの交通手段では他に坦夫交通(インドのリキシャみたいな人力の交通機関を意味する)や、駄獣交通が盛んであると書かれている。駄獣とは、馬や牛、トナカイやヤクから犬まで、要するに荷物を運搬する家畜を言うのであるが、北アフリカはラクダ、そして西アフリカや東アフリカでは、圧倒的にロバである。
 ケニアの国道をロバが荷車を曳いているのを見たのを皮切りに随分とアフリカではロバを見た。中でも、ブルキナには、ロバが多い。ワガドゥグーの街中も郊外も、田舎町でもロバは、ひたすら荷車を曳いている。ロバは、間抜け面で従順であるようだが、鳴き声は悲しい。以前このブログ(4月17日付参照)で書いたサヘルの村で野宿した時、私はロバの鳴き声で目がさめた。なんともいえない哀音である。アフリカでは、ロバは、悲しい家畜である。ひたすら酷使されることを運命づけられている。しかし、中には幸せそうに放牧されているロバも見た。鞭で叩かれ、あるいはフライパンでシバかれているロバも見た。ロバにも幸不幸の差があるのかもしれない。

 今日の画像は、ブルキナのゴロンゴロンという町で、日陰でロバと休んでいるオマーン(彼は私の帽子とカメラマンベストを着ている)と遊び人アルベリーと、きっと週に一度のバザールというより、フランス語圏だからマルシェと言った方がいい”市”に来ている商人のロバと荷車の写真である。向うに写っている赤いリュックは私のものである。なんだかほのぼのとした写真だが、ロバは人間を全く無視している。私はロバの愛嬌あるでかい顔が好きなので、頭をなぜてやったり、背中をさすってやっても、全く反応しない。反対にちょっと怯える風である。完全な人間不信状態である。いつも思う。ロバは何を考えているのだろう。

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