2010年2月22日月曜日

チーム・コルカタの賢人


土曜日の話である。うちの愚息が博士課程の試験の日であった。ヘブライ語で受験したらしい。私はヘブライ語は読めないが、かのヘドバとダヴィデの名曲「ナオミの夢」のB面・ヘブライ語ヴアージョンが歌える。まあ、そんなことはどうでも良い。とにかく、その夜、京阪交野市駅まで迎えに行った。試験を終えての教授との飲み会だと思っていたら、『チーム・コルカタ』の友人と会っていたのだという。愚息はバックパッカー上級者である。コルカタ(旧カルカッタ)で知り合った友人の集いを、かく呼んでいる。その友人は愛知で先生をしていたのだが、大阪に戻り、中学の社会の先生をしているという。とにかく府教委か市教委だかわからないが、エライさんの前で授業をしたらしい。愚息が言うに、「おとうさん何やったと思う?ケニア人生双六やってんてぇ…。」思わずブレーキを踏みかけた。
ケニア人生双六は、私のオリジナル国際理解教育教材である。今日の画像は、JICAのHPからPDFで入手し、JPEG変換したものである。詳細はhttp://www.jica.go.jp/hiroba/educator/kyozai/pdf/tebiki03-04.pdfの2枚目にある。生まれて間もなくケニアの人々は生存の危機にさらされる。マラリアや肝炎など、人間の安全保障の問題である。小学校にも「制服」(イギリス流なのでケニアには制服がある。セーターやスカートの色を会わせるのだが、これが金がかかる。)のため行けない子や、中途退学する子もいる。セカンダリーを過ぎ、大学入試は、点数で行く学部が決まる。ここまで進めるのは10人に1人くらい。途中で脱落し、農村の輪に入る。あるいは、町に出てインフォーマルセクターの輪に入るのである。たび重なる失業や病気、飢餓…。1回休み、2回休み…。最初はキャーキャー言ってた生徒も、「かなしいゲームですねえ」と言いだすのである。
友人の彼は、私が昨夏ブルキナファソに行っている間に、読売新聞の教育ルネサンスの記事を読んだらしい。「ゲームを通し世界へ視線」という記事である。そこに本校での教育実践を載せてもらったのである。この時、ケニア人生双六を使った。彼は、これは愚息の父親ではないか?というメールを送ってきたと以前聞いた。まさか、それを自分の教育実践に役立てていたとは!正直嬉しい。途上国を旅した教師が、途上国のありのままを生徒に伝える…。私はまだ会ったことのない彼に感謝し、こう言いたい。「次は、インド人生双六を是非自分で作って欲しい。君の知っている国々の人生双六をもっともっと作って欲しい。そう、君は、チーム・コルカタの賢人である。」

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