2011年3月3日木曜日

アフリカ:茉莉花革命の影響

ブルキナ・ワガの通勤の様子
 気になっていたサブ=サハラ・アフリカのジャスミン革命の影響について、WEBでこんなニュースが配信されていた。ちょっと長いが引用したい。
【3月1日 AFP】抑圧、貧困、腐敗にあえぐサハラ以南のアフリカ諸国は今、アフリカ北部などのアラブ世界を席巻する革命の波に、希望のまなざしを向けている。
 アンゴラからジンバブエまで、アフリカの多くの国々は、20年あるいは30年以上、独裁者に強権支配されてきた。だが、富裕エリート層と飢餓階層の大きな格差、長年の圧制。これらの状況は、サハラ以南のアフリカ諸国も、チュニジア、エジプト、リビアと変らない。だが、それだけで、民衆の怒りの波を引き起こせるだろうか?
 ナイジェリアの人権活動家シェフ・サニ氏は、「北アフリカでの反乱は、アンゴラからブルギナファソまで、ナイジェリアからエリトリアまで、サハラ以南アフリカの民衆に、自由の火をかかげ、結果を恐れずに進む勇気を与えるだろう。サハラ以南の民衆が蜂起するかどうかは、仮定ではなく、時間の問題だ」と話す。
 しかし、サニ氏ら観測筋は「革命への着火力は、北アフリカ・中東よりサハラ以南アフリカのほうが強いが、人種的・宗教的分裂が統一戦線結成の妨げになっている」とみる。ナイジェリアの学者、エゼ・オシタ氏は、「北アフリカはサハラ以南と違い、人種、文化、宗教の点で同質であり、このことが国民の動員をたやすくした」と解説する。
■サハラ以南の各地でデモ
 それでも、サハラ以南の野党指導者らは支持者に対し、アラブの例にならって反乱を起こすよう呼びかけている。その一方で、国の指導者たちはそうした動きの封じ込めに躍起になっている。赤道ギニアは「報道管制」を行い、チュニジアとエジプトの大統領退陣に関するニュースを一切国民の目に触れさせないようにしている。アンゴラでは、匿名の人物が政府への大規模な抗議デモを呼びかけたが、1975年の独立時から政権の座にある与党は「デモ参加者には重い刑罰が科される」と警告した。ロバート・ムガベ大統領(87)の政権が1980年から続いているジンバブエでは、エジプトの反政府デモに関する研究会を開いたとして、元国会議員1人を含む47人が逮捕された。国民がそれほど抑圧されていないモザンビークやブルキナファソ、民主主義が進んでいるとされる南アフリカやセネガルといった国々でも、デモが起きている。いずれも、貧困・失業対策、インフラ整備を求めるといった内容だ。
 ■サハラ以南で反体制デモが置きにくいその他の理由
 チュニジアとエジプトでの政権崩壊の鍵となったのが「ソーシャルネットワークによる動員」と「軍の中立的態度」だと指摘されているが、サハラ以南の各国の軍は権力者に擦り寄る傾向が強く、インターネットの普及率もマグレブ諸国に比べると圧倒的に低い。 
 前者の例は、コートジボワールが良い例だ。前年11月の大統領選でアルサン・ワタラ(元首相が現職のローラン・バグボ大統領を破って当選したが、バグボ氏は権力移譲を拒否。軍はバグボ氏の後ろ盾に回った。ウガンダでは、 ヨウェリ・カグタ・ムセベニ大統領が1986年から政権の座にあり、前月の大統領選でも再選されたが、選挙に不正があったと指摘されている。同国マケレレ大のフレデリック・ムテビ教授は、「ウガンダの軍は政権を強く支持しており、政府の民兵として振る舞うことも多い」と指摘した。ムテビ氏はさらに、サハラ以南、特にウガンダは、教育を受けた中流階級が少ない上、北アフリカに比べて都市化も進んでいないと話した。「反体制デモを開始、継続していくためのインフラは、北アフリカではここよりはるかに整備されている。エジプトのデモ隊は、インターネットにせよ、ほかの手段にせよ、緊密に連絡を取り合っていた。そのようなことを可能にするインフラはここにはない」(ムテビ氏)一方、ジンバブエ国立マスビンゴ大のある専門家は、アラブの民衆蜂起が、独裁者たちに強権強化の機会を与え、独裁体制を固めさせるという逆の効果をもたらす恐れもあると警告している。

 だいたい私が考え、危惧していたことと同じである。サブ=サハラ・アフリカの方が、独裁的で悪いガバナンスの失敗国家が多い。北アフリカ以上に火種がある。ところが民族的なパッチワークの関係で、団結しがたいし、インフラ(ネットで結び合うIT)が進んでいないし、教育を受けたアフリカ2が少ない。反対に、権力者は独裁体制を固めるというのもわかる気がする。
 ブルキナでも、デモがあったらしい。F君が4月に行くので、ちょっとオイオイという感じなのだが、首都ワガドゥグに珍妙なデザインの新しい大統領府と官庁が建設され、一般庶民はアホかと考えているのは知っていた。不満は常に潜在的にある。ところが、ブルキナベは極度に軍を恐れている。ある意味の諦観がそこにある。しかし、穀物の高騰をきっかけにした怒りが限度を超えたとき、どうなるかはわからない。あの人のよいブルキナベたちを怒らせるのは並大抵の話ではないからだ。私はブルキナベがその潮流にのるとは思わないが、コートジボアールのこともある。大統領がさらに統制を強めるのではと心配である。
 一方、モザンビークは今、最もうまくいっている国のひとつである。少し豊かになったがゆえにジャスミン(茉莉花)革命が飛び火するのかもしれない。飛び火することがいいのか悪いのか、私にはわからない。先日述べた「公」たるルールが再構築できるかという大問題をかかえているからである。まさに昨日の異文化共生で指摘したシティズンシップという語彙の両義性のように、「ジャスミン(茉莉花)革命」は、捉える側によって両義性を持っている。1つは、アフリカ2(3)の人々がITを使って、悪しきガバナンスを革命する民主化という流れに沿う新しいエンパワーメントであり、もう1つは、同じくアフリカ2(3)が、既成の枠組みを単に破壊しさらなる混乱を生むG0(ゼロ)の流れである。

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