2010年3月17日水曜日

JEWYORKな話 その2


 昨日の続きである。ニューヨークは、全米でも有数のユダヤ人の多い街として有名である。私のNYCひとり旅の最大のテーマは、”JEWYORK”を覗くこと(観る、学ぶなどと表現するのはおこがましいのでこういう表現になるのである。)だった。昨日は、そのユダヤ人との”幸福な”邂逅のことを書いてみた。今日はその対極的な出会いについて書いてみようと思う。ニューヨーク最大のシナゴーグは、昨日も名前が登場したエマニエル・シナゴーグである。ここは、観光名所のひとつでもあるので、わりと自由に入ることができる。館内の撮影もOKである。重厚で豪華な装飾のシナゴーグである。受付の人は誠実そうな人物だったし、金曜日だったので、子供が明日の礼拝の司会の練習をしていたりして微笑ましい。…と私は思った。しかし、何か妙である。視線を感じるのである。柱の陰から私を監視する目をいくつも感じた。青年のスタッフが不慮の事態に備えて常にエイリアンである私を監視しているのであった。JEWYORKと呼ばれるこの街でも、ユダヤ人たちは自己防衛に必死なのであった。
 
 エンパイアステートビルの近くにダイアモンド・ロウと呼ばれる貴金属店が集まったところがある。ここに立っていると、黒い帽子に顎鬚、黒いスーツにアタッシュケースを持ったオーソドックス・ジューに会うことができる。彼らは、昨日紹介した改革派とは異なり、極めて厳格にユダヤの律法を守る人々である。私は2分間ほどの間に8人のオーソドックス・ジューとすれ違った。写真を撮りたかったが、とてもそんな台詞が出てこない。彼らの”プライド”という言葉では安っぽすぎて、「矜持」と漢字で書くしかないような威厳に満ちた「存在感」は圧倒的なのである。

 5番街のミュージアム・マイルをさらに北上すると、ユダヤ博物館がある。<今日の画像参照>私はここで、初めてタルムードの実物を見た。また割礼の道具も見た。もちろん展示物紹介は米語である。私の米語力ではスラスラと読めない。小さな辞書(まだこの頃は電子辞書なんてなかった。)で調べる羽目になる。すると、警備のオジサンがやってきた。「何をしているのかね?」「私は日本人で、米語が苦手なので辞書で意味を調べているのだ。」「なるほど。ところで…」と彼は次に凄い台詞をはいたのである。
 「ところで…私はユダヤ人じゃないからね。」私は耳を疑った。

 JEWYORKと呼ばれる街で、それもユダヤ博物館の中で、聞きもしないのに、私はユダヤ人ではないという警備員…。ユダヤ人の置かれている立場がいかに厳しいものであるか。エマニエル・シナゴーグの視線も、ダイヤモンド・ロウのオーソドックスジューの圧倒的な存在感も、決して過剰すぎる自己防衛ではないのかもしれない。そんなことを考えていたのである。
 
 だからこそ、昨日書いた改革派シナゴーグでの出会い、特に長老たちの歓迎ぶりが納得できるのである。

2 件のコメント:

  1. 海外、特にアメリカに行くと人種というのは嫌でも考えさせられます。私が日本人だと言うと、どんな国の出身者もOh coolと言ってくれますが、韓国人や中国人はそういかないようです。外から見ないと見えてこないという日本人もいるなぁと感じました。

    また、私はアメリカという国は嫌いですが、アメリカ人は好だったり、アジアの人が日本という国は嫌いでも日本人には優しかったり、といったなんとも説明しにくい感情が存在することを初めて知りました。

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  2.  まさに異文化理解は自文化理解ですねえ。黒人の問題からユダヤ問題とアメリカの話が続きました。アメリカを18の州から断片的に覗いた私としては、やはり凄い国だと思います。

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