2026年1月1日木曜日

SDGs10年 残り5年

https://www.quocard.com/individual/column/article/eto2026/
2026年が始まりました(干支は馬です:画像参照)。読者の皆様、明けましておめでとうございます。このブログも18年目に突入しました。Bloggerを使っている故に、日本国内以上に海外の読者に支えられている状況が続いています。グローバリゼーションを実感する日々ですが、新年にあたって、昨秋に10年目を迎えたSDGsについてエントリーしようと思います。

教育関係者の1人としては、日本の教育のコンセプトが、戦後の平和と民主主義教育から、人権教育(1958年生まれの私はその初期にあたります。)へ移り、さらに環境教育、2025年以降はグローバリゼーションの中、SDGsへと変化してきました。今お世話になっている学院でも文化祭で中学生全員がポスターセッションをしていました。

国際理解教育の徒でもある私は、SDGsを極めて重要な国際的指針だと考えています。貧困撲滅中心のMDGsを、中進国はもとより先進国の経済格差にまで拡げ、「誰1取り残さない」(Leave no one behind)という理想、社会と経済発展と環境のバランス重視など17の目標と169のターゲットには、大いなる人類の知恵が凝縮されていると思います。しかし、2030年までいよいよ後5年を切りました。私には、理想と現実の中で、SDGsとグローバリゼーションは、いささか疲弊しているように見えるのです。

学院での2学期の地理総合の授業では、金融や高度な技術を持つ先進国の周囲に、安価な労働賃金で、先進国のサプライチェーン化した中進国、さらにその周縁に、紛争の罠や資源の罠、内陸国の罠、劣悪なガバナンスの罠などにハマった途上国が存在することを示しました。SDGsの理想は、このサプライチェーン化できないほどの途上国には無縁なものとなっており、欧米先進国や中国の新植民地主義・構造的暴力と自国の専制政治による暴力の二重苦にあえぐ人々は、完全に取り残されているといえるのではないでしょうか。

また、現在の欧州の危機は、ロシアからのエネルギー依存の付けと共に、環境優先を振りかざしすぎて自滅している感があります。クリーンエネルギーの確実性のなさを無視して、また二酸化炭素排出量の制限を声高に叫んでEV車移行を無理に進めたものの、結局様々な材料生産で莫大な環境負担を招いている姿は、いささか滑稽でもあります。結局、新自由主義的なビジネス重視が、SDGsを利用して挫折したといえると思われます。そのEV車需要に乗っかった中国もまた同様です。チャーチルが民主主義を批判しつつも他にこれ以上の制度があれば、との名言を残したように、資本主義もこれ以上の経済制度があればという注釈がつくものだ思います。

SDGsを理想としてではなく、現実の改革の指針とする時が来ているように思うのです。それには、極めて難題ですが、地球市民がそれぞれエゴを捨て、利害を捨てる必要があります。いよいよ仏教の知恵、イスラムの知恵などを見直す時期が来ているように思うのですが…。

…本年もよろしくお願い致します。

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