2022年6月10日金曜日

佐久間象山その4

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佐久間象山・上下巻を読み終えた。松蔭の件で10年近く蟄居させられていた象山は、この間にも施策を重ねていた。この10年の間に、幕末は大きく揺れている。悪名高いハリスによる修好通商条約締結を巡って、開国やむなしの幕府側と攘夷を唱える朝廷側の駆け引きは、結局井伊大老による独断政治と安政の大獄を呼び起こした。もし、象山が蟄居のみでなかったら、大獄に巻き込めれていたかもしれない。

やがて、許される時が来る。最初は長州、さらに土佐、朝廷と象山を欲しがる勢力もあったが次々とダメになり、結局幕府の陪臣として上洛するのである。一橋慶喜や朝廷に送られた意見書によると、ネイションを志向するパトリオットの象山は、「天皇機関説」の先駆けとなっていたようだ。当時としては、薩会の公武合体派の路線に近い。これが長州を首都する攘夷派に狙われる理由となっている。

たしかに、最後は自信過剰気味のところがあって、身の安全をもっとはかるべきであったと私も思うが、攘夷というゼロ記号は、やがて薩英戦争や下関事件で攘夷の不可能さを薩長、いやネイションがは知るところになる。象山の推論は、ここにきてやっと正しく認識されたわけだ。

…歴史に”if”はないが、象山がもし、維新まで存命であればどうなっていただろう。幕府に肩入れしたとは思わない。まして新政府軍に肩入れしたとも思わない。信州松代に籠もり、何通もの意見書を両者に送っていたのではないだろうか。西郷に。そして勝に。維新後は、若き留学生とともに渡欧し、さらに自然科学分野の研究を進めたに違いない。そんな気がする。

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