2018年6月30日土曜日

アフリカの食の話 二題

https://toyokeizai.net/articles/-/226137
「東洋経済のWEBページに興味深い記事があるで。」と妻が教えてくれた。リベリアの食事事情からルポした記事だ。リベリア内戦の影響は未だ大きく、家族を失いその日暮らしの少年兵の話など、かなり悲惨な内容である。ポテトリーフ。キャッサバリーフ。おそらくは毎日のメニューはそうかわらないと思う。私はアフリカ飯は大好きだが、これも旅人としての話。食の豊かな日本やマレーシアに暮らした経験から推し量ると、この食の固定化は、かなりきつい。だが、おそらくは、彼らはそれがナチュラルだと考えているし、食を得ること自体が幸いだという状況下で満足しているのだと思われる。上から目線で判断すべき問題ではない。この記事のタイトルは、「サッカーの英雄が大統領になった国の食卓」である。ジョージ・ウエアという国民の英雄的なサッカー選手が、ノーベル平和賞を受賞した女性大統領エレン・ジョンソン・サーリーフに勝ち、大統領になったからだ。

…リベリアは複雑な国である。アメリカで差別されていた奴隷をアフリカに戻し、黒人の国を新たに建国しようという善意(?)から生まれた国である。だが、そこには、ローカルの人々が住んでいるわけで、新たな格差(指導的立場に立ったアメリカの奴隷出身者VSローカルの人々)のある国家を産んだに過ぎない。この国の複雑さと以後の困難には、そういった因果も影響している。
https://toyokeizai.net/articles/-/226137

もうひとつ、妻が推薦したのは、エジプトの話である。タイトルは「ラマダンで太るイスラム教徒の知られざる食」である。同じイスラム圏に暮らしていると、タイトルにある”ラマダンで太る”というのはよくわかる。この記事が追うのは、その裏に潜むゴミの話だ。ラマダンの夜の食事で食べ残された莫大な生ゴミは、キリスト教のコプト教徒(神=イエスという三位一体ではない単神論をとる古いキリスト教の一派である)が生業として処理している。アラビア語で「ザッバリーン」(ゴミの人)と呼ばれている。彼らの住む地区はゴミの町と呼ばれ、7割がリサイクルされているという。なかなか凄いハナシである。この町の最深部に、生ゴミ処理の施設がある。それが養豚場なのである。
https://toyokeizai.net/articles/-/218780
彼らはキリスト教徒だから、豚を食べる事は可能だ。新型インフルエンザがはやったとき、当局はこの養豚施設を真っ先に駆逐した。これに対し、コプトの人々はゴミ回収の仕事を放棄し、カイロはゴミだらけになったという。以後は当局も黙認せざるを得なくなったという話だ。
https://toyokeizai.net/articles/-/218780

…今月は、あわやアフリカのエントリーができなくなるところだったので、話題を提供してくれた妻に感謝している。

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