2016年7月16日土曜日

中田・橋爪「クルアーンを読む」16

トルコで、クーデター騒動が起こったようで、WEB上でも緊迫した情報が流れている。マレーシア(政府やマレー系の人々)にとっても、トルコは重要なパートナーと見ているので、決して他人事には見えなかったはず。さて、長々とエントリーしてきた「クルアーンを読む」も最終局面。中田考氏の持論・カリフ制についての議論。

中田氏はカリフ制のメリットを国境がなくなることで、人間と資本の動きが自由になると言う。それからイスラームは税金が安く累進課税もない、イスラム教徒は法人はつくれない、だがイスラームは属人法なのでイスラーム教徒以外が何をやっていても口出ししない。異教徒が儲けることは全然かまわない。今のイスラームは資本主義社会に負けているが、イスラーム経済だからソマリアが破綻し、アフガンが破綻してるわけでない。カリフ制になっても、これ以上悪くなるわけではない。それより、所得の再分配はよくなる。イスラームを無視して民主主義・資本主義の真似事をしている今の現状がものすごく悪いということを忘れて、カリフ制は資本主義に勝てないといっても意味はない。
同時にカリフ制がユートピアであるとも考えていない。正統カリフ時代も内乱と暗殺の歴史であった。問題は、「人々が信仰というか、正義が満たされている、と思え、生きる意味があると思えるかどうか」である、実際にイスラーム圏で生活すると、貧しいが幸せそうである。西側の基準で判断すべきではない、と述べている。

中田氏の言う、「西側国家の基準とは領域国民国家(近代国家)」である。この矛盾がある国民国家を直していくために、武力を使って急速にやるのか、ゆっくりとやっていくのか考える余地はあるが、解体の合意をつくる必要がある。イスラームとキリスト教文明はあきらかに違うとも言えるが、(両者とも)普遍化のプロジェクトを進めてきたといえる。そもそもグローバリゼーションを進めてきたのはイスラームである。しかしキリスト教世界は帝国主義として世界を暴力的に一体化した。この欧米発の「普遍主義」は、「国民国家のシステム」と、どうみても矛盾している。だから、病的なナショナリズムが噴出しているのである。

カリフ制の根拠について2人で議論したあと、橋爪氏が問題点を指摘する。第1に、カリフは、脆弱で偶有的・偶然的なポジションを唯一の正当な権力とすること。第2にキリスト教文明の考え方と正面衝突すること。これに中田氏は異議を唱えない。
次に2人の議論は、社会主義を近現代史から見た「ユニバーサリズム」と「ナショナリズム」の議論になる。社会主義はユニバーサリズムであるが、二重に敗北した、と橋爪氏。第一に、スターリン主義となりナショナリズムの形態をとりながらユニバーサリズムの顔で東欧諸国に接したこと。さらに第二に、経済競争でボロ負けし、自由の代わりに専制国家を作り出してしまったこと。で、橋爪氏の鋭い質問である。中田氏は先ほど、経済的な問題は決勝点ではない(=対比して論じる必要を認めない。)と言われた。では、もうひとつのイスラームがカリフ制をとった場合、スターリン主義(一国社会主義)化しないか?という疑いである。

ここで、中田氏は、「カリフは1人、国境がないのがイスラームの本質」故に、一国イスラーム主義は理論上ありえない、と断言する。
現在のISは、もともとイラク・イスラーム国という一国イスラーム主義のところから生まれてきて、それがたまたまイラクとシリアとが合体したので、これからはカリフと名乗ろう、というふうになっただけなので、(否定されるべき)一国イスラーム主義であると言わねばならない、とのこと。

…と、なかなかの白熱の議論。このエントリーの画像は第48章「ファトゥフ(勝利)」第10節。カリフと従う者が両手で手をつなぎ就任儀式で読む一節をWEB検索した画像。
「まことに、おまえと誓約する者、彼らはまさにアッラーと誓約するのであり、アッラーの御手は彼らの手の上である。」

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