2015年11月5日木曜日

佐藤優・池上彰「新・戦争論」 Ⅲ

サイクスピコ協定 地図
http://www.stripes.com/news/
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佐藤優・池上彰「新・戦争論」のエントリーを続けたい。いま話題のシリアの話である。アサド大統領が所属する「アラウィ派」についてである。日本では、これをシーア派であるとさrているけれども、1974年、レバノンのシーア派の認証を受けての話であって、「アリーに従う:アラウィ」という名前をもつものの、輪廻転生説をとる点で、かなり異質なイスラムなのである。さらに北西部地域の被差別民の宗教であったという事実だ。なぜアラウィ派が政権を握っているのか、というと1918年、サイクスピコ協定で、フランスがシリアを支配するのに有効だと考えたからである。現地の行政、警察、そして秘密警察までアラウィ派に任せたのである。多数派に統治させると独立運動などを起こしかねない、少数派ならフランスの依存から抜け出せないだろうというわけだ。

…こういう、少数派による植民地支配体制をフランス系(ベルギーなども含む)は特に好む。被支配層から憎まれるのは、現地人の支配層なわけで、宗主国はフィクサーとなり得るわけだ。

現アサド大統領は、イギリス留学経験もある眼科医のインテリで、兄が事故死した故に父親の後継にされた。宗教対立をのりこえようとスンニ派の夫人を迎えたものの、うまくいかなかった。しかし、シリアには反体制派は存在しなかった。ムスリム同胞団、2万人はすでに父親に皆殺しにされていたのだ。父親の負債も大きい。アラブの春がシリアにも波及してきて、スンニ派が騒ぎ出した。フランスやイギリスは、なんとか反体制派の集団がいないと都合が悪いと、素行の悪そうな青年に金を渡し軍服を着せた。スンニ派の決起というわけだ。しかし、これを弾圧すると、軍の中から自国民を殺すのは嫌だと離反したのが「自由シリア軍」で、政府軍とドロドロの内戦状態となったわけである。

…アラブの春というイスラム下の民主主義という、どうにも不揃いな運動が完全に破綻したといってよいわけだが、結局のところ、先進国のイスラムへの無理解からきているように思う。

…フランスは、過去の責任をもっと問われていもいいのではないか、などと思ってしまうのだ。

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