2015年8月2日日曜日

波蘭ユダヤ民遺蹟巡礼 4

アウシュビッツ強制収容所の有名な門
アウシュビッツという名は、オシフィエンチムをナチが改称したものです。アウシュビッツは、駅の南側にある第一強制収容所、線路を挟んで第二収容所のビルケナウ絶滅収容所があります。「労働は自由への道」と書かれた有名な門は第一収容所に、死の門と呼ばれる線路がくぐるようになっているレンガ造りの監視塔はビルケナウにあります。この2つの収容所は、現在無料のバスで結ばれています。日本人ガイドの中谷さんによると、フォルクスワーゲン社の寄贈によるものだそうです。実は、アウシュビッツには第三強制労働収容所(I・G・ファルペンの化学工場内)もありました。(収容者を強制労働させる場は、その他40箇所ほどの副収容所にあり、アウシュビッツ・コンビナートとなっていました。)フォルクスワーゲン社もどこかで、強制労働の恩恵をうけており、その贖罪なのでしょう。

現在、ここはポーランド国立ミュージアムとなっています。私たちは、中谷さんと14:00の待ち合わせでした。参加者は私たち家族4名だけだと思い込んでいたのですが、私がメールを送ってから増えたようで、9名になっていました。私たちの場合、ツアー時間は14:30から3時間30分ほどかかりました。クラクフのホテルに戻った後、心底ぐったりしましたので、これがツアーの時間的限界なのかと思います。

待ち合わせ時間前に、まず書籍(日本語版)を4種類全て買い求めました。いずれ、人権学習の教材づくりを行う予定ですので、中谷さんの著作2冊と合わせ貴重な資料になると思います。ミュージアム内にはA4より大きなバッグは持ち込めません。荷物を預けた後、空港同様の身体検査を済ませていよいよ館内に入ります。

オンシーズンということもあって、世界中から来た人々で混雑していました。ガイドがグループを組んで説明しながら案内するので、野外を歩くときはともかく、館内ではどうしても渋滞してしまうのです。とはいえ、やはり凄い迫力で”アウシュビッツ”が迫ってきます。

出発前に、中谷さんの著書(第三章・展示内容を紹介した部分)をコピーしたもの(40枚分くらい)に、中谷さんの解説を書き加えながら、写真を撮りまくるのは大変でした。とはいえ、極めて貴重な時間です。五感を研ぎ澄ませ、集中して過ごしました。

第一強制収容所で、強烈な印象を受けた場所を写真と共に列記してみたいと思います。
4号館第4展示室にて ツィクロンBの容器
空気と化学反応することで、毒ガス化するそうです。
これだけ多くの容器は、DCにもエレサレムにもありません。
5号館 障害者の収容者の義足の山
凄い迫力で私に迫ってきました。
多くの人が銃殺された死の壁
ユダヤ人は慰霊のために石を置く習慣があります。
400ボルトの電圧が流れていたとのことです。
家族とともに収容所長ヘスが暮らしていた自宅跡 
ガス室・焼却炉からは、300mしか離れていません。
解放後ヘスも吊るされたという集団絞首台跡
ガス室・焼却炉全景
ガス室の内部
ツィクロンBの投入口
ガス室の壁に残る爪痕
実は、これこそが最も衝撃的でした。
焼却炉
映画「灰の記憶」そのままです。
膨大な写真の中から、厳選してもこれだけの数になりました。明日以降のビルケナウ編に続きます。

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