2015年5月28日木曜日

中田考氏の最新刊を読む。

中田考氏の新刊書「私はなぜイスラム教徒になったのか」(太田出版/5月25日発行)を読んでいる。まだ50ページほどしか読みすすめていないのだけれど、極めて面白い箇所がすでにあった。それは、イスラムから見たユダヤ教・キリスト教についてのスタンスを示した箇所である。読書ノートとして少しエントリーしておきたい。

イスラムでは、最初にユダヤ教があって、次にキリスト教が来て、最後にイスラムが登場したとは考えない。アダム以来の預言者の宗教は全てイスラムである。イスラムはムハンマドが創立した宗教というわけではなく、地上に預言者が遣わされた時からずっと存在していたと考える。全ての預言者の教えはイスラムである。一説では預言者の数は12万4000人にのぼり、そのうち宣教を命じられたものは「使徒」と呼ばれ、313人。その中で最も卓越した者を五大使徒と呼び、上位から順に、ムハンマド、イブラヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーセ)、イーサー(イエス)、スーフ(ノア)となる。コーランでは、ムーサーの「律法」、ダーウード(ダヴィデ)の「詩編」、イーサーの「福音書」、ムハンマドのコーランが『啓典』であると言及されている。

イスラムではモーセもイエスも神の預言者として認めるけれども、ユダヤ教はモーセの律法をイスラエルの民が歪曲してしまったものをラビたちがまとめあげたものであり、キリスト教はイエスの福音を弟子たちがまちがって解釈したものであると捉えている。礼拝時にコーラン冒頭の開扉の章を読誦するが、そこには「われらを正しい道に導きたまえ。あなたが怒りをくだされた者の道ではなく、また迷い誤れる者の道ではなく」という一節がある。正しい道はイスラム、怒りをくだされた者の道はユダヤ教、迷い誤れる者の道はキリスト教をさすという。

日本人のイスラム学者で最も信用できる人の論だからこそ勉強になる。これらは先の世界史Bで中間テストの範囲として教えた一神教の比較での中核をなす箇所である。私もなんとか大筋間違わずに教えていたとホッとしている。もちろんさらに教材研究として深みをました箇所もあってありがたい限りである。

追記:今回の世界史Bの試験は、生徒諸君がものすごく勉強してくれたようで、史上最高の平均点だったように思う。例のイスラエル12部族について質問しきた文Ⅰクラス(5月19日付ブログ参照)など平均83点くらいあった。なかなか嬉しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿