2024年2月1日木曜日

大杉栄の破天荒

「近代国家を構想した思想家たち」(鹿野政直著)の第4章「体制の変革を志す」からは、大杉栄を選んでエントリー することにした。中江兆民、幸徳秋水、そして大杉という系譜の中で、大杉は公私にわたって、かなり破天荒である。

そもそも軍人の家系で、入学した陸軍幼年学校を規格を逸脱する行為の数々で退学になっている、その後東京外国語学校でフランス語を学ぶ。自由な空気の中で、幸徳秋水の「万朝報」の、白刃のような論文に惹かれ、彼の陣営で活動することになる。暴れ者で街頭演説や執筆で何度も入獄するが、入獄ごとに「一犯一語」の原則をたて新しい外国語を習得していく。1910年の大逆事件の際は、入獄中であったのでアリバイが成立して難を逃れた。

事件後は堺利彦のもとで「売文社」(売文という名に痛憤と諧謔が表されている。)という代作や翻訳をしていたが、堺の時期を待つ戦略に反発。「近代思想」を発刊、奴隷根性論を著し、支配が奴隷根性としてどんなに人々に棲み着いているかを指摘、奴隷から自由人への脱却を主張した。「諧調はもはや美ではない、美はただ乱調にある。」と喝破した。しかし、言論闘争だけではと、限界を感じ「近代思想」を廃刊、サンディカリズムの立場で実際の労働運動に乗り出す。

尾行の巡査を殴って入獄したり、コミンテルンの会議に出席するため上海へ密航したり、国際アナーキスト大会出席のためパリへも密航。さらにその地で演説して逮捕・入獄、国外追放されている。1917年のロシア革命の成功には大いに鼓舞されたが、新しい強権体制が成立したことに対して、クロポトキンの学説から否定的に見ていた。大杉は進化論的に、社会は生存競争から相互扶助へ向かう「相互扶助論」を社会科学の根底においていたのである。

これだけでも十分、破天荒なのだが、自由恋愛を唱えていた大杉は、雑誌編集者の堀保子と事実婚していたが、女性記者の神近市子、さらにはダダイストの評論家・辻潤と結婚していた(平塚らいてうの)青踏社員の伊藤野枝と相次いで恋愛関係に陥り、結局伊藤野枝と同棲。神近市子に刺され、堀保子から離別された。堀保子との間に5人の子供がいたが、結婚に法律が介入するのは不当という考えから結婚届も出生届も出していいなかった。大杉の死後、子供それぞれ引き取られ、改名の上、戸籍に入れられたという。この本は、岩波”ジュニア”新書なのだが、なかなかはっきりと書いてある。

この本には詳しく書かれていないが、大杉は関東大震災直後の戒厳令下、憲兵隊の甘粕(満州国でも特務機関として暗躍している)によって、伊藤野枝、甥の6歳の子供とともに、絞殺されている。(甘粕事件)この本には、「大杉が巻き起こす波乱は命を中断されたのちも収まらなかった。」として、葬儀の日に遺骨が右翼団体員によって強奪され、その遺骨は警視庁で「留置」ののち翌年戻された。さらに大杉の同志3人が戒厳令司令官に復讐を企て、失敗して逮捕・処断(死刑・獄死・無期懲役)されたという事件が続いた。

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…感想はまず、辻潤について。高校時代にダダイズムが局所的に流行したことがあって、属性がある。大学時代に辻潤の評伝も読んだ思い出がある。実に懐かしい名前だ。ダダイズムとは、WWⅠへの抵抗やニヒリズムが根底にある芸術運動である。既成の秩序や常識に対する否定、攻撃、破壊といった特徴をもつ芸術運動であり、たしかにアナーキズムとは相性がいい。日本では、中原中也や坂口安吾などにも影響を与えた。ちなみに、昭和時代のウルトラマンに登場したダダ星人(右記画像参照)は、このダダイズムに由来しているのは有名。

…甘粕事件の時の警視庁官房主事だったのは、かの正力松太郎で、当時陸軍が何かやるらしいと聞いていた。大杉が憲兵隊に連行されたという報道を受け警視総監・湯淺倉平に相談したという。この湯淺警視総監と警備局長だった正力は虎ノ門事件(難波大助が皇太子を狙撃した事件)で共に辞職する。その後、読売新聞を再建、プロ野球やテレビ放送に強大な権力をもつにいたったわけで、渡邉恒雄はその使い走りだったらしい。

…ちなみに、革命家という共通項でくくれば、どうも女性関係がついて回りそうっだ。この本には、大杉以外に、孫文の支援者として有名な宮崎滔天の話が出てくる。宮崎の妻・ツチも、家族を置き去りにして東奔西走しながら、宮崎の女性関係がたえなかったことを、辛亥革命成功の折に「世も人も くつかへりてぞ 浮かびめる 吾れのみ かなし なを 沈身かな」と詠んでいるし、マルキストの戸坂潤も愛人・光成秀子との間に子供をもうけていた。これを文書で公表したのは愛人の光成本人で、女学校の教員をしつつ生活を支えた夫人イタについては、多くは伝えられていない、と記されている。著者の鹿野政直氏は、こういう女性からの視点を非常に大事にしているわけだ。

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