2018年8月5日日曜日

PBTの話(53) 20周年パーティー

会場となったTMビル その横のコンベンションホールで開催された。
PBTの20周年記念パーティーが開催された。マハティール首相が来られるかもしれない、という話だったのだが、ペナンで重要な会議が行われているようだ。残念である。そもそも、PBTの誕生は、マハティール首相の「移転する日本人学校の跡に日本語学校を作って欲しい。」という要望に始まるからだ。

セレモニーは、PBTの代表者のダトゥー(マレーシアの称号である。)、帝京大学グループ理事長、在マレーシア日本大使の3人のスピーチで、意外に早く終わった。(ちなみに全部英語だったので、私には10%くらいしかわからなかった。笑)その後ランチタイム。

ランチタイム後、各関係団体(大使館や日本人会、JASSOや同じ準備教育機関など)に表彰状が渡され、OB・OGの話や質問会になった。
F1、つまり最初のPBTの卒業生は、現在日本でIT関係の会社を起業している社長さんだった。彼の話には大いに感銘を受けた。まるで日本人の経営者そのものだったからだ。ちょうど、ランチタイム前に少し話をした富山大学を出て、3年日本で働き、マレーシアの日系企業に勤めている国費生(したがってマレー系である。)のOBは、いかに日本で勤勉さを学んでも、これを本国で活かすことが難しいか、ということを語ってくれた。日本人の勤勉さは、中華系の金銭的欲求ではなく、会社組織への忠誠であり、マレー系の人々にそれを伝えることは至難なのだと。うーん、よくわかる。

F1の社長さんは現役生に、是非日本で働いてみて、そういう勤勉さを学びマレーシアに活かして欲しいと訴えていた。また日本の中小企業の技を、日本人の後継者がいないのなら、マレーシア人がこれを学び受け継ぐべきだと考えているという。そうすれば、おそらく2世代、3世代先になるだろうがマレーシアが日本に追いつくことも可能ではないか、と自らの志を述べていた。

マレーシアに2年と4ヶ月。彼らOB・OGの言うことは、非常によくわかるようになった。マレーシアの将来設計に、PBTをはじめとした準備教育機関が大きく関わっていることを改めて実感した次第。
じゃんけん大会(10周年記念でもやったらしい。)
今回のパーティーには、F38Aの在馬のOGが2名、F40Aの9名が参加してくれた。スクールホリデー最終日に、いいOBの話が聞けて良かったと思う。

F1のOBがこんなことも話していた。日本語が堪能なマレーシア人にとって、グローバルなビジネス現場で、英語を駆使することも重要な武器となる。日本人は、まだまだ英語が堪能ではないので、なかなか需要があるそうだ。日本の雇用市場も大きく変化しているとのこと。…なるほどと思う。

ところで、F38Aの2人のOGはすこぶる元気そうで安心した。8月にまたF38Aの卒業生が来る予定になっている。またすぐ会おうねと話していた。

F40Aの現役学生は、パーティーの雰囲気を楽しみ、しかも最後のじゃんけん大会でZ君が賞品(変わった傘)をゲットした。(笑)やったね。F38・40のみんなには、是非30周年のパーティーに、元気な姿で参加して欲しいものだ。明日からいよいよ、F40Aでは、進路指導を始める。

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