2017年11月13日月曜日

イスラムのフィクフ考3

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Fiqih4Mazhab&hl=ja
中田考氏の「イスラーム法の存立構造」という本は、極めて難解な法学書であるが、意外な発見があって面白い。昨日エントリーした内容が、実は「イスラムのフィクフ考3」というタイトルでもいいと思うが、気にせず3回目の備忘録とする。

今回はイスティンジャーゥの話。前述の「満足を求める者の糧」という書物から。日本では、浄・不浄という考え方が強い。しかし、イスラム法の浄・不浄はもっと徹底していると思う。このイスティンジャーゥは、用便の始末という意味である。

トイレに入る前は、「アッラーの御名において。悪と悪魔からアッラーに助けを乞います。」と唱え、出る際には「あなたの御赦しを」「私から有害物を取り去り、私を癒されたアッラーに称えあれ」と唱え、トイレに入る際は左足から、出る際は右足を先にし、モスクに入る場合や靴を履く場合とは逆にするそうだ。用を足すときは左足に重心を置き、空き地の場合は遠くに行って姿を隠し、柔らかい場所に向かって放尿し、放尿の後は左手で陰茎の根本から先まで3回撫で、3回しごき、もし汚れる恐れがあれば場所を移して別の場所でイスティンジャーゥを行うことがムスタハッブ(望ましいもの)である。

至高なるアッラーの御名の記されたものを身につけたままトイレに入ること(預言者=ムハンマドがトイレに入られる際に、”ムハンマドはアッラーの使徒である”と掘られた指輪をはずされたとハディースにあるそうだ。)、地面にしゃがむ前に服をまくり上げること、右手で陰部に触れること、2つの光(太陽と月)に向かって用を足すことはマクルーフ(避けたほうがよいもの)である。

お気づきの方もあるかもしれないが、ムスリムには、義務行為(絶対に行わなければ来世で罰を受ける行為:礼拝や断食などをさす)、推奨行為(行わなくても来世で罰は受けないが、行った方がよい行為)、合法行為(どちらでも良い行為:フィクフに特に規定がない行為)、自粛行為(来世で罰は受けないが避けた方がよい行為)、禁止行為(行えば来世で罰を受ける行為:飲酒や婚外交渉などをさす)と5種類の規定がある。上記のイスティンジャーゥは、推奨行為と自粛行為について述べられているわけである。

正直なところ、この項には少し驚いた。イスラームとは「神に服従すること」という意味であり、ムスリムは、シャリーアの体系に従って生活していることを頭では理解していたが、トイレに出入りする際にも、聖句を唱えるという事実。これは、文系の国費生にも確認した。彼らからすれば当然のことであるので、至極普通に「そうですよ。」と答えてくれた。

エルサレムで、ユダヤ教の律法に即して安息日の食事をごちそうになった際の、あの様々な約束事を思い出した。啓典の民というのは、なかなか大変である。

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