2017年4月5日水曜日

マハティールの涙(1999.6)

今日のエントリーとは直接関係ありませんが…。マラッカの街角
「マハティールのジレンマ」(林田裕章著/中央公論社)を読み終えて、ここ数日考えていた。読売新聞のシンガポール支局の特派員であった著者の目は、幾分マハティールに批判的である。特に、アジア通貨危機に対して、IMFの支援を受けず、独自路線をとり、それに反対した副首相の首を切るあたりには、開発独裁者としての非民主主義的な手法だと指摘、かなり手厳しい。

IBTの学生たちに聞くと、特にマレー系の学生を中心に今でもマハティールへの信頼と尊敬は大きいようだ。中国系の学生もプミプトラ政策にの評価については口ごもるものの、マハティールが近代国家マレーシアを牽引した実績を十分に認めている。

この本のタイトル、「マハティールのジレンマ」とは何か?それは、イギリスの植民地支配によって、移民としてマレーシアに住み着いた中国系・インド系と、マレー系の格差是正を行うがためにプミプトラ政策を実施し、国民国家マレーシアの経済的基礎を電気・電子工業の発展に託し、大きくGDPを向上させ、その国民経済の発展を持って自らの「権威」を構築したものの、出自であるマレー系の人々の「甘え」も生み出してしまったことだと言えるだろう。

1999年6月、マハティールは、地元ケダ州の教職員集会で来賓として招かれ、「学問的達成の度合いでプミプトラ(マレー系)は遅れている。非マレー系との格差を縮めなければならない。」「ある民族社会は値的習得に懸命なのに、マレー系社会は何も考えなくてよい行動に走っている。」とスピーチしながら落涙した。涙は堰を切ったようにあふれ、ついに嗚咽になり、スピーチを途中でやめて退席してしまう。

これをどう見るか。著者はその政治的背景も含め、冷静に分析しつつ、このように書いている。「このマレー系の学問的達成の度合いが相対的に遅れているというのは、マレーシアの国民にとっては真実以外の何ものでもなかった。真実であると同時に、一般市民が触れてはならないタブー中のタブーでもあった。真実でありタブーであることを公の場で語ることを許されるのは、この国ではマハティールだけである。」

…私には、この「真実」は、過去のものなのか、現在もそうなのか判断がつかない。少なくとも、私の教え子たちは、非マレー系同様に頑張っているからだ。だが、この本に書かれているプミプトラ政策がいつしか終わりを迎えなければならない、というマハティールの想いは、極めて重要だと思う。自らが推進したプミプトラの光と影。この政策が終焉を迎えるとき、マレーシアは、真の国民国家そして先進国になっているのではないか、などと私は考えたのだ。こういう思索の機会を得れたことに感謝したいと思う。

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