2024年9月18日水曜日

アフリカ植民地化史ー2

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奴隷貿易の影響について、第一にアフリカ社会の労働力の喪失と人口増加の停滞があげられる。これが生産力の麻痺を引き起こした。これによりアフリカは弱体化し、奴隷貿易が激しかった地域と最も貧しい地域は一致している。第二に、西欧の安価な製品は、アフリカの職人の生計を奪い、熟練技術の継承を喪失させ、工業の発展を阻害した。第三に、アフリカ内部での民族同士の分裂と敵対を増大させ、奴隷貿易で富を得た王や民族長、商人層と被害の対象となった人々との政治的・経済的格差を生んだ。難民化した人々は農業生産力を失い、何より政府・民族・共同体・家族への信頼が低くなってしまった。

18世紀には奴隷貿易を廃止する運動が強まり、デンマーク、イギリス、スウェーデン、フランス、オランダなどがこれを禁止していったが、一方で産業革命により、工業原材料の供給や市場として植民地を囲い込むことに関心が移る。ドイツのビスマルクが、ベルギーのコンゴ進出を機に提唱したアフリカ分割の会議には、14カ国が参加した。イギリス、ドイツ、オーストリア、ベルギー、デンマーク、スペイン、アメリカ、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ロシア、スウェーデン、トルコ(=オスマン帝国)の面々である。この会議では、現地のアフリカ人の意思は無視され、最初に占領した国が占有権を得、専有のための「実効支配」が行われていることが条件となった。

…まさにやりたい放題である。これらの背景には、アフリカ人に対する人種差別主義がある。次回はそれらについて記していこうと思う。

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