2012年9月16日日曜日

中国の反日デモに思う

前任校の中国修学旅行・北京月壇中学にて
このところ中国や韓国との領土問題の反目がエスカレートしている。日本では冷静な対応を見せているが、特に中国で、日系企業や日系人を暴徒が襲ったりしているというニュースを見聞きすると、様々な想いがよぎるのである。

ひとつは、前任校で私が担当していた中国修学旅行のことである。私の時も新型インフルエンザや反日デモがあり、生徒を送り出す保護者の不安は大きかった。今回はどうなのだろうか。中国修学旅行で生徒が得ることは大きい。この中国経験がきっかけで中国語を学ぶことになったOGもたくさん知っているし、なにより王さん・劉さんという現地ガイドのお二人が素晴らしい(10年10月24日付ブログ等参照)ので、中国はあまり好きにならなくとも、王さん・劉さんは大好きという生徒が毎回再生産される。私は、地球市民を育てる上で、こういう交流がなによりも大切だと思うのだ。

もうひとつは、国家レベルで対立が生まれるのは、所詮国家権力システム(近代的な際限のない利益追求)の利害のぶつかり合いに起因することが多い。一般の市民にとって、直接的な関係が薄いことが多い。今回の中国との領土問題も、中国国内の一般人にいかに鬱積した不満が溜まっているか、という問題に見える。金持ちは動かない。当たり前だ。なんらかの暴力的行為に巻き込まれて何かを失うことを恐れるのは当然。日本で、抗議の暴動が起こらないのも当然である。様々な不満が鬱積した中国の一般市民にとって、日本が格好の目標になっているにすぎない。韓国でも同様である。

日本人、中国人、韓国人という前提の前に、愛すべき人であること。国家を超えて、愛すべき人を知有すること。それがなによりの解決策だ。私たちは、王さん・劉さんに銃を向けることなどできない。だから王さん・劉さんの所属する国ともうまくやっていかなくては、と考えるのだ。

地球市民を世界的に育てること、それが急務だ。国家は、やがてグローバリゼーションの中で解体されていく可能性があると私は思っている。地球的な視野で物事を考えなかれば、地球規模の問題は解決できまい。理念が現実になるまで、まだまだ乗り越えねばならない試練がある。

王さん・劉さんという貴重な人々と出会うことの意味を十分に踏まえ、前任校の国語科の修学旅行が、実施されることを心から祈っている次第。

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