2024年9月30日月曜日

秋田商 野球部 県大会優勝

https://www.aab-tv.co.jp/news/aabnews-24092917070079/
秋田商業高校野球部が、県秋季大会で19年ぶり17回目の優勝を勝ち取った。東北大会で好成績をおさめなかればならないが、春のセンバツに大きく前進したわけだ。実に嬉しい。センバツに来れたら、必ず応援にいきたいと思う。

学園の野球部の方は、残念ながら準決勝で敗退した。とはいえ、強豪ひしめく兵庫県で、ベスト4は素晴らしい。

今夏に悔しい思いをした両校の健闘を改めて寿ぎたいと思う。

2024年9月29日日曜日

石破新総裁で株価急落?

https://buhitter.com/searc
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あまり日本の政治について、自分の意見を述べるつもりはないのだが、いよいよ10月から、明治製薬製のWの接種が始まるし、中国では日本人学校の児童の事件(反日プロパガンダの犠牲であるのに、一切反省もお詫びもない。)、武漢での原潜の事故(日本の世界基準を満たした汚染水をしつこく批判しながら、自国での問題は隠そうとしていたが、米誌の報道で世界的に明らかになった。)と、ストレスが貯まる話が多すぎる。米国の傀儡首相に変わり、新総裁にはWや中国の問題、さらには移民問題に毅然とした態度を取って欲しい人物をと、私は漠然と考えていたのだった。

先日、自民党総裁選が行われ、石破新総裁が生まれた。まあ、論議が全くできない人気だけのK氏、Wの件で嘘八百をつき推進し、多くの人命を奪ったK氏などが落選したことは良しとしたいが、普通、株式市場では、こういう時株価が上がるのだが、平均で2000円ほど下がったらしい。これは、石破が消費税を増税すると言っていたことが最大の要因だったらしく、この円安の状況下でわざわざ総選挙前に言うことではないだろうと、思う。先行きが思いやられる。

まあ、近々噂される総選挙は負けるだろうと思われる。と、いうより、他の総裁選候補でも極めて厳しいだろうと思う。今回の総裁選を見ていても、自民党の議員の質の低下が甚だしいように思う。派閥をなくすという流れの中で、自己の利益(政治献金やポスト)に汲々として、大局で日本の政治を見ているようには決して思えないのである。これは、小選挙区制のデメリット以外の何物でもないと私は思っている。

たしかに中選挙区制は金がかかり、それが金権政治批判を生んだが、少なくとも議員は派閥の中で勉強し、パラノに段階を踏んでポストを得ていった。それが、派閥がなくなり、党中央の采配で小選挙区の公認が取れるかが再選の鍵となる。よって、専制的な言論統制が常となり、何のために政治家になったのか、勉強しても無駄のような退廃したムードが党内にあるのではないか。そんな感想を持ったのである。

過去の自民党の歴史を振り返ると、総理となるような議員は、派閥の長であり議員団を束ねる力量と人望をそなえ、大蔵(財務)や外務大臣、内閣官房などの主要閣僚を経験していた。また党内で幹事長や政務会長を経験していた。よって、前述の人気だけのKを担いだ議員たちは何をもって推薦したのだろうか、と思ってしまう。

政治不信は良いことではない。だが、そうなる要因は、そこかしこにころがっている。

2024年9月28日土曜日

学院の文化祭

学院の文化祭である。多くの3年生に乞われたのもあるが、授業以外の生徒の姿を見れる絶好の機会である。勇んで登校したのだった。3年生の各クラスは模擬店をやっているので、順番に全部回った。血糖値によくないものばかりで閉口したが、それぞれ歓迎してくれた。これが第一のミッションである。(笑)

今回、学院の文化祭でも、いろいろと発見があった。1つ目は、美術部の展示のレベルが高かったこと。実に驚いた。学校長を始め、多くの先生方もこのことをよくご存知で、教えている3年生の意外な生徒が美術展で優秀賞や奨励賞を受けていた。たしかにすばらしい作品群であった。

2つ目は、吹奏楽部のレベルも無茶苦茶高いこと。最初に課題曲が演奏されたが、変調したり、テンポが変わったりとかなりの難曲であった。それを見事に演奏しきっていて驚いた。実に上手い。今秋、福島県で行われる全国大会に出場すると聞いたが、なるほどと思った。

3つ目は、学院というかミッション・スクールでしか見ることができないだろうと思うハンドベル部の演奏が実に良かったこと。音色はもちろん、仕草も美しく、実に上品であった。最初の”風の谷のナウシカ”のテーマ曲で特に素晴らしかった。

4つ目は、軽音楽部の野外ステージ、生徒も頑張っていたが、英数国の3名の先生のバンド「主要三教科」がメチャクチャ上手かったことである。最近の生徒の演る曲は知らない曲ばかりだが、このときばかりはブルーハーツをやってくれたので、実に嬉しかった。(笑)

個人情報保護のこともあり、体育大会に続いて躍動する生徒の画像は出せないので、私の今日の職員室の机上の様子(パンフや模擬店の戦利品などなど…下の方に焼きそばもちょっとだけ写っている。)を置かせてもらうことにした。

2024年9月27日金曜日

哲学史入門Ⅲを通読する

併読は私の常である。先日、「哲学史入門Ⅲ」(斎藤哲也編/NMH出版新書)を購入して、2日間でかなり読み進んだ。この新書は、現象学、分析哲学から現代思想について、専門の先生方にインタヴューした内容が中心である。高校の倫理では、現象学と分析哲学は、かなり重要でありながらも高校生には難解に過ぎるのでお茶を濁しているといってよい。良い資料集でもかなり”上澄み”という観がある。現象学抜きで現代思想は語れないし、現在、英米の哲学の中心は分析哲学になっている。いつまでもそれではいけないと私などは考えている。少なくとも、それ以前の西洋哲学同様、様々な逸話や例を引いて説明できるようになりたい、というわけだ。アフリカ哲学全史も超重要だと思うが、今回併読しているのはそういう理由である。

で、意外なのだが、まず通読していて面白いと感じたのは、現象学や分析哲学ではなく、第3章のフランクフルト学派の哲学である。共通テストでもよく出題されるので、それなりの蓄積があるだが、第一世代で有名なホルクハイマーやアドルノに比べて、資料集でも、ちょこっとしか書かれてない、同じ第一世代のベンヤミンの話なのである。彼は1921年の「宗教としての資本主義」を発表、資本主義の宗教的な構造の特徴を3つ挙げている。

第1:資本主義はひとつの純粋な礼拝宗教で、最も極端である。一切のものが直接的に礼拝と関わることによってのみ意味を持つ。第2:資本主義は、毎日が礼拝である。第3:この礼拝は人々に罪を負わせる。

またこの発想のもと、晩年「パサージュ論」を書いているが、19世紀の首都としてパリを論じ、「地獄の首都」と称している。WWⅠで資本主義は大量の死者を生み出したが、19世紀の首都パリが将来的な地獄へとつながっているとイメージされている。万国博覧会が開催され、ガラスの天井と鉄骨と大理石でつくられたアーケード(=パサージュ)が最先端の遊歩街となり、ショーウィンドゥにはそれまで奥にしまい込まれていた商品が、きらびやかに陳列され、人々の欲望を喚起するような場所が生まれた。美が商品につかえる、この場所こそ、資本主義の礼拝所となったという話である。…なかなか面白い発想と表現ではないか。

この背景には、当然マルクス主義がある。WWⅠ直後、社会主義が高揚しつつも、ヨーロッパでは結局成功しなかった。フランクフルト学派の本拠・社会研究所は、社会主義に傾倒していた資産家の息子が、1923年に親父に金を出させて創設したもので、そもそもが、プロレタリアートが革命主体となりえなかったのはなぜか?階級対立を押し留めた心理的メカニズムはどのように成立したか?などが研究課題だったのである。

…フランクフルト学派は、対ナチスという文脈で語られることが多く、なるほど、と納得したのであった。

2024年9月26日木曜日

衝撃のヒズボラ・ポケベル攻撃

https://www.youtube.com/watch?v=EMsQGvesXZw
イスラエルは、レバノン南部に拠点を置くヒズボラと戦争をするつもりだ。ヒズボラは、テロ組織であると同時に、レバノンの政権与党でもある。

衝撃を受けたのは、ヒズボラ構成員に対し位置情報を知られる恐れのあるスマホの使用を禁じて、その代用にポケベルを配布する方針をモサドが探知、そのポケベルになんらかの仕掛けをしていたようで、先日このポケベルが一斉に爆発、大量の死傷者がでたようだ。

これは恐ろしい。電池が爆発したのか、小型の爆弾が仕掛けられていたのか、不明だが、ハンガリーのペーパーカンパニーも台湾のライセンス供給会社の関係も判明しているが、実際の製造元は未だ不明。もちろん、イスラエルの仕業に間違いないが、毎度のことながら何ら声明をだしていない。

イスラエルは知立国家である。ハッキングなどオテノモノであるが、このポケベル戦術は、その一環であることは間違いない。とんでもない時代になった、とため息をつかざるを得ない。

2024年9月25日水曜日

アフリカヌス・ホートンの哲学

「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)の第4章のアフリカ人の哲学者列伝第二弾。シオラレオネ生まれのホートンは、1835年解放奴隷の親のもとに生まれた。1845年英国国教会の牧師に見出され、グラマースクールならにびカレッジでで西洋的な教育を受けた。1855年にイギリス戦争局の奨学金を得てロンドン大学で外科医の資格を取り、エディンバラ大学に移り学位論文「アフリカ西海岸の医学的地形」を発表し、この時「アフリカヌス」の名前を付け加えた。その後、イギリス陸軍の将校に任命され、ガーナ、ラゴス(ナイジェリア)、ガンビア、シエラレオネに赴任。軍を退役後は、シオラレオネでビジネスを始め、いくつかの会社を設立、中でも西アフリカ初の西アフリカ商業銀行を設立した。

ホートンの哲学は楽天的で普遍主義的だと言われるが、その理由は彼の人種概念が現代的であるからで、多くのこの時代の黒人哲学者が宗教的な立場から対抗したが、医学者である彼は、人種間の生理的・医学的差異が大きな意味を持っていないことを知っており、科学者の人種差別を直接批判の対象とした。1865年の「イギリス領内西アフリカの政治・経済ーいくつかの植民地の必要条件について」1868年の「西アフリカ諸国とその人々」でヨーロッパの一部の人類学者に反論を展開、西洋人優位の人種概念は何の根拠もないことを問題にしたのである。西洋の急速な発展は、完全に外的状況(=歴史的状況)の影響から生じた差異だと主張した。

文明化は、社会を強力にしていく。アフリカがやるべきことは、教育を強化し、キリスト教を布教し、産業を起こして、豊かになることであり、政治政策として促進すべきだと主張、彼自身、実際に金鉱山の開発に携わっている。

イギリス政府に、カナダやオーストラリアのように、西アフリカ植民地に自治を求め、アフリカ人による国家形成を唱えた最初の近代アフリカ政治思想家で、アフリカ民族主義の創始者の一人であり、「アフリカ政治思想の父」と呼ばれている。彼自身は西アフリカの可能性と発展を信じていたが、結局裏切られたのは歴史が示すとおりである。

…19世紀に、このような思想を展開し、また実践活動に勤しんでいたホートンは実に偉大であると私は思う。現リベリアとシオラレオネの実情は、その痕跡すら見いだせない。ある意味、残酷な話である。

2024年9月24日火曜日

エドワード・ブライデンの哲学

https://web.sekaishi
sosha.jp/posts/5764
「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)の第4章は、いよいよアフリカ人の哲学者列伝になっていく。まずは、19世紀を代表する、アメリカ系リベリア人(アメリカの元黒人奴隷自由人のために建国されたリベリアに、アメリカから渡ってきた現地人ではない人々:アメリコ・ライベレリアン)である、エドワード・ブライデンの話から始まる。

彼は、イボ人(現ナイジェリアの民族)の両親のもと1832年デンマーク領西インド諸島のセント・トーマス島生まれ。オランダ改革派教会の牧師となったアメリカ人牧師のもとで神学を学んだ。才能を認められ、アメリカの大学で学ぶことを勧められたが、人種を理由に入学を拒否され、1850年リベリアへ移る。

首都モンロビアのアレキサンダー高校に入学、神学、古典、地理、数学、ヘブライ語を学び、その後1858年にその高校の校長になる。同年長老派の牧師として叙階された。また高校生時代から、リベリア・ヘラルド誌の特派員となり、1855年から56年にかけ、編集長にもなった。1861年、リベリア・カレッジのギリシア語とラテン語の教授となり、1880年から84年まで学長を務めた。

彼は、政治家でもあり、外交官でもあった1860年ごろから後のイギリス首相グラッドストンと文通をするようになり、1862年から64年はリベリアの国務長官に任命され、イギリス領・シオラレオネ内地代理人、駐英リベリア大使、さらに内務省長官に任命された。大統領選挙では敗北したが、その後も駐英・駐仏大使を歴任している。

また、シオラレオネは、植民地ではあったが、イギリスのリベリアと言って良いところで、ここでは1901年から6年にムスリム教育に携わる。アメリカに渡り、黒人教会でアフリカの現状について講演もしている。死去したのは、1912年、シオラレオネの首都・フリータウンであった。

彼は、「汎アフリカ主義の父」と呼ばれ、アフリカ人の独自性を初めて明確に主張した人物の1人で、後世に大きな影響を与えている。人種、黒人としての誇り、故郷であるアフリカへの愛がテーマで、人種差別に反対であり、黒人はアフリカに戻り、アフリカの発展に貢献することで人種差別の苦しみから開放されると信じていた。

したがって、アメリカで公民権を得ることを望んでいた人々からは批判された。同様の理由で、ユダヤ人のシオニズム運動を公に支持している。また、アフリカのキリスト教化は、神の深遠なる計画と信じ、エチオピア主義(18世紀後半から19世紀初頭にイギリス植民地出身のアフリカ人の政治的・宗教的体験から生まれたアフリカとアメリカ大陸を結ぶ思想的運動で、植民地化されなかったエチオピア、エジプト以来の歴史の中で宗教的にも大きな位置を占めたエチオピアを黒人の自治能力の証と見る。旧約聖書の詩篇68、31に、「王子達はエジプトからやってきて、エチオピアはやがて神に手を差し伸べる」とある。)と呼応していた。

彼は、キリスト教を信仰し続け、離れることはなかったが、一方で「キリスト教、イスラム教、黒人種」(1887年)では、イスラム教の意義を認めている。イスラム教のほうがよりアフリカ的であり、イスラム教を実践するほうが充実するだろうという考えを述べている。

…私が、ブライデンの伝記や思想を呼んで、最も感じ入ったのは、その経歴もさることながら、この最後の、イスラム教の意義を、カルヴァン派の牧師が認めているところである。おそらくは、19世紀という時代背景もあるだろう。彼は言う、「キリスト教圏のどこにいても、黒人の主な特徴は、よく言われるように従順さではなく、隷属性である。自立した黒人社会はどこにも存在しない。しかし一方で、自立し、生産的で、独立し、支配的である黒人イスラム教徒のコミュニティと国家が数多くあり、アラビアの容認や講演なしに、政治、文学、教会制度をを支えている。」この言をどう捉えるべきなのか、じっくり考えてみたい。

2024年9月23日月曜日

祝 学園野球部秋季大会 4強

https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/202409/0018152251.shtml
学園の野球部が兵庫県の秋季大会でベスト4に名乗りを上げた。20年ぶりの快挙だという。とはいえ、残りは流石に強敵ばかり。頑張ってほしい。もしかしたら選抜という夢は広がる。秋田商業もベスト8に残っている。夏の屈辱を晴らしてほしいものだ。

昨日から今日にかけて、やっと少し秋らしくなってきた。今日は一日「西洋哲学史+α 第3版」を仕上げていた。外から吹く風だけで心地よい。

2024年9月22日日曜日

アフリカとラテンアメリカ対比

帝国書院の地理総合の教科書には「民族」や「言語」に付いての記述はあるが、「人種」については全く触れていない。昔の地理の教科書には記述があったと記憶するが、今や死語扱いである。それをまず、今日は記しておきたい。

さて、昨日のブログで、世界価値観調査をもとにした教材で、伝統的価値観(宗教の相違)のみでは考察しがたい部分もあるので教材を考えたいと書いた。地理総合では歴史的背景から見る地理(時間軸から空間軸を見る)の内容が挿入されている。これを、ラテンアメリカとアフリカを対比させることでやってみることにした。ラテンアメリカへのスペイン人の征服による虐殺・病原菌による原住民の大量死は、アフリカの奴隷貿易と大きく関連している。(9月17日付ブログ参照)世界史で習う(大西洋の)三角貿易というやつだ。

上記画像(世界価値観調査)は、伝統的価値観が強いというグラフの下部だけを抜粋したものである。横軸の中央・0より左の-の数値は経済的にきびしい状況の国々で、右の+の数値は、経済的に余裕もあり様々な価値観をもてる国々という意味である。ラテンアメリカはおよそ右側に位置するが、アフリカは左である。すなわち、ラテンアメリカ諸国は、アフリカに比べ、ある程度裕福だと見て取れる。それはどういう理由によるのだろうか。

実は、極めて簡単な理由である。ラテンアメリカが独立を果たしていくウィーン条約の頃、支配階級(大地主・農園管理者・貿易商人ら)であった初期に移住してきた白人と、植民地生れの白人が独立運動を展開し、以後白人との混血をも交えてずっと支配層であり続け、後にアメリカのモンロー条約で守られながら、現地人や奴隷だったアフリカ系との経済格差を維持しつつ、今日を迎えているからである。(労働需要が大きい)砂糖などのプランテーションが発達しなかったアルゼンチンやウルグアイでは、白人移民を多く受け入れた経緯もあり、白人比率がかなり高く、白人の国だといってもいい。

それに対して、アフリカは、白人に搾取するだけされて、1960年代に独立を勝ち取ってからもなかなか飛翔できなかった。ちなみに、ラテンアメリカで意外に早く独立したハイチは、フランス革命後期時のジャコバン党などの後押しで生まれた黒人国家である。現状は実に厳しいが…。

この差は、私はアフリカ開発経済学の見地から、各政府(または植民地)の教育政策が大きく関わっていると思う。イギリスは、現地エリートの一部を留学させ、その後の傀儡・手駒に使うという戦略を取った。宗教団体が学校を作った例はあるが、一般現地人には、基本教育は施さない。フランスは、直接統治が基本なので、もっとえげつなく教育政策などないに等しい。ラテンアメリカでは白人の大地主が支配していたので、支配層に有利とはいえ、それなりの教育政策をとっただろうと思われる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%
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ちなみに2020年のHDI(人間開発指数)を比較すると、ラテンアメリカとカリブ海諸国の平均は、0.7以上、サブサハラアフリカは0.5ちょいとなっている。HDIは、教育だけでなく、保健医療や1人あたりのGDPも加味されるので、これくらいの差がついていると言っていい。

これは、ロックやヒューム、カントが言うような人種的な問題ではない。これまでのヨーロッパ諸国が搾取し、本来の社会構造を破壊してきた歴史(=構造的暴力)が理由である。

2024年9月21日土曜日

カントの人種主義 考

「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)の第3章の終わりに、著者の凄い言説がある。「ほぼ無名の哲学者や宗教者たちの良心が勝ち残って現代の常識となり、著名な哲学者たちの偏見の残滓が、世界の重大な社会悪の根幹を養っているとするならば、何が現代まで残り続けるべき哲学であり、何が時代と個人の制約を受けた消滅すべき哲学であるのか、私たちは考えを改めるべきではないだろうか。彼ら(=ロックやヒューム、カント、ヘーゲルなど)を高校の「倫理」の教科書に留保なしに載せることは憚られる、と言ったら、過激すぎる発言であろうか。」

本日は、いよいよ西洋哲学史の要・カントの人種主義について考察することになる。実は、カントは人種を初めて理論化した哲学者である。カントは人種それ自体をア・プリオリ(=先天的)な概念として擁護し。道徳的配慮から非白人を排除することを危険な仕方で正当化していると、アフリカの哲学者たち(エゼやセラクバハン)は異議をとなえている。カントは、アフリカ人たちを長年苦しめてきた人種概念を整備したというわけだ。たしかに、カントの初期の見解はヒュームの受け売り的である。

カントの功績の一つに、コスモポリタニズムが明言された「永遠平和のために」があるが、この発表より後に書かれた「人種の性格について」にも、初期からの見解は変化していない。カントは、人種の性格を固定的に捉える人種主義者で、同じように固定的に捉えるが、他人種を差別的に見下しつつも教育や宗教的教化で同等になりえると考えるタイプのキリスト教聖職者と異なる。カントは、(アリストテレスの)「目的因」論的に説明した。すなわち、”家具になる目的を持つ木”というような概念である。人種の能力について、働ける能力はぼ全ての人種が持っているが、活動への意欲はインディアンと黒人の人種に欠けていると記している。わかりにくい記述だが、人種にこれを当てはめているということは、(活動への意欲を持ち)世界を支配する目的因を持った白人と、この目的因を持たない非白人という、人種的階層があることをを意味する。

「永久平和のために」の中でも、ヨーロッパの植民地主義の暴力性を批判しているが、根本的な批判ではない。カントのコスモモリタニズムは、ヨーロッパの中心部、最も文明的な国々の地政学であり、下層階級や非ヨーロッパ人、女性を排したブルジョワの公共圏を意味している。

「カントの沈黙」という表現をカント批判の哲学者・ラリモアが使っている。人種差別そのものについてカントは明確に批判していないことからくる言葉だが、ラリモアは「崇高な浪費ー人種の運命についてのカント」の中で、カントは人種の形成を自然史のプロセスの結果として、白人以外の人種は一掃されるだろうと考えていたと解釈できるとしている。この「カントの沈黙」(はっきりと差別的なことを公にしてはいなけれど、実は…)の理由は、こういった根底の差別感にあると著者は指摘している。

…カントの哲学は、私が高校時代の哲学独学時代、最初にふれたものである。ドイツらしい、いかにも哲学という感じで惹かれたのだが、このエントリーをまとめていくにあたって思い当たるのは、カントが長年教えていた形而上学(実証が不可能な学問の意)の限界を露呈したものだったということである。

…本日の冒頭に記した、著者の過激(?)な高校倫理教科書批判については、納得するところが大である。今、地理総合で、世界価値観調査の教材を使って、倫理的な地理を教えているのだが、どうしても先進国と途上国の格差を、文明面(その多くは伝統的な宗教的価値観)だけでは説明しきれない、と考えている。この内容を加味して教材をさらにつくろうと考えている次第。

2024年9月20日金曜日

大谷翔平選手 51・51の快挙

https://mainichi.jp/articles/20240920/k00/00m/050/023000c
体育大会から帰宅して驚いた。大谷選手が、一気に50・50超えの51・51に到達した。今日はHR3連発、6打数6安打、10打点…。信じられない。しかもドジャーズのポストシーズン進出が決定した試合でもあった。

さすがに投手との二刀流をしながら、50・50をまた成し遂げるのは厳しいと私も思う。打者専念の今年故の快挙だと思うが、それにしても凄い。キャンプから走塁を磨いていたのは知っていたが、まさに世界一の選手になるためのストイックな努力の賜物である。残り試合もポストシーズンもこの調子で頑張ってほしいものだ。

追記:21日には、52-52を達成した。高めのボールをまるで、ドカベンの岩鬼のように悪球打ちでセンターにHR。

学院の体育大会

旧名・なみはやドームで、学院の体育大会が開催された。授業では見られない生徒たちの姿が見れるので、イベントは実に楽しい。140年の歴史のある学校なので、伝統的な演技(メイポールダンス)を3年生女子全員が最後に行う。これが体育大会の目玉である。実際に見てみて、実に上品な集団演技であった。さらに、今年は全学年が共学になった年でもあり、3年男子が、揃いの衣装でソーラン節をやることになった。これも午前中の目玉。

4月から3年生全員と接してきて、かなり親密な関係を築いてきたので、たくさん写真も撮った。残念がら個人情報の関係もあって、ブログには掲載できないのだが、学院のHPには、この2つの演技の画像がすでに掲載されていた。

https://high.osaka-shinai.ed.jp/news/detail/215

役員の生徒もキビキビ動いていたし、保護者の皆さんも競技に参加したりと、これまで私が経験した学校の体育大会と比してもかなり良い体育大会だったと思う。もちろん、各学校で特色が違うので比較するほうがおかしいのだが…。

今日、何よりも感じたのは、先生方が生徒と親しいということである。中学と高校学年別の教員リレーなどもあって、黄色い声援が飛んでいた。(笑)昔々、女子が多いT商業の文化祭でティーチャーズをやったり、吹奏楽部の指揮を取ったりしたことを思い出した次第。(笑)

先生方、生徒諸君、お疲れ様でした。来週末は文化祭。実に楽しみである。

2024年9月19日木曜日

ヒュームの人種主義 考

アフリカの哲学者や人権概念の研究者にとりわけ評判が悪いのは、同じくイギリス経験論のデヴィッド・ヒュームである。1748年の「民族の性質について」はかなり黒人への偏見に満ちていて読むに耐えないのだが、少しだけ引用しておこう。

「白人以外の顔つきの文明的な国民はけっしていなかったし、活動や思索のいずれにおいても著名な個人さえいなかった。彼らの間には精巧な製造業は見られないし、芸術も学問もない。」「黒人奴隷はヨーロッパ中に追い散らされているが、彼らのなんらかの才能のきざしさえ発見されていない。」

ヒュームは、観念が二種類の仕方で結合することにより知識が成立するとした。その一つが自然的関係であり、もう一つは哲学的関係である。彼によれば、後者は高度な知識の源泉であるが、劣った人種はそれを持ち得ないとした。彼は、特に黒人に対し差別的で、黒人が受け身の心的能力しかなく、動物に近いことを示そうとした。

多くの哲学者や聖職者、詩人などから批判されたが、彼の人種主義は変更されることはなかった。哲学的に深刻なのは、ヒュームの考えは、社会的・政治的な悪条件が集団に与える影響を無視して、集団の性格の原因を一般化してしまう点である。ヒュームは黒人奴隷の共通の性格を、政治的立場を持たない奴隷としての市民的地位から説明しようとせず、人種的なステレオタイプから一般化することに終始した。これが明確な植民地主義の証であり、かなり影響力のあった哲学者がそれほど多くない言及とはいえ、黒人差別に固執したことは、その時代の植民地主義者・人種差別主義者にお墨付きを与えてしまったことは事実であろう。

…倫理の教科書では「懐疑論」でイギリス経験論を牽引し、カントに大きな影響を与えたヒュームであるのだが、ロック以上にイメージが悪くなった。そういう時代とはいえ、独善的で傲慢なスタンスである。日本人、いや東洋人の1人として、「白人以外の顔つきの文明的な国民はけっしていなかったし、活動や思索のいずれにおいても著名な個人さえいなかった。彼らの間には精巧な製造業は見られないし、芸術も学問もない。」と言い切る根拠はどこにあるのだろう、と思ってしまう。現在のような情報社会でなはい時代とはいえ、結局のところ「経験論による認識の限界」を見たような気がしたのであった。

ロックの人種主義 考

17世紀イギリス経験論の哲学者で、人間悟性論や統治二論で知られるジョン・ロックのイメージは、倫理の教科書上では、決して悪くない。しかし、「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)を読むと、そのイメージが大きく崩れたのだった。

ロックは、ホイッグ党員(ピューリタン革命後、世継ぎがいなかったチャールズ2世時代に、カトリック教徒である弟・後のジェームズ2世が即位することに反対した政党)であり、アメリカの多数制民主主義を否定するなど、民主主義を唱える思想家とは決して言えなかった。彼の収入の大部分は、植民地関係公務員と植民地への投資から成り立っており、そこには王立アフリカ貿易商人会社による奴隷取引も含まれていた。奴隷制を容認したカロライナ基本憲法を起草しており、アメリカ先住民に対する植民者の戦闘を肯定している。

ロックの経験論と立憲主義は、たまたま同時代人と同じく、単に黒人に差別意識を持っていただけのことなのか、否、ブラッケン・ヘンリー・マーティンが1976年の論文で、ロックの経験論には人種主義との内的な結びつき(タブラ・ラサには、普遍性が認められず、エリートによる人間の制御という発想を生み出す)があると指摘、多くの議論を呼んだ。

また統治二論の中で奴隷制を批判している。自然的自由、自然権の擁護者としてのロックと実生活での植民地主義の加担、アメリカ先住民への侵略の正当化については、如何。ロックは正義の戦争による戦争捕虜を奴隷化することを認めていたが、王立アフリカ会社での奴隷売買は正当化できない。アフリカやアメリカでの先住民の抵抗に対しては反撃を擁護しているのだが、著者の論では、「労働のみが所有権(私有財産)をもたらすというロックの所有権論からの当然の帰結であり、先住民の自然への働きかけは労働と見なさず、植民した白人の農地利用だけが労働の名に値する。よって、先住民の排除が正当化されうる。」としている。明らかなのは、ロックは、全人類を実質的に少しも公平に扱っていないわけである。

…イギリス経験論の中でも、タブラ・ラサ(白紙説)は、なかなかインパクトがあって面白いのだが、たしかに普遍性とは相容れない。また財産権(所有権)の論議で、著者の指摘は当たっていると思われる。こういう正当化がなければ、現在の構造的暴力の世界観は形成されないわけで、現在もその根底(無意識層)にこういう人種主義が根付いていると私は思う。

…我々日本人は、白人世界と黒人を始めとした被差別世界の中間的存在にあるゆえに、こういう矛盾や問題意識に気づくことが可能な気がする。3度のアフリカ行で、私はそんな経験をたくさんしてきた。

深圳の日本人学校児童の件

緊急でブログを更新したい。昨日、中国の深圳で、母親と登校中の児童が中国人の男に刺され、本日死亡した。日本のマスコミは、動機などは不明と報道しているが、中国共産党の宣伝工作で、日本人学校はスパイ養成所であるとのデマが、ずっと流され続け、SNSでもそういった反日キャンペーンを流すと視聴者が増えるといった流れがあることを、英語圏などでは常識化しているという。要するに、中国共産党に踊らされた単純な人間の行動であり、これからもありうる話である。

詳しくは、妙佛氏のYouTubeチャンネルに詳しい。このチャンネルはマレーシア時代から長く見ている。このブログを見ていただいている皆さんに是非見ていただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=QJnzFil3lXE&list=PLxB5-g4ngmZQil3D8ZNSZw9Uug6e90dJr

この事件、昔なら戦争になってもおかしくないような事件だと私は思う。中国は、人口圧で、儒家の本家でありながら仁も義もない。あるのは拝金主義、自己の利益のみである。格差も激しく、学校教育で反日教育を受け、多くの中国人は洗脳されている。先日の靖国神社の事件のように、自己中心的な言動・行動が跋扈している。日本語を理解できない中国本土の中国人の多くは、日本の共通善とは全く相容れない国民性を持っていると私は強く感じている。周恩来の生きていた頃は、まだ中国は貧しく、仁も義もあったようだが、今は礼、それも面子重視の格差社会になってしまっている。

今や中国経済は頓挫し、失業者が溢れ、治安の悪化が進んでいる。中国在住の日本人の安全は全く守られないだろう。日本企業は、撤退するのが賢明であるし、実際中国離れが加速している。中国は他国の技術を盗み、コピーするだけで、結局過当競争に煽られ淘汰されていくことを繰り返している。最近のEV車生産でも、国の補助金目当てに様々な企業が参入しすぎて、新しい技術の開発などせずダンピング競争を始め、ドイツのVWやヨーロッパ諸国のEV業界を巻き込んでいる。その動きは、全くまともではない。

日本の政治家もマスコミも、中国の工作活動で、金銭の授受やハニートラップで半中国的姿勢を一切取れていない。今回の事件は、結局精神的疾患を待った男による偶発的な事件とされてしまうだろう。中国共産党が、日本人学校はスパイ養成学校だとプロパガンダしている証拠がきっちりとあるのに、である。先日も超党派の訪中議員団が訪中したが、彼らこそ潔く政治家を辞すべきだ。自民党の総裁選も、この反日教育と反日プロパガンダを続ける中国への対応を争点にすべきである。マスメディアの支配層も猛省するか退陣すべきである。日本のマスコミは民主主義の第三勢力たる地位を完全に放棄している。

北海道だけでなく、多くの日本の土地が中国人に買われ、上海電力によるソーラー電気事業まで大阪維新は売り渡そうとしている。対中国政策は、現在の日本にとって最も重要課題だと私は考えている。

最後に、反日教育・反日プロパガンダを行う自己中の中国共産党と、日本の馬鹿な政治家や経済人、マスコミの犠牲となった、児童に心から御冥福を祈りたい。

2024年9月18日水曜日

アフリカ植民地化史ー2

https://fuushiga.com/cecil-rhodes/
奴隷貿易の影響について、第一にアフリカ社会の労働力の喪失と人口増加の停滞があげられる。これが生産力の麻痺を引き起こした。これによりアフリカは弱体化し、奴隷貿易が激しかった地域と最も貧しい地域は一致している。第二に、西欧の安価な製品は、アフリカの職人の生計を奪い、熟練技術の継承を喪失させ、工業の発展を阻害した。第三に、アフリカ内部での民族同士の分裂と敵対を増大させ、奴隷貿易で富を得た王や民族長、商人層と被害の対象となった人々との政治的・経済的格差を生んだ。難民化した人々は農業生産力を失い、何より政府・民族・共同体・家族への信頼が低くなってしまった。

18世紀には奴隷貿易を廃止する運動が強まり、デンマーク、イギリス、スウェーデン、フランス、オランダなどがこれを禁止していったが、一方で産業革命により、工業原材料の供給や市場として植民地を囲い込むことに関心が移る。ドイツのビスマルクが、ベルギーのコンゴ進出を機に提唱したアフリカ分割の会議には、14カ国が参加した。イギリス、ドイツ、オーストリア、ベルギー、デンマーク、スペイン、アメリカ、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ロシア、スウェーデン、トルコ(=オスマン帝国)の面々である。この会議では、現地のアフリカ人の意思は無視され、最初に占領した国が占有権を得、専有のための「実効支配」が行われていることが条件となった。

…まさにやりたい放題である。これらの背景には、アフリカ人に対する人種差別主義がある。次回はそれらについて記していこうと思う。

2024年9月17日火曜日

アフリカ植民地化史ー1

「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)には、アフリカの現代哲学の最大のテーマは、植民地主義に関する事象についてであるとして、植民地化の歴史が記されている。詳細な記述には大変意義があると思うので今日は、この内容をエントリー。

近世において植民地主義は、スペインとポルトガルによって開始された。アメリカ大陸に進出したスペインは、対抗する強力な敵がおらず比較的容易に攻略したし、天然痘などの伝染病に抵抗力をもたなかったインディオは瞬く間に激減した。よれゆえに、農業用の奴隷が必要となる。一方、アフリカやアジアに進出したポルトガルは、内陸部に強力に武装した国家や帝国が存在し、海岸部に城塞都市を作って維持するのに精一杯であった。

ポルトガルは、海岸部の交易で、金、胡椒、象牙、奴隷を得るのに安価なヨーロッパ製品と交換していたが、やがてオランダやイギリスとの競争に敗れていく。アメリカ大陸の奴隷需要が高まると、ヨーロッパの最大関心事は奴隷の供給に変わる。カリブ海諸島では、フランス・オランダ・イギリス・スペイン・デンマークが植民地を築き、ポルトガルはブラジルに入植型の植民地を築いた。いわゆる三角貿易でアフリカから奴隷が供給されていくのだが、アフリカ大陸において奴隷売買は、ヨーロッパの参入以前から存在しており、犯罪者や戦争捕虜が奴隷化されていた。外国へ売買されたのは主にアラブ諸国であった。しかしヨーロッパの参入は16世紀から急増し、18世紀には7433000人の奴隷売買が行われた。

西アフリカでは、強い部族が内陸に王国や帝国をつくり、弱小の部族を大西洋岸に追い落とす傾向があった。その弱小部族がヨーロッパ人に買収され、奴隷貿易に関わり、他部族との戦争や好戦的な部族に依頼したりした。18世紀には奴隷貿易に利害を持たない部族はほとんどなく、小さな集団は、西に移動しようが、東に移動しようが、奴隷狩りから身を守ることはできなかったのである。

2024年9月16日月曜日

西洋哲学史+α 第3版

わけあって、PBT、三崎高校で作成した「西洋哲学史+α 第3版」を再編集している。そもそも、PBTの学生用に、難読漢字にルビをふっていたのを1つひとつ消して、新たな項目を付け加えたりして、楽しんでいる。教材づくりはそもそも私の趣味であるので、全く苦痛ではない。

午前中は、T大G高校の講座の準備をしていたので、午後からになったが、なんとかポスト構造主義まで終わった。ここから主には分析哲学について詳しくしておきたいのと、日本の思想で本居宣長や西田哲学についても詳しく記しておこうと思っている。これまでの倫理の授業の集大成のようなものになるような気がする。悪くない。

2024年9月15日日曜日

PowerPoint教材 多神教の対比

学院の「世界価値観調査」を元にした授業は、現在ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の対比に入っている。これらは、何度もPowerPoint教材化してきたので、特に語るべきこともないのだが、その後は、インドのヒンドゥー教、シーク教、ジャイナ教などと、仏教、儒教、道教、最後に日本の重層的な価値観を和辻哲郎の分析と「間柄的存在」で日本の共通善として締めくくる予定である。

倫理ではなく、地理総合なのでできるだけ簡潔に重要なことを教えたい。仏教は上記の教材を中心に、教えたあと、やはり上座部仏教と大乗仏教の対比や、日本の仏教の基盤となっている「一切衆生悉有仏性」の説明(空・唯識・如来蔵の大乗仏教の哲学)は必要かなと思っている。

日本の重層的な価値観のPowerPoint教材については、古代の自然との共生、農耕社会における集団主義、中世の仏教の無常観、前述の天台の「一切衆生悉有仏性」から派生した鎌倉仏教、近世の朱子学などが主要テーマとなる。これと和辻の「間柄的存在」を対比するつもりである。本当は本居宣長なども入れたかったのだが、川端康成のノーベル賞受賞講演「美しい日本の私」で締めくくるつもりである。(この画面にアニメーションで、どどーんと登場させる。)さてさて、生徒諸君の反応や如何に。

アウグスティヌスはベルベル人

「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)の歴史編で、何人かのアフリカ大陸出身の教父哲学者が登場するが、なんといってもアウグスティヌスである。彼は、カルタゴの西約250kmにある内陸の出身で、ベルベル人(北アフリカの民族:ギリシア語のギリシア世界外の非文明人を意味するバルバロイが語源だとされている。現在はアラブ化・イスラム化が進んでいる。)である。

彼の自伝書「告白」によると、カルタゴなどはローマの影響がかなり強いが、出身地はまだベルベル人の伝統が息づいており、父は異教徒の下級官吏、母はキリスト教徒であった。家庭内では、それでもラテン語を母語としていたようだ。(この辺が面白い。)青年期は、ラテン語や弁論術を学び、かなり奔放な生活していたことは有名で、マニ教に入信するも、弁論術の教師としてミラノに赴任した際、新プラトン主義に大きな影響を受けマニ教から離れた。同時にキリスト教に回心するのである。

アウグスティヌスは、西洋哲学史、就中、三位一体説やスコラ哲学など、かなり重要な人物だが、当然アフリカ哲学という範疇からは、語られることはない。こういった例が、いくつか紹介されている。

…アウグスティヌスがベルベル人であったというのは、ザビエルがバスク人であること同じくらいの驚きである。アウグスティヌスは授業で教えるが、不勉強で出身地まで語ることはないので初耳だったのだ。実に興味深いと私等は思うのだが…。

2024年9月14日土曜日

いつまで猛暑は続くのか

https://tenki.jp/forecaster/s_ono/2024/09/13/30551.html#google_vignette
とにかく異常な猛暑である。私も、とっくに立秋は過ぎたのに「夏」バテきみである。このような猛暑の記憶は物心ついて60年以上生きているがない。地球環境問題のせいなのか、地軸の傾きによるのもなのか、気象◯器によるものなのかわからないが、早く涼しくなってもらわないと、ブログの更新さえままならない。(笑)

学院は、来週に体育大会、さ来週は文化祭と行事が続く。生徒諸君の充実した行事のためにも、少しでも涼しくなって欲しいところである。ちなみに、体育大会は屋内実施なのでちょっと安心。

2024年9月12日木曜日

アフリカ哲学 歴史編

アフリカ哲学全史の書評で、まずは歴史編。私もアフリカと言うとサブサハラ・アフリカをイメージするのだが、いわゆる古代の北アフリカの哲学は、かなり大きな影響力を持っていたことがわかった。エジプトの宇宙観などは、ギリシア哲学にも大きな影響を与えているし、キリスト教においても、アレキサンドリアの知的な集積が大きい。なにより教父と呼ばれる人々の神学の発展は、アフリカから発信されたものが多い。また、イスラム神学と哲学においても同様なのだが、これらはほとんどが、ギリシア哲学、キリスト教神学、イスラム哲学というくくりの中で、アフリカという空間的把握は省かれているといってよい。これが私が今日読んだ歴史編の総括である。

いくつか印象に残った内容について記しておきたい。

その1 セネガルの歴史家・民俗学者のディオプは、ヘーゲルが「歴史哲学」の中で、アフリカには歴史がないと断定し、エジプトはアフリカには属していないと根拠なく主張したことに由来する西洋中心主義に対して、厳しく批判した。アフリカ文化はサハラの南北という明確な分断はなく、全体的な連続性・共通性をもつという論を「黒人の国家と文化」で世に問うたこと。また、バナールは、「フラック・アテナ」という著作で、西洋中心主義の古代ギリシア観を覆している。紀元前1500年以前は、エジプトやフェニキアの植民地化の結果、エーゲ海よりアフリカ・アジア地域のほうが先進的あったこと、人種至上主義が歴史を修正したと強調した。

その2 旧約聖書のセム(エジプト人やエチオピア人)・ハム(アラブ人)が、人種として分類され、アフリカ人は呪われた人々(おそらくアブラハムの追い出された長男イシュマエルを指すと思われる)であるハムの子孫とされ、近代になるとハムは白人扱いとなり、またエジプト文明をギリシア文明より下位におきたい言説ではエジプト人は黒人とされた。西洋のご都合主義も甚だしい。ちなみに、ルワンダの(同じ民族でありながら)ツチとフツに分化された話も登場している。

その3 グレコローマン時代のキリスト教神学の歴史では、現チュニジアのカルタゴ出身のテルトゥリアヌスの項で、ローマの歴史家がカルタゴに関連したことを「アフリ」と形容したことから「アフリカ」の名称が発生したことが記されていた。

…なかなか目の鱗が取れるような内容であった。いかに私自身が西洋中心主義に毒されていたかがわかる内容であった。ヘーゲルはあまり好きではないのだが、さらに嫌いになったのであった。(笑)

2024年9月11日水曜日

アフリカ哲学全史を読む。

住道の書店で、「アフリカ哲学全史」(河野哲也著/ちくま新書)を購入した。以前から興味を持っていたし、アフリカを愛する倫理の教師である私にとって、読まなければならいという定言命法的な一冊である。まずは序章を読んだ。アフリカの哲学について、アフリカ在住の黒人哲学者による哲学(African Philosophy)、アフリカン・ディアスポラによる哲学(Africana Philosophy)を合わせて、アフリカ哲学とし、歴史的な視点、反植民地主義的な政治社会哲学的な視点、アフリカの古典的な信仰や神話、口伝、習俗などに見られる世界観・人間観・道徳観を明らかにしようとするエスノフィロソフィなどが描かれているようだ。

序章で特に私の興味を引いたのは、「知の三点測量」という視点だ。アフリカ哲学を、西洋哲学、日本哲学等とともに視点に据え、相対化、共通化し世界哲学のプラットホームを構築したいという著者の視点である。

今、私は地理総合で、世界価値観調査をもとに各宗教の対比をやっているが、多くの視点から測量しつつその共通点や違いを明確にできればと思っているのだが、なかなか難しい。著者はそれを大きな理想としている。実に愉快ではないか。

さて、ベッケンバウアーであるが、昨日T大G高校で、90分間の特別授業を行った。実に楽しく、これからも全力でやっていこうと決意したことを付け加えておきたい。

2024年9月9日月曜日

トルコがBRICS加盟?

https://japolandball.miraheze.
org/wiki/%E3%83%88%
E3%83%AB%E3%82%B3
久しぶりに国際関係についてエントリー。トルコのBRICS加盟の話題。トルコは、地政学上非常に複雑で、西側のNATO加盟国でありながら、EUには長年加盟申請しながらイスラム国故に許されていない。シリア内戦による難民がトルコ経由でギリシアに大量流入したこともあって、EU加盟はすでに絶望的と見られている。

そんな中、トルコは軍事産業がかなり伸びている。特にウクライナ戦争でトルコ製のドローンが比較的安価で性能もよく、大いに売れているようである。一方、トルコはアフリカ諸国にも影響力を増しているのだが、BRICSメンバーのUAEと様々な国で対立関係にあり、NATO加盟国であることもあって、BRICS加盟は微妙な話で、これからどうなるか静観していきたいところである。

アメリカも、イギリスも、フランスも、ドイツも、もちろんロシアも中国もそれぞれ大変な国内問題を抱えている。このような中で、トルコの存在感は増していくに違いない。

2024年9月8日日曜日

T大G高校の地理演習お手伝い

https://www.tokai-gyosei.ed.jp/life/facilities/
ひょんなことから、T大G高校の地理の共通テスト対策の放課後の演習授業をお手伝いすることになった。元レッドソックスのU投手やラグビー日本代表のO選手などを輩出した、部活で有名な学校である。月に2回程度の少人数演習だし、学院に迷惑もかけることもない(学校長・社会科主任にはすでに報告し了承を頂いている。)し、何より自宅から原付きに乗れば10分ほどの距離にあり、通勤の負担も少ないのでお受けすることにした。

社会科主任・地理担当も同席いただいて、どのような演習にすればよいかじっくりと話し合いをさせていただいた。学院同様いい感じの先生方である。しかも採用担当の先生はJOCVでザンビアにSMASSE(理数科教育)で行っておられた方で、アフリカ大好きの私と縁があるなあと感じ入った次第。

さっそく来週から演習が始まるが、できる限りのことをやらせていただこうと思っている。

2024年9月7日土曜日

白いHONDA・GORILLA

学院の最寄り地下鉄駅のすぐそばに、レッドバロンの店がある。ふと、目をやると、白いゴリラがあった。学生時代、京都の街を黄色いゴリラで走り回っていた。実に懐かしいバイクである。ゴリラはすでに生産中止になっているし、その当時のゴリラはあまり見ない。これは、当時の形状(スピードメーターの部分が少し違うけれど…。)&塗装だといっていい。車体色はオレンジ・黄色・白があったはずで、歳を取ったせいか、「白」に強く惹かれたのであった。

いいなあ、と値札を見たら22万円。当然購入する予定はないが、そんなに高いわけではないと思う。ただ、かなりの中古車であるだろうから、故障したら大変だろうな。

2024年9月5日木曜日

共通テストの地理問題 考

少しわけあって、共通テストの地理の問題(最新でも旧課程なので地理B)を見てみた。相変わらず、じっくりと資料やグラフ、地図などを見て、的確に答えなければならない。昔の知識で解答できる瞬殺問題などほとんど見られない。ますます生徒の負担は増加しているように思う。(画像は拡大可能)

上記の問題などは面白い問題だと思う。このグラフを見て、ドイツの製造業はどれかを解答する問題。実はそんなに難しくはない。ベトナムは製造業が急激に伸びているとはいえ、そんなに人口一人当たりの付加価値額は多くないので、①。そもそも製造業の割合が高くさらに伸びている中国が②、唯一下がっているのがイギリスで④。これは、金融業が主力となっているからである。製造業の割合が微減している③がドイツになる。こういう各国の微妙な状況を把握していないと”当てもん”にってしまう。
この問題は、アメリカの4都市(シアトル・ミネアポリス・ロス・マイアミ)の家庭で使用されている言語の割合(=民族構成比)を示しているグラフから、シアトルのグラフを答える問題。まず、スペイン語に注目である。マイアミは、キューバ系移民が多いし、ロスはメキシコ系が多い。これにアジア・太平洋系を加味すると、④がマイアミ、③がロスとなる。さて、シアトルとミネアポリスとの判断材料だが、ここでもアジア・太平洋系が多い②が、西海岸のシアトル。ミネソタ州という五大湖周辺の内陸に位置するミネアポリスとの差はここにある。本編では、全米地図に各都市の位置が示してあるので、比較的容易だと思われる。

この2問題などは、准・瞬殺問題だと思う。とはいえ、かなりじっくり検討しなければならない問題が目白押しであった。…やれやれである。

2024年9月4日水曜日

何年ぶり?天下一品こってり

義姉の診察のため、枚方の厚生年金病院に行ってきた。妻が目を痛めているので、その代役としてアッシーとなったわけだ。この病院のすぐ近くに、天下一品の店がある。アッシーのご褒美は、かなり久しぶりに天下一品のこってりラーメンを食す機会であった。妻は、あっさり醤油ラーメン派なので、(というかラーメンを外食すること自体がない。)この店に立ち寄る機会はほとんどない。京都時代から慣れ親しんだ私としては、いつか…と思っていた。大阪に帰ってきて、いや日本に帰ってきて初めてだし、何年ぶりだろうか。シンプルなこってりの普通麺・並を注文した。…実に美味しい。

さて、井上尚弥選手ががまたまたTKOで昨日勝利した。YouTubeでハイライトを見たけれど、なんか物足りない試合ではあった。(ボクシング解体新書の予想通り。笑)大谷選手は、エンゼルスとの凱旋試合で三塁打も打ったが、最後は敬遠されてしまった。(次のベッツ選手が怒りの3ランを放った。笑)今の日本で、夢や希望となるのは、まさにこの2人。さらなる奮闘を期待したいものである。

2024年9月3日火曜日

カトリックのカテキズム3

https://gendai.media/articles/-/58340?page=1&imp=0
カトリックのカテキズム、第3回目である。膨大な付箋をつけたのだが、とても全部ブログに記すことは出来ない。(笑)そこで、読み進めていて、何より驚いた内容を今回は記しておこうかと思う。

まず、その前提として、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三宗教の中で、大別すると、ユダヤ教は律269法を遵守することが重要であるし、イスラム教にもシャリーアの法体系があり、これをフィクフ(必ず遵守すべきものから、比較的守らなくとも良いものまで分かれている。)的に各人が解釈して守っていくという信仰の基本がある。この二宗教に対して、キリスト教は、イエスによって律法の成就が行われたので、律法・シャリーアといった守るべきものへの態度は、極めて希薄である。とはいえ、その伝統はあるが、コーシャやハラルのような食のタブーはないわけだ。これは違う視点から見ると、神の設計図の如きものがないともいえる。ローマ法の伝統もあって、キリスト教圏では「社会契約説」がホッブズやロック、ルソーなどによって提示されてきた。さて、では私が驚いたカテキズムについて記していこうと思う。

279 自然法とは何ですか A.自然法とは、創造主をかたどって造られた人間が神の英知と善性に参与する道です。自然法は人格の尊さを示し、人間の基本的な権利義務となります。

…この「自然法」とは、社会契約説の基本中の基本となる概念である。古くはプラトンやトマス・アキナスが説いているらしいのだが、倫理の教師としては、社会契約論が真っ先に想起されるのは当然である。この語がカテキズムに載っているということ自体驚きであったのだが、これは不勉強のなせる業。橋爪大二郎氏によれは、至極当然の話である。https://gendai.media/articles/-/58340?page=1&imp=0

番号が遡るが、さらにこんな記述もあった。

268 「共通善」とは何ですか 269 共通善の本質的要素は何ですか A.社会生活において個人並びに団体が、自らの完成をより豊かに、また、よりよすみやかに達成できる諸条件の総体を共通善といいます。その本質的要素は三つあります。すなわち、基本的人権の尊重と推進、社会の霊的・物的善の繁栄と向上、団体とそのメンバーの平和と安全です。

…古くはアリストテレスの「政治学」で解かれているが、なんといっても近年のマッキンタイアが重視する共通善という概念まで登場していた。しかも基本的人権云々とある。うーん、カトリック、恐るべし、である。さらに番号が遡るが徳についての記述。そもそもプラトンの四元徳的な内容なのだが、プラテン哲学は昔からキリスト教神学とは親しい間柄なので驚くには値しないのだが…。

246 賢明の徳とは何ですか A.賢明の徳とは、私たちの実践理性があらゆる場合に本当の善を識別するように導き、その善を実現させるために適切な手段を選ばせる徳です。

…さすがに、これはカントの「実勢理性」であるようだ。プラトンもアリストテレスもトマス・アクィナスも関係なさそうである。ちなみに、80 には、「我らとともにいます神」(インマヌエル=イエス・キリスト/マタイ1・23)という記述があった。カントの名前(イマヌエル)は、こういう意味があったのかと驚かされたのであった。

衝撃を受けた順に、番号を無視して記してみた。私にとっては、かなりの衝撃である。勉強不足を感じる次第。ほんと、(良い意味で)カトリック神学恐るべし、である。

2024年9月2日月曜日

カトリックのカテキズム2

授業の方は、カトリックと正教会の対比は、ほぼ終わっているのだけれど、まだカトリックのカテキズムを読んでいる。通勤時に、ここは重要かなという箇所に付箋をつけていたら、かなりの数になってしまった。(画像参照)ブログで、どうまとめていこうかと考えているうちに、どんどんたまってしまったのだった。まずが第1章の「キリスト上の信仰宣言」から抜書しておきたい。

37 最初の罪はアダムの子孫にも影響を及ぼしましたか。A.アダムとエバは、自分たちの最初の罪のために、原初の「聖性」と「義」とが取り上げられて傷ついた人間性を子孫に伝えました。原初の「聖性」と「義」とを喪失したことを「原罪」と言います。

…なるほど。これがカトリックによる原罪の定義であるわけだ。

46 イエスの神性と人間性は混じり合っているのですか。A.イエスにある神性と人間性は神の御子としての唯一のペルソナにおいて混じり合うことなく、一致しています。

…この前の45には、イエスは神と人間との唯一の仲介者であるとあり、その更に説明の部分。イエスの受肉の問題につての回答である。これはかなり難解な「不条理なるがゆえに我信ず」の世界としか言いようがないのだが…。

52 福音書に書かれている「イエスの兄弟」とは誰の事ですか。A.福音書に書かれている「イエスの兄弟」とは、イエスのごく近い身内のことで、これは旧約聖書ではよく使われている言い方です。

…マリアは、「手のはしため」として終生おとめであったということと、この福音書の記述についての疑問である。私も気になっていたことである。 

65 イエスが亡くなり、霊魂とからだが分離したとき、それらはまだ神性とむすばれていましたか。A.イエスが墓に葬られていた間、死によってご霊魂とお体は分離していましたが、イエスの神的ペルソナはそれらと一致し続けていました。イエスのご遺体が腐敗を免れたのはこのためです。

69 イエスの復活は歴史的事実として論証できますか。A.できます。復活信仰は、よみがえられた主と実際に出会った弟子たちが歴史的事実として証している出来事に基づいているからです。しかしながら、人間イエスが復活して神の栄光を受けられたことは、人間の理解をこえる神秘的で超自然的な出来事でもあります。

…なるほど。カトリックや正教会をはじめとした神学の世界の歴史は極めて長く、様々な質問に対応できるだけの蓄積を備えていることが、よく理解できた。なかなか興味深いのだが、このブログ上で、全部の付箋の部分を網羅することはできないような気がする。…つづく。

2024年9月1日日曜日

三者連続HRのこと

https://www.spotvnews.jp/news/articleView.html?idxno=8847
ダイヤモンドバックス戦で、ドジャーズの1回表、1番大谷・2番ベッツ・3番フリードマンのMVPトリオが、三者連続ホームランをかっ飛ばした。その後、点の取り合いになり、混戦となったが9回に決勝打が出て連勝した。

…全く、水島漫画のような展開である。三者連続ホームランといえば、掛布・バース・岡田の阪神3・4・5番を想起するが、そう何度もある話ではない。いやあ、凄い。大谷選手はこれで44号。盗塁はなかったが、あと1ヶ月シーズンは残っている。43-43のMLB記録更新も凄いが、さらなる夢を与えてほしい。

ところで、日本は全くどうなっているのだろう。先週から台風10号が日本列島をざわつかせてきた。私は気象についてはあまり知識はないのだが、60年近く生きてきて、日本列島付近でこのような進路をとった台風は見たことがない。ネット上では、気象◯◯ではないかと話題になっている。先週は、警報が出て授業が減らないか、毎日気が気ではなかった。このストレスは大変なものである。しかも、ネット上のウエザーニュースとマスメディアの情報に差異が生じていたようで、ネット民からは陰謀的な”なにか”を感じたようだ。私も疑義を持っている。