2013年2月25日月曜日

立花隆「天皇と東大」を読む Ⅳ

立花隆「天皇と東大」、やっと第2巻を読破した。第2巻の後半戦は、血盟団事件の話がその主軸となる。東大の学生であった四元義隆がこのあたりの主人公格である。前回のエントリーでも書いたが、四元義隆は中曽根元首相や細川元首相の相談役として有名な右翼である。

驚いた記述があった。(連合赤軍の)重信房子の父親が、血盟団(というか、井上日召・四元・池袋正釟郎ら)に関わっていたのだ。話は少しややこしい。池袋(西園寺公望を暗殺する予定だった学生)の中学校時代からの親友が重信父だった。当時代用教員をしていた彼を、安岡正篤の私塾から生まれる日本農士学校に入れようと上京させた。その教授となる伊藤・渡邊という人物は、重信父と同年代で、以後のことを考えるとうんと抑えようとかなり無礼な態度をとったようである。それに激怒し、もともと安岡が口だけだと軽蔑し、飛び出すつもりだった四元と池袋、これに井上も入って彼らをボコボコにシバいたらしいのだ。ところで、重信父自体は大人しい人であったので血盟団事件には関与していないらしい。(池袋の裁判での上申書に詳細に記されているという。)

重信房子は、父の事を著作の中で次のように書いている。『67年の羽田闘争(佐藤首相の訪米を阻止する闘争)の後だったと思う。泥まみれになって帰った私に、父が言った。「房子、今日の闘争はよかった。だけど、あれには、人を殺す姿勢がないな。」私は驚いて、酒の盃を手にしている父をみつめた。(中略)父は続けた。「2.26事件にしても、血盟団にしても、歴史はあとで右翼だとか何とか言うが、我々は正義のためにやったのだ。政治家が腐敗していたから、我々が権力を変えて、もっと人民がうるおえる社会にしたいと思ってやったのだ。房子は、今左翼だといわれているけれども、とにかく、自分が正しいと思うこと、これが正義だと思うこと、それだけをやれ!」…「物知りにだけはなるな。」ものごころついたころからよく聞かされた父の言葉である。』

血盟団事件について、立花隆はこれでもかというほど綿密な史料で詳細に説いていく。この血盟団事件+5.15事件が、議会から軍へと権力移譲し、左翼から右翼への分水嶺となっているからだ。この辺の現代史は久しぶりに熟読した。なかなか複雑である。陸軍の桜会の十月事件の話とか、血盟団の方向性を決めたのは、井上日召ではなく海軍の藤井斉(上海事件で戦死)であるとか、団琢磨暗殺後、井上日召は頭山満の屋敷に隠れていたとか、血盟団は維新後を北一輝の国家社会主義でなく権藤成卿に託していたなど、多くの学びがあったのだった。

こういう昭和初期の社会思想を高校の日本史で語るのはかなり難しい。だが、教える方は知っていないと大局が見えない。明日から3巻に突入する。

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